(134 / 274) 原作沿い (134)

水城と鯉登はベッドの上に向かい合うように正座で座っていた。


「………」

「………」


チラリと鯉登へ盗み見るように見れば、同じタイミングで鯉登もこちらへ視線を送っていたのかバチリと目と目が合ってしまい、お互い照れながら目を逸らす。
先ほどからこのやり取りをして数分経っていた。


「…あの……本当に、するの?」


改めて話し合いをするという事で、薬を盛られた水城のために切り上げた。
だが、切り上げたのはいいがこうして向かい合ってチラ見しては目が合いお互い視線を逸らすのを繰り返していた。
気まずいというよりは恥ずかしいのだ。
水城は童貞の鯉登よりも経験豊富と言っても全員一方的の行為しか知らず雰囲気作りなどされたこともしたこともなかった。
鯉登は…童貞であることで察しがついているだろう。
色々想像したりと練習はしていたが、雪乃が生きていると信じていたとはいえ眉唾物だったため、改めて雪乃とそういう事をするのだと思うと緊張してしまっていた。
まあ、要は二人とも緊張して中々ステップを踏めない…ということだ。
水城の再確認ももう何度目だろうか。
数えるのも面倒くさくなってきた鯉登は怒る気も失せ、これまた何度目か分からない答えを言う。


「ああ…薬のせいにしたくはないとは言ったが雪乃の体から薬が抜けたわけではないのだろう?」

「う、うん…」

「なら、私がせず誰がする?先程も言ったが私は誰にも触れさせるつもりはない…この先もだ…」


平然としているようではあるが、体の中の媚薬はまだ残っている。
月島から中出ししないと薬の効果は消えないと言われているので、弱まってもいないだろう。
水城もそこは気力で正気を保っていた。
想い人の前で取り乱した姿を見せたくはないという女心だ。
水城は鯉登の男前な言葉に何度目かになる胸の高まりを感じながら同時に下半身がズンっと重くなった。
自重しない感情に水城は薬のせいとは言え自分が情けなく思う。


(あの時の尾形…こんなに辛かったんだ…)


あの時とは尾形に約束を破られ中に出された釧路の時だ。
あの後キロランケからラッコを食べようとしてその場にいた全員(♂)が欲情してしまったのだというのを聞かされた。
どうやらラッコの煮える匂いは欲情を駆り立てる効果があるらしく、それを貰った本人である谷垣もその場にいた白石と尾形も知らなかったため誰もラッコを鍋にして食べるのを止めるものはいなかった。
というのも谷垣が貰った際、アイヌ語しか喋れない独り身の男から貰ったのだが、一緒にいたアイヌ語が分かるインカラマッは恥ずかしがって通訳しなかったのだ。
それがあの結果と繋がってしまった。
尾形は水城で発散できたからいいとして…谷垣達がどうやって発散したか興味があって聞くも上手くはぐらかされてしまった。
しかし素直な谷垣の赤くなった顔を見れば『あ…(察し)』だったのだが…水城は勘違いしているのに気づいていない。
とにかく、あの時の尾形もこんなに苦しかったんだなと薬を盛られ実体験しやっと尾形の切羽詰まりように気づく。
薬を盛られて気づいたが、どうやら性欲の前では理性などは案外脆いらしい。


「雪乃…」


何も言わなくなった水城についに腹をくくったのか、水城に手を伸ばし触れようとする。
しかし…


「あ、待って、まだ駄目」


肝心の水城に止められてしまう。
ちょっと雰囲気的にそのままイケる気がしていたのに手で制され止められた鯉登はガクリとさせた。
内心『なんか既視感あるぞ、これ…』と思いながら水城を怪訝そうな目で見る。


「なんだ…私は今更止める気はないぞ」

「う、うん……でも…その前に確認したくて…」

「確認?」

「そう…あの…その……ち、ちゃんと勃つのかなって…いう、確認…」

「……は?」


鯉登は水城の言葉に呆気に取られた。
タツ、とは何だろうか。
経つ?立つ?断つ…………あっ、勃つか!、と勃つの意味を理解するのに数秒掛かる程度には混乱していた。
しかしだからこそ鯉登は首を傾げる。
恥ずかしくて顔を赤く染め、火照りで瞳を濡らし、鯉登から顔を逸らしもじもじさせる想い人を見て勃たないやつがいるだろうか―――否、いない。


「何度も言うが私の想いは変わらん……その…勃つか勃たないかと言えば……た、勃つ、だろ…普通…」


鯉登も恥ずかしさからか顔を赤くし言葉を詰まらせてしまうかっこ悪さが出てしまうが、それは水城も同じであるし、お互い緊張しすぎてそこまで気にする余裕はない。
だが、水城が突然上を脱ぎだしその恥ずかしさや照れが吹き飛んだ。


「な、ないをしちょっど…!?」


上の服のボタンを解きはじめる水城に鯉登はギョッとさせ、今から行為をするというのに止めに入る。


「見てほしいものがあるの」


あわあわと慌てて止めに入る鯉登に水城は見てほしいものがあると言った。
その言葉に鯉登は怪訝とさせながらも水城が真剣な表情を浮かべていたのもあり、止めるため握っていた水城の手をそっと外す。
手を放され水城は脱ぐのを再開し、下の服も脱ぎ胸元まで服を手で押さえながら肌を露にする。
水城の肌に鯉登は思わず目を逸らしたが、そんな鯉登に水城は彼の手に触れる。


「音之進、ちゃんと見て…」


水城の言葉に真剣な声色を感じ、逸らしていた目線を水城へと戻す。
すると逸らしていた視界に映る水城の姿に鯉登は息を呑んだ。
水城の肌には無数の傷跡が残っていたのだ。


「私、戦争でこんなに傷が残っちゃったの…傷痕はこれだけじゃなくて…全身にもあって…傷がないところを探すのが難しいくらい私の体は傷だらけなの…もう昔のような傷のない身体じゃなくなっちゃった……そんな体を持つ女でも愛してくれる?…傷だらけの体でも…音之進は触ってくれる…?」


水城の体は隠し切れないほどの傷跡が残っている。
二か所以外の傷は全て戦争で負った傷だ。
肌の弾力や質感は良い(らしい)が、しかし、見た目が最悪では意味がない。
女の幸せを諦めたとはいえ、やはり愛されるならば全て愛されたいと願うのは人間として当たり前ではないだろうか。
今まで自分を抱いてきた二人の男は傷など気にも留めない男達だったため、水城自身もそれほど気にはしていなかった。
しかし、鯉登はどうだろうか。
鯉登は坊ちゃんだ。
厳しい家柄で育ったため出来た人間ではあるが、やはり美しい物ばかり見てきた目が肥えた人間だ。
吉平のように変態性癖でもないし、尾形のようにタガが外れてもいない。
普通の感性の持ち主だ。
……鶴見厨なのは除いてではあるが。
そんな人間が傷だらけの醜い身体を見て欲情などするものだろうか。
水城は普通の男に抱かれることなく今に至っているため、普通の男というものを知らなかった。
だから怖い。
だから冷められる前に醜い姿を見せて、傷を浅くしたかった。
今なら引き返せるだろうから。
今なら、普通の、可愛い、お嬢様との縁を結べるから。
しかし、水城の感情とは裏腹に、鯉登は水城に触れた。


「音之進…?」


水城の頬に手を当て、顔に残る傷を親指の腹で触れる。
そこは暴漢につけられた横一本線の傷跡だった。
顔にある傷に触れる鯉登の感情が読めなくて水城は困惑した様子を見せる。


「傷のある女を嫌うのなら…この傷をつけられた時点でお前を見限っている…傷がいくつ残ろうが醜かろうが…私は雪乃という女を…水城という女を、愛しているのだ…見た目など気にしていない」

「本当に…?」

「何を疑う事がある…それに私は昔言っただろう?『過去も含めて雪乃を受け入れると決めた』とな」


『忘れたか?』、と問う鯉登に水城は首を振った。
忘れるわけがない。
忘れがたい、記憶だ。
山賊に乱暴された過去や村八分となり追い出されたこと、結核だったことを話した時に鯉登が言ってくれた言葉だ。
その言葉が水城を救ったとも言える。
ずっと言わなければと思ってたのだが、知られて嫌われる可能性がゼロではなかったため怖かった。
だが先ほどの言葉で、鯉登の気持ちが、その不安を見事に吹き飛ばしたのだ。


「…っ」


胸が熱くなり、涙が浮かぶ。
ゆらゆらと揺らぐ視界に水城は目をギュッと瞑る。
そんな水城に鯉登は水城の顎に手を添え上を向かせ目線を合わせる。


「他に伝えたい事はあるか」


その問いに水城は首を振る。
懸念していたことはまだ他にあるが、行為をするにあたり無関係なものだ。
この問題は抱かれた後でも問題もなく、引き返せるだろうと首を振る。


「では…いいのだな?」


鯉登も緊張した声色で訪ねた。
その言葉に頷いて見せる。
その頷きを見て鯉登はほっと安堵の表情を浮かべ、そして―――2つの影が重なった。

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