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アズカバン序盤くらいの時間軸
ハーマイオニー・グレンジャーの月曜日は最悪の一言に尽きた。
朝一番の魔法薬学の授業で羊皮紙ふた巻のレポートを言い渡されたのに始まり、薬草学の授業で噛みつき球根が指を食いちぎろうとしたのに驚いて尻餅をついた拍子に膝をすり剥いてしまった。絆創膏を貼っていたら危うく逆転時計を使用する時間を過ぎてしまうところだった。
おまけに次のコマときたら、瓶底トンボ眼鏡の魔女のスピリチュアルな占い学。急ぎ足で耳の後ろを引っ掻く。髪を今までで一番の出来で結い上げるところまでは最高の月曜日だった。一時のイライラで髪をぐしゃぐしゃにするほど、ハーマイオニーは理性を失っていなかった。
時計を見る。今はひとつ前の時間に戻り、占い学の教室がある北塔に向かっているところだ。薬草学の授業が終わるまであと十分。ギリギリだ。鐘が鳴るまでにせめて、六つ目の階段の下までに着いておきたかった。誰も見ていないのをいいことに、階段を一段飛ばしで駆け上がる。スカートの裾が翻っていても気にしない。今は授業中。どうせ誰も見ていないのだから。
「(──、えっ)」
五つめの階段の一番上。誰かいた。廊下の窓辺に腰かけて、こちらに背を向けている。
ローブは着ていない。どこの生徒かは分からないけれど、キラキラ輝く銀髪に見覚えはなかった。足音で誰かが来るのに気が付いていたのかもしれない。その誰かは、ゆっくりとこちらを振り返った。
少年だ。しかも自分より年上の。逆光でも目立つ赤い目が、色の少ない顔立ちの中で一際目立っている。無造作に伸ばされた髪は、申し訳程度に黒のリボンで縛られている。先端のデザインめいた裁ち切り方が、どう見ても包装に用いられたもののように見えた。
どこかで、見たような。
あがった息を整えるふりをしながら少年を観察していられたのは一瞬だった。彼が無造作に垂らしている右手の指に煙草が挟まっているのを見つけて、ハーマイオニーは目を剥いたのだから。
「未成年の喫煙は犯罪よ!」
「マグルの法律じゃあな」
「えっ」
えっ。
ハーマイオニーは狼狽した。マグルの定めた法律だと、十八歳以下──つまり未成年の喫煙は飲酒同様、法律で禁じられている。魔法界の成人は十七歳だ。飲酒や喫煙を定める法律はマグル界と同様だと、たった今まで当然のように考えていたハーマイオニーは動揺した。法律がふたつの世界で異なっているなんて、考えたこともなかった。
「それは…」
「まあ魔法界もだけど」
「じゃ、じゃあダメじゃないの!規則は守らないと!」
少年はじっとこちらを見つめた。健康にも悪いのに、とまくし立てようとした口が自然と小さくなっていった。ただ見つめられているだけなのに、心がざわざわとしたのだ。規則どころか法律違反を諫められているというのに、少年はまったくといっていいほど悪びれている様子がない。
「規則ね」
「な…なによ」
「ミス・グレンジャー。君が授業中に校舎を疾走しているのは規則違反じゃないのか?授業はどうしたよ」
「あなたこそ授業は、ってどうして私の名前を知っているの!?」
「おい、謙遜もほどほどにしろよ」
少年が肩をそびやかした。
「お前、有名だよ。ハリー・ポッターといつも一緒にいるからな」
羨望。賞賛。嫉妬に畏怖。誰も彼も、みな彼のことを「生き残った男の子」として見る。彼自身はごく普通の、過酷な環境で生きてきたとは思えないほど謙虚な人間だというのに。
親友のハリーに対する言葉は、いくつも聞いてきた。少年の言い方は、今まで聞いたもののどれとも違っていた。好意も嫌悪も感じられなかったのは初めてだった。
少年は、ハーマイオニーが両腕に抱えていた本を見つめている。
「…『未来の霧を晴らす』」
ハーマイオニーの勘違いでなければ、少年は無理矢理話題を変えた。
「占い学か。ここを下りて、芝生を突っ切って橋の下をくぐったら北塔だ。そっちの方が速いぜ」
青年はニコリともせず、またこちらに背を向けた。青年の後頭部の少し上で、白い煙がゆらゆらと漂っている。性懲りもなくまた吸い始めたらしい。
時計を見た。血の気が引いた。鐘が鳴るまで、あと五分をきっていた。
漂う煙。時計の長針。煙。あと四分。ハーマイオニーは断腸の思いで青年に背を向けた。
「どうもありがとう!」
怒鳴ってやったのはせめてもの悪あがきだ。今日だけ。今日この時だけよ、ハーマイオニー。次に現場を押さえたら、絶対先生に言いつけてやるんだから、この不良少年!
北塔が見えてきたところで、後ろを振り返る。青年がいた場所は、ここから見ようとしてもまったく見えない。もしかすると、誰にも見つからない穴場なのかもしれない。授業をサボっていれば、の話だろうけど。
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