現みたいな夢厭


  


「──……ッッ‼︎」
「ヘルツ‼︎ どうしたの⁉︎」


 忙しない足音のBGMが煩わしい。脳内に這いずり回る蚯蚓の形をした悪夢。ぬめぬめ、てらてら。朱いだけの世界。鼻腔を満遍なく刺激する粘つく腐敗臭。ぐしゃりと踏み潰された百合のような死骸。正に屍山血河──もしくは地獄。爛れて煙だけを上げる血肉。口腔を侵し、胃の腑に張り付く臭い。嬉々として胃を裏側から揺らす。ギラギラと項を焦がす暑さ。陽炎さえも殺してしまう眦に湛えた涙。






 ────…………吐かなきゃ。吐かなきゃ吐かなきゃ吐かなきゃ吐かなきゃ吐かなきゃ吐かなきゃ吐かなきゃ吐かなきゃ吐かなきゃ吐かなきゃ吐かなきゃ吐かなきゃ吐かなきゃ吐かなきゃ吐かなきゃ吐かなきゃ吐かなきゃ吐かなきゃ吐かなきゃ吐かなきゃッ‼︎‼︎‼︎


「────ヘルツ‼︎‼︎」
「ぁ……う、うぁ──……い、いや……!」


 癇癪を起こす子供のように泣き喚く彼女。多色性の宝石のように色彩の変色が止まらない双眸。二つの同色の飴玉は砕かれたように歪な輝きが映されていた。……理性は、繊月のように細く欠けすぎている。



「…………へるつ」


 ────甘い、あまいにおい。
喉元にへばりつく、全てを上書きするソーダの甘さ。脳も細胞も心も────全てが塗り替えられる心地。腐敗臭も、粘つく朱色も、塒を巻くように脳に居座っていた悪夢諸々が炭酸泡のように弾け飛ぶ。グラグラと裏から揺れる胃も、今は安らかに眠っている。

 死人のように身体の運動が停止したようだ。厭夢の傾倒から解き放たれ、代わりに心に収まった仮初めの安寧と暖かな陽だまりを想起させる温み。
 抱擁されていると気づいたのはNakamuの声が耳元で漂っていたから。心に氷砂糖がまぶされたような心地は彼女の理性を取り戻す因となった。真っ白で埋め立てられるみたいに強ばって、関節を動かすことすら儘ならない。身体が硬直する。


「怖かったよね。俺はここにいるよ。絶対に──ぜったいに、はなれないから」


 ただの囁き。しかし魔力を秘めた言葉は手品めいた鮮やかさで彼女の脳みそを直接縛り付けるように刻み付けられる。その一言で、一体どれだけの自分が救われたかなんて、もう分からない。








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