(1 / 19) Novel (01)

1人の少女が昔から見る夢がある。

その夢の中の少女は3歳の女の子だった。
女の子は美しい黒髪の女性に手を引かれ、長い階段をゆっくりと上がっていた。
女の子が顔を上げても、夢だからか女性の顔は認識できない。
けれど、夢とは不思議なものでその女性が自分にとっての母親だということは理解できた。
周りを見渡しても人が大勢いるという認識だけで顔も判別できなかった。
長い階段を登ると1人の男が立っており、その周囲にも大勢の男の人達がいた。


「陛下…」


階段を上がり現れた2人を男性は嬉しそうに歓迎し、女性へと手を伸ばす。
その手を子供と繋げていない手で重ね、女性と女の子は男性の下へ歩み寄る。


「よく…よく決心してくれた…これから私がそなた達を守ろう」


男の言葉に母は嬉しそうにはにかんだ。
『はい』と頷く母に男は満足げに目を細め、そして、母と手を繋いでいる女の子へと視線を移す。
女の子は目の前の男性がどのような人で、この国がどんな場所かなんて知らない。
きっと説明されても幼すぎて分からないだろう。
普段は母と2人で慎ましく生活をしていたため、大人…それも男の人達に囲まれ、視線も自分達に向けられるこの現状に怯えていた。
男の視線が自分に向けられたと気づいた女の子は母の後ろへと隠れる。
そんな幼い子供のかくれんぼに周りの大人たちは微笑ましそうに笑った。
男も可愛いかくれんぼに愛おし気に目を細める。


「ハヅキ…私の可愛い娘よ…父にその可愛い顔を見せておくれ」


名を呼ばれ、女の子はビクリと小さな身体が跳ねる。
男性に初めて会うわけではないが、こんなにも大勢の成人した男性に囲まれることが…大勢の人間の前に立つことが初めて怖かった。
しかし優しい声に女の子は戸惑いの目で母に助けを求めた。


「ハヅキ…このお方は貴女のお父様です…ご挨拶をなさい」


父、という言葉は知っている。
自分には無いはずの存在だ。
数日前に母から父が迎えに来てくれたと言うのを覚えていた。
父が迎えに来たという言葉は何となく理解は出来たが、実感が湧かなかった。
ずっと3歳になるまで自分のところには父は存在しないと思っていたのだ。
突然父だと言われてもまだ色々と理解が出来ない年齢の子供は戸惑い、強い拒絶感に襲われるだろう。
だが、父と名乗った男の声はとても優しく、女の子は不思議と嫌いにはなれなかった。
おずおずと母の影から顔を覗かせれば、父は嬉しそうに笑ってくれた。


「さあ、おいで」


父は娘に手を差し出す。
たったそれだけなのに女の子にはそれが嬉しくて女の子は恐る恐る母の後ろから出て腕を広げて待ってくれる父の下にゆっくりと歩み寄り抱きしめた。
周囲が詠嘆な声を漏らす。
父は娘を優しく抱きしめ、ゆっくりと、女の子が驚かないように抱き上げた。


「おとうさま」


父の腕の中で女の子は父と呼ばれた男を見上げてそう呼んだ。
父と呼んでくれた事に父は目じりを下げながら嬉しそうに『どうした?』と返事をしてくれた。
たったそれだけなのに、女の子は胸がいっぱいになった。


「おとうさま…ハヅキのおとうさま…」


父に抱きつく。
ずっと羨んでいた。
父を持つ子供が、家庭が、ずっと羨ましかった。
なぜ、自分には父という存在がいないのだろうかと幼心に思ったが、父の話をすると母の顔が陰るから母を悲しませないよう女の子はそれ以来父の事を考えないようにしていた。
だけど、やっぱり羨ましいと心から思っていた。
そんな存在が目の前にいる。
父に抱きしめると、父は抱きしめ返してくれる。
そんな当たり前のことがこんなにも嬉しい。


――――パッと場面が急に変わる。
女の子はずぶ濡れだった。
空が泣いているかのような大雨が降っており、目の前の"ソレ"を呆然と座り込みながら眺めていた。
女の子の瞳からは大雨には負けないくらいの涙が溢れている。


「ハヅキ!!!」


誰かの声で名前を呼ばれた。
だけど、振り返る気も起きず"ソレ"を見つめ続ける。
周りには必ず音が存在するはずなのに、耳が壊れたように女の子耳には全ての音が届いていない。


「見るな!ハヅキ!!」


"ソレ"しか映っていなかった視界があっという間に暗闇に包まれた。
誰かが幼く小さい体を抱きしめ、雨から守るようにマントで包んでくれた。
それに気づくと女の子の耳に音が届く。
強い雨音に、この国には珍しい大きく響く雷鳴。
ふと、顔を上げれば1人の少年が"ソレ"を見つめていた。
しかし、女の子の視線に気づいたのか視線を"ソレ"から女の子へと向けた。


――――お兄様…


そう女の子が…ハヅキが、呟いたところで夢はいつも終わる。

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