黒蝶。
この名は誰もが継げるものではない。
四大将の中でもずば抜けた能力を持った者しか継ぐ事が出来ない。
言わば最強の人間がこの名を名乗るのを許されているのだ。
故に黒蝶の名を継ぐ者はそういなかった。
「これは…」
その黒蝶を継ぐミコトは珍しく目の前の光景に唖然としていた。
ただミコトは仕事も終えて帰ってきただけだった。
ただ、それだけなのにミコトの…ミコトとその部下達の目の前には何隻もの海軍の船が粉々になり、炎を上げ、海に叩きつけられたように破壊されその破片が海面に浮かんでいた。
いつもの静かだが騒がしい本部に帰って次の指示が出るまでゆっくりと祖父とその友人と過ごそうと思っていたミコトだったが、帰ってきて目の前に飛び込んできたこの現状に目を丸くし立ち尽くしてしまう。
「こ、黒蝶さん…!」
「…!」
ほぼ豪華客船と同じ大きさと存在感があるミコトの船が係留しても誰も見向きもしない。
いつもなら大袈裟じゃないかと思うほどの歓迎を受けるのに、である。
しかしいつもとは全く異なる事態にミコトは迎えに来ない海兵達など目も呉れずただただ立ち尽くし唖然としていた。
すると後始末や生存者の救出に慌しく動くある1人の若い海兵が黒蝶の船を見つけ、慌てて駆け寄ってくる。
ミコトはその海兵の声が微かに耳に届き目の前の惨状から大きすぎる船を見上げる海兵へと目線を移した。
その海兵とミコトの距離は天と地のようにあり、そんな高いところから見下ろすミコトから見てもはっきりと分かるほど海兵の顔色は悪く、血の気がないように真っ青だった。
「アルダ、ニーナ」
血相を変えて船に駆け寄ってくる海兵を見下ろしながらミコトは後ろに控え自分以上に唖然としていた幹部の名を口にする。
ミコトに名を呼ばれようやく2人は我に返ったのか同時に慌てて返事を返す。
いつものミコトだったなら慌てて返事をする部下が微笑ましくクスリと微笑むところだが今の状況ではそんな誰もが魅了される美しい微笑みなど浮べることなどできず、2人に背を向け海兵を見下ろしながら口を開く。
「わたくしは今からおじ様の所に参ります…あなた方2人はこの場を仕切り、その後はわたくしの指示があるまで待機するように。」
「「はっ!」」
ミコトは静かに冷静に部下達に素早い指示を出す。
しかしミコトの内心は目の前の惨状を引き起こした人間への怒りで赤く染まっていた。
それを察する者はこの場にはおらず、ミコトは梯子を降ろすのも待たずそのまま船から飛び降りる。
普通の人間ならば巨大な船から降りればそのまま命を散っていくだろう。
だが不思議とミコトは落下してもスピードが落ちていきストン、と何事もなかったように降り立った。
部下も下でミコトを待っていた海兵も驚きはない。
海兵は目の前に降り立った自分よりもはるかに地位も能力も高いミコトに綺麗な敬礼を見せるもミコトは手を上げ止めさせる。
「報告を」
「は、はいっ!」
敬礼するよりも一刻も早く状況を把握したいとミコトは歩きながら海兵から全てを聞いた。
海兵からの報告に歩みを止めたミコトの険しかった表情が更に深まる。
コンコン、と元帥の扉を誰かが叩く音が鳴る。
「…なんだ」
「わたくしです」
「!、ミコトか…」
重い空気が流れていた部屋にノックの音と共にミコトの声がいつもより大きく響く。
センゴクはミコトの声にハッとさせ入るよう扉の向こうに立っているであろう友人の孫娘に告げた。
すると扉が開けられ、ミコトが姿を現す。
ミコトが部屋に入るとおじと尊敬しているセンゴクと祖父のガープがセンゴクの向かいのソファに座っており、2人は自分以上に険しく苦い表情を浮べていた。
2人もいつもの美しい微笑みではなく硬い表情にあの惨状の説明を聞かされた事を察し、祖父の隣へ座ったのを見て早速本題へ移る。
「話は聞いたか?」
「はい……金獅子のシキ…あの方はずっと行方不明だったのでは?」
ミコトは海兵から聞いた人物を口にした。
金獅子のシキ――その人物の名前だけならミコトは知っている。
ミコトだけではなく金獅子という海賊の名は殆どの人間が一度でも耳にした事のあると言っても過言ではないだろう。
金獅子のシキはかつてミコトの義弟であるエースの父、ゴール・D・ロジャーと渡り合った実力の持ち主である。
しかし、その男はロジャーの逮捕に怒り無謀にも世界政府に乗り込んだ。
結果、大きな被害を出したものの結局はセンゴクとガープにより捕まり脱獄不可能と恐れられていたインペルタウンへ投獄される。
脱獄不可を誇るインペルダウンに入れられシキはそこで余生を送ると誰もが思い安堵していた。
しかし、シキは己の両足を切断し海楼石から逃れそして脱獄に成功したのだ。
脱獄したシキを海軍は探し出そうとするが20年もの間、噂も聞かずずっとどこかに姿を暗ましていた。
20年消息を絶っていたため世間からも忘れられかけていたシキが昨日、動き出したのだ。
センゴクはミコトの疑問に更に険しい表情を深め、口を硬く閉じる。
ミコトの問いに答えたのはガープだった。
「そのはずじゃったんだがな…どこで姿を暗ませておったのやら……昨日の夕方突如現れたんじゃ…それも軍艦と共にな。」
「それで、その軍艦を落下させあの惨状……ということですのね?」
「ああ。」
ミコトはセンゴクとガープの言葉に港湾の惨状を思い出しているのか綺麗に整えられている眉をひそめた。
「クザンさん達は?」
「あいつらはお前と同じく任務に出ていて留守だった…あいつはそれを見越し、そして狙ったのだろう。」
「…宣戦布告、と捉えてもよろしくて?」
センゴクの言葉にミコトは表情を変えず意外にも冷静に呟く。
そのミコトの呟きにセンゴクは重々しくゆっくりと頷いた。
センゴクのその頷きを見てミコトは溜息をひとつこぼし、疲れたようにソファにもたれ、ソファの肘掛に肘を付き目を伏せた後額に手を当てる。
「全く……インペルタウンから逃げたのならば大人しく隠れて余生を送っていればいいものを…ゴール・D・ロジャーと同等の実力があるとは言え所詮は昔話し…耄碌した者などにこうも掻き回されるのは面白くありませんわね…」
「行ってくれるか、ミコト」
センゴクは表情を硬くミコトに問う。
ミコトはセンゴクに問われ伏せていた目線をセンゴクへと向け『勿論ですわ』と小さく笑った。
その返事を聞きセンゴクもガープもあまりいい顔はしていなかったがミコトが動くと知り安堵の表情を浮かべてもいた。
そんな2人の様子を見てミコトは小さな笑みからいつもの美しく柔らかい笑みへと変え姿勢も正し長く美しい足を組んだ。
「わたくしがおじ様やおじい様、そして海軍の顔に泥を塗った老いぼれを必ずや捕らえましょう。」
「ああ…だがあまり無茶はしてくれるなよ?」
「まあ、おじ様ったら…誰に言っておいでで?」
「そうじゃの!ミコトが出るのならシキはもう捕まったも同然じゃ!ぶわっはっはっは!」
ミコトがいつもの笑みを浮かべた途端に部屋の重苦しい空気がガラリと変わりいつものセンゴクとガープに戻る。
祖父の豪快な笑い声を耳にしながらミコトは『さすがおじい様ですわ!』と笑みを深め祖父の太く逞しいに抱きつく。
孫娘に抱きつかれ褒められれば流石のゲンコツのガープと恐れられているガープとはいえ鼻の下を伸ばすしかなかった。
そんな友人を見てセンゴクは嫉妬と怒りで体を震わせ、そして――
「ガープ!!!お前も救出に向かわんかーーー!!!」
今日も元帥の部屋から怒鳴り声が響く。
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