(205 / 274) 原作沿い (205)

『おやすみ』、とお互いそう声をかけて二人は眠りにつく。
仰向けで寝るとどうしても隣にいる水城を意識してしまうので、鯉登は寝返りを打ち水城に背を向けて体勢を変える。


(これで雪乃に分かってもらえればいいんだがな…)


悶々として眠れないのではと思い徹夜を覚悟していたが、案外脳内では切り替えができていたらしく、目を瞑るとあれほど悶々としていた欲が収まっていき睡眠へと切り替わっていくのを感じる。
手を出さない事で、水城との交際は決して体だけが目的ではないと安心させれたらいいと思う。
さあ、後は 眠りの世界へと誘われるだけだ。
そう思っていると…鯉登の足に何かが触れた。


「…っ!」


うとうととし始めていた鯉登だったが、その感触に意識をはっきりさせ閉じていた瞼を開ける。
すり…とソレは鯉登の足を撫でるように触れ、それが何なのか一瞬分からなかったがすぐに気づく。
それは、水城の足だった。
水城が足で鯉登の足を撫でるように触れているのだ。


(さ、むい…そうだ、寒いだけなのだ…)


それは誘っているように思えた。
下半身がズシリと重くなり、ソレが熱くなるのが分かる。
しかし完全に反応する前に必死に別の事を考え、なんとか完勃ちは免れたが今下半身を見られると気づかれるくらいには反応していた。
明らかに誘っているようではあるが、今の鯉登はかたくなに手を出さないようにと意思を固めてしまっているため、水城が触れているのは寒さからだと思う事にした。
本当なら寒さから守るため水城を抱きしめてやりたいところだが、それは今の状況ではまずい。
密着すれば反応しているのがバレるし、何より愛している女と密着して理性を保てる自信など、童貞を卒業したての鯉登には、ない。
鯉登にとっては苦渋の選択だが応えてやれなかった。


「………」


体が強張り動けない鯉登に水城は諦めたのか、足を撫でていた感覚が消えた。
それにホッと安堵し、水城に気づかれないように小さく息をつく。
しかし安心したのも束の間。


「ッ…、」


背中に温もりを感じ、鯉登はビクリと肩を揺らす。
諦めたと思ったのだが諦めてはいなかった。
水城はピタリと鯉登の背中に身を寄せ、遠慮がちに触れていた先ほどとは違い、水城は足を大胆に絡ませる。
お風呂に入ったばかりというのもあるのだろうか。
浴衣越しに水城の暖かい体温が伝わり、鯉登は感情が高まるのを感じる。
なぜ水城が誘うような触れ方をしているかは分からないが、鯉登は決して恋人には手を出さないと決めているため何もできなかった。
本当ならとっくの昔に鯉登の理性は失い、水城と体を重ねているのだが…鯉登の意地にも似た決意がそれを邪魔をする。
普段とは違う水城の様子に鯉登は『これはもしや誘われているのでは?』と思うが、いい雰囲気になった途端に逃げられたのを思い出し、勘違いだと認識を改める。
とはいえ…胸を押し付けるほど密着しているこの状況は男にとっては毒にしかならない。
必死に別の事を考え反応している自身を静まらせようとしたのだが―――するり、と水城の手が撫でるように鯉登の体に這わせた。
その手が下半身へ伸ばされたのに気づき、鯉登は咄嗟に水城の手を掴んで止めた。


「ッ、雪乃…!」


我慢の限界だった。
こちらは我慢に我慢を重ね決して水城を傷つけないように気を付けているというのに、水城はその鯉登の決意をあざ笑うように試してきているのだ。
自身の反応も治まっていないのに触れられると、反応していると気づかれてしまう。
きっと水城は寒いため、暖を取ろうとしているのだろうが、男側としたら誘われているようにしか思えない。
その男女の違いを水城は気づいていないようだった。
思わず体を起こすと、手を掴まれているため水城も引っ張られ身体を起こす。
突然手を引っ張られたためか、水城はびっくりしたように目を真ん丸とさせ瞬かせ鯉登を見上げていた。
そのキョトンとした顔が可愛い、と場違いながら頭の端で思いながら、鯉登は意を決する。


「やめろ」

「………」


我慢をし続けていたためか、言葉や出た声は低く怒っているようだった。
だが今の鯉登は自身の声に気づかず、気まずいためか視線を逸らしており水城の反応に気づいていない。


(まずい…雪乃に気づかれる前に一度抜いて来るか…)


鯉登が一番気を向けているのは、自身だった。
まだ完勃ちではないが、見れば分かる程度には勃っていた。
トイレで抜いた方が色々といいだろう、と鯉登は水城の手を放し立ち上がろうとした。
その際、本当に水城に気づかれていないか気になり、チラリと雪乃を見たのだが…水城の瞳から雫が溢れているのを見て鯉登はぎょっとさせた。


「雪乃!?ど、どうした!?どこか痛むのか!?」


ぽろぽろと水城の美しい琥珀色の瞳から涙が溢れていた。
なぜ水城が泣いているのか分からない鯉登は、恋人の泣き顔に驚きあわあわと慌てる。
そんな鯉登をよそに水城は涙をぬぐう事もせず、顔を俯かせる。
その間も水城の瞳から零れる涙がぽろぽろと落ちていく。


「雪乃?本当にどうしたんだ?」


何も言わず静かに泣く水城に優しく声をかける。
水城は鯉登ばかり気にしてくれていたが、本当は水城の方が体調が良くなかったのだろうかと心配になった。
気づいてやれなかった事への罪悪感もあったが、それ以上に黙り込む水城に鯉登は困ったように眉を下げる。
泣き止まない水城を引き寄せ、あやすように水城の頭を撫でながら抱きしめる。


「雪乃…お前が泣いていると私はどうしていいか分からなくなる…」


鯉登は水城に甘く、そして弱い。
水城が泣いてしまうと、どうしたらいいか分からなくなってしまう。
慰める言葉さえ見つからないほど鯉登は水城の涙に弱い。
鯉登は水城が話してくれるまで待っててやる。
いや、待つしかなかった。
しばらくすると落ち着いたのか、涙声ではあったがポツリと呟いた。


「音之進は…私に飽きたの?」


今度は鯉登が目を瞬かせる番となった。
パチパチと目を瞬かせて見つめる鯉登に水城は俯いているため気づかない。
返事のない鯉登に水城は不安が強くなり、涙がまたジワリと溢れた。


「どうしてそう思うんだ…?」


鼻をすする音に鯉登はハッと我に返り、やっとの思いで言葉を出すことができた。
しかし、もっといい言葉はなかったのかと自分で思うが、もう出てしまった声や言葉は撤回できない。
水城は鯉登の問いに、声を震わせながら答えた。


「だって…誘っても全然手を出してくれないし…さっきも…気分じゃないのに誘われて怒ったんでしょ?」


鯉登は水城の言葉に口をあんぐりと開けた。
水城の言う『怒っていた』というのは(必死過ぎて)気づいていないため分からないが、そう思わせてしまったのだろう。
鯉登は水城に怒るなどありえなかった。
必死に自身と格闘していただけであって、水城に八つ当たりなどしてはいない。
ただ、そう思っているという事は自分が知らないうちに水城に八つ当たりをしてしまったのかもしれない。
知らず知らず水城を傷つけてしまったと鯉登は、思わず抱きしめていたその手でガシリと水城の肩を掴み、向かい合う。


「す、すまん!!傷つけるつもりはなかったんだ…!!」


傷つけてしまったことへの謝罪をしたのだが、鯉登の謝罪に顔を上げた水城の琥珀色の瞳からは更にじわりと涙が溢れてしまう。


「やっぱり…もう私に飽きたんだ…」


ぽろりと涙が零しながらの水城の言葉に鯉登は『ん??』と何か引っかかりを覚えた。
鯉登は知らないうちに八つ当たりをして傷つけてしまったことへの謝罪をしていたはずなのだ。
だが、なぜそれが『飽きた』事に繋がるのか…鯉登は首を傾げる。
何も言わず首を傾げる姿に、水城は困らせていると思ったのか、泣くのを我慢するように唇を噛み俯く。


「ごめん…女々しいこと言って…」

「あ…いや、雪乃…」

「もう女々しいこと言わないから……今日だけは我慢して…一緒に寝てくれるだけでいいから…」


震えているその声を聞くと胸が締め付けられる。
早く抱きしめて慰めたい気持ちもあったが、水城の言葉に違和感を覚えてそれどころではない。
なんだかマズイ方向へと向かっている気がして鯉登は布団に戻ろうとする水城を引き留める。


「ま、待て…何か勘違いしていないか?」

「勘違い?」

「そうだ…なぜ私がお前に飽きたことになっているんだ?普通逆じゃないか?」

「は?だって…誘ったのに反応してくれないんだもの…私に飽きたから私とエッチな事したくないってことでしょ?」

「はあ???なんでそうなるんだ??大体誘ったって……」


いつだ?、と鯉登は言いかけたが止まった。
思い付くことばかりだったからだ。
あれやそれ…ああ、あれもか…、と鯉登は記憶を掘り起こした。


「…あれ、誘っていたのか……」


そう思わず呟けば、水城がガクリと項垂れた。


「や、やっぱり気づいていなかったんだ…いや、うん…そうだよね…色事なんて大して経験してこなかったんだし…あんなんじゃ誘惑にもならないよね……」


項垂れながら水城は『白石め…やっぱり駄目だったじゃない…』と小さくぼやく。
そのぼやきに裏で手を引いていたのは白石だったことに気づいた。
しかし納得もしていた。
私の雪乃が1人で誘惑するはずがない、と。
まあそれはそれで美味しいのだが…。
鯉登は結局雪乃であればなんでもいける系男子だった。
誘惑が通じていないと落ち込んでいる水城に、鯉登は慌てて訂正した。


「そうではない!雪乃の誘惑はちゃんと私に通じていたぞ!!」

「でも気づいてなかったじゃん…」

「う"…そ、それは…仕方がないというか……実は…私は雪乃が気分ではないと思っていたのだ…」


ケッ、とやさぐれはじめた水城に、鯉登はこちらの事情を説明する。
確かに誘惑に応じなかったのは気づいていなかったからだ。
だが、それは単に水城が気分ではなく健全な恋人として過ごしたいと思っていたため、まさか誘惑されるわけがないという思い込みがあったからだ。
それを説明すると遠い目をしていた水城は目をパチクリとさせ、鯉登を見上げた。


「…なんでそんな事に?」

「なぜって…そういう雰囲気になった途端お前が私に素っ気なくしたから気分ではないのだと思ったんだ……その気ではないのに無理に体を求めればお前に体だけが目的だと思われるのではないかと思ってな…だから…その…実はものすごく我慢していたのだぞ…」


『ものすごくな』、と大事な部分だから二度言い更に強調して告げた鯉登に水城は目をぱちくりとさせていたが、気まずそうに鯉登から視線を逸らす。
強調したおかげか、鯉登が我慢していたことは通じたようで、その頬はほんのりと色づいていた。


「それは…ごめん……でも、音之進が悪いのよ?」

「私がか?」


男ではない水城が鯉登の我慢がどれほどつらいのかは分からない。
だが、自分も似た経験があったからつらいのだというのは理解していた。
気まずげにしつつも拗ねたように唇を尖らせ、何かを訴えるように上目で見つめる。
鯉登は相変わらず雰囲気など無視してそんな恋人が愛らしくて仕方なかった。
とはいえ、自分が悪いと言われてしまい、鯉登は自分の行動を思い返す。
しかし、どこが悪いのか分からなかったが…きっと分かっていたらここまですれ違いにはならなかっただろう。
『すまない、分からないんだが…』と答えを求める鯉登に、水城は口を閉ざし視線を再び逸らしてしまう。
分かっていない事に拗ねているように見えた鯉登は、自身の愚かさを謝りながらもう一度問うように水城の名前を零した。
困ったように自分の名前を呟く鯉登に、水城は根負けしたようにおずおずと逸らしていた視線を鯉登に戻した。


「…最近…その……なんていうか……――――から…」

「ん?すまない、聞こえなかった…もう一度言ってくれ」


言いにくい事なのだろうか。
ごにょごにょと口ごもっていたため、鯉登には届かなかった。
もう一度、と問われた水城は恥ずかしい事をもう一度言わなければならないのかと頬を染める。
とはいえ、ここまで来て黙り込むのもいかないか…と覚悟を決めた。


「っ…お、音之進ってば激しくしてくれないんだもの!!!」


覚悟を決めすぎて思ったより声が大きくなってしまったが、勢いに任せて水城は叫ぶ。
羞恥から目をぎゅっと瞑って叫ぶように告げた水城だったが、反応のない鯉登にチラリと彼を見る。
鯉登は予想外だったのか、呆気に取られていた。
こちらを凝視するような彼の視線に水城は耐えきれず、真っ赤になった顔を隠すように手で顔を覆い俯いた。


「雪乃…」

「だ、だって!!そうじゃない!!最近体を重ねてもゆっくりとした動きだし!!回数だって、へ、減ったし…!!き、気持ちはいいのよ!?気持ちがいいけど…その……も、もっと激しいのが好きっていうか…」


きっと水城の言葉は、他人からしたらどうでもいい事なのだろう。
だから水城は怖かった。
呆れるだろうか。
馬鹿馬鹿しいと思うだろうか。
水城は怖くなって、鯉登が何か言う前にそれを遮るように続けた。


「しかし、あれは…」

「うん…分かってる…アシリパさんのそばじゃしないって言ったの私だし…団体行動だから仕方ないものね……でも…焦らされてる感じで落ち着かないって言うか…欲求不満になっちゃって…」


どうやら素っ気なかったのは仕返しのつもりだったらしい。
それを聞いて、行為自体に嫌気がさしたわけではないと鯉登は安堵した。
我慢した意味とは…、と思わないでもないが、それでも嫌われたり嫌気がさしたわけではなく、むしろ水城に誠実さを見せられたのなら、無駄にはならないだろう。


「では…私達はお互いにすれ違っていただけか…」

「そうみたい…ごめんね…私のせいだわ…」


やはり、自分から激しいのが好きだというのは恥ずかしい。
しかし恥ずかしさはあるが、どこかすっきりした。
だが、自分が仕返しなどしなければここまですれ違う事もなかったため、水城は鯉登に謝る。
そんな水城に鯉登は首を振ってくれた。


「雪乃が悪いわけではない…私も雪乃の気持ちに気づいてやれなかった…すまなかった…」

「ううん、音之進が謝る必要はないわ…私のせいだもの…」


鯉登のせいだとは思っていない。
確かにそこまでして行為をしたいのかとは思う事もあったが、鯉登は鯉登で気遣ってくれていた。
不満があったのもあって意地悪をしたのはこちらだ。
鯉登が謝る必要はないと水城は思っている。
しかし、水城に素っ気なくさせたのは自分の責任だと鯉登も謝り、堂々巡りとなった。
堂々巡りとなったのが可笑しくて、水城と鯉登はお互いの顔を見つめ笑った。


「ふふ、なんだか変な感じね…お互いが謝って…」

「そうだな…」


やっと笑顔を見せてくれた水城に鯉登はホッとした。
水城の悲しい顔は似合わないな、と思いながら笑顔を浮かべる水城を見つめていた。
すると、水城も鯉登の方を見たのか、水城と目と目が合う。
目と目と合っただけなのに、どうしてか二人とも初心になったように恥ずかしくなってお互い視線をそらしてしまった。
鯉登も水城も頬を赤く染め、俯いてしまう。
照れてしまい口も閉ざしてしまったためか、その場は痛いくらいの沈黙が落ちる。


(な、何か喋った方がいいのだろうか…)


鯉登はお互いに照れてしまう中、その沈黙に何か話した方がいいのだろうかと考える。
チラリと水城を見ると、水城も自分と同じく頬を染めて俯いていた。
いつの間にか二人とも向かい合うように正座をしており、膝の上に乗せられている水城の手がもじもじとさせていた。
我慢しなければと意識しすぎて水城を見ないようにしていた鯉登の視界に、やっと水城が写る。
まず目についたのはやはり谷間だ。
あの時は意識しすぎてじっくり見る事が出来なかったためか、水城が素っ気なかった理由も分かり安心したのもあり、思わずマジマジと谷間を見てしまう。
正座をしてその膝の上に手を乗せているため谷間が更に強調されていた。
更に部屋は薄暗く、月の光に照らされてやっと水城の姿が見える程度だったが、座って布が引っ張られているからか体の線がはっきりと見えた。
豊満な胸を持つ女性は服装によっては太って見えるのもあるが、水城はちゃんとくびれているところはくびれており、出ているところは出ているというスタイルを持つ。
子供を一人産んだように思えない水城のその艶めかしい姿に鯉登はゴクリと喉を鳴らした。
喉を鳴らす鯉登に気づいたかは分からないが、水城が鯉登をチラリと見た。
再び鯉登と目と目が合い、薄暗い中でも水城の頬の色が更に鮮やかになったのが分かった。
鯉登は水城に魅入られたように見つめていたが、水城は鯉登と目が合い、一瞬だけ逸らし、再び鯉登へと視線を戻した。


「音之進…」


水城は静かに、ゆっくりと、鯉登に近づく。
それほど離れていなかったのですぐに距離が縮まった。
水城は自分を真っすぐ見つめる鯉登に目を細めて微笑み、彼の唇に己の唇を重ねる。

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