偽りの共感覚
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きんときの顔を見て、思わず顔を顰めてしまうヘルツ。患者には非常に優しく献身的と評判の彼女でも、苦手な患者はいる。そのうちの一人が、きんときと呼ばれる艶めかしい泣きぼくろと黒髪、海を流し込んだような碧眼が特徴的な患者だった。薄雲のかかった不吉な空を思わせる緑みを帯びた燻った灰色の患者服の上から『 白尾学園 』と背中に刻まれている青メインのジャージを羽織っているため、遠目からでもよく目立つ。──そも彼女が勤める病院の患者は、片手で数えられる程度の人数しか居ないため目立つも何もないが。
「きんときさん、また怪我?」
「さん付けはいいっていつも言ってるんだけど……まあ、うん。そうだね」
気負いの無い返答に眉根を寄せ、憂いを帯びた顔つきになる医者。何が面白いのか、きんときはゆるりと目を細めている。首元から覗く、赤々とした数条もの線。苦手な患者と言えど、彼女は医者だ。相手の怪我を視認すれば治そうとするのは当たり前のこと。今日何度目かわからない歎息を吐き出して、彼の病室まで移動する。
「なんでこんなことしたの」
「ヘルツさん、この前怪我したでしょ?」
要領の得ない会話に苛つきを覚えながら、彼女は首肯する。慣れた手つきできんときの首元の傷を治療する。何も言わない。言いたく無い、そんな気持ちが渦巻いている。
「うわぁ、痛そ。ううん、痛かったね。ヘルツさんが感じた痛み、俺が一番分かってあげられるから」
ヘルツが以前巻いた包帯を容赦なく取り払う。顔を覗かせた赤いの線状の傷を、きんときの細く筋張った指がなぞる。傷を労ってくれているのかと思ったが、次の彼の発言でこの生温い思考は間違っていたのだとヘルツは痛感した。
「うん、覚えた。俺も試しに傷を付けてみたんだけど、やっぱりヘルツさんのと同じ位置に付けたいと思って。その方がさ、ヘルツさんがどんな痛みを味わったのかよく分かると思わない?」
一等大きな傷に力を込められ、喉奥から形容し難い声が漏れる。
「好きな人と同じ感覚を共有したいって気持ち、ヘルツさんは分かるかな? 嬉さとか楽しさとか、気持ちよさとかね。でもそれだけが全部じゃない。悲しい、苦しい、痛いとか怖いとか、そういう負の感情も全部共有したい。だからヘルツさんが傷付いた分だけ、俺も傷を受けるよ」
「……は、なに、言って────」
ガシリと捕まれる腕。