炭酸は甘い毒


「ねえヘルツ、新しい実験体患者が来たよ」
「また? これで何回目なの……」


呆れ半分、よくバレないなという感心半分で答えたのはヘルツと呼ばれる若い女医師だった。薄花色の瞳は自分より少し高い男性を舐めつけるように見つめる。そんなことは意に返さず、医者は早速とでも言うように実験の準備をし始めている。薄ら笑顔は形容詞難い不気味さを秘めており、長い付き合いの彼女でも慣れない。空気にへばりついたグルタラール製剤の匂いが、気の抜けたラムネの様な甘ったるい香りによって上書きされる。彼女が常時服用している液体シロップ状の薬と同じ、ただ焼け付くような甘さだけが存在する香りだった。


「やっぱり、嫌?」
「私が嫌悪感を表しているのは今更だけど、なんで急に──ああ、そう」


────瞳の色、変わってる?
昆虫のような無機質さ。意味もなく風景を眺めるような無関心さ。一般ではあり得ない発言。現代科学では可能になりつつあるが、何もせず一瞬で変わることはない。ゆるりと細められたのは夕焼けを注いだみたいな双眸。親が子供を叱るように、怒りを孕んでいる。


「……っ、あ、ご、ごめ────」
「いいよ。あんまり気にしてないし。それより……いや、なんでもない」

何が不安なのか、グルグルと無気力さが助長されている。彼の生気の薄い瞳に覇気が宿る。ゆらりゆらりと彼女に近づき、流麗な動作で同僚の花唇をなぞった。勘違いしそうな悲鳴が喉の奥から搾り出された。


「な、かむ……?」
「────薬だよね」


ブラックコーヒーを飲んだ子供みたいな苦々しい顔を顔に刻む。彼女は薬が嫌いなわけではない。そんな彼女を無視して、Nakamuは粛々と準備をしている。そんな様子を見ては逃げ出したいと思うヘルツ。しかし医者である自分が病気と真正面に向き合わず、果てには逃げ出すなど恥もいいところだ。


「……いくよ?」

ぷつ、と肌を無理矢理裂いて針が侵入してくる音がする。勿論ヘルツの思い込みに決まっているのだろうが、どうにか気を逸らそうとシーツを掴んだ。

「はい、おしまい。速度はいつもと同じだけど、しんどかったり痛かったりしない?」


小型のプロジェクターから映し出される時計を見ながら、滴下速度を調節したNakamuは彼女の顔を覗き込む。口当たりの優しいサイダーの様な液体が、輸液バッグに閉じ込められている。いつもより色が澱んでいるような気がしたが、空色について考える余裕などすぐに消え去った。


「ぅあ……い……っ!」








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