(10 / 19) Novel (10)

父が妻となる女性を迎え入れ、数か月。
この日はハヅキの体調が良く、メンフィスはハヅキを連れて出掛けることにした。


「きゃあ!お、お兄様!もっとゆっくり!優しくしてくださいっ!」


メンフィスは王宮から馬に乗り、前にハヅキを乗せて市場へ赴く。
ハヅキの反応が可愛らしく、落ちないように抱きついてくれるのでつい乱暴に馬を乗りこなす。
勿論、ハヅキに配慮はしているが普段は寝たきりのハヅキにとって揶揄うような兄の馬術に翻弄されてしまう。
落ちないよう抱きつきながら文句は一人前の妹に、メンフィスは笑い声をあげる。


「そなたに合わせていたら隙をついて脱走しかねんからな!市場まで大人しく私に抱きついていろ!」

「まあ!お兄様ったら!お兄様がいらっしゃるのに脱走なんてしませんわ!」


ハヅキは病弱ではあるものの、調子の良い時は王宮から抜け出して城下にある市場で遊んでは体力の限界でウナスに連れ戻されるのを繰り返している。
いわば、脱走の常習犯だ。
とはいえ、兄といる時は一度も成功した試しはなく、揶揄う兄に頬を膨らませる。
ぷくっと頬を膨らませる妹の言葉にメンフィスはまた笑い声をあげる。
そんな兄妹の様子に兵たちは暖かく見守っていた。


「もう!見てくださいお兄様!お兄様が優しくしてくださらなかったから髪がこーんなに乱れてしまいましたわっ!」


やっと目的地に付き、兵の一人に馬を預ける。
馬から降りたハヅキはまだ怒りが収まらないと言わんばかりに自分の髪を指さした。


「ほう?どれ、もっとよく見せてみよ」


確かに、乱暴な乗り方をしてしまったせいか、妹の美しい漆黒の髪が乱れているように見えた。
『本当だ』とメンフィスは妹の乱れた髪を直してやろうと手を伸ばし、兄が荒れた髪を直してくれるのだと思ったハヅキは大人しく兄に委ねた。
しかし―――エジプト一美しいともいわれる漆黒の髪はメンフィスの手でぐちゃぐちゃに荒らされてしまう。


「きゃーっ!お兄様!」

「あはは!!そなたが乱れたと言っておるからもっと乱しておいたぞ!これで気にならなくなったであろう!」

「もーーっ!!せっかくイリス達が整えてくれたのですよ!」


ハヅキは髪が乱れたというが、ハヅキの髪質は幼い頃から王宮で手入れされているおかげで柔らかく艶があるためか、本人が言うほど乱れてはいない。
可愛さ余って何とやらで更に乱してやると更に頬を膨らませた。
拗ねた顔が可愛い。
更には体調のいい妹は久々で、元気な妹と出かけることができるのも久々だったため、メンフィスもテンションが上がっていた。
ただ、そのせいで妹が拗ねてしまったようで背を向けてプンプンとするハヅキの荒れた髪を整えるように撫でて機嫌を取る。
流石にやりすぎたのだと反省した。


「そう拗ねるな、ハヅキ…久々にそなたと出かけることが出来て私も気分が上がっているらしい…すまなかった」

「…私もお兄様と遊びに出かけることが出来て嬉しいです」

「どうしたら機嫌を直してくれる?」

「私、甘いものが食べたいですわ、お兄様」


テンションが上がっていたのは、ハヅキも同じである。
兄も自分と同じく一緒に出掛けるのが嬉しいと思ってくれているのが嬉しくてハヅキの機嫌はとっくの昔に直っていたのだが、意地悪された仕返しに兄のサイフを軽くしてやろうと目論む。
わざわざ目論まなくても初めからメンフィスのサイフは軽くなる前提であった。
チラっとこちらを見る妹にメンフィスはパッと顔を破顔させる。


「甘いものか!そうか!何が食べたい?なんでも言え!すぐに用意させよう!」


パッと笑顔になる兄にハヅキは『ふふ』と笑い、考える素振りをして焦らす。
ハヅキが笑顔を浮かべているのを見て、メンフィスも妹の機嫌が直ったのだと安堵した。
本来なら王族なのだから護衛として連れてきた護衛の兵に甘い物を用意させたが、何よりも愛おしい妹の願いである。
可愛い妹の願いはできるだけ兄である自身が叶えてやりたい。
それがご機嫌伺いならなおのことだ。
ハヅキは考えた末、最近食べていなかったデザートを選択した。
早速、そのデザートを食べに向かう。


「んっ!甘い!美味しいです、お兄様!」

「そうか、ならよかった」


最近は寝たきりの日が多く、食事も栄養を重視したものばかりだった。
それも美味しいには美味しいのだが、デザートまで食べる余裕がなかったのもあり、本当に久々の甘いものを胃に入れることが出来た。
そのおかげもあってか、元々既に機嫌も直っていたが久々の甘い食べ物にハヅキの機嫌は更に上がる。
ハヅキが笑顔ならば、メンフィスも自然と釣られて笑みを浮かべた。
その後は市場を見て周って楽しんでいた。


「さあ!買った買った!珍しいヌビアの布だよ!」


市場には客や商人たちで賑わっており、ハヅキは久々の賑わう市場の様子に心が弾んでいた。
すると、エジプトには聞き慣れない言葉が耳に入りハヅキはそちらへ視線を向けた。
そこにはエジプトには珍しい布を売っている商人がいた。


「…お兄様…最近ヌビアの商人の方々が増えましたね」


周りを見るとエジプトの商人たちよりも多くはないが、一目で分かる程度にはヌビアの商人が増えたのに気づく。
それは王妃がヌビアから嫁いできた影響だろう。
父が愛した女性だから否定的になりたくはないが、なんだかモヤモヤしてしまう。
自分の生まれ育った国が何者かに侵略されているようだ。
不安感と好奇心、ハヅキは結局好奇心の方が勝ち、ヌビアの品物を売っている店へと足を運んだ。


「可愛いお嬢さん!どうだい!ヌビアから取り寄せたアクセサリーだよ!」


ハヅキが足を向けたのは、ヌビア産のアクセサリー店だった。
そこにはエジプトには珍しいデザインのアクセサリーや宝石などが売られている。
メンフィスはあまり乗り気ではないのか、ハヅキの足がそちらに向けられたので仕方なく後に続く。


「お兄様、これなどいかがですか?似合います?」


ネックレスを手に取って首にはかけずに、首にかけたように見せる。
妹が嬉しそうに似合うのか問われて妹を心から愛している兄が『似合わない』と答えるわけがない。
『似合うぞ』と言われ、ハヅキの顔には笑顔が灯った。
その笑みにメンフィスも釣られたが、さり気なく妹をその店から離しエジプトの商品が売っている店へと誘導する。


「これはどうだ?ハヅキの白い肌によく映えている」


メンフィスが手に取ったのは、エジプトで作られたネックレスだ。
ヌビアの品でハヅキが興味を示したのがネックレスだったため、代わりにエジプトのネックレスを贈ることにした。
ヌビアの品物は買ってくれなかったのは残念だが、兄が選んでくれたのが嬉しくてハヅキはご機嫌になる。


「さて…ハヅキ、そろそろ戻るとしよう」


店もあらかた回り、ハヅキの体調も心配してメンフィスは今日はここまでにして王宮へ帰ろうとした。
しかし、久々に体調も良好で市場を周ることができたハヅキは当然嫌がった。


「もう少し…だめですか、お兄様…」


上目遣いでお願いされれば、溺愛しているメンフィスは折れる。
それは幼い頃に学んだものだが、今回ばかりは落ちてはくれなかった。


「私もそうしてやりたいが…熱が上がってきているだろう…無理をしてはまた寝込んでしまうぞ?」


そう言ってメンフィスはハヅキの額に手を当てると熱っぽさを感じた。
体調がよく見えたが、熱が上がってしまい微熱が出てしまっている。
体調をよく崩すハヅキが市場に遊びに行けるほど体調がいい日は珍しい。
そのため、メンフィスもハヅキが満足いくまで遊ばせてやりたいが、体調を崩し苦しんでしまうと思うと黙認はできなかった。

体調を心配されてしまえば、これ以上の我が儘は言えず、過保護なイリスも心配しているだろうとも思い兄の言う通りにすることにした。


「また連れてきてくださいね、お兄様」


兄の腕を組んでお願いをする。
甘える妹にメンフィスは『勿論だ』と二つ返事で頷いた。

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