強炭酸の心痛知らず
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「あれ、きんときさん」
「あ、零魔さん。どうも」
暇つぶしに中庭に来たヘルツは驚いた様に声を上げる。満点の星空は二人を見下ろしながら、宝石をばら撒いたような星々を煌々と輝かせている。ギラギラと焼ける海のような目がゆるりと細められる。ヘルツもそれに倣うように目尻を下げるが、患者の面貌を見た瞬間、彼女の柔らかな暖色は今空に広がっている夜天のようなミッドナイトブルーに変色している。
「きんときさん、寒いよね」
「……え」
努めて冷静に、彼女は告げる。青年の顔が青白いわけでもない。震えていたわけでもない。ただ熟れたリンゴのような花唇が、紫色になっていた────チアノーゼを起こしているのが明白だからだ。ヘルツは彼に接近し、割れ物に触れるが如く優しい手つきで患者の口唇をなぞった。
「──ちょっと待って‼︎」
「…………ん、どうかした?」
白魚の手を振り払う。夜空を背負っていた細い体躯は崩れ落ちるようにたたらを踏み、無意識に数歩後ろに下がる。端正な顔を片手で覆い隠し、もう片方の手で制止の意を示す。夜目の悪い女医者には分からずじまいになるが、彼の耳には赤が差していた。羞恥からの反射的な行動だというのは誰が見ても明白だった。