それは、一瞬だった。
あれほど長く感じた苦しみが一瞬にして消えた。
「おにい、ちゃん…」
「小春…大丈夫か?」
「……うん」
薄れつつあった意識がその解放感に浮上し、瞑っていた瞼を開ける。
目を開ければ視界に映るのはアマナでも、斑達でも、森や土でもなく……空を飛んでいるかのような高さから見た森だった。
いつも自分や兄以上の高さがある木々が小さく見え、小春はまだぼんやりとする意識の中、落ちないよう自分を強く抱きしめてくれる兄に顔を上げる。
小春の声で目を覚ました事を知った夏目は気を失いかけていた妹が起きたことにほっと安堵させる。
小春は少しずつ意識も回復し、周りを見る余裕が出来た。
飛んでいるように感じていたが、本当に飛んでいるようで、小春は兄と共に白く輝く龍のような生き物に口に咥えられていた。
「この子って…」
「ケマリ達だよ…アマナから助けてくれたんだ」
「…………」
じっと見つめていると白く輝く龍からポロポロと時折小さな毛玉のようなものが落ち、その毛玉はまた体に溶け込むように消える。
それらを見て小春はカル達だと分かった。
それを知って、小春の中にある恐怖は薄らぐ。
小春はアマナに恐怖していたため、カル達にはそう恐怖感はなかった。
だが、だからと言って一度ぶり返した恐怖は中々改善するわけでもなく、小春はただ口を閉ざすだけである。
カル達はアマナから小春と夏目を助け、そのまま少し離れた草むらへ降ろす。
ポロリと落とすように降ろされた夏目は咄嗟に小春を抱きしめ守る。
一応カル達も気を使ったのか低いところから落とされたのでそれほど痛みはないが、落とされたため若干地面に体を打って痛い。
しかし妹は無傷でいるのだからそれでよし、と夏目は考え満足していた。
いついかなる時でもシスコン心を忘れない夏目であった。
「小春、見てごらん」
「…?」
天へ登るように浮上し旅経つカルを見上げ、腕の中にいる妹に声をかける。
声を掛けられた小春は兄を見上げた後、兄が見上げている先へ目線を伝って見上げればそこには龍のように群れを成したカル達があっという間に散っていくのがめいた。
龍の形をしていたのは、自分達兄妹をアマナから助けるためなのだろう、と小春は散り散りになりながら旅立つカル達を見て思い、そしてそれはきっと夏目も…
夏目は登ってくる朝日に照らされれるカル達に向かって指をさす。
「きっとあれがケマリだ」
「分かるの?」
「ああ、だって一匹だけ赤い木の実の汁がついてたし」
その光景はとてもきれいで小春も目を奪われるほど。
夏目の言葉に小春はカル達から夏目へと見上げる。
小春は見落としていたようだが、どうやら夏目にはケマリが分かったようで、旅経つケマリを見送るその兄の顔はとても優しく温かかった。
その目を見て小春はそっと兄の胸元に頭を預ける。
兄の腕に抱かれ、小春も兄と同じくケマリ達を見送った。
小春も感動した。
ケマリを想い見送った。
―――だが、夏目ほど小春は寂しさを感じなかった。
****************
あの後、妖達の間で美しい大龍を見たという噂が広がっていた。
夏目と小春は一緒に探してくれたお礼をしに森に入っていた。
ヒノエはすぐに来てくれたが、どうしてか中級達は姿を見せなかった。
ヒノエは小春と夏目の姿を見て目を細め笑い煙管を咥え煙を吐き出す。
「やれやれ…相変わらずお前達は無茶をするねぇ…小春、カルにやられた傷はもういいのかい?」
「うん、大分痛みが引いたから大丈夫だよ」
「中級達にも何かお礼しないとな」
「阿呆!まずはこの私に一番のお礼をせんか」
「お礼もなにも先生はそもそも用心棒だろ?」
心配してくれるヒノエに小春は小さく笑った。
その笑みにヒノエは違和感を感じたが、問う前に夏目の呟きに口を閉ざす。
斑は偉そうに小春の膝の上でまったりと寛いでいた。
相変わらずの斑に小春はくすりと笑みを零し、膝の上で寛ぐ斑の頭を撫でる。
斑は気持ちよさげに目を細め、そんな斑に夏目はギロリと睨む。
いつもならシスコンモードの夏目に勝てない斑だが、夏目が自分を睨むのが可愛い妹に撫でられているための嫉妬だと分かっているため、今回は夏目に見せつけるように小春の膝の上で寛いでいた。
今回は夏目も小春の変化に気づいていたため斑をお約束のお約束の如くUFOキャッチャーのように持ち上げて小春の膝から降ろすことはなく好きにさせる。
しかし見ていると腹立たしいものもあるため、気をそらすために話も変える。
「でも、あんな小さな妖達でも集まればアマナのような大妖を追い払うことも出来るんだな」
「ああ、1人で抱え込んでたって解決できないこともあるだろうしね」
夏目の言葉にヒノエはふと笑い煙管を咥える。
カルの一匹は弱く、きっと夏目や小春でも簡単に退治が出来るほど弱いだろう。
気を付ける点と言ったら毒なのだから、それさえ何とかなれば多分退治は出来る。
だが、それが何匹も集まると恐らく難しくなる。
現に一匹ではきっとアマナに向かう事は出来なかっただろうが、仲間がいて集まっていたからケマリは小春と夏目を救う事が出来たのだ。
ヒノエの言葉も一理あると夏目はくすりと笑い、小春も釣られて微笑んだ。
しかしそれはどこか変に見えた。
「夏目様〜!小春様〜!」
ヒノエはやはり小春の表情を見て違和感を感じた。
ヒノエ視点での小春はいつものように可愛く食べちゃいたいくらいである。
それは今日も…だが、今日はどこか違うとヒノエは感じた。
それをあえて言わなかったのは、小春がまだ妖を怖がっているのを知っているから。
あの時から数日は経ったとは言え、心はそう簡単に癒されはしない。
それは妖には分かる事の出来ない苦痛なのだろう、と最初自分達にも怯えて見せていた小春を思い出しながらそう思った。
きっと、いつか…元の小春に戻ってこれる…そう信じヒノエは小春や夏目を尊重し、待っててやろうと心に決めた。
だから小春がこちらに歩み寄ってくれるまでヒノエはそれに関しては口に出さないつもりだった。
ふ、と煙を吐き出した時、どこかへ姿を消していた中級達がようやく姿を現し、小春は案の定中級達の声に最初はビクリと肩を揺らし隣に座る兄にぴたりとくっついたが、それが中級達の声だと分かり、彼らの姿を視界に収めるとホッと安堵の息をつき肩に入れていた力を抜く。
兄である夏目はギュッと自分の袖を摘まむように握る小春に気づきそっとその手の上に自分の手を重ねてやる。
兄の手に安堵したのか強張っていた表情も和らぎ、そんな小春を見て夏目も安堵し、服を握っている小春の手を服から放しギュッと握ってやりながらこちらに歩み寄ってくる中級達に顔を上げた。
「中級、どうした?」
「夏目様〜!小春様〜!おみやげです〜!」
小春の様子に気づいているのは夏目と、ヒノエと、小春の膝の上にいる斑のみ。
中級達は気づいておらず、にやにやと笑っているのを疑問に思った夏目の問いに中級達はお互いを見合った後小春の前に座り、手にある物を小春に向けて落とした。
小春は驚いたものの、咄嗟に手を差し出して落とされるソレを受け止めた。
小春の小さな手一杯に落ちてくるそれは…
「これは赤笹の実って言って、妖の毒に効くそうですよ〜」
赤い木の実だった。
それはケマリが持ってきてくれた実と同じで、小春は大きな目を更に真ん丸にして手から溢れていく木の実を見つめていた。
ポロポロ小春の小さな手から落ちていくというのに一つ目はそれでも更に実を落としていき、手に持っている実がなくなれば隣にいる牛の持っている大きな袋からまた新しい実を救い上げるのを繰り返す。
小春の周りを赤笹の実に埋めるかのような一つ目と牛が持ってきたソレに夏目も驚いたような表情を浮かべ、小春も微かに目を見張っていたが、ふ、と笑みを浮かべる。
「ありがとう…」
小春の口からはすらりと礼の言葉が出てきた。
それは小春の本当の想い。
小春の伝えたい言葉。
それが自分の口から出て小春は内心驚いて見せる。
正直、まだ小春は妖を怖がっている。
それは少し治りかけていたのにアマナのせいでぶり返したせいでもあった。
だからケマリが去って行ったとき小春に夏目ほどの寂しさはなかったのだろう。
だが、中級の想いがそんな小春の頑なに閉ざされた心に響いた。
それは小さいものかもしれない。
中級からしたらちょっとしたことなのかもしれない。
でも、小春の心にはそのちょっとしたものが届いたのだ。
だから小春の口から心からの感謝がこぼれた。
それは中級が、ではなく、ケマリをはじめとする色々な妖と接し、積み重なった彼らの優しさがやっと小春に届いたのだろう。
小春の表情はとても優しく、妖に襲われる前と何も変わらなかった。
それを夏目は敏感に感じとり、一瞬驚いた表情を浮かべたが、一歩前に出てきてくれた妹に微笑みを浮かべた。
そんな兄に気付かないまま、小春はそっとその赤笹の実を大事そうに胸に抱いた。
それは去っていってしまったケマリを思うかのように。
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