(65 / 274) 原作沿い (65)

水城達はコタンの女達と共にアイヌに扮した男達の遺体を全て埋め終えた。
アイヌの女達の1人、村長の息子に扮していた男の妻にされていたモノアがポツリと呟く。


『今日私達がしたことは忘れるべきだ…誰かに聞かれたら恐ろしいことになる』


アシリパに訳してもらったその言葉に水城は何も言わず帽子のツバを下げた。
彼女達は夫と息子を殺された。
幸い子供は男も女も監禁されて殺されてはいなかったが、愛する人を彼女達は亡くした。
彼女達は静秋を亡くした自分なのだ。
そう思うと彼女達の心境は計り知れないだろう。


「水城、チンポ先生、尾形…コタンの女達がお礼をしたいと言っている」


モノアがアシリパに声をかけ、それをアシリパが水城達に教える。
どうやらこの村を救ってくれた礼をしてくれるという。
一晩世話になりたいと思っていたので水城達には断る理由はなかった。
ご馳走してくれるのは、この時期採れるトゥレプ(オオウバユリ)の料理らしい。


「私達は今くらいの時期を『少しウバユリを獲る月』とか『どっさりウバユリを獲る月』と呼ぶ…ハルイッケウ…『食料の背骨』というくらいウバユリは大事な食べ物だ」


ウバユリは食べたことはあるが、アイヌのように頻繁には食べていなかった。
水城としてはちょっと料理の中に入っている脇役程度の認識なためアイヌの作るウバユリの料理を楽しみにしていた。
花の咲くトゥレプは種を飛ばし新しいトゥレプになるため、アイヌは絶対に取らないようにと教えられている。
掘ってきたゆり根を一枚ずつ剥がして洗うのだが、加工は水を多く使用するため河のそばでやるらしい。
その移動の手伝いを水城達も手伝い、水城はそのまま女達に交じってイウタニ(杵)を持ってニス(臼)でゆり根をつき潰していく。


「…オイ、それさっき囚人の頭を殴ったやつだろ…」


尾形がモノアの持っている杵を指差す。
水城は暴れていて気づかなかったが、女達も戦っていたのだ。
その武器が家にあった様々な物。
モノアの持っている杵もその一つらしい。
モノアは日本語は通じずニッコリと笑うが、それがまた怖い。


「これに水を加え、袋で濾すと澱粉がたまる…アイヌのオオウバユリの最大の利用方法はこの澱粉で団子を作る事だ」

「なるほど…お団子を作ろうとしているのね」


日本語が通じないため水城は普段の口調で納得したように呟く。
それから濾した澱粉は更に分けられ一番細かいものは胃腸の薬用であまり食べない貴重な物らしい。
二番目に細かいものを普段食べる団子にするらしい。
袋に残ったカスも発酵させ丸めて丸棚に吊るしておくと、オントゥレプアカム(発酵させたウバユリの円盤)という冬場の貴重な保存食となるらしい。
それを手渡されて見てみるが、まず思ったのはその硬さだ。


「このカスで作った団子は美味しいの?カチカチだよ?」

「水で戻して食べる…あまり美味しくないからおかゆに入れる」

「ああ、美味しくないんだ…」


カチカチの物は戻すことが前提だが、その味はやはり美味しくないらしい。
普段はそれでも貴重な食べ物だからお粥として食べるが、今日は大切なお客さんがいるため一番粉をふるまってくれるらしい。
チセに戻りアシリパは水城に手招きをする。
水城がそちらに歩み寄ればおたまを渡された。


「夏は女の季節だ…だからお前も色々経験しておくといい」


アシリパの言葉に水城は頷き、おたまを手にアシリパの翻訳で言われた通りの作業をする。
まずはヨプスマオウという植物の茎の中に澱粉汁を流し込み、それを表現が焦げるまで火に当てる。
それを人数分続ける水城を見ながら尾形は首を傾げる。


「夏は女の季節だからってなんで水城が作業するんだ?」


アシリパは尾形の疑問に答えた。
水城はこの金塊争奪戦を終えるとアイヌとして生きる事を決めた事。
アシリパの村で暮らす事を尾形は聞き、眉を顰めアシリパから水城へ目線を向ける。
だが水城は作業に夢中で気づいていなかった。
そんな水城に尾形は溜息をつき、前髪をかき上げる。
モノア達の合図で火に当てていた物を取り出し、お皿に中を取り出す。


「これでいいの?」

「『大丈夫、上手く焼けている』と言っている」


水城の不安げな目線に笑顔で頷いてくれた。
基本料理は女の仕事だが、アシリパが水城は女で、今アイヌになるために勉強中と伝えれば、やはり女に見えなかったのか驚かれたが受け入れてくれた。
茎から取り出したそれを牛山達の前に出す。


「ヨブスマソウの香りが移って甘くて美味しい!ヒンナヒンナ!」

「うん、ヒンナだね」


尾形は相変わらず表情は変わらないが、箸が止まっていないと言う事は美味しいのだろう。
牛山も『くずきり』みたいだと言いながら美味しそうに食べ、水城とアシリパは美味しさに笑顔になりながらお互い顔を見合わせた。
すると次の料理が出された。


「こっちは二番粉をフキの葉で包んで焼いたものだ」

「この赤いのはなに?」

「サクラマスのチポロ(筋子)を潰したものだ…ほかにもヒグマとかの脂を付けて食べたりする」


一番粉だけではなく二番粉までも振る舞ってくれて、水城はアツアツの内に口に入れたいが、猫舌というのもあって息を吹きかけて冷ましてから口に入れた。


「うんうん!団子の甘さに筋子ダレのしょっぱさが相まってとぉ〜ってもヒンナ!」


しかし、それでも美味しく水城は笑顔をうかべる。
食べていると『あ、そうだ』と呟き、荷物の中からある物を取り出した。


「アシリパさん、筋子ダレも美味しいんだけど味噌付けたら絶対合うんじゃない?」


そう言って荷物から取り出したのはお馴染み、味噌だった。
味噌の入っている容器を見るやいなやアシリパは飛びつき蓋を開けて味噌を付けて食べ始める。
その表情は輝いており、やはり水城が思った通り美味しいらしい。


「うんうん!やっぱり水城のオソマは何にでも合う!!スゴイオソマ!!」

「もぉ〜!オソマっていうのやめてぇ〜?」


相変わらず味噌をオソマ(ウンコ)と言って聞かないアシリパに水城は文句を言うがその顔は笑っていた。
いつもの事だと思っているのだろう。
だが初耳のモノア達は騒めき始める。


「オソマ…?」

「オソマ…」

「ああ、ほらほら…アシリパさんがオソマ言うからうんこ食べてると思ってるよ…」


モノア達は物凄く引いていた。
この反応もすでに慣れたもので、アシリパはドヤ顔を浮かべ、モノア達に味噌を差し出す。


『これは食べられるオソマです』

「いやウンコじゃなくて味噌なんですよ?」


もうオソマという単語だけでアシリパが何を言っているのか理解してしまう程水城は慣れてしまった。
『ウンコっていいながら差し出すのやめなぁ??』といつものように注意すると、モノアが恐る恐る受け取って匂いを嗅ぐ。
ちょっと指につけて口に含むのを見ながら水城は『なんでみんなウンコって聞いて食べようと思うんだろう』と誤解を解けるのは良いがウンコだと連呼された物をちょっと食べてみようと思うアイヌの人達にそう思う。
するとやはりモノアも口に合ったらしく美味しいと言ってくれた。
そこまでは同じ反応だが、何故か自分とアシリパを手を差し出すように指差し何か言って笑い、周りの女性達も笑っていた。


「なに?どうしたの?」

「私がオオウバユリの神様みたいだって」

「どういう意味?」

「アイヌの昔話」


アイヌの昔話にこんな話がある。
ある村長が噂を耳にいた。
小さい女が二人、村ごとに村長を訪ねてきてお椀を借りては物陰で脱糞し食べろと言って差し出す。
それをもし拒否すると物凄く罵倒されるらしい。
ある日、その村長の村にその女の子達がやって来た。
噂通りお椀を貸せと言って物陰へ行き、お椀一杯にドロドロした物を持ってきた。
それを村長は食べたが、その味は良かった。
実はその二人はギョウジャニンニクとオオウバユリだった。
自分達は食料であるとまだ知らない人間に食べてほしかったのだ。
人間に感謝され祀られないと神様になれないから。
だがその村長のお陰でこの食料を知った人達は飢えから守られて暮らせるようになった―――と、いうお話らしい。
それを聞いて水城は登場人物全員が変態にしか聞こえず引いてはいたが…気になる事が一つ。


「お椀のどろどろはウンコだったの?」


その問いにモノア達は笑いながら答え、このコタンでは久々に笑いが絶えない夜となった。

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