(15 / 43) その生命に恋う (15)

アキと会うのは毎日ではないが、頻繁に行われていた。
アキはどこかにキャンプをしているのか、会うときは必ず食料を抱えていた。
調達の途中のひと時でも、アキと話せる事がダンデには嬉しかった。


「こんにちは、ダンデ」

「こんにちは!アキ!」


ピカチュウ、そして今日はウォーグルを連れているアキの姿を見て、ダンデは真っ直ぐアキに駆け寄る。
案内してくれた野生のポケモンとダンデのリザードンを引き連れて駆け寄ってくるダンデに、アキは立ち止まり振り返り、ダンデがアキと合流したのを見ると野生のポケモン達はそれぞれ寝床へと帰っていく。
アキはダンデの姿に、ダンデが教えた単語を並べる。
アキが自分を認識して立ち止まって振り返り、自分が教えた単語を口にする。
それだけでもダンデの機嫌は良くなる。
片言ではあるが、意味はちゃんと合っており、ダンデではなくてもガラル人なら通じるだろう。
正しい発音は後からでもついてくるため、今は意志疎通ができるようになるのが大事である。


「今日はなんだ?」

「今日、実」

「今日は木の実か」


腕の中に何かを抱えているのが見えて覗き込めば、そこには様々な木の実があった。
この木の実も、ポケモン達がアキのためにと積んできたものだろう。
最近やっと親しくなって分かったことがある。
アキはポケモンに好かれる体質だということだ。
ポケモンはアキの望む物を探し、献上するように与える。
それが度が過ぎるため、ダンデも分けてもらっている。
今回も木の実が山積みになっていた。
ただ、木の実はダンデもよくカレーやポケモン達に使用する事が多いので、魚などに比べれば捌きやすい。


「いのみ?」


聞き慣れない言葉にアキは首を傾げる。
そういえば、言葉を教えるようになってから木の実は初の単語だと気づき、間違いを正した。


「き」

「き」

「の」

「の」

「み」

「み」

「きのみ」

「きのみ…木の実…木の実…これ、木の実、です」

「そうです、それは、木の実、です」


変な癖がつかないように、教える時は敬語を使う。
アキも難しくなければ、何度か繰り返し教えれば間違いを正すことができる。
木の実はそれほど難易度は高くないらしく、一度で正す事が出来た。
頷いたダンデを見て、アキは腕の中にある木の実を一つ持って『これは、木の実、です』ともう一度復習がてら言う。
それにダンデはもう一度頷けば、アキは少し笑った。


(だんだん感情が出てくるようになったな)


その笑みはまだぎこちない。
しかし、出会った当初に比べれば大きな変化だ。
最近、アキの感情に笑顔が顔に出てくるようになった。
最初、笑顔を見た時、あまりの嬉しさに思わず抱き着いてしまった。
ダイブするように抱き着かれたアキはダンデを支えきれず、アキはダンデに押し倒されたように倒れてしまったのはいい思い出…になるのか分からないが、ダンデにはいい思い出である。
呆れたようにリザードンがダンデの背中の服を掴んで離したのもまたいい思い出だろう。
初めてアキが笑顔を見せてくれた思い出に浸っていると、アキが持っていた木の実をダンデに差し出す。


「ありがとうです、木の実、あげます」


お礼に木の実をあげると言いたいのだろう。
まあ後ろの山を見る限り、お礼もそうだが、おすそ分けしてくれるのだろう。
アキと出会ってから木の実を買うことも採ることもなくなったダンデは素直にお礼を言って受け取る。
ダンデがアキに聞きやすいようにゆっくりとした口調でお礼を言い木の実を受け取ったのを見て、アキは嬉しそうに笑みを深めた。


「ン゙ン゙ッ」

「?」

「な、なんでもない…」


その笑みにダンデは沸き上がる感情に変な声が出そうになった。
顔を反らして口を手で塞ぐダンデを見てアキは首を傾げる。
それに誤魔化しながらダンデは残りの自分の分(お裾分けの前提で分けられていた)の木の実をカバンに入れる。
カバンを開けたついでに、ダンデはいつものものをアキに差し出す。


「はい、これ」


それは絵本だった。
ダンデはアキが勉強できるように幼児向きの絵本を一冊渡す事が最近の恒例となっていた。
今日は珍しいポケモンのいない人間だけの世界の絵本を見つけたので、買ってみたのだ。
渡す前に人間だけの世界という設定に興味があったのでダンデも読んでみたが、ポケモンが一匹も出ない世界という斬新さに面白くてあっという間に読み終えた。
ベストセラーとして店頭に置かれているだけはあると思った。
とはいえ、対象が幼児なので大人の読むような深い意味を含んではいないが、面白かったのは確かだ。
アキは1ページ捲って人通り絵本の中を見る。
しかし、あるページでアキの手が止まった。


「どうした?」


いつもなら最後まで捲って『ありがとう』と笑ってくれるのに、なぜか今日は一枚目の絵が載っているページで手が止まり、そのページを凝視するように見つめる。
いつもと様子が違うのが気になり、アキの横から本を覗き込む。
そのページに、ダンデは『ああ』と納得したように声を零した。


「これ面白いよな…エネコやチョロネコにも似てるし…ポケモンが出てこないけど、これはこれで面白いぜ」


そのページには人間と、一匹の生き物が描かれていた。
この絵本にポケモンは存在しないため、その生き物はポケモンではないのだろう。
だが、どこかエネコやチョロネコのようなポケモンと似ていた。
ポケモンが存在しない世界というのもなんだか違和感を感じるものの、それはそれで面白いので、ぜひアキにも見てほしかった。


「――」


絵本を勧めるダンデの耳にアキの声が届く。
しかし、その言葉はアキの故郷の言葉だったためダンデには聞き取れなかった。
その声にアキを見るも、アキは相変わらずそのページを凝視していた。
またページを捲ってその絵を見ては手を止めて凝視する…それを繰り返していた。
アキもポケモンの居ない世界に違和感を感じているのだろうと、ダンデは思った。
と、いうよりはそう思うしか納得できる材料がないというべきか。


「アキ?」


まるで魅入られたように絵本を凝視する姿が、怖くなった。
なんだか自分の傍から離れていきそうで、アキを引き留める意味も込めてダンデはアキの名を呼ぶ。
その声にアキは我に返ったのか、やっと視線を絵本から反らされ、ダンデへと向けられる。
『なに』と首を傾げるアキに、ダンデはあたふたさせる。
名を呼んだのはアキが離れるかもしれないという恐怖からだが、アキからしたら用があるから呼ばれたと思うだろう。
しかし、特に要はなく何を言おうか迷う。


「あ、あー……その、なんていうか………キ、キバナ達と昼食を取ろうと思ってるんけど…一緒にどうかと思って…」

「ちうちょく?」

「えっと…『ちゅうしょく』だ…『おひるごはん』っていう意味」


咄嗟に出たのは友人達の名だった。
更に言えば、そんな約束はしていない。
もはや自棄である。
それに、アキが頷かないのを知っていたかもしれない。
意味を知ったアキは案の定、首を振った。
短い間柄ではあるが、アキは会ってもすぐに帰ってしまい、未だに長く時間を共にしたことはないし、ワイルドエリアから出た外で会ったことはない。


「なあ…アキってどこに住んでいるんだ?」

「どこ…すんで…」


聞きたくてもデリケートな部分だから今まで聞かないでいた。
その為聞き慣れない単語に四苦八苦しているアキに分かりやすく教える。
ついでに聞き慣れない単語を叩き込みながらアキは困ったように眉を下げた。


「どこ………むこう…いる、私、住んでる」


差された方向はエンジンシティだった。
『エンジンシティに住んでるのか?』ともう一度問えば、アキは少し迷う素振りを見せながらも頷いた。
その曖昧な様子に、ダンデは後悔する。


(まだ早かったか…)


なぜかアキは住んでいる場所を伝えたくないようで、曖昧に終わらせることが多かった。
だから今までダンデはアキに住んでいる場所を聞かなかったというのもあった。
以前に比べて話すようになり、表情も雰囲気も柔らかくなったため、聞いても支障はないだろうと思ったのだが、まだ早かったようだと反省する。
気まずげに視線を反らすアキに、ダンデはそれ以上踏み込むのはやめた。
そっか、と流してくれるダンデにアキはあからさまにホッと胸を撫でおろす仕草をした。
それも見て見ぬふりをするダンデの耳に、ウォーグルの声が届いた。
どうやら今日はここまでのようだった。


「木の実ありがとうな…リザードン達と一緒に食べるよ」

「こちらこそ、絵本、木の実、沢山、あげる、して、ありがとう…沢山、ごめんなさい」

「『あげる』じゃなくて、『貰って』だ…あとこういうときは『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』っていうんだぞ?…『貰ってくれてありがとう』」

「貰ってくれてありがとう」

「そうだ……まあ、木の実は多ければいいし、俺は助かってる…俺こそありがとうな」


アキと会うときはいつもピカチュウが一緒にいるが、ピカチュウの他に三匹のポケモンが一匹アキの傍にいる。
ヌオー、ガオガエン、ウォーグルだ。
恐らく彼らは護衛も兼ねているのだろう。
ヌオーはダンデにも懐いているが、ガオガエンはダンデをアキにつく悪い虫として捉えているのか敵視しており、ウォーグルは中立…というよりはダンデに興味がないようで我関せずだ。
ヌオーとガオガエンはアキの傍にいることが多いが、ウォーグルは少し離れた場所で待っている。
しかし、その視線は常にダンデを向けられているため、彼には彼の距離感があるのだろう。
あの三匹の中ではガオガエンが一番レベルが高く強いらしく、リザードンが戦いたがっていた。
ガオガエンもリザードンを好戦的な視線で見ており、お互いライバル関係を結んでいるらしい。(まだバトルしていないのに)
いつも彼ら三人が帰宅のタイミングを決めているらしく、ヌオーの時は長くいられるが、ガオガエンはダンデと会ったら即帰宅である。(それでも絵本を渡す時間と数分の会話の許可があるだけ彼なりの温情があるといえるかもしれない)
その丁度中間がウォーグルだ。
だからアキの傍にいるのがヌオーだった場合、ダンデは嬉しい。
しかし、アキの傍にガオガエンがいた場合、ダンデは少ししか一緒にいられる時間が少ないため少し気落ちしてしまうのだ。(対するリザードンはライバルと会えて嬉しそうではあるが)
ウォーグルの帰宅命令にアキは自分達の分の木の実を持って素直に背を低くさせる彼の背中に乗り、ピカチュウもそれに続く。
一人と一匹が乗ったのを確認したウォーグルはまるでダンデに挨拶(主人を取られんとする威嚇?)するように一鳴きして羽ばたく。
ダンデはその姿が消えるまで見送っていた。

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