避難所であるシェルターは軍の施設にある。
軍の施設という事でシェルターは頑丈に作られてはいるが、不安がないわけではない。
今も現にテレビの中でしか見なかった戦争が外で行われているのを知らしめるように、爆発音がシェルターにも轟いていた。
リアナとフラウとその家族が入ったカプセルの中は、突然の爆発音に悲鳴があちこちから響く。
「近いぞ…!」
「ジ、ジオンだ!ジオンの攻撃だ…!」
サイド7は子供と年寄りが多い。
青年はこんな辺境ともいえるコロニーにはわざわざ越してこないし、ここで生まれた人達は職を求めてもっと活気のあるコロニーに移ってしまう。
軍施設があるというのもあり、青年らしい青年はほとんど軍人で、このシェルターには子供と年寄りと女性しかいない。
ハヤトは別のシェルターにいるのか、このシェルターで見知った顔と言えばフラウとその家族しかいなかった。
フラウは突然の揺れと爆発音に驚きリアナに身を寄せ、震える手でリアナの服を握りしめた。
そんなフラウの手を握って安心させていたリアナだったが、続けざまに起こる爆発音に立ち上がる。
「リアナ!?」
「お父さんを探しに行ってくる!」
フラウが驚きと共に名前を呼べば、リアナは何故かシェルターの入口へと向かい扉を開けようと水密戸のハンドルを握り力を入れてゆっくりと動かし始める。
その行動に傍にいた老人が慌てて止めようと席を立った。
「君!勝手に出てはみんなの迷惑に…」
「父が軍属です!こんな退避カプセルじゃ持ちませんから今日入港した船に避難させてもらうように頼んできます!!」
1人の勝手な行動が、全員の命を失わせる事もある。
子供のすることを大人が止めるのは当たり前ではあるが、リアナは骨まで響くような振動や爆発音から、このままではシェルターが持たないと判断した。
軍人の父のツテを使えば、もっと安全な場所に移動できると思ったリアナは重いハンドルで何とか水密戸を開ける。
しかし、安全性を求め、もう一枚水密戸が閉じられていた。
その水密戸も開け、開けたままの自分の代わりに中にいた人に閉めてもらうよう頼み、二枚目の水密戸を閉める。
「―――!」
外に出ればそこはもう戦場だった。
目の前には味方の
モビルスーツの残骸が転がっていた。
その光景に驚きのあまり固まっていると目の前に赤い一つ目で緑色の装甲を持つMSが基地に向かって銃を向けているのが見えた。
それにリアナは目を丸くさせていると、後ろから『ジオンのMSが!』という声が聞こえた。
驚きながらもその声の方へ振り向くと、閉めたはずの水密戸が開けられており、中から人が覗き込んでいた。
リアナが出ていって心配になったというよりは、爆発音などで外の様子を見るためだろう。
女性の驚きの声にリアナは目の前にいるのが、敵であるジオンのMSだと気づく。
(これがジオンのモビルスーツ…!)
サイド7は平和ではあったが、世間は戦争中だ。
平和と言ってもサイド7は連邦軍の軍事施設があるため、敵が襲撃してきたのは必然だったのかもしれない。
初めて見る敵のMS、ザクとその巨大さに圧倒されていると、施設に向けて発砲するザクの武器から、空の薬莢が降って落ちてくる。
MSから見ればそれほど大きさのない薬莢だが、人間からしたら自分の数倍もある薬莢は落ちてきただけでも死に直結する。
次から次へと落ちてくる空の薬莢を避けながらリアナは近くにあった自分の車に乗り込む。
「貴様!民間人は退避カプセルに入ってろ!!」
「技術士官のテム・レイを探してるんです!どこにいるか分かりませんか!?」
父を探そうと進むと、すぐに車を止めざるを得なくなった。
丁度同じタイミングで軍人の車が前を横切り、ぶつかる前にリアナは止まらなくてはならなかったからだ。
リアナの姿に軍人は避難するよう叱りつけるが、リアナはそれどころではない。
父を探してもっと安全な場所に避難しなければ命はないかもしれない。
しかし、同じ軍人とはいえ持場が違うためか、得られた情報は『艦じゃないか』の曖昧な回答のみ。
「!――危ないっ!!」
リアナは肩を落としたが、確かに技術者な父が現場に出るイメージはなく、とりあえずそこに当たって見ようと車を動かそうとした。
しかし、後ろからザクが武器をこちらに向けたのを見て反射的に軍人たちに向かって叫んだ。
自分も車から飛び降り、うつ伏せになり頭に手を回して身を護る。
リアナが地面に伏し身を護ると同時に大きな爆発音と痛いくらいの熱風がリアナを襲う。
目を瞑っていたリアナでも、その音や熱風で爆発したのだと分かった。
衝撃が収まるのを確認しながらリアナは恐る恐る目を開ける。
振り向けばそこにいたはずの軍人の姿はおらず、瓦礫が散乱していた。
リアナは目の前の惨状に『ひっ』と引きつらせながら、叫びそうな口を手で塞いだ。
「し、死んだの…?」
直接ではないが、初めて人の死を目の当たりにした。
そこにいた軍人がいない…それは即ち、爆発に巻き込まれ―――…
テレビでしか見なかった戦争が確かに自分達の住んでいるこのサイド7で起こっているのだと改めて実感させられた。
リアナは恐怖に息ができなかった。
苦しくなり、痛いくらいに動く心臓を抑えるように胸元の服を握りしめる。
「お、お父さん…お父さんのところにいかなきゃ…」
リアナは自分の運の強さに感謝した。
もし、少しでも車から降りるのが遅かったら自分もあの軍人たちのように死んでいたかもしれないのだ。
いや、今だって決して安全とは言えない。
死体を直接見ていないのは幸いだが、その次に見えない死体になるのは自分かもしれない。
震える足を鼓舞して立ち上がろうとした時、ふと目の前にあるものに気づく。
「なにこれ…極秘資料?」
それは一冊のマニュアル本だった。
極秘と書かれたそれに、リアナは恐怖を忘れ表紙を開いてしまう。
ページを捲っていくと、ページ全てに図面と文字でびっしり埋められていた。
その内容を読み進めていると、リアナは驚いて目を丸くさせる。
「これ…連邦のモビルスーツだ!」
読み進めていくと、その内容が連邦の新しいMSだと分かった。
機械弄りが趣味であるリアナには、その設計されているMSの精密さや機密扱いされている理由が分かった。
「コンピューター管理で操縦ができる…教育型タイプコンピューター…すごい!お父さんが熱中する訳だ…」
先程の爆発で軍人に指示されたらしい避難していた人達が別の場所へと避難するためシェルターから出てきた。
リアナはそれに気付かないほど目の前のマニュアルに夢中になっていた。
血は争えないのか、父が家庭を忘れて取り込んでいたプロジェクトは文字だけでもその娘であるリアナをも夢中にさせた。
「リアナ!何をしてるの!!ここは危ないから別のところに行くようにって言われたの!早く行くわよ!」
本に夢中になっているリアナを余所に、避難している人達は我先にと逃げていく。
その中で、人ごみからリアナを見つけたフラウが親から離れて駆け寄ってきてくれた。
爆発音や悲鳴や泣き声に気づかなかったが、フラウの呼び声には気づいたリアナはハッとさせ夢中になっていたマニュアルを閉じて立ち上がる。
リアナが何をしていたか逃げることで精いっぱいのフラウは気づかず、リアナの手を引っ張り一緒に言われた場所の避難所へと向かおうとした。
しかし、ここはもはや戦場と化し、ザクの流れ弾がリアナ達の近くに当たる。
「リアナ…っ!」
「大丈夫!おばさんとお爺さんのところに戻ろう!」
その流れ弾に何人かが亡くなった。
フラウはそれを目の当たりにし、日常が非日常となった恐怖と、人の死を目の前で見てしまった事への恐怖にリアナにしがみついた。
リアナはふと、自分の腕に捕まるフラウが震えているのが分かった。
リアナから見たフラウは気が強くしっかりした友人だった。
だが、やはり気丈に振舞っていても目の前の惨劇が恐ろしいただの女の子なのだろう。
リアナは今にも座り込みそうなフラウを慰めながらフラウの家族の元へ一緒に逃げようとした。
しかし、視界にあるものが映り、リアナは足を止めた。
「リアナ?どうしたの?」
「フラウは先に行ってて!」
「えっ!?ま、待って!リアナ!!一人は危険よ!!」
「大丈夫!お父さん見つけたから!!フラウ達ともっと安全な場所に移動できないか聞いてみるだけだから先に行ってて!」
「リアナ!いやよ!一人にしないで!行かないでリアナ!」
見つけたのは、父親、テム・レイだった。
もう何か月も会っていなかった父親だが、リアナは見間違えるわけがない。
テムはノーマルスーツを着ており、同じ軍人に指示を出しているところだった。
リアナは後ろから泣き叫ぶ様に叫ぶフラウの言葉を耳に入れず、真っ直ぐ父の元へと走っていった。
リアナが手を伸ばすも届かず自分の傍から離れていってしまった。
リアナを追いかけようかと思ったが、フライは母親に呼ばれ涙を浮かべながらリアナに背を向け家族の元へと駆けて行った。
「――第三リフトがあるだろう!」
「リフトは避難民で…」
「避難民よりガンダムが先だ!ホワイトベースに上げて戦闘準備させるんだ!」
テムの元に行こうとしたリアナだったが、連邦軍と父の会話を聞いて一瞬足を止めた。
その言葉が頭の中で何度も繰り返し再生され、リアナはその言葉の意味を理解するとカッと頭に血を上らせる。
「お父さん!!!」
父に駆けよれば、テムも娘に気づき振り返る。
リアナがまだ避難所に移っていなかったことにテムは驚き、駆け寄ってきたリアナを目を丸くして見つめていた。
「リアナ、まだ避難していないのか」
「お父さん!人間よりモビルスーツの方が大切なの!?」
「いいから早くホワイトベースへ逃げ込むんだ」
娘は既に避難していたと思っていたテムは驚きが隠せなかったが、今はそれどころではないと娘に早く避難するよう再度言った。
リアナだってそれは同じだ。
家庭を蔑ろにして仕事一本で生きたていた父だったが、それでも母に比べて不器用だが愛情は感じていた。
だから今までそれらしい反抗期はなかったし、怒られればそれに従った。
しかし、父が仕事一筋だったとはいえ、人命よりも仕事を取ることが娘として信じられなかった。
怒りしか感じなかった頭だったが、新しい単語に首を傾げた。
「ホワイトベース?」
「入港している軍艦だ!早くリアナはホワイトベースへ行くんだ!」
リアナにそう告げながらテムは軍人に指示を出す。
どうやら車が動かないようで、父は牽引車を探しに行くとリアナから離れる。
テムがどこかに消えたため、言い合う相手もいなくなったリアナは仕方なく父の言う通りホワイトベースに向かおうと後ろを振り向こうとした。
しかしふと足を止め、父が乗っていた車へと顔を上げる。
そこには台車から除く白いロボットの顔が見えた。
(これが連邦軍の秘密兵器…?)
全体は布で覆われていて分からないが、白をベースに塗られているようで、テレビや撃破されて転がる味方MSとはデザインが違っていた。
リアナは手元にあるマニュアルを開き中を見る。
しかし、その瞬間、近くに弾が当たり派手な土埃を上げリアナを襲う。
咄嗟に屈んで頭を守るリアナの上から土が降って落ちてきた。
「リアナ!大丈夫!?」
土を被りながら目を瞑って衝撃に耐えていると、幼馴染の声が聞こえた。
その声を聞きながらリアナは『まだ避難していなかったの』と緊迫した中だが他人事のように思う。
顔を上げればフラウは指示された避難所へ向かう途中だったのだろう。
リアナを見つけ、先ほどの爆発もあり心配して降りてきてくれた。
しかし、その瞬間――再び爆発が起こる。
それも今度はフラウの背後…フラウが先程まで歩いていた場所だ。
「フラウ!」
爆発による爆風に前方に吹き飛ばされたフラウは頭と体を守るために体を小さくさせる。
降りかかる土に体を汚しながら堪えるその姿が痛々しくて、リアナは悲痛な声でフラウの名を叫ぶ。
駆け寄り触れればフラウの体はまだ暖かく、強い衝撃と大きな音で少し意識が遠のいているようだった。
直撃していなくても、頭を強く打てば人は死ぬ。
フラウが死んでいなくて安堵の息をついたリアナだったが、フラウの後ろを見て息を呑んだ。
「お、お母さん…?お爺ちゃん…お母さん…!お母さん!」
気が付いたフラウも後ろを振り向き、目の前の惨劇に言葉を失った。
視線の先には母と祖母がいたが、母は動かない。
先程までリアナを心配していたフラウの頭は、母と祖父の姿を見ることしか考えられなかった。
おぼつかない足で母と祖父の元へ歩み寄り、母の体を揺さぶるが母は起きない。
目を開けているのに自分を見てくれない。
口が開いているのに声をかけてくれない。
腕もだらんと放り投げたように伸ばされ自分に触れてくれない。
その意味をフラウは分かっていた。
涙が視界を曖昧にさせ、瞬きをすると溜まっていた涙がこぼれた。
頬を涙で濡らし、母に縋りついて泣くフラウを見てリアナは視線を伏せた。
「フラウ…フラウまでやられちゃう…逃げて…フラウ…」
拳を握り、沸き上がる感情を抑える。
フラウの母と祖父だってフラウと友達になってから親しくしてもらっており、父の不在が多い自分を何かと気にかけてくれていた。
今日のサンドウイッチだってフラウとフラウの母が一緒に作ってくれたものだ。
そのサンドウイッチを今日、食べたばかりだった。
生きていた母が娘と作ったサンドウイッチを食べたのだ、リアナは。
フラウの祖父だって、年頃の女の子が一人で家にいることを心配してよく声をかけてくれた。
父がいないあの家で男手が必要な時も、老いた体にムチ打って助けてくれた。
なのに、あんなにも優しかったフラウの母も祖父も今は動かない屍になってしまった。
たった数秒…たった、数秒、場所が違っただけで生死が別れた。
涙が出ないはずがない。
目を瞑ると涙がポロポロと流れた。
その涙を拭い、リアナは母に縋るフラウを立たせるため腕を掴んだ。
しかし、それをフラウを拒む。
「いや…いやぁ!」
母も祖父もすでに死んでいると子供ながらに分かってはいるが、頭は追いつかないのだろう。
二人と別れたくないと駄々をこねるように首を振るフラウに、リアナは胸が締め付けられる。
しかし、ここにずっといるわけにもいかないのは確かで、リアナは心を鬼にし涙で濡れて冷たくなっているフラウの頬を叩いた。
「しっかりしてフラウ!!あなたは強い女の子じゃない!!港まで走るのよ!!私もすぐに向かうから!だから…だからっ!走って!フラウ!!!」
「…っ」
叩かれたフラウは我に返ったように目を瞬かせリアナを見た。
そんなフラウを更に鼓舞するように、リアナはフラウの両頬を手で覆いフラウの瞳を強い眼差しで見つめ、彼女の背中を押した。
フラウは涙で濡れた瞳でリアナを見つめながら弱弱しく頷き、リアナに腕を引っ張ってもらい立たせてもらう。
『行って!早く!!』と背中を押すリアナに急かされるようにフラウは覚束ない足でフラフラとゆっくりと歩き出し、爆撃で崩れて坂になっている道を上る。
その背中は言葉がなくても悲しみに染められていて、リアナは彼女の悲しみを思うと切なさと悲しみで胸が痛くなる。
「そうよフラウ…走って…無事にホワイトベースまで辿り着いて…」
慰める言葉が浮かばない。
親や身内を亡くした悲しみは、同じ経験をした人しか分からない。
リアナは母とは別れてしまったし、父は仕事一筋で娘との時間さえ作ってくれない人だった。
だけど、二人はまだ生きている。
戦場となった今、父もどうなるか分からない不安はあるが少なからず今は生きている。
今は生きるために、フラウを死なせないために、彼女を叱りつけてでも走らせなければならなかった。
リアナは溢れる涙を何度も拭い、萎んでいく気持ちを叱咤するように強めに頬を叩く。
グッと拳を握りしめ、泣くのは後だと自分に言い聞かせ立ち上がった。
振り返れば車を運転していた軍人の姿がなかった。
爆発に巻き込まれたか、逃げたか…恐らく前者だろう。
リアナは足が恐怖で震えているのを無視し、父がMSを運んでいた車へと走る。
梯子で荷台に上がれば、爆発で体を覆っていた布の留め具が緩んでいるのが見えた。
その留め具を解き布を剥がせば、人が乗り込むための空間があった。
「これ…動くんだ…」
中を覗き込めば、モニターや様々な機械が埋め込まれ配置されていた。
足元の中央に置かれている操作盤のライトが点滅しているのを見て、このMSはすでに起動しているのが分かった。
そのMSにリアナは乗り込んだ。
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