(138 / 274) 原作沿い (138)

次の日の朝。
月島は目を覚まし、一階にある宿泊客用の洗面台で顔を洗っていた。


「月島ニシパ!おはよう!」


タオルで濡れた顔を拭っていると入ってきたチカパシとエノノカに声をかけられ、月島はタオルから顔を離しその元気な挨拶に返す。
子供二人の他にもエノノカの祖父であるヘンケもおり、ヘンケと月島を除いた大人三人はまだ顔を出していない。


「あれ、谷垣ニシパは?」

「谷垣は二日酔いでまだ寝ている」


月島と、他は顔も知らない同じ宿泊客しかいないその場にチカパシは首を傾げる。
谷垣は目を覚ましたのだが、軽い二日酔いだったため休ませている。
気持ち悪さはないようなので、水を飲ませ軽く食事をさせて少し休ませれば全快ではないものの、なんとか移動できるくらいには回復しているだろう。
それを伝えればチカパシとエノノカは納得したように頷いた。
しかし、再びチカパシは首を傾げる。


「杉元ニシパは?」

「鯉登ニシパもいないよ?」


子供達の問いに月島はチラリと上を見る。
しかし気づかれる前にすぐに視線を子供達に向けた。


「杉元も大分飲まされていたからな…恐らく二日酔いで寝込んでいるんだろう…鯉登少尉は寝込んでいる杉元の介抱だろうな」


当然、大人として子供達に『2人は性行為をしたのでまだ寝てるんじゃないか?』とは言えないため嘘を言った。
純粋な目で月島を見上げながら『そうなんだ』と納得する子供二人に、月島は耐えきれずそっと目を逸らすようにもう一度顔を洗う。


「酒場で食事を出してくれると言っていた…身支度が出来たら酒場に集まることにしよう」


そう言って月島は洗面所を出て行った。
向かったのは酒場。
そこは酒場兼レストランとなっており、宿泊客限定で食事を有料で出しているとのこと。
酒場兼レストランにしているのは、スチェンカの噂を聞きつけて来る観客に儲けを見出し急遽酒場だった店を改築して宿泊施設に変更したためだろう。
富豪でもなさそうだから、恐らくは建設費を削った結果元々あった酒場をレストランに、増築した分は洗面所やキッチンに、上は元々物を置いていたのを客室にしたのだろう。
そのため、客室は狭く泊まるだけの作りになっている。
それでもこんなところに宿泊施設があるだけまだマシである。


『大人二人子供二人の食事と…連れが二日酔いで寝ているので水と冷めてもいい軽食をそれぞれ三つずつ頼む』


店員はおらず、店主一人で切り盛りしているのか、カウンターには昨日散々鯉登と水城の二人に禿げ禿げと日本語で貶された店主がいた。
店主は月島の注文に面倒くさそうにしながらも大人二人子供二人の朝食と、水三つにカーシャという所謂お粥とピロシキというパンが出された。
言われた通りの料金を払うと丁度身支度を終えたチカパシ達が来た。
チカパシ達に先に食事を始めるよう伝えてから、まずは谷垣に渡す分の食事を持って二階に上がる。
部屋に入れば谷垣はまだ眠っておりテーブルに食事を置いて、鯉登と水城がいる部屋に向かい小さくノックをする。


「鯉登少尉殿、月島です」


起きているか分からなかったが、とりあえず声をかけてみる。
少し待ってみようかと思った時、中から物音が聞こえたのでどちらかが起きたのだろうと少し扉から距離を置いて出てくるのを待つ。
すると扉が少し開かれ、顔を覗かせたのは鯉登だった。


「おはようございます、鯉登少尉殿」

「ああ…おはよう、月島…」


寝ていたのか、気怠げな姿が色っぽく、もし今立っているのが月島ではなく世の女性だったのなら一目惚れされていただろう。
生憎だが月島は男で、そういう趣味はないため『眠そうだな』としか思えないが。
または『頑張ったんだな』。
鯉登が壁となり部屋の中は見えなかったが、動く気配がないところから水城はまだ寝ているのだろう。


「すみません、起こしてしまいましたか」

「ああ…まあ、気にするな…」


気にするなという割には頭はまだ目覚めていないのか珍しくゆっくりとした口調だった。
しかし決して間抜けというわけでもなく、眠そうな口調もいい色気が出ていた。


(童貞を捨てただけでこの色気とは…これだからは顔の整っている男は…)


目の前にいる男でも『いい男』だと思える鯉登の姿に、月島は内心そうぼやく。
決して妬みではないと、ここで告げておこう。
そう、決して。(大事な事なので以下略)


「部屋、出れますか」


月島は(聞きたくないが)報告を聞こうと鯉登に隣の部屋へと移れるかと聞く。
その言葉に少し間を置いた後鯉登は頷き、『先に行っていろ…すぐに向かう』と言い部屋へと引っ込んだ。
扉が閉じられたのを見て月島は出来るだけ足音を立てず、水城と鯉登の寝ている部屋の隣の部屋へと移る。
誰も寝ていないその部屋は静かで空気が冷え、鯉登が座っていたのだろう…ベッドの一つのシートにはシワが寄っていた。
手持無沙汰に窓から景色を見ていると鯉登が入ってきた。
振り返ればすでに寝起きの姿から『鯉登少尉』の姿へと変わっていた。


「それで…この部屋に呼んだのは昨日の事を聞きに来たのか?」

「はい…一応これでも杉元を心配していますから」


勿論嫉妬深い上官に兄や友人としてと伝えるのを忘れず、月島は建前で本音を隠す。
しかし建前とは言ったが、それも嘘ではない。
友として、兄として、水城が心配だった。
だが、鶴見から水城と鯉登をくっつけろと命じられている手前、鶴見に報告する義務は月島にはある。
どうせ惚気しか出てこないであろう報告を聞かなければならないのかと月島はまだ聞いていないのに内心遠い目をしたくなった。
しかし、これは仕事だと言い聞かすしかなかった。


「―――というわけだ」


鯉登は少し照れた表情を浮かべながらもちゃんと答えてくれた。
とはいえ話す方も行為中の話など素直に話すわけにもいかず、簡単な報告で終わった。
どうやら月島の予想とは違い、早い段階で鯉登は水城から主導権を奪ったようで、惚気で二度寝しそうだった月島は『坊ちゃん童貞にしてはやるじゃないか』と褒める。
それが褒めているかは別として、やはり坊ちゃんだなんだと言われていても男なのだなと容姿と立場を除けば面倒くさいしか残らない上官を見直した。
それと同時に『薩摩隼人恐ろしすぎる…』とぞっとさせた。
2人はついさっき行為を終え、鯉登は寝付いたときに月島に起こされたらしい。
寝付いたときに起こしてしまった罪悪感はあったものの、鯉登の性欲の強さには恐れ入った。
水城は分かる。
媚薬のせいで性欲がコントロールできない分、薬が切れるまで体の火照りは中々取れなかったのだろう。
だが、媚薬を盛られていない鯉登が薬を盛られた水城が気絶するまで付き合える体力と性欲に同性としてもはや感服ものだ。
いくら初恋を拗らせこの年まで童貞だったとはいえよく性欲が続いたなと関心するのは自身がもう年だからだろうか、と現実逃避に思う。
しかし、ふと気づく。


「薬は朝まで続いていたんですか?」

「そうだな…朝方にはもう薬が抜けたようだ」


薬は朝方まで続いていたが、それ以降は水城が鯉登の性欲に付き合った形となるらしく、無理をさせてしまったと心配そうに隣の部屋に当たる壁を見る。
その目は心配そうなのもそうだが、どこか幸せそうでもあった。
恋が実っても水城の過去から彼女を大切に思いそれまで体を重ねることはなかったと言っていた。
そのため、今回の事で想いが爆発してしまったのは仕方のないことかもしれない。
幸せそうな上官を見つめながら月島は、ふむ、と考え込む。


「どうした?月島」

「あ…いえ……朝食をどうなさるのかと思いまして…一応部屋で食べれるよう冷めてもいい簡単な物をご用意していますが…」

「ではそれを頂こう」

「杉元が目を覚ましたらお知らせください」


月島の言葉に鯉登は『分かった』と頷き、部屋を出る。
月島もそれに続き、一度一階へ降りて二人分の食事を運んで鯉登に渡した。
先ほどもそうだったが、鯉登が部屋から顔を出す際まるで月島に中を見られないようにしており、どうやら水城と結ばれた事で独占欲も強くなってしまったらしい。
鯉登は水城に尾形との子供がいると聞いても一晩考えただけで受け入れるほどの想いの持ち主なのだ。
これから水城は大変だな、と他人事のように思いながら食事を渡した後月島も朝食を食べるため一階へと戻っていく。


「谷垣ニシパ達、どうだった?」


月島が席に着いたのを見て、一通りの世話は終わったのだと思ったのかエノノカが心配そうに聞いてきた。
チカパシも月島を見ており、ヘンケも気にしつつ食事をしていた。


「谷垣と杉元はまだ寝ていた…鯉登少尉は平気そうだったが潰れている杉元の介抱で傍にいる…杉元は俺達の中で一番タフだからな…まあ、少し寝れば回復するだろう」


『あの二人は幸せで酒なんて吹き飛んでるだろうがな』、と子供達には言えない言葉を飲み込みながら思う。
月島の言葉に三人は『そっかー』と納得したのか食事を続け、それに習うように月島も食事を始める。
月島達の朝食は水城達に出したメニューに加えヴァレニキという水餃子のような物が出ていた。
日本では珍しい食べ物に月島もチカパシも物珍しそうに食べる。
パンを口に入れながら月島はふと思い出す。


(薬が抜けたのが朝方だと鯉登少尉は言っていた……しかし"あの薬"はそこまで持続効果はないと聞いていたんだが…)


パンを噛みながら鯉登が言っていた言葉を思い出し、月島は考える。
鯉登が嘘を言っているようには見えないため、効果が切れたのは確かに朝方なのだろう。
それ以降は鯉登の欲求に水城が付き合ったようだが、月島が気になるのはその効果の持続性だ。
――実は、水城に媚薬を盛ったのは月島だった。
網走監獄で怪我を負った水城を拾い女だと気づいた時、鶴見に渡された"ある物"…媚薬を月島は酔いつぶれた際渡した水城の水に一滴落とした。
本来ならその一滴程度では持続時間は数時間もなく、せいぜい長くて一時間程度と聞いている。
しかし鯉登からの報告では朝方まで効果は切れなかったという。


(鶴見中尉が間違えた?…いや、そんなはずはない…いくら彼女を手元に置きたがっているとはいえ不正規の物だと体にどんな影響が出るか分からない物だ…鶴見中尉がバッタもんを使うとは思えない…)


そう思いながら月島はズボンのポケットに手を突っ込む。
その中には小さなビンが入っており、その中身は鶴見に渡された媚薬が入っていた。
指先に当たるそのビンに触れながら月島は納得いかないように表情を出さないよう怪訝に思う。


(では本当にあの場にいたロシア人の誰かに薬を盛られたということか…でなければ説明がつかない…ということは彼女は二種類の媚薬を飲まされたということになるな…)


成程、と月島はやっと腑に落ちたように納得した。
鶴見が嘘を言っていない限り薬の効果に説明がつかない。
だが、もし、本当にあの場にいたロシア人に媚薬を飲まされたのなら腑に落ちる。
憶測ではあるが、昨日の試合で負けた誰かが腹いせに主力だった水城に薬を盛ったのだろう。
それが外れたとしても月島以外に誰かに水城は薬を盛られたのは確かだ。
あの後その盛った人物が水城を抱き潰すつもりだったかまでは分からないが、もしそうだとしたら見張っておけばよかったと後悔する。
そうしなかったのは月島も水城に媚薬を盛った本人だからだろう。


(あいつには申し訳ないことをしたな…しかしちゃんと鯉登少尉は中に出したようだし…あいつには悪いが任務の一つは成されたと思っていいだろう)


過ぎた事は仕方ない。
そう思う事にして月島はうだうだ考えるのはやめて食事を楽しむことにした。
それに鶴見に言い渡されている任務は無事に終えた。
その任務とは、水城と鯉登の関係の修復及び媚薬を盛り中出しさせること…である。
修復も拗れていたためどうしようかと悩んでいたが、一番月島の頭を悩ませたのは中出しさせる事だった。
いくら童貞で世間知らずの坊ちゃんとはいえ、流石に性に疎くてもそこまで馬鹿ではない。
世間知らずとは、常識を知らないというわけではないのだ。
それに雪乃だった頃から彼女を想いすぎて指一本触れずにいた男だ…水城が望まない妊娠を承諾するとは思えない。
そのため嘘を吐いた。
鯉登に話した媚薬の話は嘘だった。
そんな友人月島の周囲にはいない。
ならばなぜ嘘を言ったのか…それは中に出させるために他ならない。
理由は二つある。
妊娠した事で水城が鯉登へ情が傾き鶴見の元に留まるのではないかという理由。
そして、もしも敵対した場合、妊娠させた事で約一年は不死身を封じることができるという理由だ。
いくら不死身と言えど妊婦のまま戦いに身を置くような無謀さはないだろうという考えだ。
一年。
たった一年。
しかしされど一年だ。
一年あればどれだけの差が広がるか。
裏切ったキロランケと尾形が抜けた今、水城が組んでいる人間といえばアイヌの少女に脱獄しか特技がない囚人しかいない。
しかし2人は各々持っている武器を使い今まで土方や鶴見達と渡り合ってきた実力の持ち主ではある。
少人数と言えど侮れないだろう。
その中で戦いに一役買っているのは水城だ。
誰もが不死身の杉元に注目している。
だからこそ鶴見は仲間に引き入れることができなかった場合も用意していた。


(…これがきっかけで2人の仲も修復してくれればいいんだがな……)


鶴見が望むのは利益だ。
水城を引き入れるという戦力の増加の利益。
水城との仲を取り持ったことへの鯉登からの信頼の利益。
その当てが外れたとしても妊娠さえしてしまえば水城の戦線離脱という利益。
月島は鶴見ほど恐ろしい人間はいないなと思いながら、水城と鯉登の亀裂が塞がっていればいいなという兄心でそう願う。

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