BSR
・いきなり始まる
気付いたら日本にいた。帰国(?)したと思ったら戻りすぎてた。今の状況を簡単に説明するとしたら、この二言で全て語りきっていると思いたい。
火柱だの電撃だのをまるで魔法使いのように操る人間を前にして、普段は涼しい顔をしてる親友が珍しくブチ切れているらしい。眉間に深い皺を寄せたまま耳を疑うようなスラングを吐いている。日本語に翻訳したらクソ野郎に近いと思われ。キレッキレの美しい発音でファックと罵る元貴族。傍観を余儀なくされる俺。
前髪がぶわりと煽られる。現実逃避しつつ思い描く事は。
「(ここ、俺の故郷じゃない。絶対に)」
遡ること数時間前。
不意に放り込まれた故郷──いやもうなんか違うって分かってるから故郷(によく似てる)っぽいどこか──で、俺と親友は肩身を寄せ合って生きていた。髪と目の色は日本人のそれに近くても、顔立ちが違うから日本人じゃないってのは周囲へすぐに伝わる。杖があってよかったと思うよ、日本語ばっちりだからね。コミュニケーションには事欠きませんでした。
さて、俺達が迷い込んだ故郷はなんと群雄割拠の戦国の世らしい。死亡フラグ乱立待ったなし。泣いた。マーリンも泣くわ。
刀と槍、たまに銃のドンパチなんて一生関わる事のない世界だと思ってた、来るまではな。戦争がある度に住まいを移し続けて、なるべくとばっちりを受けないようにしてきたけれど、今回ばかりはそうもいかなかった。それは戦争じゃなくて、領民が許容しているいつもの小競り合いらしい。あほか。
「結局家を追われてる住民はどうなるんだよ」
風呂敷に包んで持ってきた家具を椅子にして溜息をつく。尻の下でガチャンと音がした。あ、皿割れたわ。
今回の小競り合いは領民が許容してる、そう言った。
なんでもここの領主とライバル関係にあるお殿様がたまに遠路はるばる会いに来て一騎討ちしてるらしい。事前に通告があって、避難したい奴らは避難してるんだとか。
でも、みんながみんなそう簡単に家を変えられるわけじゃない。
遊びに来た領主が陣を張ってる区域は、城下に住めない身分の低い奴らが住んでいたところだ。どうせ今までの侵略目的の戦争と同じで、陣内の作物も家畜も好き勝手してるに違いない。一見安全な城下の奴らだって、派手に攻め込まれれば家を壊される。破壊された家の保証は何もない。これだから権力者、いや身分社会ってやつは。あ、俺達の家潰された。
「そろそろ僕たちも行こう」
「ああ」
荷物を背負い直して、レグルスの後ろについた。数日前に、堀に沿って城の裏山に避難しろというお触れが出ていたのでそれに従っている。新参者とはいえ、俺達だってここの住民なわけだしね。
そういえば、この城の主って誰だったっけ。そう思いながら足を踏み出そうとした瞬間、目の前で堀の壁が粉々に吹き飛んで──。
吹き飛んだところまでは覚えている。
ふと目を覚ますととても頭が痛くて、薄汚れた麻の布が額に置かれていた。あれ、この柄ってレグルスの着てた着物じゃないっけ。疑問に集中したいのに周りが騒がしい。
「うおおおおおおお!!烈火烈火ァァ!!」
ガンガンガン、鉄筋を金槌で殴っているかのような強烈な音が頭を揺らす。もう一回気絶してもいいかななんて、そのくらいの音量だ。でも一体なんで俺は地面にぶっ倒れているのかってそっちの方が気になるから、頑張って身を起こす。
なんか凄まじかった。
「PHANTOM DIVE!!」
目の前で雷が落ちた。そう錯覚するくらいの強烈な稲光。思わず腕で顏を覆ったけど、予想した衝撃はやって来ない。おそるおそる目を開けて、そして俺と稲光の間にあったものを理解した。どうやらレグルスが盾の呪文で、ガンガン殴る音とか稲光から気絶した俺を守ってくれていたらしい。
しかし当の本人はとんでもなくブチ切れているようで、俺が起き上がった事に気付いていない。怒りの形相も顕わに盾の呪文の向こう側へと杖を振るっていた。稲光だの火柱だの、周りがぴかぴか光りすぎて何もわからない。
バーンという強烈な音がして、砂埃が巻き起こって、ようやく辺りが落ち着いた。盾の呪文が割れて砕ける。
「ぐぬう…この幸村の槍を持ってしても、あの見えない壁が突破できぬ…!」
「fantastic!六爪の一撃を防ぎやがった!」
赤いライダースジャケット着た侍と見るからに青い恰好をした侍が、俺とレグルスに殺傷力ありまくりな槍と刀を向けている。時代錯誤な恰好をされている目の前の二人はどちら様でしょうか。一体何がどうしてこうなった。
そして冒頭に戻る。
「ああ起きたのか名前。もう少し寝ているといい、すぐに終わる」
「おいちょっと待て」
体勢を整えたあっちが構えるのと同様にレグルスも杖を構えだ出しているからシャレにならない。青いのと赤いのが何者か知らないけど、マグルである以上あっちに勝ち目はない。雷やら炎やらが出せてもスーパーサイヤ人並に動けなきゃ呪いは避けられないし向こうの攻撃がレグルスの盾の呪文を破壊できるわけもない。そもそもこっちは姿くらましっていう瞬間移動と書いてチート技と読むアレができましてね?おい!
止める間も無く向こうが突っ込んできて、レグルスが腕を振り上げて、何か言おうとする前に背後で空気がざわついた。
「えっ」
「はぁい、そこまで」
割って入ったひょうきんな声が、俺の首元で物騒な金属音をたてた。思わず見下ろす。音が怖くて視線だけで、だけど。黒くて尖ってて鈍く光ってるソレ。これなんだっけ。忍者がよく持ってるこれ…手裏剣じゃなくて、えっと…。
「クナイ!?」
「ちょっとうるさいよアンタ」
思わずイングリッシュ的な発音で叫んだら呆れ声で凄まれた。凄まれてるのは怖いのに呆れた声はわざとらしく聞こえない。役者だなこの人。でも本気。何に本気って、俺を殺そうとしてることがなんだけど。笑えないね。
こんなに密着してたら姿くらましで逃げようにも、付き添い姿くらましになってしまう。どうしようかと考えあぐねていると、レグルスが苦虫を噛み潰したような顔でゆっくりと杖を下ろした。お前のそういうとこ好きだよ。
「佐助!勝負に水を差すようなことをするでない!」
「明らかに一方的な展開だったでしょ。ああいうのを勝負とは言えないね」
「hum、いけ好かねえ野郎だ。いつから見てやがった」
青いのと赤いのと、それから俺の後ろの奴が俺とレグルスを完全に無視しているので頭突きをかましてやった。反射的に顔面を押さえた隙に前転、のちにポケットへ手を突っ込んだ。レグルスが無駄のない動きで青いのを吹き飛ばす。そして俺は赤いのに呼び寄せ呪文をかけた。バシンバシン、いい音が二回炸裂する。平手打ちではない。雄叫びをあげながら突っ込んできた赤いのと衝突したけど、レグルスがうまいぐあいに手首を捻り捕まえてくれた。
「ナイスだレグルス!よしそこの迷彩!この赤いのをどうにかして欲しくなかったら…、どうするんだ?」
「君はもう黙ってろ」
首根っこを掴まれて青いやつの傍に放られる。頭から突っ込んだらしい青いのは、立派な三日月の前立てが地面にめりこんで動けないらしかった。どんまい。
暴れる赤いのを膝で抑え込んだレグルスはそいつの首にぴたりと杖を当てた。赤いのがごくりと言葉を飲み込む。迷彩の忍の目がスッと細くなった。
「あは、何してるの?」
「お前が僕の友人を嬲るから、最良の解決策を提案してるだけだ──ああ」
ピシリと音が鳴った。地面に亀裂が入って、そこに一筋の血が滴り落ちていく。迷彩忍の態度は全く変わらなかったけど、目を合わせたらぶわっと鳥肌がたった。この兄ちゃん怒ってるよ、すげえ怒ってるよ。それだけは伝わったよ。
「僕はお前よりも素早く正確に、お前の上司の首を撥ね飛ばせるが」
煽るのやめろよ。見ろよあの目、俺達の事軽く殺せそうだよ。さっきよりもクナイがぎらついて見えるよ。目がおかしいのかな、なんだかどす黒いオーラさえ見えてきた。
片やレグルスはどうなのかというと、とても静かに迷彩忍を見すえているのに、その目は氷のように冷たい。さすがの元死喰い人クオリティ。いやここはポーカーフェイスを極めた名門貴族の跡取りと評するべきなのか。
空気が、今にも音をたてて弾けてしまいそうだ。迷彩はクナイを腰につけていた巨大な手裏剣に持ち替えてるし、レグルスはいつ呪いをくり出すか分からないし、兜を残したまま起き上がる事で妥協したらしい青い奴は静観してるし。
ごくりと唾を飲み込んで、そして。
「──どうなったんだっけ?」
ぴちちち、と鳴き声をあげながら飛んでいく雀を眺めながら、ぼんやりとそれだけを口にした。口の周りにきなこを付けまくっている幸村がふがふがと答えてくれる。まったく読み取れない。新しいお茶請けを出した佐助が幸村をチラリと見る。
「お館様が気合の一発で解決したんでしょ」
「ああ、そうだった」
そうそう、お館様もとい武田信玄。俺でも知ってた有名な戦国武将だ。幸村はお館様の部下で、抜き打ち視察っぽいのでちょうど幸村の治めるこの地に来ていたんだそうだ。一触即発の雰囲気を一キロ先まで轟くような声でぶち壊し、いくつかの質疑応答のちになぜか幸村を殴り合いを始め(これは殴り愛ってやつらしい)、城主の幸村に手をあげた俺達の沙汰をお咎めなしにしてくれた。
本当に感謝しないといけない。下手したら俺達首切りちょんぱされてたって事だからね、笑えない。お館様々、甲斐の虎様だよ。ちなみにこれ、もう一ヵ月くらい前の話です。
「そのお館様はどこに?」
「レグルス殿と共にちぇす、とやらに興じていらっしゃるよ」
「またか」
お館様は将棋や囲碁とは異なる遊戯に大変興味をそそられたらしく、縁側でレグルスとゲームをしていることが多い。恐れ多くもレグルスはお館様にチェスの指導をやってるとか。恐れ多すぎ。あいつが元貴族だから気後れしないのかもしれないけど。あいつは日本のお殿様ってやつの位の高さを知るべきだと思う。あと武田信玄個人のそれも。
俺?俺は幸村とお菓子と食べる係だよ。嘘だよたまに鍛錬に付き合ってるよ。今日もな。俺達が魔法使いだってもう知れちゃってるし。
「さあ名前殿、今日もあの不可思議な妖術で某を鍛えてくだされ!」
「魔法だっつってんじゃん?」
呟いたけど、幸村は話を聞いていなかった。口の周りにきなこを付けながら、すぐ傍に置いていた槍を二本構えて気合の限りに叫んでいる。ちなみにこのやり取り、一ヵ月前からやってるから。幸村は魔法を妖術だって勘違いしたままだから。それでも城主かよ。
ともかくここにいる以上はその天然入りまくりの城主の言うことには従わなければならないので、俺はきちんと口元のきなこを拭ってから杖を手に取った。
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