(1 / 10) 3話 (1)

冬。
一度病院に入院した小春は再び藤原家へと戻って来ていた。
塔子と滋の理解があるため小春はそれなりに自由があり、今まで親戚達に病院に閉じ込められていた小春はその世界を短い間に知る。
色んな事を知った小春だったが、自分が外の世界全てを知ることは出来ないことは知っていた。
そんな小春は今、兄と飼い猫もとい兄と自分の用心棒である斑と散歩中である。


「全く…なんだってこんなに遠出せねばならんのだ…しかも小春の膝の上に乗るなと言われるし…」

「何言ってんだよ、ニャンコ先生。先生が最近太りすぎだから散歩に付き合ってやってるんじゃないか。それに小春の膝に乗ったら運動にならないだろ?」

「フン…冬毛だから毛が伸びただけだ、阿呆が」


最近斑が歩くたびに家がミシミシ言っていたため、夏目は斑を痩せさせる為に犬のように首輪と紐をつけて散歩することとなった。
散歩が日課なため夏目は小春も連れて外に出る。
夏目は動いていればそれなりに暖かくなるが動けない小春に夏目はこれでもかと言わんばかりに厚着させる。
それは夏目の次に過保護な塔子でさえ『ちょっと厚着させすぎじゃないかしら…?』と言われる程だった。
散歩に行く時早速小春の膝の上に乗ろうとした斑に夏目が小春の膝に乗るのを禁じ、紐を小春に持たせ自分は小春が乗る車椅子を押す。
小春の膝に乗れないことに今だグチグチと文句を言いながら斑は八つ当たりのように自分に向かって吠えてくる犬にニヤリと笑って怯えさせる。


「散歩も中々楽しいなぁ」

「ちゃんと猫らしくしろよ…先生」

「む!夏目!バッタだっ!!」

「!」

「あ!おい!!」


長い散歩もそんなに苦ではなくなったのか、それとも怯えさせるのが楽しいのかそれなりに楽しんでいた斑だったが、バッタを見つけたと突然走りだし、突然走り出したため小春の手から紐がするりと抜けてしまった。
草むらに姿を消した斑を追いかけようと夏目は小春にここで待つよう伝え、斑を追いかけて草むらへ入っていく。


「あーもう!!迷子になっちゃうぞ!せんせ……、う、わ…ッ!!」


腰まで生えている草の中へと進めば膝下までしかない斑の姿を見つけ出すのは困難で、文字通り草の根を分けて斑を探そうとしていた。
すると足元に何かが置かれていたらしく、その何かに夏目は躓き転びそうになったその時――…


「――!!」

「ごめん、居眠りしてしまって躓かせたね…」


完全に転がる前に誰かに助け出され、何とか転ぶことを免れた。
その人物に大丈夫かと問われた夏目は呆気に取られながらその人物を見上げる。
その人物は顔が整っておりこの辺りでは見かけない人だった。


「大丈夫だったかい?」

「あ…はい…」

「そう、よかった…」

「名取さーん!休憩終わりでーす!」

「ああ、はーい!今行きます!」


名取と呼ばれたその人物は『じゃあ』と手を上げて去っていく。
夏目は手を上げ返しながら名取が斑が人間に化けた姿かと思ったとその背中を見送る。


「入れ墨…?」


ふと名取の首元に目をやるとそこには黒いトカゲのような入れ墨を目にし、あんなところにトカゲの入れ墨なんて珍しい、と小さく目を見張った。
すると背後から聞きなれた声で名を呼ばれ、夏目は後ろに振り返る。
そこには同級生の西村がいた。


「夏目!今の名取周一じゃないのか!?」

「西村…知り合いか?」

「何言ってんだ!今売れ出し中の俳優だよ!この辺で撮影してるって噂だったんだ!」

「ふーん…」


俳優だとは思ってもいなかった夏目は西村から名取へ目線を移し気のない返事を返す。
テレビは元々見ず、ドラマもそんなに興味は無いタイプなので俳優だとは名前を聞いても生の人物を見ても気付かなかった。
すると夏目の目線に気付いたのか、名取がふと夏目達の方へ目をやり微笑みながら手を振った。
名取が手を振り笑みを浮かべたその瞬間いつの間にか増えていたギャラリーが黄色い声を上げる。


「そういやあっちで小春ちゃん1人にさせてたけど…よかったのか?」

「あ!そうだった!!」

「なーう」

「うおっ!タヌキ!!」


夏目の姿を見つけたとき、草むらの前で車椅子の美少女である夏目の妹、小春が居たことを思い出し、夏目に告げると夏目はどうしてここにいるかを思い出して辺りを見渡す。
するとタイミングよく猫の鳴き声の真似をしながら斑が夏目と西村の前に現れ突然現れた斑に西村はビクリと肩を揺らして驚く。
その後西村とは別れ夏目はそろそろ帰ろうと斑の紐を小春に渡しその場を去っていく。


「…………」


その後ろをある人物が見ているとは気付かずに。





その帰り、夏目はある妖かしと出会った。


(ん?)


目の前からツノを生やし一つ目の鬼のような面を被る妖かしが歩いてきており、夏目に緊張が走る。
妖かしに慣れ、ここに来てから接することが多くなったとは言え、まだ妖かしに完全に慣れているとは言いがたく少し緊張した面持ちで妖かしとすれ違う。
通り過ぎた後小さく安堵の息をつくがふと足元にボロボロの縄が目に入り、それを辿っていくとすれ違った妖かしの首に繋がられていた。


「(縄…?繋がれてるのか?妖かし…だよな……)…おい、包帯解けかけてるぞ…巻き直そうか?」


緊張していたがやはり見て見ぬふりは出来ず、つい声をかけてしまう。
夏目の言葉に妖かしはピタリと歩みを止めた。


「……人のくせに構うな。」


歩みを止めた妖かしは振り返る事なく呟きまた歩き始める。


「馬鹿者!やたらと声をかけるな夏目!!」

「あ、ああ…」


妖かしに無用心にも声をかける夏目に斑は怒るが、夏目は斑には目も呉れず去っていった妖かしの方向を見つめていた。
斑の怒鳴り声を耳にしながら夏目は最近少し浮かれているのかもしれない、と心の中で溜息をつく。
夏目はふと目線を感じて下を向くと動く気配のない夏目に小春が不思議そうにこちらを見ていた。
…否、目も見えないため見ていた、ではなく見ているように後ろを振り返っていた、である。
その証拠に夏目を見上げているつもりだが夏目とは目線が合っていない。
不思議そうに見上げる妹に夏目はふと優しげに笑い、小春の手の平に文字を書く。


「『何でもないよ、今日はカレーだって塔子さんが言っていたから早く帰ろう』」

「お!カレーか!私は辛口がいいぞ!」

「先生は猫だから辛口は駄目だろ…っていうか猫はたまねぎ駄目なんだぞ?」

「馬鹿者!私は猫ではないと言っておるだろうが!!」


毎度毎度猫扱いしおって!!と斑は怒るが、夏目は『いつも小春の膝の上で丸まってたりコタツの中で丸まってるくせにそれが猫じゃなかったら何なんだ?』と心の中で突っ込みを入れる。
夏目がそう心の中で突っ込んでいるとは知らず、斑は怒りながら歩くのが飽きたのか早速小春の膝の上に乗り丸まった。
まるで猫のような斑に夏目は苦笑いをし、妹の車椅子を押してカレーの匂いを漂わせる自宅へと戻っていく。

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