(1 / 18) 17話 (1)

小春は教師に頼まれ教具を片づけていた。
教師に言われた通りの場所に置き終えた小春は教室の扉を閉める。
すでに授業も終わり、帰るために荷物を取りに教室に向かおうとした。
しかしその時…


みぃつけたぁ


小春の耳に声が届いた。


「!」


小春はその声に立ち止まる。
否、立ち止まるというよりも固まったと言った方が正しいだろう。
小春は振り返ることも出来ないほど固まり、ギュッと制服のスカートを握りしめる。


お姫、みつけた!お姫みつけた!!

「…っ!!」


歩き出そうとしても…逃げ出そうとしたくても、足は動かない。
足が震え脳が命令しても体が動かない。
どんなに気のせいだと思っていても耳は声を…妖の声を拾ってしまう。
少しずつ近づく妖の声に小春は呼吸が苦しくなり荒くなる。
身体も震え、汗もぶわっと大量に噴き出していた。
暑いはずなのに寒さも暑さも、今の小春には感じない。
小春は妖に恐怖していた。


お姫、見つけた!お姫あそぼ!お姫あそんでぼくの中にずっといて!お姫いいにおいがするの!お姫たべたい!たべてお姫をひとりじめしたい!!お姫!お姫!


妖はどうやら小春と夏目の祖父である友樹を知っているようで、友樹が亡くなった事は知らないのか、瓜二つの小春を友樹だと思い込み嬉しそうに笑いながら小春に歩み寄る。
あともう少しで小春の足に触れれると妖は機嫌よく目を細めたその瞬間――


ぎゃあ!


――妖が踏みつぶされた。
妖は誰かに踏み潰され霧のように消える。
小春は悲鳴を上げて消えた妖にハッとさせ金縛りが解けたように後ろへ振り返る。


「お、音羽さん…?」

「……………」


そこには妖が消えたのにまだグリグリと踏みつける音羽がいた。
彼女は帰る途中だったのか手にはカバンが握られており小春の声にも反応せず妖がいた場所をただなんの表情もなく見下ろしていた。
そんな彼女に小春はどう声を掛けていいのか分からず、『えっと…』と零す。
すると音羽が小春に顔を向け、小春はサッと顔を逸らす。


「…なに逸らしてるのよ」

「ぁ、いえ…何にも…」


何、と言われても怖いからとしか…、と小春は心の中で呟いた。
思わず顔を逸らしたくなるほど音羽の目は小春を鋭く貫いており、いつもながら目つきが邪悪でならない。
なまじ美人中の美人だから余計に。
いつもなら目を逸らし首を振る小春に音羽は更に視線を鋭くさせるが、どうしてか今日は目線を逸らす小春を責めるでもなく『ふーん』と返すだけだった。
いつもより機嫌のいい彼女を見つめ首を傾げながらも小春は助けてくれた事に感謝した。


「あの…助けてくれてありがとう…」

「勘違いしないでくれる?別にあんたを助けたわけじゃないわよ。そこに鬱陶しいのがいたから。私が不快だったから踏んづけてやっただけよ」

「で、ですよねー」


機嫌がいいらしい彼女だが、口から出る言葉はそう変わる物ではないらしい。
機嫌のいいように感じたのは何だったのか…、と小春はチクリと来る彼女の言葉に引きつった笑みを浮かべながら笑う。


「あんた、すごい汗ね」

「えっ」


あはは、と笑う小春に音羽は微かな違和感を感じた。
それは小春の顔色だった。
小春は真っ青とはいかないが、顔色はよくないように見える。
本来ならどうでもいい対象なのだが面白そうだと目を細め、指摘した。
小春は指摘され目を見張り自分の額へと手を持っていく。
手の平にはまだ肌寒いのに汗がついており、自覚がなかった小春は驚いた表情を浮かべる。


「妖怪がそんなに怖い?」

「…ッ!」


手についた汗に驚いている小春に音羽は笑みを浮かべそう声をかける。
音羽の言葉に小春はビクリと肩を揺らし、その反応に当たった事に音羽は笑い声を小さく漏らす。


「やだ、図星?へえ…ふふっ、あの妖怪になにされたの?」

「………、…」


大声でないにしろ笑われた小春はムッとさせるも続けられた言葉に音羽を見つめていた視線を落とす。
気落ちしている小春に優越を感じた音羽の機嫌は上がるばかり。


「あ!こらー!!」

「…!」

「あ?」


傍から見れば今の音羽と小春は苛めっ子と苛められっ子だろう。
その証拠に2人に声を掛けてきた奈々が走って小春に駆け寄り音羽から隠すように間に入った。
声を掛けられ振り返った時はすでに近くに来ていた奈々に小春は驚いたような表情を浮かべ、音羽は気の合わない人物に良かった機嫌が降下していくのを自分でも感じる。
小春を背中に隠し睨む奈々を音羽は表情を消し去りこちらも睨み返す。
奈々は夏目兄妹や妖さえ怯むほどの破壊力を持つ音羽の睨みなど気にも留めず、それがまた音羽にとって奈々を嫌う要因でもあった。
まあお互い嫌おうとどうでもいいのだが…


「あんたまた小春に絡んでたのね!」

「はあ?なに勝手に被害妄想広げちゃってるわけ?」


一度として音羽は小春を苛めたことはない。
自覚がないとかではなく、高圧的な態度が音羽にとって普通なのだ。
それが普通ではなく、それが他人が自分を避ける要因など音羽にはどうでもいいのだ。
彼女は田沼によく見られればそれでいいのだから。
勘違いを勝手に重ねる奈々に音羽も誤解を解くことなく鼻で笑う。
奈々と会話をしたくないのだろう。
つい癖で音羽は腰に手を置いたがその瞬間、音羽の体に痛みが走った。


「――ッ、」


一瞬の痛みは強くはないが弱くもない。
激痛とまでいかないが強い痛みに余裕な表情を浮かべていた音羽は痛みに顔を歪み、その痛みの原因であるそれを見下ろした。


「音羽さん…その手、まだ痛むの?」

「いえ、痛みはそうないけど…ちょっと油断しただけよ」

「あんた…怪我、してるの…?」


それは、手だった。
少し前に5本の指の爪を自ら剥がした手、だった。
それは多軌という少女と出会った時についた傷。
多軌と妖の勝負に首を突っ込んだ代償。
そして、田沼を守ったのだという証でもあった。
音羽は5本の爪を同時に失うも満足した。
その為、痛みを音羽はあえて押えないようにしていた。
どんなに青之丞や蒼葉、祖父が痛み止めを飲めと言っても…この痛みは田沼を守れた痛みだからと飲もうとしない。
しかもそのおかげで田沼が心配してくれたのだ。
好いている人に心配され怪我しているからと手を差し出されれば誰だって機嫌はよくなる。
小春が感じた音羽の機嫌のよさは田沼がいつもより優しいからだった。
痛みは大体5日ほどすれば収まるもやはり刺激すれば痛みが走り、普段痛みもなかったため忘れていた音羽はその怪我している手で腰にかけたのだ。
痛みに息を飲む音羽に小春は心配そうに奈々の背から顔を出し、小春の問いに何でもないように装いながら返す。
しかし痛みに顔を歪めながら音羽が『人間の体って本当、やわね』と零し、その言葉に小春が首を傾げたのだが、問う前に奈々が音羽の怪我に気づき問いかけた。
だが音羽としては奈々という気の合わない人物との会話は出来ればしたくないと思っているのか、そこはあえて無視する形となり小春へと視線を戻す。


「保護者も来たから私は行くわ…要が心配するし」

「う、うん…」


奈々とは本当に反りが合わず、奈々を無視して小春にだけ声を掛けた後2人の横を通り過ぎる音羽に小春は苦笑いを浮かべ手を振って見送り、奈々は相変わらずな態度の音羽にムッとさせていた。



****************



「かなめーっ!」


下駄箱へと向かえばすでに田沼がおり、田沼の姿を見た音羽は無表情だった表情を笑みへ変え駆け足で田沼の元へとむかう。
音羽の声掛けに田沼は振り返り、駆け寄ってくる音羽に心配そうに声を掛ける。


「あ!こら!音羽!!走ると転ぶぞ!転んで治りかけてる怪我が悪化したらどうするんだ!」

「うん、ごめんね、要」


田沼は音羽の怪我をただ事故だと聞いた。
だから夏目と多軌の事は知らなかった。
否、多軌と初対面の時何かあったのだと察しはついていたのだろう。
しかし夏目の巻き込みたくないという気持ちも分かっているため田沼は自分から夏目や多軌にその場で聞き出すことはせず、事後報告を待つことにした。
多軌とも改めて自己紹介を済ませ、多軌と田沼は夏目の理解者となる。
音羽はもちろん多軌と夏目兄妹と斑に口止めをしているのだから音羽もいたことは知らない。
音羽は心配して怒ってくれる田沼に嬉しそうに笑い、しょんぼりせず嬉しそうにニコニコと笑う音羽に田沼は『しょうがないなぁ』と困ったように笑うだけだった。


「じゃあ、帰るか」

「うん!」


田沼は怪我していない方で持っている音羽のカバンを持ってやる。
田沼の優しさに音羽は幸せだった。
しかしその優しさは自分だけに向けられている特別な優しさではないことを、音羽は知っている。
同じクラスの男子達にも、そして悔しいが女子達にも、田沼は優しい。
その容姿と性格から田沼は実はモテるのを音羽は抜かりなく知っている。
だけど、それでも…田沼の気持ちが今、自分だけに向けられていると思うと音羽は嬉しくなり、心を暖かくする。


(ああ…ずっとこの時間が続けばいいのに…)


音羽は田沼と話しながらそう切に願った。

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