丁度、船が江別に着き、争いはとりあえず停戦となった。
房太郎は配達人の現金書留だけを頂くことにし、客のいる大部屋へと向かう。
房太郎の姿がなくなったのを見て、白石はまだ完全に殺意スイッチをOFFにしていない水城に近づき耳打ちをする。
「海賊房太郎のあの話しぶり…『アイヌが最初に金塊を隠した場所』をすでに突き止めたのかもな」
「でもそれだけじゃ見つけられないと本人も言ってるけど」
房太郎の消えた方向を睨んでいた水城は、白石の言葉に首を微かに傾げる。
刺青人皮は大事な鍵だ。
だが、房太郎の言葉も納得できる。
「刺青人皮は役に立たないってウワサ…お前、どう思う?」
ずっと刺青人皮を巡って三つ巴となり、騙し騙され、殺し殺された。
水城は入れ墨のために恋人の元に戻らず、一時的ではあるが別れる選択をした。
ただが皮、されど皮。
皮一枚のために何人も…それも無関係な人を巻き込んで多くの人が死んだ事もある。
白石の問いに水城は少し考え、間を開けた。
「…私は噂に右往左往せず刺青人皮集めは継続すべきだと思う」
土方組と鶴見組に比べて、自分達は鶴見や土方のようなリーダー格はいない。
先頭に立っているのは、主にアシリパと水城だ。
白石は水城のようにアシリパに盲目でもないし、水城にも盲目というわけではない。
信頼、信用はあるが、水城やアシリパの言葉が全て正しいとは思っていない。
ただ、水城の言葉も選択の一つだと思う。
「まあまあ…ひとまず、手を組むフリをして情報を引き出そうぜ」
白石の提案に、水城も異論はないのか静かに頷いた。
丁度その時、大部屋にいた房太郎が戻ってきた。
「お前ら砂金の量はどのくらいって聞いてる?」
階段から上がってきた房太郎の問いに、白石が20貫(75キロ)だろと答える。
だが、そんな白石の答えに、房太郎はニヤリと笑う。
「アイヌの爺さんの話では砂金が鹿革の袋パンパンに詰まっていてな…ひと袋で16貫(60キロ)あったらしい…その袋が千2百以上…山のように積んであったってよ」
予想では20貫かと思っていたが、房太郎の話が正しければそれどころではない量の金塊があると考えていい。
それを聞いて警戒していた白石も、流石にポ〜とうっとりとしてしまう。
水城も20貫以上の金塊があると聞き、その真否はどうであれ、想像にもできないほどの金塊の量の話に驚いている様子だった。
そんな二人に房太郎は『どうよ!浪漫があるよなァ!』と笑みを向ける。
しかし…
「一緒に夢を追えなくて残念だよ」
そうポツリと呟く。
その言葉に怪訝としていると…――――手下が後ろから拳銃を水城と白石に向けた。
しかし、その拳銃が発砲する前にシリンダーとフレームの間に矢が一本刺さり、不発となる。
「背嚢の中を見られたぞッ!!」
それに驚いている暇はなく、矢を放ったアシリパの言葉にその場の空気が再び殺気を帯びた。
白石は後ろにいる手下に振り返り銃を奪おうとし、手下もそれを阻止するため白石の袖を掴む。
水城はまっすぐ房太郎への殺意を向けた。
戻していた剣を抜いて房太郎へ向ける。
しかしそれを寸前に房太郎には避けられた。
すると再び始まった戦いに、ずっと言う通りに動いてた船長はチャンスだと思ったのか、舵を思いっきり回す。
船は曲がり、川に突き抜けて成長している木の枝に房太郎と水城が引っかかってしまう。
「っ!」
白石は体を伏せたため無事であったが、水城、房太郎、手下が枝に引っかかり海に放り出されてしまう。
運の悪い事に、川に落ちた手下はそのまま外輪に巻き込まれ死んでしまう。
水城と房太郎は川に落ちても二人の戦いは終わらない。
ただフィールドが陸から水中に変わっただけだ。
しかし、陸では水城は強いが、水中では泳ぎが得意な房太郎の方が有利だった。
水中では動きも限られる。
しかし房太郎は得意の泳ぎで水城の後ろへ回り込み、水城の背後から掴みかかりそのまま深く潜っていく。
水城は上手く背後を取る房太郎との向い合せに体勢を変えることができたが、形成が逆転したわけではない。
未だに水中戦が得意とする房太郎の有利である。
お互い上下逆となっているまま、手を掴まれた水城は坊太郎に向かって蹴りを入れる。
丁度足に顔があったため、動きが制限される水中でも当たった。
それでも房太郎もここまで生き残ってきただけあるのか、銃剣を握る水城の手を掴むその力を緩まず、再び後ろに回り込む。
背後を取られた水城は銃剣を持つ腕を振り、なんとか房太郎を振り払った。
しかし、そのやり取りで数分経っており、30分息を止められる房太郎ならば余裕の時間ではあるが、水城の息が限界は超えようとしていた。
房太郎を振り払い上へと上がろうとした水城の足に房太郎の長い髪が絡まり、阻止されてしまう。
髪が絡まったのを利用し、房太郎は容赦なくそのまま水城を引き連れて潜っていく。
『――――』
房太郎のような特技がない限り、水中戦は不利だ。。
水中に放り投げられた時点で、水城の勝利はグンっと下がってしまった。
息も続かず、貴重な酸素も泡となって消えていく中、水城は足に絡まった房太郎の髪を銃剣で切ってほどく。
全て切り離した水城は上に上がって酸素を吸おうとした。
しかし、それを房太郎も黙って見送るわけにはいかず、上に上がろうとする水城の足を掴んで引き留める。
引き留められた水城の口からは残りの酸素がボコボコと泡となって出て来る。
意識を失いかけたその時――――目の前に白石が見えた。
白石はスーッと静かに沈むように水城の元へとやってきた。
水城は息苦しい中、白石の姿に『は??シライシ???』と思っていると、白石はガシリと水城の両頬を掴む。
白石の行動に水城は房太郎に足止めされているのも忘れ怪訝とさせた。
すると、白石は唇を尖らせ顔を近づかせてきたではないか。
(おまっ…!シライシてめぇ…!や、やめ…っ!やめろォ!!!)
どうやら空気を送ってくれるらしいのだが、その方法は口と口…すなわちキスである。
いや、水城だって白石は嫌いではない。
嫌いではないし、息が出来ないこの状況で空気を送ってくれるのはありがたいし、助かる。
白石だって普段からゴリラだなんだと言って水城に欲情しないのだから、これは生きるための方法なのだ。
だが、その方法がいただけない。
水城の中でキスは駄目である。
脳内では恋人が薩摩弁で何やら騒いでいた。
水城は緊迫した状況も忘れ、白石を拒んだ。
遠慮なくぶちゅーーと酸素を送ろうとした白石だったが、水城に顔を殴られ、ひ弱な白石はふわ〜っと気絶または死んだ魚のように水面に向かって浮かんでいく。
それを見送る暇もなく、白石がいなくなり邪魔者もいなくなった水城を再び房太郎が引っ張り潜っていく。
それでも水城は諦めてはいない。
諦めてはいないが、万事休すという言葉が頭に浮かんだ、その時――――魚の大群に飲み込まれた。
「
ピシコロカムイチェプ!!
ユペだ!!」
上からもその魚の群れは分かった。
上から水中に消えた水城を探していたアシリパは突然現れたユペ…チョウザメの群れに目を丸くさせた。
だが、これはチャンスでもあった。
水城は水中で思いっきり叫び、次から次へと自分達の横を通り過ぎていくチョウザメに剣を突き付けた。
丁度チョウザメの体に刺さり、水城はその速さを利用して房太郎から逃げようとする。
しかし、足を取られているため、水城がチョウザメに引っ張られると房太郎も付いてきた。
だが、運は水城に味方していた。
房太郎の髪が外輪に巻き込まれ、水城は房太郎の手から逃れることができた。
水城は房太郎から逃れ、やっと水面に顔を覗かせ息を吸うことができる。
「水城!」
水しぶきを上げながら顔を水面から覗かせる水城に、アシリパはホッと安堵した。
水城は息を荒げながら落ち着くように呼吸を繰り返し…水城は何やら考えるように黙り込む。
そして、何を思ったのか、水城は思いっきり息を吸い込み、再び水中へと消えた。
水城は息を止めながら泳ぎ、持っていた剣をギュッと握り締め…――房太郎の引っかかっている髪を切る。
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