(16 / 43) その生命に恋う (16)

最近のダンデはアキの為にと絵本を一冊探すのがすでに習慣になっていた。
この日もシュートシティにある本屋に立ち寄っており、真っ直ぐ絵本コーナーへと足を向ける。


(あの絵本の作者…他にも同じ設定で絵本を出してるんだな…)


手に持っている絵本は、ポケモンのいない世界の絵本だ。
あの設定で何冊か絵本を出しているようで、同じ作者の絵本につい目が留まってしまう。
世界設定が同じなだけで、あの絵本とは話は繋がっていない。


(この絵本も渡せばアキは喜んでくれるだろうか…)


無意識にダンデの手にはあの絵本の作者の絵本があった。
アキは絵本を貰ってもあまり反応は見せない。
それは興味がないというわけではなく、まだ感情を出し切れていないのだろう。
アキの事情を知らないダンデにとったら、まだ心を開いてくれていないと思っても仕方ない。
しかし、あの絵本は別だった。
この絵本だけアキが反応してくれたのが、嬉しい。
しかし、不安もある。


(アキが遠くに行ったらどうしよう)


不安とはアキが離れてしまう事だ。
やっと最近になって会話も広がって親しくなったというのに、アキが自分以外の興味を持ってしまったら自分から離れるかもしれないと思い、ダンデは怖くなった。


「…?」


離れていくアキを想像して顔を青くさせるダンデだったが、ふと首を傾げる。
そっと胸に触れる。


(なんで不安に思うんだろう…アキがガラルに住んでるって保証はないのに…)


胸がモヤモヤして仕方なかった。
不特定多数に観られる試合の前だってこんな不安になる気持ちになったことはない。
むしろ、家族や弟が自分の試合を見てくれると思うと、彼らが会場に来て応援してくれているように気合が入る。
ならば、なぜアキが離れると思うだけで不安に感じるのか分からない。
寂しいなら分かるが、この気持ちは離れ離れになることに対しての寂しさではないのだけは分かる。
そもそも、アキがガラルに移住した人間なんて保証はない。
エンジンシティに住んでいるという情報だけは分かったが、それは移住なのかは分からない。
それに、本当にエンジンシティに住んでいるのかも分からないのだ。
知られたくなくて適当な方向を指さしたのが、エンジンシティだったのかもしれない。
もう何週間も会っているのだから今更旅行者なんて思わないが、転勤族というものが存在しているとおり住んでいるとしてもすぐにガラルから離れてしまうという可能性だってある。
謎が多いからこそ、いずれは別れてしまう可能性だってダンデの頭にはあった。
だから寂しいという感情はあっても、不安という感情を感じるのが不思議でならなかった。
自分の感情なのに、全くわかっていないダンデは首を傾げていた。
すると、誰かに肩を叩かれダンデは振り返る。


「こんなところで何してるんだ?」

「キバナ?」


トントン、と肩を叩いたのは、同じジムチャレンジをしているトレーナー、キバナだった。
同い年なのにキバナの方が背が高い。
自分は平均か、それよりも少し高いかくらいだというのに、遺伝子というものはこうも違いが出るのかと思い知らされる。
キバナも丁度この本屋に立ち寄っていた際、ダンデが本屋に入ってくるところを見た。
珍しい奴がいるなと気になって目で追いかけていけば、ダンデはポケモン関係とは全く関係のない、児童の絵本コーナーに足を運んでいた。
ダンデと絵本が繋がらないキバナは気になって声をかけた――というところだろう。
後ろから覗き込めばやはり絵本が一冊手の中に納まっている。


「絵本なんか読むのか?」

「あ、ああ……弟に送ろうと思ってな…」

「へえ…弟いるんだ、お前」


キバナの問いに、なぜかダンデは嘘をついてしまった。
弟がいることは嘘ではない。
ダンデには弟がいる。
それも世界で一番可愛い弟だ。
弟はまだ幼く、絵本を送っても差し障りのない年齢だ。
だが、この手の中にある絵本は弟ではなく、少女に送るものだ。
ダンデはなぜキバナに嘘をついたのか、自分でも分からず動揺する。
確かにアキは絵本など卒業した年齢ではあるが、外国人として児童向けの本は言語を学ぶに丁度いい。
それを説明すればキバナも納得するはずだ。
だが、なぜかキバナにそれを話すのが嫌だった。
…否、アキの事を話すのが、嫌だった。


(アキの事を教えるのが嫌だって思った…なんでだろう…キバナは友達なのに…)


キバナの事が嫌いなわけではなく、彼は好ましいと思う。
同じチャレンジャーの中でも特にライバルとしてお互いを意識しあい、ポケモンを磨いていく。
そんな間柄だとダンデは思っている。
しかし、それでも、ダンデはどうしてかアキの事をキバナに…いや、他の人間に教えることが嫌だった。
初めての感情にダンデは戸惑いながらキバナと会話を続ける。
キバナも懐かしくなったのか、棚に並ぶ絵本を興味深く見ていた。


「お、これ昔はよく読んでたなぁ…今でもあるんだ」

「それなら俺もよく読んでいたな…みんなに親しまれている本はいつまでも残ってるもんなんだな」


キバナが手に取ったのは昔から出版されている絵本だった。
こちら(ガラル)では最も親しまれているお話で、母どころか祖父母の時代にもあったという。
しみじみとしたダンデの言葉にキバナは『そうだな』と返しながらある絵本を手に取った。


「それは面白かったぜ…ポケモンがいない世界を題材にした絵本だ」


手に取ったのは、表紙が分かるように立てかけられている絵本で、アキに送ったポケモンのいない世界の絵本だった。
表紙が見えるように立てかけてあったから選んだだけなのだろうが、自分が面白いと思った絵本を手に取ってくれたことが嬉しくてダンデは簡単に説明する。
ダンデの説明にキバナは怪訝とした表情を浮かべ絵本を見る。


「ポケモンのいない世界?」


確かにほとんどの絵本や本には最低でも一匹はポケモンは描かれているが、この絵本だけ人間とポケモンに似た生物のようなものが描かれていた。
キバナが手に取った表紙にはガーディのような姿の生き物が描かれており、キバナの隣から覗き込むように見たダンデは『これもアキが喜びそうだ』と思う。
キバナはポケモンのいない世界という設定に興味を持ったのか、絵本を開いて中を見る。
しかし、興味を惹かれることはなかった。


「んー……イヌ?っていうのかこれ…子供のイヌが飼い主と親から離れて冒険をするってやつか…よくある話だな…っていうかこれイヌじゃなくてもよくね?ポケモンでもいいじゃん…似たようなやつだったらガーディとかさ」


キバナとしては別に否定しているつもりはないのだろう。
イヌと名付けられた生物が主人と親のイヌから何らかのトラブルで離れ離れになってしまったところから物語は始まる。
それからはよくある子供のイヌの冒険話が詰まっており、最終的には親や飼い主と再会を果たすというハッピーエンドで締めくくられている。
アキに渡した絵本の話は少し異なっていた。
アキに渡した絵本にはネコと名付けられた生物が主役として描かれており、親のネコが自分の子供の中に見知らぬネコが紛れ込んでいるのに気づく。
その子供のネコの親を見つけるために様々な街に赴き、そしてハッピーエンドで終わる話だ。
どちらもポケモンに似た姿をしており、正直ネコやイヌのように生物を創造しなくてもポケモンでも代用できる話だ。
絵本だから特別深い意味はなく、ネコやイヌではなければならないわけではない。
キバナの言い分は正しく、それはきっと彼が大人に近づいているからそう思うのだろう。
ただ、ダンデはキバナの言葉に同意しつつも、脳裏にアキの顔が浮かんだ。


「ポケモンのいない世界っていうのも面白いと思うぞ?」


キバナは隣からの言葉に絵本からダンデを見る。
ダンデは自分の手の中にある絵本を覗いており、自分は見ていない。
自分の好みを否定されて拗ねているのかと思ったが、表情や声色からそんな素振りはなく、ただ単純に自分の意見を言っただけだろう。
ポケモンのいない世界、という事前情報がなければ、人間に寄り添うイヌという生物は新種のポケモンかと思ったほどだろう。
それほどイヌとポケモンは似ていた。
だが、ポケモンの世界しか知らないキバナからしたら、創作生物である必要性はあるのだろうかと思ってしまうのだ。


「ポケモンのいない世界かぁ…つまんないだろうな…」


キバナは思わず本音をポツリと呟いてしまう。
この世界にポケモンは必要不可欠だ。
生活面に関しても、精神面に関しても。
ポケモントレーナーでなくても、ペットとしてポケモンを飼っている人間は多い。
それでなくても外を歩けばポケモンに必ず出会えるのだ。
キバナはポケモンと共に戦いを好むトレーナーだ。
彼らとのバトルは心が躍る。
そんな彼らがいない世界など想像できない。


「そうだな…俺もそう思うぜ」


自分の言葉に返ってきたダンデの矛盾のある答えに、キバナは首を傾げた。
ダンデは『ポケモンのいない世界を面白い』と言ったが、キバナの『ポケモンのいない世界はつまらない』という言葉に頷いた。
しかし、それは嘘でもなければ矛盾でもないのだろう。
ポケモンのいない世界という『設定』の世界は面白いと思ってはいるのだろう。
ポケモンがいて当たり前だから、あえてポケモンの存在を消した世界を物語の一つとして面白いと思っているのだろう。
ただ、ダンデもキバナ同様ポケモンを戦わせるトレーナーだ。
しかも、恐らくダンデは同期の中でも屈指の強さを持っている。
だから、キバナと同じくポケモンのいない世界をつまらないと思うのだろう。
キバナもダンデも、『ポケモンがいる世界』が当たり前なのだから。


「それ買うのか?」


ダンデはキバナの手に持っている絵本と同じ棚から、同じ絵本を手に取る。
それを見たキバナはつい問えば、ダンデは頷き、絵本を見つめる。


「以前に同じ作者で同じ世界観の絵本を渡したら喜んでくれたから」


キバナはダンデのその表情を見て驚いたように目を見張った。

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