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ゴブレットの組み分けあたり
「ざまあみろ!」
誰かが吐き捨てたのでみんな顔を上げた。レイブンクローの生徒だ。彼はダンブルドアの引いた年齢線を超えて、炎のゴブレットの中に向かって手を掲げていた。名前を入れたのだろうな、とすぐに分かるポーズだ。十七歳以上の生徒そうやっているのを、大広間にいる誰も彼もが見て知っている。
けれどざまあみろ、と言ったのはなぜだろう。首を傾げていたら、すぐに原因は分かった。
ざわっと空気が揺れる。
「なにしてんのお前」
大広間の入り口に立っていたのは、ひどく制服を着崩したホグワーツの生徒だ。
男にしては長い銀髪。赤い目は気だるげで、ローブは羽織ってすらいない。ネクタイはどこかに落としてきたようだ──そこまで考えるまでもなく、彼の右手に目が留まる。ネクタイはテーピングの役割を果たしていたようだ。骨を傷つけないよう、皮膚を切らないよう、関節を覆うように巻かれている。血が滴って落ちた。
ケニー・アディントンというこの生徒の名を知らない者はホグワーツにはいない。ハリー・ポッターとは違う意味で、むしろ真逆に近い理由で彼は有名だった。
「へぶっ」
大股でレイブンクローの生徒に近付いたアディントンは、彼を殴りつけた。無言で。
レイブンクローの生徒は大きくよろめいて、床に倒れ込む。アディントンは馬乗りになって乱暴に髪の毛を掴むと、自分の顔の高さまで無理矢理持ち上げた。
「返事は?」
「うう」
「うーじゃねえよ。なにしてんのって聞いただろ?言葉分かる?」
アディントンは不思議そうに首を傾げている。レイブンクローの生徒は鼻血を流していた。血が喉まで流れ込んでいるとしたら、喋るどころではないのは誰の目にも明らかだ。しかし、誰もそれを指摘しない。指摘できないのだ。
一部始終を見ていたスリザリンの上級生が顔を歪めて笑った。
「どうすんだアディントン。ゴブレットの魔法は魔法契約だぞ」
「だァってろブレッチリー」
「さすがの君も選ばれたらいい子に代表選手をしなくっちゃならないだろうな」
レイブンクローの生徒を落としたアディントンは、心底嫌そうに年齢線を踏み越えた。彼はどうやら十七歳以上の生徒のひとりだったらしい。アディントンは観察するようにゴブレットの周りをぐるぐる歩き回ると、ポケットから杖を取り出した。無言で杖を振り下ろす。
バギン!
強烈な音がして、近くにいたハッフルパフの下級生が悲鳴を上げて飛び下がる。炎のゴブレットから零れ出ていた炎が不規則に揺れた。
「やばいぞ」
フレッド・ウィーズリーが上ずった声を上げた。
「あいつ、アディントンの野郎!」
「炎のゴブレットを破壊するつもりだぜ!」
ジョージ・ウィーズリーの声で大広間に集っていた生徒のほとんどが前のめりになった。
炎のゴブレットは、三代魔法学校対抗試合の要になっている魔法道具である。あれがなければ各学校の代表選手は選ばれないし、試合そのものも始まらない。
とてつもない魔法の力がこめられているのは間違いなかった。誰にもゴブレットの邪魔ができないよう、不正もはたらけないよう、ダンブルドアが直々に年齢線を引いたのがますます「ただごとではない」感を演出している。
もちろん、挑戦者はあとをたたない。
今しがた声を上げたウィーズリーの双子も、先日ようやくふさふさの白髭を取りはらったばかりだ。しかしどんな者も何をしてもまるで歯が立たなかった。ふさふさの白髭と白髪をこしらえた生徒が量産されるばかりであった。
それが、なんということか。ゴブレットを出し抜くでもなく、年齢を偽るでもなく。正面から堂々と、破壊せんとする挑戦者が現れたではないか。大広間はまたたく間に興奮と絶叫と足を踏みならす音に包まれた。
「いけーっアディントン!」
「ぶっ壊せー!」
ギャラリーの声援を歯牙にもかけず、アディントンは思案しながら呪いだの魔法だのをぶつけている。ドズンだの、バリッだの、ガガガガガだの、およそ無機物からしてはいけない音が大広間中に響き渡る。これがますますギャラリーの興奮を煽った。その中心となっている人物が人物なだけに、興奮は冷めることを知らない。
なんたってあのケニー・アディントン。彼が見た目通りのヤバい不良だということは、ホグワーツに入学して一カ月も経っていないイッチ年生でも知っていることだ。
怪我したくなきゃアイツにだけは近寄るな。
これは入学して、教室がどこにあるのかよりも前にまず教えられることである。指を立てた上級生はどこの寮もまずこれを、口をすっぱくして言い聞かせるのだ。
スリザリンのくせに差別はしないけど、魔法よりも杖よりも手が出る暴力男だから。
──魔法使いなのに?
そうだね。そう言って前歯ぜんぶ折られた先輩も後輩も同級生も数えきれないほど知ってるんだ。アイツ、魔法使わずに骨折るから。
親元からひとり寄宿学校にやって来たイッチ年生はこれに震え上がり、ホグワーツで近付いてはならない男ベスト3に彼の名前をキッチリと刻みつけた。
ちなみにベスト3は上からセブルス・スネイプ、アーガス・フィルチ、そしてこの男と続いている。
「おーい!」
ワーワー沸き立つ大広間に、ひとりの生徒がバタバタと飛び込んできた。
「どうした?リー」
「マクゴナガルが騒ぎを聞きつけた。今にやってくるぜ」
「マジかよ!もう少しだったのに」
フレッドはパシリと額を叩いて、大広間の中心に向かって呼びかけた。
「アディントン。マクゴナガルが来るぜ!」
「へえ」
「…?」
ジョージは首を傾げた。
「言葉が分からないのか?」
「バカにしてんのか」
「だったら──」
「知らねえよ」
銀髪の男は杖をくるくると指先で回しながら言った。
「俺はこいつをブッ壊さなきゃならねンだから」
そうして結局、アディントンはマクゴナガルを筆頭に教師陣にしこたま怒られることとなる。
炎のゴブレットを破壊しようと試みる生徒など前代未聞だったので、これは他の学校の先生からもお小言を言われる始末だった。頭痛をこらえているセブルス・スネイプは珍しくも、唇を真一文字に引き結んで黙っている。彼が自分以外の教師に叱られるのはなにもこれが最初ではない。
「ベルビィのバカが入れた羊皮紙がゴブレットの中から消えるなら、何だってしますよ」
息巻くマクゴナガルの目の前で耳の穴をほじりながらアディントンは言った。
「消せないんですか?」
「消せないんじゃよ」
ダンブルドアはたっぷりした髭を撫でながら言った。来るつもりはなかったが、マダム・マクシームとカルカロフに睨まれては重い腰を上げざるを得ない。
「ゴブレットと生徒の魔法契約は名前を飲ませたところから始まっておるのじゃ」
「は?クソ仕様かよ」
「アディントン!」
マクゴナガルが金切り声を上げた。さっきから怒鳴りすぎて声が枯れかけているのだ。
「あのさ〜〜」
アディントンはカリカリと銀髪を指で引っかきながら言った。一応、弁明をする気ではあるようだ。
「名前を入れたの俺じゃないの。分かる?センセ。俺、被害者」
「ほう。報復に鼻を折っておるようじゃが?」
「それとこれとは別」
アディントンはしゃあしゃあと言って、ちょっと黙った。
「万が一の話していい?」
「うむ」
「なんかの間違いで俺が選ばれたら、どうなんの?」
「君はホグワーツの代表選手になる。選手はみな競わねばならん。棄権も許されん」
「やっぱクソ」
マクゴナガルが呻いた。もう声を出す気力もないようだ。
「ね。ほんとにどーにもなんないの?俺なんだってするよ?」
「どうにもならんのう」
「センセの靴舐めても?」
「どうにもならんのう」
ダンブルドアは慣れた様子であしらった。するとアディントンはイッチ年生が見たら泣き出すほどの凶悪な顔で舌打ちした。
「…まあ、俺が選ばれるとは限らないよな」
「そうじゃの」
「ハッフルパフのディゴリーとか?あいつ最適じゃん」
「そうじゃの〜」
賛同しちゃうところがダンブルドアの茶目っ気あふれるところではあるが、アディントンはブスッとしているものダンブルドアの折れ曲がった鼻をさらにへし折ろうとはしなかった。
「奴が選ばれたら」
アディントンを帰してマクゴナガルを帰して、ようやくスネイプがちょっとだけ目を開けた。視界にすら入れたくないとばかりにかたく目を閉じていたのだ。
「もしも、億が一奴が選ばれたのなら。ホグワーツきっての恥です」
「彼は素行はともかく優秀じゃ。十分にありうる」
スネイプはダンブルドアを殺意のこもった目で睨みつけた。ダンブルドアもさすがに言いすぎたかな、と思ったのでちょっとだけ肩を縮込ませた。
「…は」
「うむ?なんと言ったかの」
「ゴブレットの選考基準は何なんです?地頭の良さか、それとも才能か」
ダンブルドアはアイスブルーの瞳をきらきらさせて、少し悩んでから不安そうに答えた。
「誰も知らんのじゃよ」
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