(2 / 19) Novel (02)

小鳥の声にハヅキは自然と目を覚ます。
起き上がると夢で見た古代エジプトの風景ではなく、いつもの自室の光景が広がっていた。
ボサボサになった髪を手櫛で整えながらベッドから降り、身支度を整えるためにドレッサーへと向かう。
ドレッサーの鏡に映る姿は、夢に見た母だと認識していた女性に似ていた。
それが不思議だった。


(お母さんの顔、全然違うのに…なんでだろう…)


ハヅキは今住んでいる家の子供ではない。
まだハヅキが幼い頃に両親が事故で亡くなってしまった。
孤児として施設に送られそうになったハヅキを引きっとったのは両親の古くからの友人であったリード夫妻。
リード夫妻の3人の子供もハヅキを受け入れてくれて、そしてハヅキが幼かったこともあり、ハヅキはすぐにリード家に溶け込んだ。
今では末娘であるキャロルとまるで双子の姉妹のようだと言われるほどだ。
それでも、ハヅキは実の親の顔は忘れるわけがない。
けれど今目の前に写っている鏡の中の少女と、両親とは少し似ているだけの面影しかない。
むしろ夢の中にいる母と呼ぶ女性の方が瓜二つだ。


(不思議…夢の中じゃ顔はぼやけて分からないのに…)


夢の中の母親の方が似ているのは、所詮夢だからと片づけられる。
夢では顔がぼやけているのに自分は夢の中の母親に似ているのだと断言するのもやはり夢だからだろう。
所詮は夢。
亡くなった両親の面影もちゃんと確認できるので、ハヅキは子供の頃に容姿に関して悩むのはやめた。
だが、所詮は夢と言うものの気にかかるものはどうしても気になるのも事実だ。
こうして何かに集中しなくていい朝にはよく夢の事を考えてしまう。
夢には多くの人たちが存在していた。
自分を愛してくれる両親に、溺愛し病弱な妹を気遣ってくれる兄、身体が弱く他国の血が流れているのに王女として接してくれる人達。
そして―――…ハヅキはぶるりと寒さに震えるように腕を摩る。


(幸せな夢だけど…怖い夢だわ…)


1人、夢の中で自分に敵意を向ける登場人物がいた。
美しい女性の嫉妬心ほど恐ろしいものはないとハヅキは夢で学んでしまった。
夢とは言え恐ろしさに考えるのを止めたハヅキはふと笑う。


「確かに古代は好きだけど…別にお姫様になりたいって思った事ないんだけどなぁ…」


夢の中の自分は古代エジプトのお姫様だった。
みんな姫、姫、と甘やかし優しくしてくれた。
その中で一番自分に甘く溺愛していたのが、兄と呼ぶ登場人物だ。
夢の中の自分は病弱ですぐに熱を出して寝込むことが多く、兄とはそれほど遊べなかったが、ベッドに寝込む妹のために様々な贈り物を兄は贈ってくれた。
我が儘を一度として断ったことがなく、甘えで無理難題を言っても兄は叶えてくれた。
幸せな夢ではあったが、だからと言ってハヅキは何もお姫様願望があるわけではない。
ただ、歴史が好きすぎてエジプトに留学するほどのオタクなだけだ。
だが、夢の中の自分はエジプトの王女だった。


(いや、でも…本当はお姫様願望あるのかな…)


夢は自分の願望が反映されて見るともいうので、本当はお姫様願望があって甘やかして愛されたいと思っているのだろうか、とハヅキは自分で自分の意外性に考える。
だが、無自覚なのかそれとも夢は夢なのか、考えてもやはりお姫様願望はない。
ハヅキはうだうだと考えながら身支度を続ける。


「これでよし…あとは…キャロル、起きてるかな…」


身支度を終え、ハヅキは沈んだ気分を切り替えるように鏡の前でニコッと笑みを作る。
その笑顔の出来に満足したハヅキは、そのまま自室を出て隣にある部屋に入る。
部屋にある自分のと同じく大きなベッドを覗き込めば、そこにはスヤスヤと気持ちよさそうに眠る1人の少女がいた。
その少女の寝顔を見たハヅキは腰に手を当て『もう!』と頬を膨らませた。


「やっぱり!まだ寝てる!」


本当ならもう起きなければならない時間だ。
時計を見れば、案の定目覚まし機能が止められている。
いつも通り、少女が寝ぼけながら止めたのだろう。
ハヅキは思いっきりカーテンを開けて、すでに昇っている太陽の日差しで眠っている少女を起こす。
日差しに照らされ、少女は快眠を妨げられ身じろぎ掛布で全身を日差しから守った。


「ま、眩しい…ハヅキ…眩しいんだけど…」

「早く起きてキャロル!急がないと遅刻するわよ!」

「―――えっ!もうそんな時間!?」


キョロルと呼ばれた少女は『遅刻』という言葉で一気に頭が覚めた。
キャロルは『ヤバイ』と言って着替えるが、ハヅキはいつもその早業には感心させられる。
置いていくと泣きつかれるのでソファに座って慌ただしく身支度をするキャロルを待つ。


「もう、また目覚まし時計止めたでしょ」

「うう…ごめんって…気づいたら止めてるのよぉ」


髪を整えるキャロルを手伝いってやると、キャロルの身支度はあっという間に終わる。
朝食を取るために2人でリビングへ向かうと、すでに2人の男性が食事をしていた。
キャロルの兄、ライアンとロディだ。
長兄であるライアンは、いつも通りハヅキに起こされたであろう妹の姿に呆れたような目を向ける。


「またハヅキに起こされたのか、キャロル」

「えっと…エヘ☆」


それぞれ席に付きながらキャロルは呆れるような兄の言葉におどけて誤魔化した。
これもいつものことであり、ハヅキにもキャロルにも甘いライアンは本気で起これずデコピン1つで許してしまう。
いつもの風景に次兄であるロディは苦笑いを浮かべる。


「キャロルもいい加減に1人で起きれるようにならなきゃハヅキに愛想を尽かされちゃうかもね」


ロディが笑いながら冗談を言うと、兄の言葉にキャロルは一気に顔が青ざめ、食べていたトーストが皿に落ちる。
青い顔のままフォークとナイフで目玉焼きを切っていた隣にいるハヅキに抱きつく。
だが、もはや抱きつくのではなく、縋り付くに近かった。


「えー!?それ困るよ!!ハヅキ!私明日から1人で起きるから!!!だから見捨てないで!」

「キャロルったら…私はまだ愛想を尽かしてないから大丈夫だよ」

「え、待って…まだってどういうこと!?」

「キャロルのそのセリフ何回目だい?」

「お前は嫁に捨てられそうになる旦那か?」


呆れて物も言えないとライアンは溜息をつき、ロディは相変わらず笑っていた。
そんな穏やかな時間を過ごしていると、2人の学校へ向かう時間となり、今日はライアンが送ってくれるらしく車を回してくれた兄の愛車へと乗り込む。


「忘れ物はないか?」

「だいじょーぶ!」



車での送迎は兄の心配性もあるが、誘拐や事件に巻き込まれないための防衛でもある。
迎えに行く時間も伝え、2人を降ろしたライアンの車はあっという間に姿を消す。


「もう!ライアン兄さんってばたまには送迎なしでもいいのに!ほんと、過保護なんだから!」

「兄さんは私達を心配してくれているのよ」

「分かってるけどさぁ…たまにはハヅキとジミーと放課後で遊びたいわ」


外国で暮らす事は簡単ではなく、令嬢となれば誘拐の危険度は上がる。
血の繋がり関係なくライアンにとってキャロルとハヅキは可愛い妹達である。
その可愛い妹達に文句を言われようが、備えあれば憂いなしという言葉通り何事もやりすぎくらいが丁度いいのかもしれない。
プリプリと怒るキャロルの言葉にハヅキは『そうだね』と頷いて同意する。
兄の心配は分かるが、ハヅキもキャロルと同じくたまにでもいいから友人達と学校帰りの道草くらいしたいと思う時がある。
ハヅキが同意してくれたことで心強いと思ったのか、キャロルは『でしょう!!』と強く続けた。
あそこのお店に行きたい、あとあとあのお店も素敵よね、と放課後に行きたい店を嬉しそうに想像をするキャロルにクスリと微笑ましそうに笑う。


「今度の休みにみんなを誘って行きましょう?みんなと行けば兄さんも安心すると思うわ」

「そうだと良いけど!なんか、遅いから迎えに来たぞとか何だかんだ理由付けて迎えに来そうだわ」

「それはそうね…ふふ、大変よキャロル…過保護な兄さんが私達を守ってくれているからジミーとデートできる時間がないわ」

「も、もう!!やめてよハヅキってば!!ジミーとはそんなんじゃないってば!」


ジミーとは、キャロルと良い感じの同級生である。
まだ恋人とはいかないまでもハヅキの見立てではお互い惹かれ合っていると思っている。
ジミーなら姉であり妹でもあるキャロルを安心して任せることができると思っているが、生憎ライアンはそう思っていないだろう。
なにせライアンは自他共に認めるシスコンである。
仮にハヅキだったとしても、可愛い妹に付く悪い虫を大歓迎はしない。
何だかんだであの家で一番2人に甘い兄を思い浮かべながら、ハヅキはふとおかしそうに笑った。


(そういえば…夢の中の兄さんもライアン兄さんみたいに過保護だったなぁ…)


思い出すのは、今朝見た夢に現れる少年。
ライアンのように黒髪を持つ少年は夢の中では病弱なハヅキをいつも心配してくれていた。
調子が良いからと遊んでほしいとせがむハヅキを気遣ってくれた。
彼は夢の中では激しい気性を表すように、馬に乗って遠出をしたりと男の子特有の少し激しい遊びを好むことが多い。
だが、病弱な妹に合わせて彼はハヅキの好きな遊びに付き合ってくれたし、ハヅキのお気に入りの池で大人しくお喋りにも付き合ってくれた。
贈り物だって沢山贈ってくれて、寝込むハヅキには元気になるようにと花を贈ってくれることもあった。
古代の王族の夢だから学校の送迎はなかったが、ハヅキが1人で出かけるといつも彼は慌てていた。
その姿がライアンと重なり、ハヅキは落ち込んでいた心が少しだけ軽くなった気がした。

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