【黄】その後に救いを求めて【SCP-2718】
#SCP-2718
「零魔はさぁ、死後どうなるか考えたことある?」
観察と称した生産性の無い日常会話(この様な言い回しをしたが、私はこの穏やかな時間をいたく気に入っている)に、唐突な問い掛けが姿を見せた。SCP-2178こと、きりやんは癖のある前髪を人差し指に巻き付けながら、「死んだ後って、人間どこに行くんだろうね」と質問を繰り返す。神父の姿をしている彼が言うと、宗教的な問いのように思えた。
「良い事をしてたら、天国に行くのかも」
「そ、じゃぁ悪い事してたら?」
「地獄、かな」
他のオブジェクトに比べ明らかに情報が少ない彼との会話を記録すべく、新品同然のバインダーを開きながら答えた。財団最高位の職員からきりやんの管理を命じられて季節が一周したが、きりやんが彼自身の核心に触れそうな問いをこぼすのは初めてだった。おかげでオブジェクトクラスすらも未だに不明のままである。
「地獄ってどんな所か分かる?零魔は熱心なキリスト教徒とは程遠そうだけど」
「えぇ…生きてた時の罪を償う場所で、暗くて、痛そう、なとこだとは思うけど;」
あまりに稚拙な答えに、我ながら頭が痛んだ。きりやんはそんな私にも柔らかく微笑んで、「教えてあげよっか」と、ゆったりとした口調で溢した。鬱陶しく顔にかかる横髪を掬われ、撫で付けるように耳に掛けられる。彼の指先がなぞった肌が、優しい温かさを孕んだ。
「人はね、死んでもどこにも行く事なんてできない。生命活動が停止した遺体に感覚と自我と精神をはっきりと残存させて、どれだけ自由になりたくてもその体にこびり付いて離れない」
「え、」
「遺体が風化して、朽ちて、散らばっていくのを、まるで生きていた時と同じ様な痛みと苦しみを味わいながら、発狂も許されずに知覚を強要されるんだよ。細胞がひび割れる感覚、体液が腐り果てる感覚。そんな生温い物だけじゃなくて、海に散らばった髪の毛や体組織の一部、鳥や獣に食い荒らされた一部、死んだことで感覚の制限がなくなって、こんな事も感じ取れるようになる。自分が朽ち果てていく無限の苦痛を無理矢理享受させられて、それは体がどれだけ分解されても、消化されても、消えることが無いんだよ」
「そ、れは、きりやんが、その、そういうSCPってこと…?」
「何言ってんの。『死』は誰も逃れられない単なる自然現象でしょ?俺はただこの事実を人間に恵んであげるだけの存在だし、どうにもならないかなぁ」
酒の席で笑い話でも話したかのようにからからと朗笑を溢したきりやんは、柔らかく垂れた目尻に浮かぶ自身の涙を拭った。彼にとっては取り留めのない話であったのかもしれないが、私は自分の手からバインダーが落ちる様子を、無力にも眺めることしかできなかった。カタカタと眼球が小刻みに揺れるのを感じる。
「ぇ、ぁ、ど、どうしよう、博士に相談して、死をSCPに認定してもらって、財団に収容してもらわなきゃ、」
「だからぁ、生きてる限り『死』からは誰も逃れられないんだって。天国と地獄の話なんて嘘。生きてた時の代償でも罰則でもなく、人の魂は永遠に自分の肉体に縛られて苦しみ続けるしかないよ」
神父としての説教を終えたきりやんは、小さなあくびを漏らした。先程の話を聞いておきながら常に死と隣り合わせの財団で、冷静でいられる筈もなく、徐々に冷えていく自身の身体を抱きしめながらぐるぐると巡る恐怖と焦燥で目が回った。
「きりや、私、死にたくない」
「まぁ、そうだろうね」
「ずっと痛いのなんて、いや、嫌、そんなの駄目、どうにか収容しなきゃ」
「まぁまぁ、落ち着きなって。死の収容なんてできる訳ないでしょ?」
きりやんの温かな手に引き寄せられ、体温の消えた涙がぼたぼたと零れ落ちた。そのまま胸の中に閉じ込められたかと思えば、彼の胸元で鈍く光る十字架後と共に力強く抱き締められる。教会の乳香に混ざって仄かにお酒の匂いがする彼に包み込まれると、痛い程に拍動していた心臓が段々と冷静さを取り戻した。
「そんなに怖いならさ、俺が助けてあげようか?」
「でも、でも逃げられないって、」
「そりゃぁ、普通はね。でも俺なら零魔を救ってあげられる。俺の言うことちゃんと聞けるならね」
「できる?」と薄ら微笑んだ彼の言葉を全て飲み込むように、何度も首を縦に振る。恋人同士がするような甘い口付けを何度も受け入れれば、心ごと思考が陽だまりの毛布で包まれたようにぽわぽわとした。きりやんに優しく頭を撫でられる度に、脳味噌が撫でくり回されて溶けていくような感覚が全身を巡る。先程の行き過ぎた恐怖は、その残骸さえも残っていなかった。
「責任持って、死んでも尚俺が優しく殺してあげるからね」
彼は【人間の死後】に対する災害認識である。彼の口から語られる死後の情報を真実だと認識した者は、極めて強力なミーム汚染(一種の洗脳)を引き起こし死後の苦痛に対して過剰な恐怖を抱くようになる。
本家 scp-jp.wikidot.com/scp-2718
著者:csshow 2016 この作品はクリエイティブコモンズ 表示-継承3.0ライセンスの下に提供されています。