海賊
・企画より
・いきなり始まる
いわゆる転生を経験して、その過程で世界も飛び越えて、しかもタイムスリップも経験して。生まれ変わったその先で、普通の暮らしをしていたら滅多にお目にかかれない現象もたくさん見聞きしてきた。だから、俺はある程度、精神的ショックの耐性がついていると思っていた。ちょっとやそっとの事じゃあもう驚きませんよって、そういう。
でもこれはさすがに驚くしかなかった。驚くっていうか、衝撃だったというか。
「ボウズ、おつかいか?おまけしてやるよ」
「ありがとう」
親切に笑顔で返す以外にどんな対抗手段があるというのか。いやない。反語。
おつかい、というのも間違いじゃない。市場のおっさんが俺の事を「ボウズ」と言ったのも、揶揄じゃない。俺の身長はせいぜい1メートル。体重は計った事は無いが、昔より軽い。
いつまでたっても慣れない屈辱で心を痛めつつも、上半身を隠してしまうほどの紙袋を抱え直して、俺はたった今世話になっている男の元へと戻った。
「はじめてのおつかいは上手に出来、ウッ」
ニヤニヤした顔で俺を見下ろしてきた男の腹に、渾身の力で紙袋をぶつける。呻いて悶絶しているのはいい気味だもっと苦しめ。丁寧に紙袋を地面に下ろしてから、この世界における唯一の癒しに飛びついた。
「ケニーおかえり〜!変な人に声かけられなかった?」
「もちろん!」
もふもふの毛に顔を埋める。あっという間に2メートル以上の視界まで肩車されて、ようやく持ち直したらしい男にべっと舌を出してやった。
「このクソガキ…!」
「だめだよキャプテン、ケニーはまだ子どもなんだよ!?」
もふもふした熊の手で更に高く持ち上げられ、刀を抜きかけている男の手から遠ざかる。"俺の事情"を知らないクルーにどうこう言えるわけもなく、歯ぎしりしている男もとい船長(キャプテン)もとい、トラファルガー・ローを思いっきり鼻で笑ってやった。
話は数週間前に遡る。
ホグワーツの図書館でだらーっと過ごしてて、適当にさらーっと滑らせた指で射止めた本をぱらーっと捲って次の瞬間には景色が変わっていた。そこはローが船長やってる海賊、ハートの海賊団が敵の海賊船とドンパチやっている船の上。そして俺はだいたい5歳くらいのショタの姿。原因は間違いなく絶対にあの本。許さない絶対にだ。
服装もマグルのものになってた。髪の色も目の色も元に戻ってるんで普通なら血の気がひいてるところなんだけど、それどころじゃないよね。思わずポケットまさぐったけど杖も無い。しんだ。心がしんだ。コンマ一秒の間に起こった事がありえない。俺は認めんぞ!心の中でちゃぶ台返しをしておいた。
見た目は子供頭脳は大人みたいな笑えない事態に陥ってるし、ポカン顔かましてる間もなく周りはドンパチしてるし、とりあえず逃げなきゃうわー!って慌てふためく間もなく捕まって、とりあえず逃げようとしたらズバーッてやられるしね。あれよあれよという間に、気が付いたらローの船で治療受けてました。おおう。
ちったい子供だったおかげで俺はお情けをいただいたらしい。ショタ万歳。という事はつまり子供じゃなかったら海の藻屑になってたって事だねあぶねえ。ショタ万歳。大事な事なので二回言いました。
ちなみに俺を斬ったのはどうやらローにとっての敵で、海の藻屑に以下略。ご愁傷様です。自分を殺しかけたような奴にはちょっと同情できないから。
軽傷だけど怪我の治りが魔法界と比べ物にならないくらい遅くて、ベッドから起き上がれるようになるまで一週間。どうやら世界を越えた事に気付くのにそこからプラス2日。サブカルにある程度しか詳しくない俺でもワンピースは知ってた。海賊王に俺はなる。気付いてから思った。気付くの!おせえよ!
幸いだったのは、主人公とさんざんペアでグッズ展開されてた死の外科医もといトラファルガー・ローの存在を覚えていた事だろうか。よく覚えてたよ俺。いや、ぶっちゃけ名前は忘れてた。牛柄の帽子と隈を覚えてた。乙。
しっかしワンピースの世界とか、なあ。デタラメ人間の万国びっくりショーじゃねーか死ぬ。俺が死ぬ。まして子供なのに。四つんばいになってここまで考えて、ようやく魔法が使える事に気が付きました。杖なしでもいけました。ガッツポーズ。意気揚々と両手を天に突き上げる。いてっ。
よっしゃー生き残れるやったー!背中の傷?レパロレパロ!そんなもの跡形も無く消してやんよ!って意気揚々と背中を治そうとして、子どもだからか魔力うまくコントロールできなくて四苦八苦してたらその様子をローに見られるという失態。ベタすぎる。当然あらいざらい吐かされたので、ローだけは俺が異世界の魔法使いであるという事も知っている。
あっさり信じてくれたのは、曰く「まあここは『偉大なる航路』だからな。異世界だのなんだのがあってもおかしくないだろ」という事らしい。「そのくらいで驚いているようじゃあ海賊王になはれねえ」だそうです。イケメンがドヤ顔で言い放ってくれました。そうですか、真顔。
ともあれそういう事情で、俺ケニー・アディントン(ただしショタ)は今日も元気にハートの海賊団として小間使いをしております。えんやーこらどっこいしょ。俺いつになったら帰れるのかな、なんて心配はしていない。魔法界で行方不明とかよくある話だもんね。クィディッチの試合中に行方不明になって数ヵ月後、砂漠で発見されたっていうのあったもんね。きっと数ヶ月かそこらで帰れるだろ。たぶん。そういうことにしておいてほしい。
「ケニー!おつかいありがとうな。これやるよ」
「やった!」
子供ってとりあえず笑っといたら、大人から何かしらもらえるよな。慈しみの愛情、役と…プライスレス。
ベポの肩車の上から、デレッデレの声を出しているシャチに手を伸ばす。甘くてほんのりすっぱい味は、長い髭をたくわえた校長の好物を思い出させた。
「帰りたいな」
ベポの歩みだけじゃなく、その場にいたツナギ男全員の足並みが止まる。心の中で呟いたつもりが声に出してしまったらしい。支え代わりに掴んでいたベポのふわふわの毛を思わず手放した。
「あの、えっと」
「帰れるに決まってんだろ!」
ドン!!と音がした。気がした。涙と一緒に鼻水まで飛ばしてきたペンギンの背後には間違いなくその音が踊っていたような気がする。ペンギンの肩に腕を回しながら、同じく鼻を鳴らしたシャチが親指を立てた。あらぬ誤解を植え付けた気がする。
「お前の故郷の島までこのハートの海賊団が責任持って連れてってやる。な?」
「な?じゃねェよ。勝手に約束してんじゃねェ」
「いてェ!!」
シャチの頭をぶっ叩いたローは、もはや日常化している寝不足のせいで色濃く肌についた隈の上から、じっと俺を睨んだ。
「クルーなら黙っておれに着いて来ればいいんだよ」
「…ロー」
「何度言わせりゃあ気が済むクソガキ。おれは船長だ」
寝不足だし不摂生だしこいつほんとに医者か、とツッコミを入れたくてキリがないけど、こうして締めるとこ締めてくから、こんな男でもみんなついていくんだろうなぁって思いました。端的に言うとかっこよかったんです。ちくしょうこれだから男前は。
先を歩いていく男に、顎の下にあるもふもふにほっぺたを埋めながら返事をした。
「…アイアイ。キャプテン」
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