(2 / 18) 17話 (2)

奈々と別れた小春は今日も斑とすれ違いになり一人で帰っていた。
暑い日々が続き、気持ちも落ち込んでいることもあって日に日に元気がなくなっていくのを自分でも分かっていた。


(あの時…身体が一歩も動かなかった…お兄ちゃんが、捕まったのに…苦しんでたのに…私…何もできなかった…)


その落ち込んでいる原因は先日の一件、そして音羽が踏みつぶした妖だった。
小春はあの時恐怖で体が動かなかった。
逃げなければならないというのはわかっているのに…音羽がいなければ今頃こうして歩いてもいなかっただろう。
それにススギに捕まりそうになった時。
あの時は小春を兄の夏目が庇ってくれた。
それだけではなく、自分の代わりに捕まってしまい、自分の代わりに夏目が傷つき苦しんだ。
それを間近で見ていたのに小春は助け出すこともできなかったのだ。
理由は簡単である。
妖に対してまだ恐怖があり、そのせいで体が動かなかったから。
しかしそれはただの言い訳にすぎないと小春は思う。
何故なら小春以上に恐ろしい経験をしているのは夏目の方なのだから。
小春は妖に自由を奪われたと言っても影鬼に守られベットでずっと寝ているばかりだった。
だが夏目は守ってくれる存在もなければ小春のように安全な場所にはいなかった。
小春はいつも誰かに守られてきた。
影鬼にも、斑にも―――そして、夏目にも。
夏目も小春と同じく危険なのに。
小春以上に狙われているのに。
影鬼はレイコと間違えたとは言え視界・聴覚・そして手足を奪ってくれたおかげで小春は親戚達の冷たいやり取りを見ることはなかった。
斑も友人帳のためだと言いながらも夏目と小春の危機には駆けつけ助けてくれる。
夏目はいつも妖や怪しい人間に出会うと小春を背に隠して庇ってくれる。
いつも夏目は自分の身だけではなく小春の身も案じてくれる。
それらは小春にとって当たり前すぎて気にもしていなかった。
夏目が自分を守ってくれるのが自然で当たり前だったから…今の今まで気づかなかった。
しかし小春はススギに捕まりそうになった時兄が庇ってくれて初めて気づいたのだ。
自分がどれだけ皆に守られてきたのか…
どれだけ助けられてきたのか…
―――そして、自分がどれだけ無力なのかも。

だから小春は悩んでいた…苦しんでいた。


(私はどれだけ皆に迷惑を掛ければ気が済むんだろう…私は……あの暖かい場所にいて…いいのかな…)


妖への恐怖は妖達との出会いやヒノエ達のお蔭で少しずつ改善していっているのは自分でもわかる。
やはり小春の心の問題は時間が解決してくれているのだろう。
だがそれと同時に新たな問題も起こった。
それは小春が自分の存在に疑問を持ちはじめてしまった事だ。
今まで小春は兄という存在に守られてきた事に気づかず生き、それを疑問にも思わなかった。
守られて当たり前だと思っていたのかもしれない。
もし本当にそう思っていたのなら小春は自分という存在を嫌悪しはじめるだろう。
兄を守ることはできないにしろ辛い出来事を半分こに出来るかもしれない、と思っている心が偽りだったら…と小春は思い始めてしまう。


(どうしたらいいんだろう…もう、分からない…何も……)


小春はそう心の中で呟いた。
最近は落ち込みようが深すぎて友人達とも碌に会話をした覚えもなく、誰かが声をかけないかぎり小春は席にずっとついて悩み続ける日々が続いていた。
転校の時とは違い、クラスの女子たちは小春を心配していたが、小春のクラスの男子達は『深窓の令嬢』と相変わらず寒くて意味の分からない名前を命名して一人机に座り俯く小春を愛でていた。
1年3組は(男子限定で)今日も平和である。


「小春ちゃ〜ん!」

「!、…黄さん…」


兄に相談しようと思った事はあった。
兄でなくても斑にも相談しようと思った事もあった。
しかし彼らは自分に近すぎて相談いたくても勇気が出なくて今まで黙っていた。
まだ小春は周りを見る余裕はないため見てはいないが、小春はきっと2人も自分の様子に気づいているのだと薄々は気づいていた。
何も言わないのは、優しい兄達の事だから自分が話すまで待っててくれているのだろうとも思った。
それがまた小春を落ち込ませる原因でもある。
あの2人は優しすぎるのだ。
妖に対しても、他人に対しても、小春に対しても。
はあ、と何度目か分からないため息をつこうとしいると、前方から聞いたことのある声に名前を呼ばれ、小春は一瞬だけビクリと肩を揺らした。
しかし近づいてくるソレに恐る恐る俯いていた顔を上げれば声を掛けてきたのは妖ではなく、人間の黄 文乙(コウ ウェンイー)だった。


「好久不見!」

「え?は…はお、じぅ…??」

「あ、ごめんネ…久しぶりだね!っていう意味ダヨ!」


声を掛けてきたのが妖ではなく人間の文乙だと気づき安心していた小春だったが、小春に駆け寄って文乙が小春に声を掛けた言葉が中国語だったため小春の頭上に疑問符が乱舞していた。
首を傾げ困惑の表情を浮かべている小春に日本語での言葉を改めて口にする。
日本語に訳され小春は『なるほど』と小さく笑みを浮かべ中国語が喋れないので『久しぶりです、黄さん』と返した。
小春が笑った事と返事を返してくれた事に文乙も嬉しそうに笑い、その笑みに小春も笑みを深め、そして文乙も笑みを深め………2人の周りには花が咲き乱れていた。


「丁度良かったデス!写真が約束の日ヨリ早く出来上がったノデ差し上げます!」


文乙は中国出身のカメラマンで妖が見える仲間として記念に小春の写真を撮り、その現像した写真の受け取りの約束をしていた。
しかしその受け取りの日は今日ではなく、今日は偶然文乙に出会っただけだった。
だが文乙は小春との再会に嬉しそうに微笑み、予定より早く出来上がったらしい二枚の写真が入っている白い色の封筒を差し出し、小春は初めて人に贈り物をされ気恥ずかしそうに『あ、ありがとうございます…』とお礼を口にする。
中を見てもいいかと文乙に問えば文乙は笑みを浮かべ頷いてくれた。
中を見れば当然ながら約束通りの写真が二枚入っていた。


「私、コノ写真好きデスヨ」

「えっ…?」

「だって、小春ちゃん美人ですシ!」

「あ、あはは…ありがとうござます。」


1枚目は小春だけの写真。
シンプルに壁を背に立っているだけの写真だった。
表情も硬く慣れていないのが見て取れる。
2枚目は文乙とのツーショット。
文乙は満面の笑みを浮かべ小春に寄り添い、小春は人に慣れていないのもありやはり1枚目同様笑顔がぎこちない。
しかし小春はそれでも嬉しく感じた。
プロのカメラマンに写真を撮ってもらった事も嬉しいが、何よりこうやって写真に残すという事自体初めての経験だった。
いや…もしかしたら母や父がいたころは写真を撮っていたのかもしれないが、生憎小春の記憶にはない。
だから小春は嬉しいと素直に喜べた。
そんな小春の手元を文乙も覗き込むようにし、そうポツリと呟いた。
カメラマンが自分の写真を好きだというのはなんら可笑しくはなく、好きだと言いながら指差した写真は小春だけが映っている写真だった。
理由を聞けば何とも男性らしい答えが帰って来て小春は苦笑いを浮かべるしかなかった。
ちやほやされるのはやはり何度されても慣れない。


(それにしても…私ってモデルに向いてないんだなぁ…)


初めてのモデルとは言え、写真を改めて見ても自分の顔は引きつったまま変わらない。
表情が硬く、ポーズだって二枚とも同じである。
これでは見て呉れが良くても台無しというモノである。
ハハ、と乾いた笑いを浮かべていると突然文乙が頭を撫でてきた。
いきなり頭を撫でられ小春は驚いて文乙へと顔を上げる。
そこには優しい笑みを浮かべている文乙と目があった。


「黄さん?」

「何か悩みデモあるんですカ?」

「え…?」

「初めて会った時も、表情が曇ってイタんですが…今日は輪を掛けたようデス」


頭を撫でられ文乙に優しい笑みを向けられ小春は戸惑った。
先ほどまでの元気な笑顔ではなく、子供を愛しげに見る大人のようで慣れていない小春は気づかれていた事に少し気恥ずかしく感じてしまい、照れ隠しに髪を撫でるように触る。


「その悩みハ妖の事デしょ?」

「…!!」


『ナンダったら聞きますよ?』と言う文乙の言葉に小春は『ありがとうございます』と答えるだけに終わる。
正直、文乙にこんな重い相談をするつもりは端からない。
知り合った年数とか、血が繋がっていないから、とかではなく…なんとなく、まだ誰にも相談する気にはなれなかったというのが本音だった。
しかし、そんな小春の心情を察することなく文乙がズバリと当ててしまい、小春は目を丸くして文乙を見つめる。
どうしてバレたのだろう、という気持ちで一杯だった。
それが顔にデカデカと書かれているのか『小春ちゃんハ分かりやすすぎマス』と文乙は苦笑いを浮かべ、小春は顔に出るほどなのかと恥ずかしくなって顔を赤く染める。
そんな小春を愛しげに見つめながら文乙は小春の癖のある髪を優しい手で撫でてあげる。


「小春ちゃんはとってモ優しい子ナンデすね」

「え?」

「"あんな奴ら"のために悩むナンテ」

「……あんな、奴ら…?」


文乙の手はとても優しくてまだ高校生の兄とは違った男の手に小春は記憶が曖昧な父を重ねる。
しかし、父と文乙では年齢があまりに違いすぎた。
なのに小春はどうしてか文乙と父を重ねて見てしまうのだ。
それも不思議な事なのだが、何よりも今は文乙の言葉に首を傾げる。
文乙の言う『あんな奴ら』という言葉が小春の中で該当する人物がいないからだろう。
それに気づいた文乙はレンズの厚い奥に見える目を細め笑みを浮かべる。


「妖ナンカで頭を悩ますなんて優しいと言ったンですヨ」

「妖なんかって…私は…ただ…」

「妖が怖いダケ?」

「…っ」

「それが悩みデスカ?―――ああ、やはり君は優しい子だ」

「え?」


一瞬、小春は耳を疑った。
文乙の声が違って聞こえたのだ。
いつも聞く文乙の声はその性格を表すようにとても明るくて人好きのする声だったのだが…ポツリと呟かれたその声は真逆に落ち着きと、そして…冷たさを感じた。
小春は怪訝とさせ文乙を見上げたが、文乙は『どうしマシタ?』と小首をかしげて見せ、それはいつもの彼だった。
だから小春は気のせいかと思い『いえ、なにも…』と曖昧に答える。
首を振り視線を落としてしまった小春に文乙はそっと小春の小さな手に触れる。
文乙の大きな手が自分の手に触れ、小春は思わず文乙を見上げると彼と目と目がある。
目と目が合うと文乙からは眩しいまでの笑みがこぼれ、文乙は何かを言いかける。
しかし、その前に邪魔が入ってしまった。


「あんた小春のなんなんだ!!!」


邪魔者とは――――小春の兄、夏目であった。

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