【空】茶会に錠剤を添えて
#えすけぷ
胃の中で紅茶が揺れた。最早胃に収まり切っているのかも分からない。酷い吐き気に苛まれ咄嗟に口元を両手で覆うも、胃の内容物は指の隙間を縫って患者衣へ零れ落ちた。燻んだ薄い新緑の患者衣は濃く変色してしまい、一気に惨めさのどん底へと叩き落とされる。
「俺の淹れた紅茶、美味しくなかった?」
「…ぅ、ぇ、」
「ダメ。止めないよ。これは治療なんだから」
この事態を想定していたかのように、なかむ先生は予め用意していたらしいおしぼりを手に取った。手と口元を汚す白濁した紅茶の吐瀉物を優しく拭われる。子供が溢した食事の後始末をするように、戻してしまった事を咎める様子もなく、それはそれは優しく。激昂してこの部屋を出ていってくれたら、どれほど良かっただろう。
「まだこんなに残ってるよ?あとちょっと頑張ってもらわないと」
茶色の薬瓶が上下に振られる度、からからと乾いた音が鳴る。薬瓶にはまだ七割ほどの薬が残っていた。
「もういらない、嫌、いらない」
「だからダメだって。別に全部飲まなくていいよ、俺は零魔に記憶障害起こして欲しいだけだしね」
溢れ出す感情を制御できず、駄々っ子の様に手足をぱたぱたとさせると足首に棘が食い込んで痛かった。かろうじて腕の自由は効くものの、胸から下は乱雑に有刺鉄線が巻かれていることを思い出す。拘束は緩い、緩いのに、この地獄の様な病室から逃げることができない。その事実にまた涙と胃酸が込み上げてきた。
「えぇ、そんなに泣かれると俺も心外っていうか…薬が嫌ならこれで殴ってもいいけど、記憶だけじゃなくて体の機能も何個か飛んじゃいそうだよね。あ、待って、こっちの方が良いかも。うん、俺がつきっきりでお世話してあげるの、めっちゃいいね」
「ぃ、嫌、のむ、のむから」
「…マ、いっか。零魔は痛いの嫌いだもんね」
なかむ先生はすっかり濃くなってしまった紅茶を、気に留める様子もなくティーカップへと注いだ。ティーポットの傍らに鎮座するシュガーポットから角砂糖を三つ、薬瓶から錠剤を七つ取り出し、紅茶へと落とす。細身の銀のスプーンでくるくるとかき混ぜ、私の前へと置いた。
「はい、どうぞ!もう熱くないからすぐ飲めるよ。零魔がこっち側に来てくれる日もそう遠くないね。白衣の用意もできてるし」
綺麗な弧を描いた彼のぼんやりとした瞳には、ハートの瞳孔に十字架が掲げられていた。