水城は鳥の鳴き声とチセに入り込む朝日に目を覚ました。
『ああ、もう朝か』と体を起こせば少し体のだるさを感じるが、他に異常はない。
記憶が飛ぶまで酔っ払っていたわけでも、意識を奪われて襲われたわけではないので、この体のだるさの理由も分かっているし、隣に尾形が寝ているのも驚きではない。
(あ…服、着せてくれてる…)
あの後何回か体を重ね、お互いすっきりし満足したので寝ることになった。
尾形はそれほど着崩れはなかったが、水城は散々尾形に好き勝手弄られていたので着崩れしていた。
行為後の気だるさに負けてそのまま眠ってしまったが、どうやら尾形が直してくれたらしい。
流石にサラシまでやると強い力で水城が起きると思ったのかサラシの布はそのまま置かれていた。
水城はせっかく尾形が着せてくれたのだが、サラシを巻くため服を脱ぎサラシを巻く。
巻き終えて服を着なおした水城は背中を見せて眠る尾形のそばを離れチセを出る。
外に出ると朝が早い女達が動いている気配を他のチセから感じた。
「んーっ」
ぐっと腕を天に伸ばし思いっきり空気を吸い込む。
朝方であり、森の中というのもあって、澄んだ空気に気持ちのいい目覚めとなった。
「お、杉元…早いな」
声を掛けられ、そちらに振り向けばそこには道着を着た牛山がいた。
道着をパジャマ代わりにしているらしい。
それに練習を欠かさず行っており、だからこそ彼は不敗の牛山と呼ばれるのかもしれない。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
敵となれば厄介な相手だが、味方となればこれほど心強い仲間はいない。
女に弱く性欲が強いという弱点はあるが、土方と別れる際に『女を抱かせれば大人しい』という牛山の取り扱い説明を聞いており対処法がないわけではない。
ただ、水城とアシリパの行動範囲は森の中という女ッ気がないため不安要素でもある。
このメンバーにいる女といえばアシリパと水城のみだが、流石に牛山もアシリパのような年齢の子は対象外だったのだろう。
女に関して手を出さないという信用はできない男ではあるが、そこだけは安心できる。
最悪抜くだけなら自分がやってあげればいいかと軽い気持ちでいた。
水城も何だかんだ言いつつも、牛山という人間自体の好感度は高かった。
そんな牛山は挨拶を返しながらジロジロと水城の頭の天辺から足の爪先まで見る。
それに水城は怪訝とした顔で牛山を見つめた。
「なに?」
「いやぁ、尾形と寝たおかげか…男装してるのに色気があるなと思ってな…どうだ?今度は俺と一発…」
「
やらないから」
朝からセクハラされ、せっかくいい気分だったのに台無しにされた気がした。
間髪入れず断られた牛山だったが、水城の肩を掴んで迫るように近づく。
「まあ、そういうなって…俺は結構上手いと娼婦たちに好評でな…試してみないか?」
「試しません!」
牛山も女で渡り合えるような強さを持つ水城に興味があった。
大男で自分の倍ある体型の牛山を背負い投げしたほどの女だというのに水城の体は筋肉達磨というわけではない。
裸を見たわけではないが、服越しでも感じたあの柔らかさから見るに…恐らく他の女達同様すらっとしたいいスタイルなはず。
いや、肉があってもそれはそれで抱き心地が良くていい。
そう思いながら水城に手を叩き落とされつつ、今度は水城の肩を抱く。
「まあまあ、一回ヤってみればハマるかもしれないぞ」
「ハマらないししつこい!」
「尾形より力あるし、他の男では経験できない激しい行為もお手の物だ」
「あーあー、きこえませーん」
「なんだ、優しいのが好きなのか?お前なら普段手加減してやってる娼婦と違って本気でヤれると思ったんだがな…まあ、お前が優しいのがいいのなら優しくしてやろう」
「…ほんっと、あんたって性欲を持て余してるのね…」
土方から取り扱い説明を聞いても水城はこれほど牛山が強いとは思っていなかった。
しかしよくよく考えれば牛山はオープンだったな、と思い出す。
水城も行為は気持ちよくて好きではあるが、ここまで性欲が強いと逆に同情してしまう。
「朝から元気だな、お前ら…」
人のいい顔を向ける牛山の鼻を摘まむ水城だったが、ふと後ろから声が聞こえた。
気だるさを含ませるその声の主を振り返り見てみれば、尾形がいた。
寝起きだからか、不機嫌そうに水城と牛山を睨むように見つめていた。
水城は尾形と何度も寝たが、寝起きは初めて見た。
軍人時代は種を仕込むのは大体時間を見つけながらの昼間が多い。
夜は吉平が必ず水城を呼ぶので、尾形と朝を迎えたのは今日が初めてだった。
眠そうではあるが、隙のない尾形に水城は牛山にしたように挨拶をする。
その挨拶に尾形は『ああ』とだけ短く呟き水城から離れてどこかへ消えた。
それを見送った牛山は首を傾げ水城を見る。
「お前らってデキてたんじゃないのか?」
「デキてないよ」
「それにしては…」
「なに?」
「あー…いや、なんでもない……聞くのは野暮ってもんだしな」
「??」
不思議そうに聞く牛山を水城も不思議そうに首を傾げた。
水城は牛山の問いに答えるが、その言葉の前に『子供はいるけど』とつけるが胸にしまっているので牛山は気づかない。
敵が多い分、弱点はあまりあちこちに見せたくはなかった。
たとえ牛山達と組んだとしても、牛山がいい人間だとしても、次の瞬間敵になるような状況である。
元々尾形とは愛だ情だという関係でもないため水城は顔を真っ赤にするでもなく、訳アリ風に遠くを見つめるでもなく、ケロッと普通に答えた。
その反応が牛山の疑問が深まる。
途中で言葉を切った牛山に首をかしげていた水城だったが、ふと『っていうか、恋人いる女を口説いてたってことだよね?』と牛山が水城と尾形が恋仲同士だと思っていたと知りそう思う。
水城と尾形が恋仲だと思っていながらストレートに誘う牛山に水城はもう呆れ返る。
「ほら、いつまで肩抱いてるの…早く着替えてモノアさん達の朝食を手伝ってあげなよ」
相手にしてられないと水城は猫を追い払うように手を振って牛山から離れた。
牛山は水城の言葉に『お、そうだな』とハーレムになるべく伴侶や親を失った傷心しているであろうモノア達のもとへ向かった。
そこで『それよりもお前だ』と男らしく一筋だとアピールせずオープンに女を求める牛山に水城は呆れを通り越し清々しさを感じた。
「水城!」
白石から聞いた牛山が師である男の妻に手を出したことがきっかけで囚人になったことを思い出しながら女達にちやほやされに向かう牛山の広い背中を見送っていると、愛らしい声が聞こえた。
そちらに目をやれば、牛山の面倒くさいナンパに沈みかけた気持ちを一気に浄化し浮上させてくれる水城のこの旅で唯一の癒しであるアシリパがこちらに向かって駆け寄ってきているのが見えた。
そのまま突進するように自分に抱き着いたアシリパに水城は呆れかえっていた表情を柔らかな笑みへと変える。
「おはよう、アシリパさん…どうしたの、そんなに慌てて」
珍しく走ってきたアシリパに水城はそう問うと水城の胸元に顔を埋めていた顔を上げる。
その表情はらんらんと輝いておりどこか嬉しそうだった。
水城はその笑みに『ウンコでも見つけたのかな?』と思う。
ここでなぜウンコだと思い突っ込んでくれる者はいない。
しかしウンコではしゃぐ可愛い少女だと思っていた水城だったが…
「仲直りしたんだな!!おめでとう!」
そのアシリパの言葉に水城は『ん??』と首をかしげる。
アシリパの言葉が理解できなかったわけではない。
仲直りという言葉の意味が理解できなかった。
特に仲直りするほど喧嘩した者はこのメンバーの中にはいない。
首を傾げ『喧嘩してたっけ?』と考える水城にアシリパは更に続ける。
「これで静秋も寂しくないな!!」
『早くコタンに帰りたいだろ!水城!』と満面の笑みで告げるアシリパに水城は思考が停止する。
(坊??え…坊??なんで坊が出てくるの??)
仲直りの意味に加え、なぜここで息子が出てくるのか…そしてそれでなぜ早くアシリパの住んでいた村に帰りたがっていると思われているのか…水城は考える。
いや、アシリパの住んでいた村に帰りたいのは正しい。
早く金塊を見つけて、囚人を見つけて、息子との時間を得たい。
だが、なぜこのタイミングでその話…?、と水城は首を傾げた。
頷きもせず、照れや嬉しそうに笑うでもなく、困惑し不思議そうに自分を見る水城にアシリパも首を傾げた。
「なんだ、水城…嬉しくないのか?」
「いや…坊のところに早く帰りたいとは思っているけど……ねえアシリパさん、仲直りってなぁに?」
アシリパが笑うと水城も嬉しい。
だけどアシリパの言う『仲直り』という言葉が全く身に覚えがなさすぎて水城はお手上げだと言わんばかりに問う。
その言葉にアシリパは目をパチパチと瞬かせ水城を不思議そうに見上げた。
「尾形と仲直りしたのだろう?」
「は?」
アシリパに聞いたが、更に分からなくなった。
なぜここで息子どころか尾形が出てくるのか。
不思議に思いながらも水城はどこか嫌な予感がした。
首をかしげる水城をよそにアシリパは更に続ける。
「私は昨日尾形からそう聞いたぞ?だからこの離れたチセを貸してほしいと尾形の頼みを通訳したんだ」
「ごめん、話が見えないんだけど…仲直りするって?私尾形と喧嘩してないんだけど…」
聞けば聞くほど理解とは程遠くなっていく。
怪訝とさせる水城に何を汲み取ったのか、アシリパはため息をつき水城から離れ腰に手を当てて大人びた顔で水城を見上げる。
「全く…私相手に何を照れているのか分からないが水城はもう少し素直になった方がいいぞ?」
(ええ…なぜか怒られた…)
「静秋を連れて出て行ったお前の意地も気持ちも分かるがな、水城…静秋には父親が必要なんだ…私は母がいなかったからな…やはり両親は揃っていた方が静秋にはいいぞ」
アシリパはコタンの女性たちに呼ばれ、そう言い残し水城から離れていった。
水城はその小さくも大きい背中を見送りながら呆けたように立ち尽くしていた。
(静秋には父親が必要、か…耳が痛いなぁ…)
アシリパの言葉は、息子に父親が必要という言葉は水城にとって耳が痛い言葉だ。
水城は夫を迎える気などない。
父親がいなくても、自分が父親であり母親であればいいと思っていた。
だがアシリパの言う通り、片親よりも両親がいた方が静秋にとってはいいのだろう。
今は夫を迎える気はないが、静秋がどうしても父親が欲しいというのであれば、結婚を考えてもいいとは思っている。
水城にとって大事なのは自分の気持ちよりも息子の気持ちなのだ。
「あんた…アシリパさんに何言ったの」
少し、感傷的になっていた水城の耳に足音が聞こえた。
見なくても誰か分かり、水城はそう問う。
目の前には尾形がいた。
その手には三羽の鳥が握られており、どうやら朝ご飯を獲りに行っていたらしい。
来たばかりだが尾形は水城が何を聞いているのか分かったのかその問いに肩をすくめて見せる。
「お前と喧嘩したまま別れてしまったから仲直りしたいと言っただけだが?」
「それにしてはアシリパさんのテンションが半端なかったんだけど…」
「それはあれだな…仲直りしたら俺達が夫婦に戻るとでも思ってるんじゃないか?」
「はあ!?夫婦って…結婚してないしそもそも恋仲でもないんだけど!?」
「俺が知るか…俺はただ仲直りの話し合いがしたいから場所を貸してくれと言っただけだ…まあ大人びていても子供なんだ…子供をつくっておいて結婚してないとは思っていないんだろう」
「もっといい言い訳なかったわけ?」
「お前に気を使ったつもりだったんだがお気に召さなかったか?俺は別に性交したいから家を貸せと言ってもよかったんだがな」
尾形の言葉に水城はギョッとさせたが、返す言葉もなかった。
確かに、セックスしたいから部屋を貸せと言えないし、大人びているとはいえ年端もいかないアシリパに通訳させるのは水城としてためらわれる。
尾形は別にそれはそれで構わないのだが、一応あれでも水城を気遣ってくれたらしい。
とはいえ、水城もじゃあどう言えばいいのかと問われると言葉に詰まる。
いくら子供を作る仲の二人とはいえ、夫婦でもなければ恋仲のようなそぶりも見せないのに部屋だけ二人きりというのも可笑しな話だ。
なら、尾形の言う仲直りの話し合いという方が察しられず良かったのかもしれない。
とはいえ、牛山には気づかれてはいるが。
尾形を一方的に怒るのも可笑しく、水城は溜息だけ返し、ちらりと尾形の手にある鳥を見る。
その視線に気づき尾形は手に持っている鳥を見せるように持ち上げる。
「頼んだのだからそのお礼をと言われてな…男手がないからとついでにコタンのアイヌたち全員分の朝食を獲ってこいと無茶ぶりをされた…あれでいてお前を取られたようで面白くないのだろう」
尾形の言葉に水城は機嫌が少し直るのを自分でも感じた。
尾形に嫉妬するアシリパを想像しちょっとニヤケてしまい、それをじっと尾形が見ているのに気づき、咳ばらいをして誤魔化し、尾形の手にある鳥を指さす。
「コタンの全員分って…三羽で足りるの?」
「いや、これはついでだ…すでに鹿を獲ってきた」
男たちがいないとはいえ、コタンのアイヌ全員分を一人で獲ってきたと簡単に言うが、早朝に猟を出て人数分を普通に獲ってきた尾形に水城はちょっと腹立たしさを感じた。
それは自分の銃の腕前が悪いからではない。
自分の銃の腕前がすこぶる悪いからではないのだ。(大事なことなのでry)
それを水城の表情で読み取ったのか、髪を掻き上げドヤ顔を見せる。
そんな尾形に水城は『腹立つわぁ〜』と心底思った言葉を零した。
◇◇◇◇◇◇◇
尾形の獲った獲物はアイヌの女やアシリパが捌いてそれぞれの家に渡った。
昨日お世話になったモノアの家で朝食もご馳走になった。
「さて…問題は村長に化けていた網走からの脱獄囚…詐欺師の鈴川聖弘をどうするかだ…」
「村の女たちが言うには『主犯はこの男だが、これ以上この男に関わりたくない』そうだ」
腹ごしらえも済み、水城達はアイヌの村長に扮していた男を外に連れ出す。
この男も体に入れ墨を入れているが、水城が殺した男たちとは違い『くりからもんもん』ではなく、水城達が探し回っている暗号が刻まれた入れ墨だった。
この騒動は、どうやらこの男が主犯らしく、女たちは遠巻きで鈴川を睨んでいた。
「面倒だ…殺して皮を剥いでいこうぜ」
「無抵抗の人間まで殺すのか?」
いくらアイヌを殺し、アイヌに扮したとはいえ、今は縛られ無抵抗な人間だ。
アシリパはできるだけ人を殺したくはなかった。
尾形の痺れを切らしたような言葉に、アシリパが反対した。
水城は人殺しをしない善人ではない。
この男が死のうとどうなろうとどうでもよかったが、意見が分かれた以上話し合いが必要となる。
睨み合うアシリパと尾形を見つめながら考えていると…
「網走から脱獄した他の囚人の情報がある!!」
鈴川の言葉に空気が変わった。
殺すか生かすかを言い合っていた二人も鈴川を見つめ、どうすべきか考えていた水城も『ほう…』と鈴川を見下ろす。
「どうだかな…お前、詐欺師だろう?時間稼ぎの嘘かもよ」
尾形は全く鈴川の話を信じておらず、殺す気でいた。
確かにこの状況で上手い話は尾形の言うように時間稼ぎの嘘の可能性の方が高い。
水城は鈴川に近づきペチリと天辺だけ剥げている頭を叩く。
「嘘なら舌を引っこ抜いてやればいい…閻魔様がやるか私がやるかの違いでしょう?」
鈴川は水城の言葉にゾッとした。
水城は鈴川に笑みを向けたがその笑みが恐ろしく見えた。
しかし、何とか生きながらえることができほっと安堵した。
「先を急いでるから鈴川聖弘は連れていく…土方歳三と合流してからコイツの処遇を相談しよう」
とりあえず、予定通り土方と合流するために出ることにした。
囚人の情報を持っていると言っている以上嘘だろうと真実だろうと簡単に殺せない。
「ここの村は男がいなくなったからずっとコタンに居ろと言ってる」
しかし、そんな水城達にコタンの女たちは引き留めた。
鈴川達のせいで男は殺されてしまい、コタンには男がいない。
だから男達には残ってほしかったらしい。
このメンバーで男と言えば尾形と牛山しかいないが、特に人気なのが牛山だった。
女たちは頬を赤らめ『チンポセンセイ』と口々に言う。
どうやら牛山をアシリパが『チンポ先生』と呼んでいるせいでそれが名前だと思われているらしい。
「チンポ先生が大人気だ…熊に勝ったし強い子供が出来ると言ってる」
牛山は水城が囚人たちを殺しまわっている間、熊と戦っていた。
牛山はその体型を武器に背負い投げをしたという。
それを聞いたとき水城は脳裏にあの牧場で殺した赤毛の熊を思い出した。
『私が顔に傷負ってやっと殺せた熊を背負い投げ…』となんか納得いかない顔を見せた。
森に住むアイヌにとって熊は神でありながらも恐れの対象である。
そんな熊が逃げ出すような強さを持つ牛山の子種をアイヌの女たちは欲しがった。
だが、このコタンに住むことはできないし、先を急いでいるので断ることにした。
アシリパの言葉を聞いてその気になっている牛山を水城と縄をほどいた鈴川で腕を掴んで引きずる。
「子種だけ置いていけないだろうか…」
「責任取れるの?弱みに付け込むのは良くないぞ?」
取り引きで子供を作った水城が言える立場ではないが、だからこそ残された女や子供のことを考え牛山を引き留めた。
それでも土方と別れてから女を抱いていない牛山は『うおおおお!女ァ!!』と叫んでいた。
「さあ先を急ごう!白石もきっと水城に逢いたくて寂しがっている!」
樺戸まであと少し。
いつも一緒に旅した白石とキロランケがいないのはアシリパも寂しさを感じていた。
アシリパのその言葉に水城も『そうね』と頷き、お世話になったコタンを後に樺戸へと向かった。
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