(1 / 274) 原作沿い (01)

北海道に来てまず行ったのは家探しだ。
軍人の出で立ちだったから子供連れで無職でもなんとか水城の予定内に格安の家を借りることが出来た。
その間は安い宿を探したり、泊まる代わりに雑用をして住み込みで働いたりと人の手を借りた。
東京でも冬に外で寝れば凍死するし、ここ北海道は水城の思った以上の寒さだったらか水城一人ならまだしも子供がいるのに暖かさがない空き家で一晩を過ごすのは少し可哀想だと思いやめた。


「いつもすみません…」

「いいんですよ…この子の月謝をタダにしてもらっているんですから」


あうあう言って母に手を差し出す息子を女性から受け取り水城は申し訳なさそうにお礼を言った。
そんな水城に女性は首を振り、帰る水城に女性の隣にいる女性の娘が元気よく手を振る。


「先生さようなら!また明日ね!」

「はい、さようなら」


水城は息子を抱いてその家を後にしてようやく今日の仕事が終わった。
家路につく水城は今日は何事もなく終わった安堵と、砂金を見つけられなかった事への落胆に息を吐いた。
――水城は家を借りたその日に塾を開いた。
教室など借りる余裕はなく、人の良い住職の寺の一部を借りて教室を開いた。
最初は無名で、傷だらけの男が開く教室に人は来なかったが、ぽつぽつと人が増えるようになった。
やりくりをしてやっと一日ひもじい思いをせず過ごせるほどの稼ぎが生まれ、水城はその日から早朝から夕方まで砂金を探し、夕方からは塾を開き一日も休まず働きながら砂金を見つけようとしていた。
その間、息子は生徒の1人の家に預けている。
月謝をタダにする代わりに息子の世話を頼み、こうしてその生徒と一緒に帰り息子を引き取って帰宅するのを毎日繰り返している。
水城は息子を抱きながらやっと家に辿りつき、蝋燭は勿体ないため薄暗い中何とか囲炉裏に森で拾った枝を放り込んで火をつける。
暫くすれば部屋はあっという間に暖かくなり、水城は息子と自分のため天井から吊るされている自在鉤に鍋をひっかけ食事を作り始める。
勿論、作り置きも兼ねている。
夜にやるのは早朝から山に入るので朝はやる暇がないのだ。


「かぁ、かぁ」

「はいはい、(かか)はここにいますよー」


料理中、腕に抱く息子が嬉しそうに母を呼び、そんな息子の嬉しそうな声に水城は胸が締め付けられる。
1歳の息子が嬉しそうなのはあまり母との時間がないからだ。
生徒の家に預けているが、息子は大人しくあまり泣くことはない。
夜泣きすらなく、母と一緒にすやすやと眠っている。
それが水城は心配だった。
聞き訳がいいのはいい事だと生徒の母親は言っていたが、水城は聞き分けが良すぎるのではないかと思う。
子育ても周りに子供がいた事がないが、子供というのは感情がコントロールできない生き物ではないのだろうか。
もっと母と別れるときに『行かないで』と泣きわめいて、もっと母に我が儘をいうのではないかと思っているのだが…息子はまだ1歳なのに夜泣きもなく我が儘も言わず手のかからない子だった。
二度三度、息子を捨てようとしたためかは分からないが、我が儘を言わない息子に水城はまるで我が儘を言えば母に捨てられるかもしれないと思われているのではないかと勘繰ってしまう。


「はい、坊、あーんして」

「あー」


水城は息子のために冷ました食べ物を息子の口に運ぶ。
母の真似をしながら口を開けもぐもぐと食べ呑み込むのを見て水城は新しい食べ物を掬い息子の口に運ぶ。
それを二三回続けると水城は食事を終わらせ、次はお乳を与えた。
美味しそうにちゅうちゅう吸う息子を水城は愛しさを感じていた。
離れる時間が長いため、断乳をしようと思って離乳食を少しずつ与えているのだが…だからこそせめて乳が出るのならその間くらい与えてやりたいと思い中々断乳は出来なかった。
しかも周囲に聞けば3歳まで飲んでいたとか4歳まで飲んでいたとか聞いているので今すぐ断乳しなきゃいけない事でもないなと思ってしまったのもある。
満足したのか飲むのを止めた息子を抱き、背中をトントンと叩くと息子がゲップをする。


「じゃあ、次は(かか)の番だからねー、ちょっと待っててねー」


傍に敷いた敷布の上に息子を置いて水城も食事を始める。
やっとハイハイができるようになったが、息子は大人しい子なのであちこち行く心配はない。
しかし、息子はまだ目が離せない時期である。
片親しかいないためどちらかが子供の面倒を見るという事ができず、もしも何か口に入れてしまった場合を考えるとつい監視するように見てしまう。
水城の食事も息子と同じものだった。
最初こそ大人と幼児の食事を別けて作っていたが、面倒だったのと、分けて作るとその分費用が嵩むので、美味しいと言う訳ではないが息子と同じ食事を水城は取っている。
勿論まだ歯が生え揃っていないので大人からしたら柔らかすぎるし味が薄い食事である。
だが毎日忙しい身としてはそれでも栄養になるなら十分だとしか考えていなかった。
食事も終え、息子の排泄も済み、この時代ではまだ家に風呂がないため軽く体を拭き、そこでやっと就寝ができる。


「明日、お風呂に入ろうねー」

「ねー」


そろそろ匂いも気になるのでお風呂に入れたい。
本当は毎日入りたいが、そんなお金どこにもない。
この時代はまだ一家に一台のお風呂はないのだ。
銭湯に行って入らなければ湯船で体を浸すことはできず、出来ると言ったら相当のお金持ち以外は無理だろう。
ただ、問題はそこではない。
問題は水城だ。
息子は幼児だから保護者と一緒なら女湯か男湯のどちらでも入れるが水城はどちらにも入れない。
水城は女の身体をしているがそれを隠しているのだ。
だから水城は風呂屋に交渉し続け、やっと閉める時に風呂の掃除をするからと一人風呂を許してもらった。
やはり軍人だということや、首や腕や足などにある傷痕を見せたのが効いたのだろう。
そう思いながら息子が母の真似をするのを微笑ましく見つめた。

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