小春と夏目は素足だが、ケマリを追いかけなければ、という思いから痛みが消えていた。
しかし夏と言っても夜は深く、頼みの斑も札のせいで元の姿に戻れない。
ひとまず走るしかなかった。
「お、お待ちを!!夏目様!小春様!!そのケマリとやらは夏目様達に懐いて戻ってきたのでしょう!驚いて飛び出しはしましたが部屋で待っていればまた戻ってくるのでは!?」
「―――いや、夏目と小春を慕って帰って来たのなら多分もう来ないだろう」
「え…」
「どういうこと…先生…」
「詫びるため来たはずがまた小春に怪我をさせたのだからな。恐らく…もう夏目と小春に寄ってくることはないだろう…」
中級の言葉を斑は否定した。
あのケマリは小春を怪我させたことを詫びるために部屋を訪れた。
しかし詫びるために来たのにまた暴れて小春に怪我をさせてしまい、ケマリはそれを気にしてもう小春や夏目のところには寄ってくることさえもないのだろうと考えた。
それを聞いて中級が意外そうにする。
「噂とは違い随分繊細な妖ですな…」
「…そうだな…集団に襲われはしたけど…あれもよく考えてみればひょっといたら俺が一匹を捕まえようとしていると思って、あいつらはその一匹を守ろうとしたのかも…」
集団で襲われた時の事を夏目は思い出す。
あの蛇に誘われるまま向かった先には一匹のカルがいた。
今思えば絆創膏が貼られてないのだからケマリではなかったのだが、あの状況からして襲った理由としては仲間の一匹を守ろうとしたのだと読める。
繊細で弱い動物は争う術をあまり持ち合わせてはいないが、時折集団で襲って追い払うこともある。
それを思い出した夏目の言葉に『なるほど』と零した後、中級は深刻相に注げる。
「では夏目様、小春様…なおの事急がねばなりません!」
「え?」
「噂を聞きつけカルを恐れた低級共が八ツ原近くに集まりつつあるようです!!」
「な…っ!?」
「!!」
中級が来た用事…それは低級達がカルを襲う為に集まってきているという事だった。
カルは一つのところにはとどまらず、そのせいで根も葉もない噂が広がり、妖を食べると信じた低級達は襲われる前に襲えという理由でカル達を襲おうと集まっているらしい。
ヒノエが引き留めているようだが、それも時間の問題だろう。
低級らしい騒ぎだと斑が零し呆れていると、後ろからピョンピョン跳ねながらケマリと同じカルが小春達を追い抜いていく。
「む…!カルが集合している!!場所が近いぞ!!こいつらが向かっている方へ行けばケマリもいるかもしれん!!」
「ああ!!」
「うん!!」
もやしと他者に言われる夏目と小春だが、息が上がっていても懸命に走り続ける。
本当はもう体力の限界だったが、今諦めればこのあたりだけではなく、塔子や滋が住む家も、田沼が住む寺も、周りのすべてが焼けて消えてしまうのだ。
諦めるはずもない。
カル達を追っていけば、ついに集合場所となったのか、枯れ木に多くのカル達の姿があった。
小さいけれどその光景は圧倒するものがあり、思わず中級達は唾を呑み込む。
「ケマリ!!ケマリいるの!?」
「ケマリ!!仲間に八ツ原の方へ行くなと伝えるんだ!!妖達が集まっている!!お前達にはこの辺はもう危険なんだ!!」
一匹一匹が弱くても、数が集まればそれなりの力となる。
圧倒され、数も数だし、何より一度夏目が襲われた時の数より更に多くの数がおり、斑は危険だと判断し、一旦ここから離れようとした。
夏目も小春もそれに異論はない。
しかし、あの中から一匹だけを探すとなると時間が足りない。
そう思いながら圧倒され恐怖もあり背を向きかけた時、聞き慣れた泣き声が2人の耳に届き2人は足を止める。
聞き慣れた声に振り返りカル達を見上げてもケマリの姿はない。
しかしどこからか小春の頭にコツンと何かが落ちてきて、小春はその何かが地面に落ちる前に慌てて両手で挟むようにキャッチする。
そっと手を開けば、そこには小春達が探していた指輪があった。
暗闇の中でも月の光で赤い宝石が美しく輝いており、ケマリが指輪を返してくれたのだと分かった。
小春と夏目はその指輪を見下ろしていた後、ハッとさせ顔を上げる。
やはりどこにケマリがいるか分からなかった。
小春と夏目がケマリの名を呼ぶ前に、カル達は一匹、そしてまた一匹とふわりと浮かび、空へと上がっていく。
「八ツ原とは逆の方向へ向かっておりますな」
「言葉が届いたようだな」
空へと光があがり、集まっていく。
少しずつ移動しており、その方向は八ツ原とは逆の方向だった。
斑の言う通り、ケマリを通してカル達に小春と夏目の言葉や想いが伝わったのだろう。
「あいつ、お前達にはもう己を示さずに旅立つ気だな」
斑の続けられたその言葉に夏目も小春も、カル達を見送りながら頷き、そして、指輪を返してもらった例をケマリに向けて呟く。
「面妖な妖でしたが去り際は中々風情がありますな…」
「うん、とっても綺麗…」
「ああ、そうだな…」
空を覆うように光がまるで天へ昇っていくような光景を見て小春は感動していた。
別れは寂しいが、一つにとどまらない妖ならば仕方なく、出会いがあれば別れもあるのもまたいい思い出に残るのだろうと小春は感激しながら思う。
小春の思わず零した呟きに、同じようにその美しさに見とれていた夏目が頷いた。
そして全てのカルが集まると明るかった小春達の周辺は元の暗闇へと戻り、静けさも戻る。
夏目と小春は手伝ってくれたお礼をまだ言っていなかったと中級へと振り返る。
「ありがとう、中級…おかげで指輪が見つかったよ。これをアマナに返せば家を守れる。」
夏目に褒められ、そして小春からも『ありがとう』と褒められ中級達は照れたように頭をかいた。
その姿に微笑んでいると、ミシリと不気味な音が背後から聞こえ夏目と小春はハッとさせ振り返る。
当然、森の中なため後ろは木や草ばかり……のはずだった。
だが、小春の背後には一人の妖がいた。
「!――アマナ!」
その妖は指輪を探させたアマナだった。
能面にも似た仮面の顔を小春に寄せていた。
小春は部屋で待っていた時しかアマナに会ったことはないが、どこか不穏な空気を感じ、表情が見えないのにアマナが小春を睨んでいるように見えて仕方なく、小春はまだ完全に妖への恐怖を克服していないため思わず『ひっ』と小さな悲鳴を上げてしまう。
妹のその悲鳴に夏目はアマナから小春を守るよう2人の間にさりげなく入るが、アマナの視線は小春に注がれるばかりだった。
「なぜここにアマナが…ついてきたのか?ああ、でも丁度いい…今さっき指輪を…」
「やはり…やはり………やはりお前が持っていたのか!!」
「―――っ!!」
森を走る自分達を見てついてきたのかと夏目は思い、とりあえず指輪を返してすぐにアマナから離れ小春を安心させたいと内心焦っていた。
だからアマナ不穏な雰囲気には気づかなかったのだろう。
アマナが夏目を見ず小春を睨みつけるその目線、そしてその言葉に夏目はアマナが勘違いしているのに気付いた。
「ち、違う!!約束通り見つけておいたんだ!!」
「やはりお前が盗んでいたな!人の子よ!!おお…!!我が宝珠を…!!許さん…!!許さん!!!」
「!―――きゃあっ!!」
「小春…!!」
アマナはどうやら大切な物を無くし頭に血が上っておるようで、周りを見る冷静さを欠けていた。
アマナは夏目ではなく、小春が自分の指輪を盗んだと思い込み、小春に向けて髪の毛を伸ばし拘束しようとする。
自分を通り越し小春へ向けられる髪を見て夏目は咄嗟に小春を抱きしめ守った。
そのため、小春を抱きしめたまま夏目ごとアマナは盗人だと思っている小春を縛り上げる。
髪の毛と言っても妖の力であるため、その力は強く、口も塞がれ圧迫もされ息が止まりそうなほど苦しい。
アマナが力を入れるたびにみしみしと2人の体から嫌な音がしているが、人間の力では妖には勝てず抵抗らしい抵抗は出来なかった。
夏目は妹を守るためにギュッと抱きしめるしかできなかった。
「やめろ!夏目と小春を放せ…!!」
「やめろ!でくのぼう!!」
2人を締め付けるアマナの髪は中級でも振りほどけず、アマナは縛り付け苦しみから手を放した小春から指輪を返してもらった後も、怒りが治まらないのか更に力を籠める。
「…ッ」
小春が痛みと苦しみで息を呑むのを夏目は聞いた。
本当は突き飛ばして庇ってやりたかったが、すでに小春の体に髪が巻き付いていたため突き飛ばしたくても出来なかった。
それを後悔してもしきれず、そしてこれに関しては夏目の責任でもないためどうすることもできない。
それでも夏目は力を少しずつ強くなる締め付けに小春から守ろうとしようとしていた。
自分の方が小春よりも辛く痛いのに頭の中小春を守る事で埋め尽くされていた。
(く、苦しい…っ―――いやだ…誰か…ッ、お兄ちゃん…っ!!)
小春は兄の腕の中で、兄に助けを求めた。
小春は人間ではありえないほどの力で締め付けられまともに呼吸ができなかった。
そして、兄に助けを求めながらも小春は…
―――ああ、やっぱり妖は怖い…こわい…いや、いや…っ
そう思う。
小春はやっと妖への恐怖が薄れてきていたはずなのに、攻撃的な妖に会い振り出しに戻ろうとしていた。
妖に恐れる前だって、攻撃的な妖が居て自分を食べようとしているのを知っているしそれを含めて彼らと付き合っていたのに…やはりトラウマを植え付けられてしまうと中々それを理解することは難しい。
小春からはうめき声すら聞こえなくなり、夏目からも少しずつ声も小さくなっていき、それに気づいた斑はカッと頭に血が上る。
「おのれ礼知らずめが…!!こいつらの酔狂に付き合ってみれば調子に乗りおって…!!」
斑は依代の姿では100%の力は出ない。
だからアマナの札を焼き切る事ができない。
しかしそれが怒りで溢れる力に少しずつ札が燃え始めた。
後は全ての札を燃やしアマナを追い払おうとしたその時―――
「キーーーイ」
薄れていく意識の中、夏目の耳に聞き慣れた声がまた届く。
ハッとさ既に弱くなりつつある力を振り絞り顔を上げれば、睨みつけるアマナの背後から何かがこちらに向かっているのが見えた。
「あれは…」
それはまるで龍のようだった。
しかしすぐに違うと認識する。
夏目がそう思った瞬間―――アマナからの拘束が解かれた。
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