(12 / 12) 20話 (12)

『さ、もう帰ろうか』、と気が済んだのか夏目は下ろしていた腰を上げ、それに従って小春も斑を腕に抱きながら立ち上がる。
駅へと向かって帰る二人の背を―――誰かが見送っていた。


「あれが"例の人間"ですか?音羽さま」

「ええ」


誰か…それは音羽だった。
しかし音羽の隣には見慣れない人物が立っており、その人物は音羽と共に小春達を見送っていた。
音羽は小春達の背からその人物へと目を向ける。


「まさかあんたが来るとは思いもしなかったわ…それほど暇なのね」


その人物はスラリと細身の男性だった。
髪の毛が若干緑に近い黒色をしており、目元ははっきりと緑の美しい瞳を持ち、美しい容姿をしていた。
年齢はパッと見20代ほどで、来ている服がいかにもブランドもののスーツを身にまとっており、いかにも『勝ち組』らしい姿である。
それでも彼の雰囲気から下品でもなく品があり嫌みになっていない。
男は音羽の隠しもしない言葉に苦笑いを浮かべる。


「まあ閠水様と違い水芭様はご隠居された身ですからね…側近である我々も毎日が暇なのですよ…だからこそ水芭様は閠水様に頼みあなたに"アレ"を献上なされた」

「そう…私はあの人のオモチャというわけね」


閠水(ぎょくすい)と呼ばれた人物と、水芭(みずは)と呼ばれた人物を思い浮かべながら二人がどれだけ忙しく、そしてどれだけ暇なのか想像し納得する。
しかしだからと言ってオモチャにされるのは面白くはない。
元々音羽は感情を隠すタイプではないためその感情が出ており、むすっとさせる音羽に男はまた苦笑いを深める。


「気紛れなのは貴女も同じですよ…青之丞殿もさぞご苦労されておられるのでしょうね」

「うるさい」

「うるさいついでに言いますがあまり兄君様にご心配をおかけなさらない方がよろしいかと思い…―――ッ、」


男はいつも目の前の少女の傍に控えていた天狗に同情する。
自分の主も気紛れだが、この少女よりは扱いやすい方である。
それは単に生きた年数の違いなのだろうが、それ以上に器の違いの差だろう。
主人だから贔屓にしてしまうが、それを抜いてもこの目の前の少女はあまりにも我が儘で癇癪すぎる。
それもこれも少女の家族が甘やかした結果だろう。
だからこそ男の言葉を少女である音羽は一言で切り捨てた。
それも予想通りで男は肩をすくめてついでに苦言を送る。
苦言と言ってもただの忠告だが、最後まで言い終わる前に男は殺気に言葉を止める。
はっとさせ少女へ向き合えば少女は険しい表情でこちらを見ていた。
まさに少女が自分に向けられるその視線は『目線で人を殺せる』ほどの鋭さと怒りを含ませており、男は自分の失言に気付く。


「失言でしたね…音羽さま、どうか出過ぎた真似をお許しください」

「お前は水芭様の配下だから今回は水芭様に免じて許してやるが……今度お兄様の話題を出せばお前の首を切り落とす…いいな」

「はい」


男は自分の失言に気付き、すぐさま頭を下げ謝る。
それでも音羽からの殺気は引かず、男の額から脂汗がにじむ。
今回は主に免じ許してもらい、内心ホッと安堵しながらもう一度謝り、男の謝罪に音羽は鼻を鳴らし池に掛けられている橋へと向かった。
その背中を見つめながら男は心の中で溜息を音羽に送る。


(本当、やり難いお方だ…兄君や姉君は出来たお方だというのに…音羽様と接するたびに水芭様の配下でよかったって思うんだよなぁ…)


男は音羽の家族である兄と姉を知っている。
だからこそ兄と姉と音羽を比べてしまうのだろう。
音羽もどちらかと言えば上に立つ者としてそう悪くはないのだが、如何せん兄と姉に甘やかされて育ったため、それゆえに出来てしまったあの性格が全て邪魔し兄と姉に比べ周りの評価は低い。
しかしそれはまだ音羽が兄に対して『誤解』している部分もあるためかもしれない。
男はその『誤解』が何なのか知ってはいるが、まあ、よそ様の事情に首を突っ込むほど男はお節介でもなければ、人の子ではない。
―――そう、男は正真正銘、妖なのだ。
だからこそ主に代わってここに来たのだ。
いつまでも突っ立っていると嫌みの一つや二つ飛んでくると思い男は音羽に続き橋へと向かう。


「笹船」


音羽の傍に男が歩み寄ると音羽は池に向かって笹船を呼んだ。
笹船は夏目が呼んでも姿を現さなかったのだが…音羽の声にチャプンと音が鳴る。
音羽と男の前に笹船が顔を出した。
笹船は音羽を見た後流れるように男を見る。
その目は少し警戒しているように見えた。
そんな笹船に男はニコリと人好きする笑みを浮かべ、跪きしゃがむ。


「お初にお目にかかります、笹船殿…私は青竹と申します…私の主、水芭様からあなたを迎えに行くよう仰せつかり参りました……ずっとお一人で寂しかったでしょう…ですが我が国にはあなたと同じ人魚もいる…あなたはもう一人ではございませんよ」


『どうぞお見知りおきを』と頭を下げる男…青竹(あおたけ)の言葉に笹船はやっと警戒を解く。
ホッと表情を和らぐ笹船を見て青竹はそっと手を差し出した。
青竹は音羽の報告によってこの目の前の人魚を保護しに来た。
人魚全てを保護するつもりはないが、独りぼっちだと知れば流石に放っておけなかった。
その大きな理由の一つが、人魚が自分たちと同じ水の属性を持つというもの。
青竹の正体は魚の妖である。
人魚ではないが、同じ水に属する妖という事でどうも見捨てられなかった。
特に人魚は絶滅に近く、数も少ない。
だから余計に保護が必要だった。
それは青竹ではなく、青竹の主である水芭も同じ思いであり、だからこそ音羽は水芭に笹船の事を伝えたのだ。
音羽の思惑通り水芭は青竹を迎えに寄越したのだ。
笹船もそれを強く望んでいたはずなのだが…
しかし笹船は青竹の手を見つめるだけでその手を取る素振りも見せない。
そんな笹船に青竹は首をかしげる。


「どうかしましたか?」

「…勝手な事と承知の上で申し上げます……どうかまだ暫くこの土地にいさせてください」


笹船は青竹に申し訳なさそう言う。
その言葉に青竹だけではなく音羽も目を見張り、笹船は青竹を見上げた。
顔を上げてみる青竹の表情は不快感は浮かんでいないが、困ったような表情を浮かべていた。


「それは、一体どういう…」

「老いた友の最期を看取りたいのです」


笹船は仲間がいるであろう場所よりも人間の友を取った。
そんな笹船に音羽は不快そうに眉間にシワを寄せる。


「あんた…もしかしたらもう同じ仲間と会える機会がないかもしれないのに…それでも人間を選ぶっていうわけ?」

「はい」

「あの人間はもうすぐ死ぬとしても?」

「はい」


もうすぐ死ぬ人間のためにせっかくのチャンスを自ら捨てる笹船に音羽は苛立った。
せっかく自分が動いてやったのに、というのも強い。
だが睨んだとしても揺るがない笹船の決心に音羽はまた何か言おうと口を開きかけた。
だがそれを隣にいた青竹に止められ、音羽は青竹を睨むように見る。
睨むように見つめてくる音羽の視線を受け流し青竹はふと笑みを浮かべ笹船にある物を渡した。
それは中の玉が入っていない鳴らない鈴だった。
それを受け取りながら笹船は怪訝そうに青竹を見上げた。


「あの…」

「あなたの友が亡くなり本当に一人になった時…その鈴を鳴らすといい…それは普段振っても鳴らないがあなたが私達のところへと行きたいと願いながら振れば鈴が鳴る仕掛けになっています…その鈴の音に私達はあなたを迎えに参ります」

「……ですが…私は…あなたの申し出を断った者です…」


笹船に渡した鈴は中に玉が入っていないから振っても鳴らない。
だが持ち主の強い想いに反応して玉がないのに振れば鳴るように仕掛けが施されている。
だから気が済んだら鳴らすよう言った。
笹船は青竹の言葉に困惑した。
自分は青竹の手を跳ね除けた身。
いくら人魚である自分が希少な存在とはいえ、妖の世界はそんな我儘な事許される世界ではないのだ。
青竹はそれを察し笑みを深める。


「水芭様はそのような小さき事を気にする方でもございませんのでご安心ください」


主が心の狭いのだと誤解されたままでは面白くないというのもあるし、人魚の不安を取り除きたいというのもある。
青竹のその言葉に笹船は安心したのか、ホッと笑みを浮かべ、なる事のない鈴を胸に抱く。
その姿に目を細め青竹は『では、後にお迎えに上がりましょう』と伝え立ち上がった。
笹船は青竹にお礼を言い、池の中に姿を消し、青竹は不貞腐れている音羽の背を押し池を去っていった。



****************



池から離れ青竹は前を歩く音羽の背を見つめ、音羽にバレないようため息をつく。
今この場に青之丞がいれば『分かります、その気持ち』と言ってくれるだろうが、生憎と青之丞は主の命で影に潜み護衛している最中。
どういう理由かは分からないが音羽は青之丞を表には出すつもりはない様だ。
青竹はこれが妹である蒼葉だったらと思うと肩がズシリと重くなる気がした。
蒼葉もまた青竹の苦手とする女だった。
音羽に仕える者として蒼葉は申し分ないが、生憎と蒼葉は主共々とっつきにくい難ありの性格である。
兄と比べて冗談が通じないという部分に窮屈さを感じ得ざるを得なかった。


「ご不満ですか、音羽様」

「…………」

「貴女様の行った事は間違いではございませんよ…貴女様がお知らせいただけなければあの人魚はあのまま消えるまで一人だったでしょう」


音羽の機嫌が悪いのは青之丞と蒼葉のようなお付きの妖じゃなくても分かる。
音羽はあまりにも感情を隠さないのだ。
それでよくあの一族でいられるなと思いながらもフォローを入れるが、音羽からの返答はない。
それに青竹は肩をすくめこれ以上何か言って更に機嫌を悪くなるのを避けようとこの話題を止める。


「ところで…事は順調ですか?」


別に青竹の主は音羽ではなく、属する位置が違うから顔色を窺う必要はない。
だがしかし、だからと言って音羽に対し礼儀のない態度を取れないほど青竹と音羽の立場が違い過ぎる。
音羽の一言で青竹の命は消すことができるくらい、音羽の立場は強い。
青竹は気になった話題に触れる。
主語がないが、音羽には通じているのか、歩いていた音羽の足が止まる。


「見て分からない?」

「…まあ、何ですか…あれですよね…人って命短いくせして意外としぶといですしね…」

「下手な慰めはいらないわよ」

「はあ…すみません…」


ターゲットとなる小春の姿を遠目だが見て音羽の計画があまり進んでいないのが分かった。
青竹の部屋な慰めに更に苛立ちを強める音羽はキツク当たってしまうが、罪悪感は一切ないだろう。
流石に青竹もそんな音羽にやってられないと言わんばかりに謝って終わらせた。


(別に成功しようがしまいが我らには関係のない事…この方に我らの宝の一つを差し上げたのも水芭様が音羽様に気遣っての事…それを気づくか気づかないかは音羽様次第……まあ、一介の家臣である私がどうこう言える立場ではないな……それに…計画が成功しようとも失敗しようとも、この方は必ず死を迎えるのだから)


歩き出す音羽の背を見つめながら青竹は早く主の下へと帰りたいと願いながら音羽に続く。
もうこれが音羽を見る最後の姿だろうと思いながら。

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