スモーカーはミコトの件でクレームを入れるべく、本部に電伝虫を繋げた。
普通なら中将とはいえ元帥に繋げてもらうには面倒な手順があるはずだった。
しかし、ミコトがスモーカーを選んだ時点で本人からクレームが来ると見越して事前に指示を出していたのかすぐに元帥の電伝虫に繋がった。
例え元帥と言えど、スモーカーは狂犬らしく噛みついてやろうとした。
しかし元帥サカズキの言葉に、呆気に取られてしまう。
≪子供を作れ≫
この一言が嫌にスモーカーにずしりと重く圧し掛かり、あまりの突拍子もない言葉に返す言葉さえ失った。
燃え盛るような怒りはその一言で散ってしまった。
「………今、なんて…」
≪あの女と子を作れと、言うとるんじゃ≫
スモーカーは結婚のことを文句言いたかったのに、元帥から放たれたあまりにも飛ばしすぎている言葉に、スモーカーは言葉をなくしてしまう。
そんなスモーカーなど気にも留めずサカズキは続けた。
≪上はあの女が離れることを危惧しちょる…子供を作れっておけばもしもの時は子供を人質に取れる―――…そう政府の命令が下っとる≫
「…おれは結婚なんて認めていないんだが」
≪おのれの都合や意志など関係ない…問題は女が海軍を抜けることじゃけェ、おのれは黙って女と子供を作っておけばいい≫
「だから結婚なんてしねェって言ってんだろうが…そんなに黒蝶を結婚させたければ元帥がなさったらどうですか」
≪断る≫
「………」
≪まァ、おのれもそれなりの覚悟と整理が必要じゃろう…1年の猶予を与える…それまでに覚悟を決めておけ≫
むしろ元帥が黒蝶と結婚してくださいよ、と含めて返せば返ってきた答えは即答だった。
とはいえ、実際問題、サカズキはすでに結婚しており、離婚しないかぎりはミコトとの結婚は出来ない。
愛人関係というものは存在するが、サカズキがそれを容認する性格ではないし、ミコトも自分の価値を理解しているため愛人などリスクの高い関係を受け入れるわけがない。
言いたいことだけ言ってブツリと切れた電伝虫に向かってスモーカーが『それ、猶予じゃなくて強制だろうが…』と呟いても罪はないだろう。
何故好きでもない女(しかも気に入らない上に歳の差のある女)と結婚した挙句子供まで作らなければならないだ、と思いながらも縦社会では逆らう事も出来ず(逆らったら家族もろとも友人知人部下全て抹殺するとマジ声で言われた)既に相手の気配のない受話器を電伝虫に返す。
「お話は終わりまして?」
「――!!」
はあ、とミコトが居座り何度目になるか分からない溜息をスモーカーはついていると、ふと背後から声がし、ハッとさせて弾かれたように振り返った。
そこにはミコトの姿があり、話を聞かれたと眉間にシワを寄せる。
不機嫌を隠すことのない夫(仮)にミコトは扉の枠に体を預けて愉快そうに笑みを零した。
「"子供を作れ"…上の考えることですわ」
「……盗み聞きか」
「あら失礼な…お昼が出来たのでたしぎから呼ぶよう頼まれたので呼びに来たのです…そうしたらワンちゃんとの話が聞こえただけですわ」
「それを盗み聞きといわずなんていうんだ」
「ちょっぴり聞こえちゃったテヘペロ☆でしょうか?」
「お前…年齢を考えろ、年齢を」
「まあ、また失礼な事を仰るのねェ」
『まだわたくしはあなたより若いですわよ?』とコロコロ笑うミコトを横目で睨むように見つめていたスモーカーは灰皿に置いていた葉巻を手に取り咥え白煙を上がらせる。
えへ、と舌先を出しお茶目に装うミコトにスモーカーは嫌味の1つ2つを返して腰を挙げ、ソファから立ち上がるスモーカーを見てミコトは扉の枠から体を起こしスモーカーが先に行くのを待つ。
自然な動きだがまるで良妻のような仕草にスモーカーは溜息をついた。
しかし不意にミコトへと視線を戻し、じっとミコトの顔を見つめる。
そんなスモーカーに気付いたミコトは『どうかしまして?』と小首を傾げる。
「お前はいいのか」
「何がです?」
「お前は好きでもない男と一緒になり子供を生むことに…本当に抵抗がないのか、と聞いてるんだ」
「あら、わたくしの心は嘘偽りなくあなたの物ですわ…勿論、心だけではなく…この体も、全て…」
「はぐらかすな、真面目に答えろ」
「…………」
『この幸運者め☆』、とウィンクするミコトがスモーカーからはどうしてか話を逸らしているように感じ、キッと鋭くミコトを睨んだ。
スモーカーの真剣な眼差しにミコトは苦笑いを浮かべ『仕方ない』と答えた。
「上がそうしろと言うのであればそれに従うことがわたくしの仕事ですもの」
「それが好いてもいない男と子供を作れという事でもか」
スモーカーの言葉にミコトは肩をすくめて返す。
その返答にスモーカーは顔を歪めた。
恐らくは好きでもない男とも寝れる尻軽女とでも思って言うのだろう、とミコトは思い内心笑った。
本当に好きな人と生涯を共にできない以上、ミコトにとって夫なんて飾りとしか思えないのだ。
しかし政府の読みは正しく、ミコトはきっと好きでもない夫との間に子を成してしまえばその子供を心から愛するだろう。
人質にするという線は間違っていない。
恐らくミコトは子供のために抵抗できず人をも殺せる。
スモーカーに笑みを向け、『さァ、せっかくの料理が冷めてしまいますわ』と急かす。
スモーカーは先ほどの回答を本気にとらえたかは分からないが、険しい表情を崩すこともなく無言で立ち上がり部屋を出て食堂へ向かった。
ミコトはそれに続き、愛した男とは違う広い背を見つめていた。
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