小春は今、兄の夏目と共にフリーマーケットにいた。
学校も休みのこの日、2人は塔子に七辻公園で行われているフリーマーケットでグラタン皿を買ってくるよう頼まれたのだ。
まだ寒さが残る季節だから小春は兄に十分に着込ませられ外に出る。
フリーマーケットに着けば店とは違う空気にフリーマーケットが初めての小春は目をこれでもかと輝かせていた。
「そういえば小春はフリーマーケットは初めてだったな」
子供のように目を輝かせている妹に夏目は笑みを浮かべていたが、ふと思い出したように呟き、夏目の言葉に小春が『うん!』と楽しげで元気な返事を返し、そんな妹に夏目は微笑ましそうに目を細め笑みを深めた。
「おや、夏目くん達じゃないか」
「え?」
はしゃぐほどではないが、あちこちに行ってしまいそうな小春に夏目は思わず小春の手を掴んでしまう。
手を握る兄に気づき自分がはしゃいでるのに気付いた小春は恥ずかしそうにはにかむ。
『ごめん』と照れ笑いを浮かべながら謝る妹に夏目は手を握っていない方の手で小春の頭を撫でてやり、兄に頭を撫でられた小春は嬉しそうに笑みを深める。
するとほのぼのとさせる2人に誰かが声をかけ、夏目と小春は後ろへ振り返る。
「二人もいたとはね…奇遇だねぇ」
声を掛けられ後ろへ振り返ればそこには知った顔ではなく美形の青年がいた。
顔は夏目達に負けないほど恐ろしく整っており、目は青く、髪も少し青みかかっており短髪で優男風だが、体型は長身だが結構がっしりしていた。
美形だからだろうか…男の周りにいる女子達は頬を染め男を見つめていた。
そんなモデルや俳優にもいなさそうな超美形の知り合いなど、名取以外おらず小春も夏目も首を傾げてしまう。
「えっと…どちらさま…」
爽やかな笑みがとてつもなく似合い、知り合いの名取を思い出す。
青年も名取のように周りが光り輝いており、夏目は『美形は周りが光るものなのか?』と思う。
青年がこちらに近づいてきたので思わず小春を背に隠してしまった夏目の言葉に青年は目を瞬いた後『ああ、こっちの姿じゃ初めてだったね』とにこりと微笑む。
その瞬間黄色い悲鳴が辺りに響く。
その悲鳴に小春も夏目も一瞬『きらめいててご免』が決め台詞のあの人を思い出しげんなりさせた。
青年は警戒心をあらわにしする夏目の前まで歩き、何故か深々と頭を下げた。
頭を下げる青年に夏目も小春も目を丸くさせ固まる。
「では、改めて…初めまして夏目貴志くん、夏目小春さん…小野寺青之丞だ」
「え……えええええ!!!?」
「あ、青之丞って…ええええ!!?」
美青年に頭を下げられる謂れはなく、どうしたらいいのだろうかと思っていると青年から信じられない言葉を聞く。
青之丞と言った青年に小春も夏目も驚きが隠せなかった。
青之丞と言えば田沼には天使、田沼以外の人間には悪魔な小野寺音羽の式であり妖である。
その容姿も人間離れしており顔はカラスで衣服も山伏装束を身にまとい鋭い剣も腰にさしている姿である。
決してラフな格好ではないし、人間の容姿でもなく、爽やかではない。
そして何よりも口調が全く違うのだ。
しかし目の前の青年は青之丞と名乗っていた。
だが目の前には人間がいる。
夏目は混乱していた。
「ちょっと!兄さん!勝手にいなくならないでよ!!」
前を真ん丸にさせて驚き固まる兄妹2人に青之丞と名乗った青年は『夏目くん?小春さん?』と夏目の目の前で手を振っていたが、後ろからの声に『あ』と声を零す。
夏目と小春も後ろからの声にハッと我に返り青年が振り返った先を2人も見る。
そこには見慣れた人物がいた。
「お、小野寺、さん…」
その人物とは、先ほども紹介した田沼には天使田沼以外には悪魔な小野寺音羽だった。
相変わらず怒っているように目を吊り上げており、まさに容姿の無駄遣いである。
「音羽」
「兄さんがいないからお店の人に待っててもらってるんだけど…早く支払に行って来てくれない?」
「ああ、分かったよ」
音羽は青年を睨む。
音羽の睨みの威力は半端なく、多分どんな大物妖でも足がすくむほどだろう。
それを言えばどうなるかは目に見えているため夏目も小春も言わないが…
しかし夏目と小春は青年と音羽のやり取りに少し違和感を感じた。
青之丞と名乗る青年は『主様』ではなく音羽の名を呼び捨てに呼び、音羽は青年を『青之丞』ではなく何故か『兄さん』と呼んでいた。
それに妖の青之丞は敬語だったはずだ。
その為か夏目は『勘違いだろうか』と思い始める。
青年は音羽の言葉に会計を済ましていなかったのを思い出し微笑みを浮かべ『ごめんよ、今行くから』と音羽の頭を撫で会計に向かう。
青年の微笑みと音羽とのやり取りに黄色い声は更に強くなり周りの女性の目線は熱くなるばかりだった。
人と関わらないように生きてきた夏目と小春には黄色い目線も自分に向けられていないとは言え肩身が狭く感じてしまう。
爽やかな笑みを周りにふりまいている自覚はないが振り撒いている青年の大きな背を見送っていた音羽はムッとさせている表情のまま夏目兄妹に振り返る。
突然機嫌が悪いような音羽に振り向かれ夏目と小春は同時にビクリと肩を揺らした。
そんな夏目兄妹の反応などどうでもいいように音羽は目を細める。
「そんなに怯えないでくれない?私があんたらを苛めてるようじゃない。気分が悪いわ」
「ご、ごめん…」
「ご、ごめんなさい…」
ただ夏目の方へ振り向いただけで怯えられた音羽は不快感を隠すことなく眉をしかめるも夏目と小春からは謝罪が送られ、更に機嫌は降下していくのが本人にも分かった。
『面倒な奴に会った…』、と思うのはその場の全員だった。
どうも性格が正反対だから今はまだお互い距離が保てないのだろう。
しかし気にする性格ならば田沼とそれ以外の人物との対応の違いなど元々しない。
音羽は夏目達の反応に諦めに似たため息をつき『あんたらも買い物?』と問う。
その問いに夏目はぎこちない動きで頷いた。
「ああ…俺達は塔子さんに頼まれてグラタン皿を買おうと思って…」
「へえ…塔子さんって?」
「私達がお世話になってる人…」
「ふーん…」
まだ何も買ってない夏目達を見て音羽は珍しくも質問した。
夏目と小春はそれに内心驚く。
2人の音羽のイメージは田沼以外は興味ないと断言できるほど人に興味がないと思っていたらしい。
ほぼ当たっているが、そんな事を思っているとは知らない音羽は初めて聞く人の名に首を傾げたが小春の説明に納得したように頷く。
小春と夏目が両親を亡くし遠い親戚夫婦に引き取られている話は知っている。
まだ2人に接触する前に田沼から出た2人の名に嫉妬して調べ上げた時に知ったのだ。
情報網は多数から。
人というのは噂好きで下らない生き物だ、と音羽はその時思ったという。
そして、人の口には戸が立てられないという言葉も理解した。
「お、小野寺さんは?」
「私?私もおじいちゃんに言われて買いに来ただけよ」
「「おじい、ちゃん…?」」
今度は音羽の言葉に小春と夏目が首を傾げる番だった。
『おじいちゃん』という音羽から出た初めての言葉に首を傾げたのだ。
青之丞からは保護者は自分達だと聞いていたため不思議に思う。
「おじいちゃんって…小野寺さんおじいちゃんいたの?」
「いたけど?」
「でも青之丞は保護者は青之丞だって…」
「ああ、その事?あれはおじいちゃんに引き取られる前よ」
青之丞から聞いていない情報に不思議に思った小春は恐る恐る音羽に聞いた。
小春は怒ると思ったが、音羽は意外とあっけらかんとしており、『あんたら兄妹と同じようなものね』と続け、小春と夏目は思わずお互いを見合う。
「私、おじいちゃんに拾われて養子になったのよ」
「拾われた…?」
「そ。ちっちゃい頃に偶然に知り合ったおじいちゃんが家出の事話したら同情してじゃあ引き取ってやろうってなってじゃあお願いしますってなったの」
((わ、分からない…全然…))
元々音羽は人に合わそうという気がない性格だからか説明がものすごく下手だった。
軽く言う音羽だが、何となく軽くはない事だけは伝わっている。
人が血のつながりもない赤の他人を養子にするという事は自分のテリトリーに無条件に入れるという事であり、並大抵ではできない。
まだ会っていないからおじいさんという人物は分からないが、田沼以外毒しか吐かない音羽を養子にしようとしたおじいさんはきっといい人なんだろうという事だけは分かった。
そうしているうちに会計を終え買った物を手にほくほくと微笑み機嫌のいい青年が戻ってきた。
「お待たせー」
「遅い!」
「まあまあ、怒らない怒らない…帰りに好きなの一つ買ってあげるから」
透明のビニール袋に入っているそれは新聞紙に包まれており、それを見れば割れ物だというのは推測される。
気に入ったモノが手に入ったのか青年は上機嫌だった。
機嫌のいい青年に比べ音羽の機嫌は地下へと突入しそうなほど降下しており、しかし青年の言葉に音羽は口を閉じた。
どうやら取引が成功したようである。
「あの…」
「なんだい?」
「本当に青之丞、なのか?」
小春と夏目はそのやり取りを見てやはり違和感が拭えなかった。
特に青年の口調が。
2人の会話を聞いていた小春は勇気を出し青年に声をかけ、それに夏目が続けた。
青年は夏目の問いと小春と夏目の疑いの目に『あれ、まだ信じられない?』と驚いたように目を丸くした。
「困ったなぁ…信じてもらえないとなると本当の姿を見せるのが早いんだけど流石にここでは…」
「っていうか、あんたら何で疑ってるわけ」
「いや、疑ってないって言ったら嘘になるが…正直ピンと来ないんだ…なあ、小春」
「うん…だって小野寺さんその人の事『兄さん』って言ってるし…その人が青之丞さんなら主の小野寺さんに敬語使ってないし…」
そこの青年が青之丞だというのであれば一応納得はしている。
妖が人に化けれると知っているため、驚きはするが少し時間を貰えれば納得はした。
しかし小春と夏目の周りに人に化けれる妖と言えば斑しかおらず、斑は女に化けようが男に化けようが態度がでかいのは一緒なため少し疑ってしまうのは仕方のない事だろう。
それを含ませながら言えば小春達の言いたい事が分かった青年は『なるほど』と頷いた。
「そういえば言ってなかったね…人間の姿の時は俺は音羽の兄の役をやらせてもらってるし、蒼葉も音羽の姉として籍があるんだ」
「そ、青之丞と蒼葉は4歳で家出した時から私の兄と姉の役割を買って出てくれてるの。兄と姉だから私に敬語使ったり主呼びは可笑しいでしょ?だから人間の時はどんな時でも敬語と主呼びは禁じてるのよ。私も誰もいなくても2人が人間の時は『兄さん』と『姉さん』って呼んでるわけ。ついでに言えば小野寺っていう名字はおじいちゃんの名字なのよ」
今度は小春と夏目が納得する番だった。
音羽達は周りに怪しまれないように徹底しているようで、先ほどの兄呼びも敬語がない事も小春と夏目は納得する。
そして某自称用心棒との違いにため息ついてしまう。
音羽達は4歳で家出したため、成人した家族がいないと怪しまれて暮らすどころか家に連絡がいき最悪連れ戻されかねない。
だから妖である2人が人間に化けるしかなかったという。
現代人の男が『私』はあまりいない事から青之丞は人間の時だけ『私』から『俺』に変えているらしい。
義理の祖父に拾われるまでどういう経路かは分からないが籍を手に入れずっと三人で身を隠しながら生きてきたらしいく、どうやら義祖父は見えない人らしく、青葉と青之丞はほぼ人間でいるという。
一日人でいる事もざらではない。
そうしなければやはり祖父に怪しまれるのだろう。
2人は欲しい物が買えたからと帰っていき、小春と夏目は大きな背と小さな背をただ手を振って見送りだけで精一杯だった。
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