次の日の朝。
水城はいつものように息子を預け砂金を取りに出掛けていた。
時々話しかけてくる酔っ払いの相手をしながら砂金を必死に探していた。
だが…―――
水城は目の前光景に絶句した。
「なに、これ…」
水城の目の前には手足と頭だけが地面から出ている酔っ払いの男がいた。
水城は暫く棒立ちで呆けていたがハッとさせ慌てて男に駆け寄る。
「あんたなんで埋まってるの!?待ってて!今引っ張り出してあげるから!!」
水城は男に襲われたというのに、それを忘れたように助け出そうと雪と土を掘り起こす。
水城はいつも通り早朝から砂金を探しに山奥の川に入っていた。
途中、顔見知り程度の名も知らない酔っ払いの男が来て、彼と話をしながら砂金を探していた。
相変わらず変化はなく、砂金のさの字すらない状態に苛立ちもした。
だが男が突然襲って来たのだ。
休憩のためたき火に当たりながらうとうとしていた水城に男は水城の持ってきていた銃を向け、こう言った。
―――喋りすぎた
と。
男は酔いすぎていたのかいつものようにホラ話を水城に聞かせ、その話に興味を持った水城だが肝心な部分を言わず男は酔っ払って眠ってしまった。
そして水城も休憩しつい座ったまま眠ってしまった水城は悪夢を見て目を覚まし…男に銃を突き付けられたのだ。
男は慣れない銃を使おうとしたが、薬莢が詰まりジャムらせ水城に銃を奪い返された。
優位の立場が逆転し殺されるのを恐れた男が森の中に逃げそれを追いかけ――今に至っている。
「…!」
だが、引きずり出した男を見て水城は目を丸くした。
男の腹は空っぽだったのだ。
文字通り、男の腹の皮膚は消え中の内臓全て紛失していた。
異様な光景に水城は怪訝とさせた。
だが傍に人間ではない足跡を見つける。
「ヒグマだ……ヒグマがこの男をここに埋めたんだ…」
その足跡とは、熊だった。
水城はそこでどこかで聞いた話を思い出す。
熊は食べきれない得物を土を被せ『俺の物だ』という宣言でもある土饅頭で保存するらしい。
田舎に住んでいたので山に熊がいる事に驚きはない。
ただそれにしてはこの男の悲鳴が上がらなかった事に疑問に思った。
そう疑問に思っていたが、首がダランと垂れているのに気づく。
死んだにせよここまでダラリと垂れる首に水城は不思議に思うが、その答えは詳しく調べるよりも簡単だった。
「あんた、首を折られたのね…悲鳴を上げる暇も与えられず殺されて…ヒグマに出くわしてツイてないのか苦しまず死ねて幸運だったのか…―――ん?」
男は悲鳴を上げるよりも前に首を折られ死んだ。
それに対して幸運と呼べばいいのか、それともヒグマにさえ会わなければ死ななかった事に対して不運と呼べばいいのか…水城は分からなかったが、ふと視線に"ある物"が見え水城は目を丸くした後男の服を剥ぎ取る。
「ちょっとちょっと!!嘘でしょ!?どういうことなの!?―――あんたがさっき話した囚人の1人ってこと!?」
剥ぎ取った男の素肌には―――曲線と丸の中に一文字の漢字が描かれた入れ墨が入れられていた。
それを見た水城はゴクリと喉を鳴らす。
「ホラ話じゃなかったんだ…通りで詳しいわけよ……これが…金塊の在り処を記した入れ墨なのね…!!」
男は言った。
水城が血眼になってまで探している砂金は本当はあると。
しかし今は取りつくしたらしく、いくら探してもないのだと。
その砂金は迫害してきた日本人に抵抗するために一部のアイヌ達が密かに軍資金として集めていたのだという。
だが、欲深い者はどこにでもいるもので…その砂金を奪うため、ある一人の男が砂金を持っていたアイヌ達を皆殺しにしたという。
当然その男は警察に追われ捕まった。
ただ男は砂金を全て隠したらしい。
だが逃げるのに精いっぱいで仲間にその隠し場所を伝えられず捕まったのだと言う。
その隠した砂金の量は75kg、金額にして八萬圓(現代の価値なら約8億円)の金塊であった。
その話は看守にも広まっており、手紙を書いて仲間にしらせようものならその手紙は警察に取られ隠した砂金を全て奪われてしまう危険があった。
そのため、男は同じ牢獄にいた囚人の肌に入れ墨を入れたのだ。
そして囚人達を脱獄させた。
ただ簡単なものでは囚人が独り占めしてしまう。
だから男は囚人達全員で一つの暗号にした。
そして計画通り、欲をかき移送を急いだ者達を囚人たちは皆殺しにし、そして姿を消した。
――――そこで話は終わった。
金塊の在り処や脱獄犯達を聞くときにはすでに男はベロンベロンに酔っ払い誰も捕まっていないし、金塊もどうなったかも分からないと言いながらその場で寝てしまい…今に至っている。
(やっぱり金塊はあったのよ寅次!!寅次の言う通り砂金はあった!!これで梅ちゃんの目が治せるかもしれない…!!)
水城はいつものホラ話だと思った。
死んだこの男はエゾオオカミがまだ日本に生き残っていると言う話もしていたのだ。
今回の話も作り話だと思った。
だが、目の前にいる死んだ男の肌には曲線や円の中にある一文字の漢字などの入れ墨が入れられており、このデザインはどう見ても暗号にしか見えない。
水城は寅次の言葉通りだったと興奮していた。
寅次はまだ砂金があると言っていたが、取りつくされた砂金はどこかにあるのだから一緒だろう。
水城はハッとさせキョロキョロと辺りを見渡す。
辺りには何もなく、ホッとさせながら紐で男の遺体を背負って固定しその場を離れようとする。
「早く違う場所に死体を移さないと…!埋蔵金の手がかりがヒグマに食べられちゃう…!」
そう言ってその場を離れようとした水城の耳にバリッと物音が届いた。
熊が戻って来たのかとその音へ弾かれたように振り返ったが…そこには小熊が木の上にいた。
こちらをじっと見る小熊に水城は安堵したのだが…ふと思う。
「待って…小熊がいるって事は……」
そう水城が気づいたその瞬間、野太く大きな獣の雄たけびと共に親熊が姿を現した。
水城は咄嗟に銃を構えようとした。
しかし銃の負い革が男の足に引っかかって構える事が出来なかった。
熊は遠くにいたのだ。
だが、熊は鹿を追いかけて仕留める事が出来るほど瞬発力があり、体力もあるため水城との距離をあっという間に縮められた。
太い腕に生える鋭い爪を水城に向かって振り下ろそうとした。
水城は避けようとし後ろへ下がろうとすると地面がなくなったように落下していった。
どうやら後ろが段差があったようで、それに助けられた水城だったが怒っている熊は更に水城を追いかけてくる。
「は、速すぎるわよ!!もうちょっと遅れたって罰は当たらないじゃない!!」
倒れている大木の上を乗っかり落ちる様に降りる。
だが雪に慣れていない人間では野生の熊にすぐに追いつかれてしまい、つい先ほど水城がまたがって落ちていった大木に熊は前足を乗せ転がる水城を見下ろしていた。
(食べられる…!―――坊ッ!!)
水城はもう駄目だと思った。
熊に襲われ食い殺された事件は水城も知っているし、この辺りに越してきてからも近所が山に入る水城に気を付けるよう言ってくれた。
ドッドッドと興奮と恐怖に水城は心臓がこれでもかと動いていた。
死ぬと思った。
その時真っ先に思い浮かんだのは、息子だった。
息子を残して死ぬのか…と未練を感じていたその時――――飛んできた一本の矢が水城の目の前で熊の胸元に刺さった。
「ギャァア"ッ!」
熊はその突然の痛みに声を上げた。
水城は暫く呆気に取られていたが、ふとギリギリと弓音が聞こえ振り返る。
「アイヌ…」
水城は思わず呟く。
水城の視線の先にはアイヌの少女が弓を引き熊に狙いを定めていた。
「離れろ、トリカブトの根やアカエイの毒針を混ぜた即効性の毒矢だが…ヒグマなら10歩は歩ける」
そう告げるアイヌの少女に水城は逆らうことなく男を背負ったまま静かにその場を離れる。
熊が動かなくなったのはその数秒後だった。
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