避難警報が鳴る。
その音に住民たちは急いで荷物をまとめ、車で避難するため走る。
警報が鳴り住人が同時に動いたため渋滞が起こったが、避難は少しずつ完了していく。
しかし、誰もいない静かな道を一人の少女が走る。
その足元には薄緑色の玉がコロコロと転がってついてきていた。
「リアナ?リアナ、いるの?」
玄関を開けて家の中に入ると人の気配が感じられなかった。
家の主の一人である友人の名前を呼ぶも返事どころか物音も聞こえなかった。
少女、フラウは二階に上がる階段の傍にあるテーブルに駆け寄る。
「あっ!やっぱり食べてない!」
遠目からも見えていたため結果は分かってはいたが、乾かないようにかけていた布を捲ると昨夜のままの姿のサンドウィッチが残っていた。
いつもの事だが、だからこそ食べていないリアナに対して怒ってしまう。
「リアナ!リアナってば!!」
通い慣れた家の構造はよく理解している。
階段を上がり、勝手知ったるなんとやらとどんどんと目的地へと進んでいく。
扉が開いていたので遠慮なく入れば、予想通りの光景が広がっていた。
「こんなことだと思った!」
腰に手をあて溜め息交じりに呆れて言った。
しかし当の本人であるリアナはフラウに振り向きもせず目の前の機械を弄っている。
フラウはいつものリアナに、また溜め息をつき改めて部屋を見渡す。
「またこんなに散らかして!その恰好も!リアナのお父さんが帰ってきたら怒られるわよ!今日でしょ、帰ってくるの!」
「帰ってくるの夜だしまだ大丈夫だって」
「そういう問題じゃないでしょ!」
部屋の床には細かな部品が散りばめられたように転がっており、テーブルやベッドにもフラウには何に使うのか分からない機械が転がっている。
しかも機械を弄っているリアナの恰好も酷かった。
まだ15歳だとは言え、リアナはキャミソールとショーツだけという信じられないくらいズボラな恰好をしていた。
同じ女としてフラウは性格もあるのか、リアナと友達になってからこうして世話を焼いてくれる。
しかし、当の本人であるリアナは、自分のズボラさも、フラウの小言も、気にも留めていなかった。
それでも父親の言う事は聞くのか、父が出張から帰ってくる日は服をちゃんと着ている。
それは以前、キャミとショーツで過ごしていた時に父が出張から帰ってきて怒られたためだ。
フラウ的にはもっと言ってやってくださいと言いたいところだが、父親も父親で出張が多いため娘をきつく叱れないのだ。
部屋の惨状も、その場では注意するが基本放置だ。
時間があれば代わりに片づけてはくれるらしいが、基本仕事人間の父親は忙しく家に帰っても着替えを取りにきただけで、惨状にグチグチとリアナに対して文句は言うだけですぐに出てしまうことが多い。
着替えに関しては流石に年頃の女の子という事で本気で怒られてしまったらしい。
娘よりも仕事を選び家にいないリアナの父親ではあるが、決して娘を蔑ろにしているわけではないのだろう。
『ハロ、リアナ!ハロ、リアナ!』
「今日も元気ねえ、ハロは」
『サンキュー、リアナ!』
足元にコロコロと転がってきた緑色の球体が赤い目を点滅させながら声をかけてきた。
その声掛けにすらリアナは弄っている物から視線を外さず答え、ハロと呼ばれた機体は嬉しそうにヒョンヒョン跳ねる。
そんなやりとりを溜め息をつき聞きながらフラウは適当な大きなカバンにリアナの衣服を詰め込む。
「リアナ、何を着ていくつもり?」
「これ終わったら食べるから、置いといて」
「何言ってるの、避難命令聞いてなかったの?」
「避難命令?」
ここでやっとリアナは機械からフラウへと意識を移した。
振り向けばフラウの呆れた目線を貰う。
その視線もいつもの事なので気にしてはいないが、避難命令と聞き首を傾げる。
どうやら本当に聞いていなかったようだった。
「呆れた!軍の放送聞こえていなかったのね!軍艦が入港するから避難するんだってさ!」
「なんで?」
「知らないわよ!もう!リアナ!時間がないの!早く着替えて!」
「はーい」
リアナは、女の子には珍しい機械オタクだ。
そのせいと言ったら同じ機械が好きでファッションも頑張っている女の子達に申し訳ないのだが、リアナはファッションどころか機械弄り以外に興味はないらしく生活もままならない。
機械の事になると食事や睡眠を含んだ全てを忘れて夢中になる。
その為避難命令も聞こえなかったのだろう。
あれほど大きい音だったというのに。
フラウに怒られてしまったリアナは流石に無視はできなかったのか、口うるさいなぁと思いながら座っていた椅子から腰を上げる。
やっと重すぎる腰を上げたリアナを見てホッと安堵する。
このサイド7に越してきて今まで避難命令なんて聞いたことなかったため、平然を装っていても不安だったのだろう。
テーブルに衣服を詰め込んだカバンを置く。
「じゃあ外で待ってるからね!服は適当に詰めたから他に必要な物は自分で入れて!」
「はいはい」
「はいは一回!」
「はーい」
危機感のないリアナに苛立ちながら、フラウは『伸ばさない!』といつもの小言を言いながら家を出て言った。
その後ろをハロも追いかけ、リアナはフラウとハロが出ていくのを見送りながら固くなった体を伸ばす。
平気だと思っていたが、体が若くても筋肉は固まるらしく背を伸ばすと固まっていた筋肉が伸びるのを感じる。
「ゼロ、元気かなぁ」
二人を見送り、リアナはハロを見てポツリと呟く。
欠伸をした際に出た生理的な涙を拭いながら脳裏に一機と二人の影を思い浮かべる。
ゼロ、とはハロの兄弟機であり、リアナが父の手を借りつつ初めて本格的に作ったロボットだ。
ハロは企業のロボットに見えるが、その実、製作者はリアナだ。
幼い頃から機械オタクだったリアナは友達がいなかった。
父が各地を転々とし、必要に駆られてリアナとまだいた母も多くの引っ越しを余儀なくされてきた。
リアナの人見知りな性格も相まって、そんな環境下で友達ができるわけがない。
母がそれを心配していたため心配させないよう作ったのが、ハロの兄弟機であるゼロだ。
ゼロを思い出すと、必然的に二人の人物を思い浮かべる。
その二人を思い出すとリアナは胸が締め付けられるほど寂しくなるので、頭を振って二人を追い出す。
「フラウが煩いし…とっとと荷物纏めよう」
あの時ほど転勤の多い父の仕事を恨んだことはない。
暫く泣いて過ごした記憶も新しいリアナはフラウが置いていったカバンに必要な物を詰め込んで部屋を出ようとした。
しかし、脳内にいるフラウに『着替えなさい!!!』と怒られ思いとどまり、適当な服に着替えてから部屋を出ていった。
車移動になるため、ガレージに向かうとフラウが少年と話しているのが見えた。
「駄目じゃない、お向かいさんなんでしょ?リアナに教えてあげなくっちゃ」
フラウの家は少し離れているが、少年…ハヤトとリアナの家は向かい同士にある。
ハヤトもリアナの幼馴染の一人だが、ハヤトは柔道の練習がありリアナが出不精なのもあり最近はあまり遊ばない。
それでも二人の関係はそれほど悪いものではない。
そう思っていたが、どうやらハヤトからリアナは何も知らされていなかった様子だった。
それを指摘すれば肩をすくめて返された。
「教えたさ…でもあいつまた機械に夢中になってたんだろ?聞こえてなかったんだよ」
「じゃあ家の中に入って教えてあげればいいじゃない」
「だってあいつ俺がいても平気で下着でうろつくじゃないか」
リアナは機械以外では無頓着だ。
父に叱られてやっと父が帰ってくる日は服を着るようになったが、それ以外では男がいようと平然と下着姿でも家をうろつく。
ハヤトも友人関係となった最初はフラウのように世話を焼いてくれたが、年頃となってからはやめた。
その理由は勿論、リアナのズボラさが原因だった。
フラウはハヤトの言葉で『あ』と気付く。
「あー…そうだった…ごめんね、ハヤト君…」
ハヤトにとって、リアナは友人だ。
その感情の中に恋愛感情はお互いに持っていない。
しかし、いくら恋愛感情がなくても下着姿の女の子は流石に思春期の男の子には刺激が強いというか…何故かリアナではなくハヤトが恥ずかしくなってしまうらしい。
ハヤトが最近距離を置き始めた理由を知っているフラウは自分の失言に、冷静を保っていると思っていたが実は慌てていたことに気づき、一応声はかけてくれたらしいハヤトに謝罪とお礼を言った。
ハヤトは『気にしないでいいよ』と言いながら両新に呼ばれたため家族と共に避難所へと向かった。
「フラウ、乗らないの?」
手を振って見送っていると後ろから車に乗って現れたリアナが声をかけてきた。
ハヤトとの会話と、先ほどのズボラさを見たのもあり、フラウはジト目でリアナに振り返る。
ジト目で見られたリアナは目を瞬かせ首を傾げて返した。
「なに、どうしたの?」
「なーんでもない!リアナがズボラすぎるねって話してただけ!」
まだ怒っているフラウに、リアナは『ふーん』とだけ返す。
リアナだって色々言いたいことがあるが、言っても更にフラウを怒らせるだけだと経験上分かっているのであえて何も言わないでおく。
リアナはアクセルを踏み、片手でも運転できる道に進むと持ってきたサンドウイッチを食べ始める。
「お行儀悪いわよ、リアナ」
「だってお腹空いたし…それに食べろって言ったのフラウじゃない」
「今食べろなんて言ってないでしょ!本当は昨日の夜に食べてほしかったのに!また寝てないんでしょ!」
「それはごめんて…美味しいよ、おばさんとフラウのサンドウイッチ」
リアナは夢中になっていた機械から意識が反らされて空腹を感じ、運転しながらでも食べればいいかと持ってきた。
しかし、それが余計にフラウを怒らせることになってしまい、料理を褒めてご機嫌を伺ったが『当たり前よ!』とまた怒られてしまった。
「入港する軍艦にリアナのお父さん乗ってるんでしょ?」
サンドウイッチを食べ終え、リアナは急いで避難所へと向かう。
その道中、ふと、思い出したようにフラウがそう問うとリアナは一週間前にやり取りした父との電話の内容を思い出す。
「だと思う…一週間前に地球に降りるって言ってたし」
「ここも戦場になるの?」
「さあ…お父さん軍にいるから何も教えてくれないんだよね」
父の仕事を知ったのは最近だ。
まだ子供なら聞いても理解できなかった事が理解できるようになった頃に父から教えてもらった。
それでも軍関係の仕事をしているため、娘に言えない事は多いのだろう。
不安そうに聞くフラウを安心させたいとは思うが、リアナだって全てを聞いているわけではない。
まだ連邦軍とジオン軍は戦争中ではあるが、サイド7に住んでいると戦争なんてテレビの中の出来事にしか思えず他人事だった。
少なからず、リアナは趣味の機械を活かしてどこかの技術者になりたいと思ってはいるが、父のように軍で働きたいとは思っていない。
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