(274 / 274) 原作沿い (274)

手下を飲み込み、房太郎の髪が絡まった外輪は壊れてしまった。
着岸できなくなった船はその場で救助を待つ事になり、水城達は小舟で移動することになった。


「海賊房太郎と手を組もう」


水城は流石に全裸にはなれないため、シャツを残して着物を脱いで濡れた体を拭いてから、アシリパから貰った毛布で体を包んで冷えた体を暖める。
水城の言葉に、白石は『は?』と返してしまう。
アシリパも首を傾げ水城を見上げ、房太郎は驚きもせず水城を見つめていたが、二っと笑う。


「俺の情報が欲しくて助けたのか?若山の親分の話を聞いて予定変更ってこと?」

「いいや…刺青人皮探しは継続する」

「じゃあ囚人探しを手伝えと?俺は暗号解読に期待してないと言っただろう?」


助けられた恩はある。
だが、敵対関係の自分達には無関係である。
勝ったのは水城であり、負けたのは自分だ。
あちらは刺青人皮を探しているようだから殺され皮を剥がされるというのは頭にあった。
だが、仲間に引き入れようとするのは予想外だった。
白石とアシリパの様子から、水城だけの考えなのだろう。
水城も房太郎の考えも、言葉も、理解できてはいる。
だが、


「今現在ほとんどの刺青人皮を押さえている二つの勢力がいる…土方歳三と鶴見中尉…あの切れ者二人が『刺青人皮集めを継続してる』という事実は無視できない」


水城の言葉に白石は『確かに』と頷く。
二人の頭が切れるのはすでに嫌って程知っているし、経験している。
きっと頭脳戦ではこちらは不利だ。
自分達だけが刺青人皮を集めているというのなら、若山や房太郎の言葉を信じて止めていただろう。
だが、あの二人が刺青人皮を集めている事は無視できない。


「そいつらから刺青人皮をぶん取るために人手が欲しいだけだったのか?」


水城の話を聞くだけなら、房太郎の言葉は否定できないだろう。
土方と鶴見には、牛山、鯉登、月島など厄介な相手が多く、それ以外でも多くの手下や部下がいる。
一番の大所帯は鶴見率いる第七師団、そして次いで土方組。
対してこちらは少数精鋭、適材適所…とは聞こえはいいが、不死身がついているものの、人数不足、力不足なのは明白。
それは誰が見ても分かることで、ただ自分を生かすのは手下が欲しいからではないかと問われてしまう。


「おいおい杉元…まさか…ボウタロウの身の上話に同情したんじゃねえだろうな?」


水城はゴリラではあるが、その実、乙女でコイバナがとても好きな女の子(??)である。
仲間に入った人間に弱いというのは尾形を見ていて白石も気づいた。
でなければ、尾形の大事なところはぽっきり折られるどころか、ねじ切られていただろう。
白石の言葉に水城は『そんなわけないでしょ』と否定する。
一瞬だけ間が開いた気がしたが、白石は同情で仲間に引き入れたわけではないとホッと胸を撫でおろした。


「これは私の勘だけど…もし埋蔵金の埋められた地域を特定できているなら…それが…土方歳三と鶴見中尉を一発逆転で出し抜く唯一の方法になるかもしれない」


力や物理戦では水城は自分が有利だと思っている。
思ってはいるが、それは数人を相手にしている場合の話であって、軍隊や集団で囲まれれば流石の不死身も勝てない。
今まで生き延びたのだってフチが言ったトゥレンペという憑神のお陰で死なずにすんだだけ。
人は神でもなければ化物でもない。
人は必ず死ぬ。
水城はただ、死にぞこないなだけだ。
だからただ皮を集めるだけでは水城達に勝算は薄いのだ。
だからこそ、二人を出し抜く必要がある。
その鍵を房太郎が握っていると水城は思っている。


「でもそれを聞き出すために海賊房太郎を拷問する?そんな方法で聞き出す情報なんてあてにはならないわ…だったら手を組むしかない」


軍でも情報を得るために捕まえた敵兵を拷問する。
だが、果たしてそれが本当の情報なのかまでは分からない。
拷問で吐く人間もいるが、祖国に忠誠を誓う人間はそう簡単に心は折れない。
逃れたくて嘘の情報を適当に吐く奴もいるし、嘘を吐いて嘲笑う奴もいる。
戦っていて房太郎は簡単に口を割らない男だと水城は感じたため、ならば、手を組み仲間に引き入れる方が安全かつ情報を得られる確率も高い。
裏切られる可能性だってあるが、ならば、殺すだけだ。
水城の言葉に、房太郎は『なるほどね』と呟き、立ち上がって水城の横に立ち、背中を撫でる。


「でも本当は俺に情が湧いたから助けたんだろ?杉元ぉ〜」

「…………」


会った時からも思ったが、この男は自分に触らないと会話ができないのか。
水城は房太郎のセクハラにギロリと睨むものの、そこに殺意は感じられない。
敵対していた際に向けられたあの刺すような殺意。
房太郎はその冷たい琥珀色の瞳も好きだが、今の殺意のない形だけの睨みも好みだ。


「分かった…俺の情報は刺青人皮が集められたら教えてやる…用心のためにな」


好みだから手を組むわけではないが、水城に対して女性としての興味がないとは言い切れない。
水城は今まで会った事のない女だった。
顔は整っており、その容姿や体に頓着しないような傷跡、そして整った容姿と女性らしい体つきには想像もできないほどの力の持ち主。
興味が惹かれないわけがなかった。
それに、この水城達の組み合わせに面白そうというのも本音だ。


「後悔すんなよ杉元…いざ金塊が見つかったら独り占めされるかもよ」


白石は房太郎を引き入れる事に反対のようだった。
まあ、主な理由は、信用できないのと、単純に分け前が減るからだろう。


「それお前の話か?」


そう突っ込むアシリパとじっとジト目で見て来る水城に、白石は黙り込んで何も言わず誤魔化した。(誤魔化せてはいないが)



◇◇◇◇◇◇◇



手漕ぎで追いついたヴァシリの小舟に移動し、房太郎を引き入れた水城達は、江別には寄らずそのまま下り札幌へと向かうことにした。
白石が漕ぎながら船は進み、水城は服を整え男装に戻る。


「なんだ…杉元、お前男装してるのか?」


寝そべって入る形の雨風避けの上に座りながら、水城はいそいそとサラシを巻き直し、シャツのボタンを閉め、着物を着て、コートを羽織る。
初対面から胸を見せつけられていた房太郎は、水城が普段から男装しているとは思っていなかったようだ。
なぜ軍人の恰好をしているのかは疑問に思っていたようだが、それを突っ込むタイミングがなかった。
女から女顔の男になりきる水城に、房太郎は水城は男装女子だと気づく。


「まあね…金塊を狙う奴らは男が多いもの…せめて外見だけでも舐められないようにしないと」


三角屋根なので、ヴァシリと水城が隣に座り、房太郎が反対側に座っている。
アシリパは天辺で何やら立って作業をしていた。
屋根の天辺に腕をかけて振り返る房太郎の言葉に、水城は適当な理由をつける。
いくら仲間になったとはいえ、本当の事は話せない。
そもそも、アシリパや白石にすら男装の本当の理由を話していないのだ。
チラリとアシリパの視線を感じたが、気づいていないフリをした。
水城の言葉に房太郎は『へぇ』とニヤニヤと愉快そうに笑いながら頬杖をつき水城を見る。
その面白い物を見つけたような目線や表情に水城は眉を顰め、そんな水城に房太郎は目を細め、こちらを振り向く水城の頬の傷を指の腹で撫でる。


「お前の力だったら舐める奴なんざいないだろに…土方達にはもう女だって気づかれているのか?」

「…ええ、そうね…土方達も鶴見中尉達も女だって知ってる」

「じゃあ、もう男装なんか必要ないだろ?女に戻ってもいいんじゃないか?」


敵対関係の連中や、仲間内でも、女性は少ない。
時代的に、大志を抱くのが男性が多いのもあるのだろう。
土方達にはすでに女だと気づかれているどころか、全裸を見られている。
鶴見達にも気を失っていた間に、不死身は女性だと気づかれた。
房太郎に話した理由ならば、もう男装する理由は無くなったと言っていいだろう。


「…………」


水城は房太郎の言葉に黙り込む。
答えられなかった。
確かにそうだと思った。
最初ならまだしも、今はもう土方達は水城を女だと気づいている。
その上であの二人は決して水城を見くびらない。
そもそもなぜ自分は男装しているのだろうか…という疑問が水城の脳裏に浮かんだ。


(…そう…そうだわ……坊のためよ…あの子の身を守るために男装したまま暮らしていたのよね…)


元を辿れば吉平が…いや、水城が原因だ。
水城があの時、吉平と結婚するくらいなら戦争に行った方がマシだと言ってしまった事から始まった。
だが、吉平が死に、軍から離れれば、水城は男装する理由は本当はないのだ。
だけど水城は女には戻らず、自分と息子の身を守るためにそのまま男装を続け、そしてズルズルとここまできた。


「俺は女の方が好きだな」


白石は、房太郎の直球な言葉に『えええ…お前もぉ???』と思い絶句する。
明らかに房太郎は水城と出会った時から口説いているのは白石も気づいていた。
恐らくアシリパも気づいただろうし、雰囲気でヴァシリも気づいただろう。
この中で気づかないのは、絶滅危惧のラッコに進化した水城だけだろう。
水城は何が言いたいのか分からない房太郎をジッと見つめる。
いや、言いたいことは分かるのだ。
男装する理由もないためいい加減女に戻れと言いたいのだろう。
触り方に色が含まれているのには気づくのに、なぜ感情や言葉になるとポンコツになるのか…
水城はだから白石にマリモやらラッコやらと言われるのに気づいていない。
物思いに耽るようにぼうっとし視線を外していた水城に、房太郎は『女の方が好み』だと言いながら深く被っている軍帽を奪う。
露わになった水城はやはり何度見ても美しい顔をしていた。
ジッと房太郎の真意を確かめるために見つめる琥珀色の瞳に、自分が写っている。
それがたまらない。
傷があっても衰えない美女に、房太郎はうっとりと見惚れる。
しかし、次の瞬間、顔に痛みが走った。


「いっ…!」


激痛ではないが、ほどほどに痛い。
何だ、と思っていると水城から『アシリパさん、気を付けなよぉ?』と注意していたので、恐らくアシリパの触っていた棒が顔に当たったのだろう。
その棒の持ち主であるアシリパを見れば、ムスッとした顔で睨まれてしまう。


「水城はオソマを食べるぞ」


言われた言葉に房太郎は呆気に取られた。
『オソマ?』と聞き慣れない単語に首を傾げたが、教えてもらう前に水城から抗議があがる。


「ちょ…!アシリパさん!?そのネタまだ続いていたの!?オソマが味噌だって知ってくれてから言われなかったからもう忘れたかと思ったのに…」

「水城はな、オソマを食べるんだ…お前はオソマを食べる女を愛せるのか?」

「んもぉぉ!!それやめてぇ!?アシリパさんがオソマオソマ言うからチカパシも味噌をオソマだって言い出したんだからねっ!!」


新参者には全く分からないやりとりを目の前でされ、房太郎の頭の上にはクエスチョンマークが浮かぶ。
グッと手を握って上下に振り頬を染める水城はまさに恥じらう乙女。
アシリパも機嫌を損ね『オソマを食べるからオソマを食べると言ったんだ』と畳みかける。
それが白石ならば『なんだとてめぇもう一遍言ってみろや』と両頬を掴まれいただろうが、相手はアシリパ。
アシリパ教の狂信者である水城にはそんな乱暴な事出来なかった。
『ひどいよアシリパさん!』と顔を覆って泣く真似をする水城に、ヴァシリが頭を撫でた。
日本語を理解していなくても、水城が弄られていると分かったらしい。
泣き真似をする水城を慰めるヴァシリの健気さに水城はうるうると涙ぐんだ。
そのやり取りを房太郎は興味深く見る。
自分とやり合った水城はまさに殺意フルスロットルの鬼神だった。
それが今は『ズキンちゃん…!』と慰めてくれるロシア人に懐いていた。
それを見てアシリパの機嫌は更に降下する。


「残念だったな、房太郎…杉元にはもういい人いるよ」


じっと見すぎたのだろう。
後ろで船を漕いでいた白石が房太郎に教えた。
その言葉に房太郎は水城から白石を見る。
どうやら嘘はついているようには見えなかった。


「っていうか婚約者いるぞ〜」

「ほう、婚約者」

「そうそう、だから諦めなぁ?婚約者にバレたらお前、樺太で首切られるぞ?」


『寒いから楽に死ねんし』と言う白石に、『なぜ樺太?』と思いつつニタニタと水城を見る。
ドヤ顔をしていた白石だったが、ペチンと頭を殴られた。
白石は『あいたぁ!』と頭を手で押さえながら、叩いた本人…アシリパを涙目で見る。
激痛ではないが、ちょっと打ちどころが悪かったのか涙がちょちょぎれる程度には痛かった。
アシリパは船の先頭におり、棒を伸ばして白石の頭を叩いたのだろう。
流石アシリパさん…馬には当たらなかった。(と、アシリパ教信者が言っています)


「なにすんのアシリパちゃん!」


アシリパに叩かれることは言っていない、と言わんばかりの白石に、アシリパはムッとさせながら睨む。
水城に睨まれると蛙になる白石だが、可愛い美少女であるアシリパに睨まれても、緊迫した状況でない今では怖くはない。
涙目の白石をアシリパはキッと睨みつけ…


「私は認めん!!あんな顔と金だけのシサムなどに私の水城を嫁にはいかせんぞ!!!」


と叫んだ。
何が認めないのか…分からないのは、房太郎と(日本語がそもそも分からない)ヴァシリだろう。
もはやお決まりの言葉を叫ぶアシリパに、白石は『くーん』と悲し気に鳴く。
アシリパの気持ちも理解しているため、『認める認めない関係なくない?』とは言えなかった。
アシリパは犬のように鳴く白石を無視し、再び前を向いて棒をナイフで削る作業に戻る。


「まあ、人間は心変わりする生き物だしな」


何が何だか分からないが、水城に結婚の約束をする存在がいるのは理解した。
ただ、それで諦めるほど房太郎は純粋でもなければ人が良いわけではない。
水城の事は今のところ気に入っている。
か弱く守ってやりたいような女が好みでもあるが、気の強い女は嫌いではない。
水城の場合、気が強いとは少し…いや、大分異なるが、殺意に輝くあの美しい琥珀色の瞳や、肌を刺すような殺気や、殺意しか浮かんでいないような険しい表情は忘れられるものではない。
手に入れたい、心を折って跪かせたい…水城は一部の男の支配欲、征服欲を掻き立てるらしい。
『な?』と同意を求める房太郎を、水城は眉を顰めて睨んだ。
確かに人は心変わりする生き物だ。
恋人や夫婦の中には浮気する者もいる。
だが、水城は、敵対していても自分の心は鯉登のそばにいると思っている。
敵対し、例え殺し合いになったとしても、水城は鯉登を愛する自信はある。
そのため、鯉登への気持ちを軽く見られ不快に思った。
房太郎は感情を隠す事なく不快そうに眉を顰め睨む水城を、愉快そうに見つめた。

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