ある森に嫌われ者の妖怪がいました。
その妖怪はいつも1人でした。
どうしてかはその妖怪には分かりません。
分かろうともしません。
その妖怪は生まれてからずっと1人だったのです。
誰もその妖怪に教える人はいませんでした。
だからその妖怪は何故自分だけが1人なのか、どうして他の妖怪達は自分を嫌うのかなど知らないのです。
しかし、その妖怪の前に1人の人間の男の子が現れました。
その男の子は初めて妖怪を見ると言って喜んでいました。
その妖怪はそんな男の子に『食べてしまうぞ』と言いました。
人も妖怪も動物も、全ての生き物はその妖怪の糧にしかならないのです。
だから大喜びして騒ぐ人間の子も妖怪は食べてしまおうと考えていました。
しかし男の子は怖がることなく『いいよ』と言いました。
妖怪は驚きました。
妖怪も動物も全ての生き物は自分を嫌い、自分を毛嫌いしていると思っていたからです。
そんな自分に男の子は眩い笑顔で悩む事もなく頷いたのです。
男の子が泣いて逃げていくのを予想していた妖怪は驚きます。
驚く妖怪に男の子はまた笑顔を深めて両手を広げて『僕なんかを食べて君が満足するなら食べてもいいよ!』と言いました。
それにまた妖怪は驚きます。
そして『お前は怖くないのか』と言いました。
男の子は妖怪の言葉に『うん、怖いよ?』と平然と言ったのです。
『怖いのに食べてもいいとはなんとも頭の可笑しな人間だな』
妖怪は呆れたように言いました。
そんな妖怪に男の子は『だって僕はもうすぐ死ぬんだもん。今死んだって同じでしょ?』と答えました。
妖怪はその意味は知りませんが、男の子の笑顔に惹かれ恋に似た感情を初めて知ったのです。
妖怪は男の子を食べることはなかったのですが、それ以来男の子は毎日妖怪のところに来てくれました。
毎日、毎日。
雨の日も曇りの日も風の強い日も雪が降っている日も。
流石に台風の日には来てくれませんでしたが、毎日のように男の子は妖怪に会いに来てくれたのです。
『また来ちゃった』
この言葉が始まりなのです。
『ああ、また来たな』
これがお返しなのです。
これが2人の挨拶なのです。
これが2人が幸せな時間が始まる合図なのです。
ある日、妖怪と男の子の2人だけの空間に女の子が増えました。
妖怪は女の子も男の子も大好きでした。
初めて守るモノ、そして宝物を見つけました。
男の子はとてもモテモテで余所見をしていたらどこかの誰かに奪われるので妖怪は女の子と共に男の子を守っていたのです。
男の子が間に入ったことで妖怪はみんなと触れ合う機会が増えました。
最初みんな恐る恐るや喧嘩越しや警戒していました。
しかしその誤解も解き、みんな仲良く元気で幸せな毎日を送っていました。
妖怪は初めて友という物を知りました。
妖怪は男の子も女の子も友もみんな、みんな大好きでした。
大好きで、とても大好きで…
だけど、男の子が来なくなりました。
男の子が来なくなり、女の子だけが来るようになりました。
女の子に妖怪は男の子は一緒じゃないのかと聞きました。
毎日来てくれる女の子に何度も、何度も同じ事を聞きました。
その度に女の子は悲しい笑顔で『ええ、一緒じゃないわ』と言うのです。
女の子の悲しい笑顔に妖怪は胸が締め付けられる思いでした。
でもそれ以上に男の子に会いたいという気持ちが強かったのです。
そしてついに女の子も来なくなりました。
男の子も、女の子も来なくなりました。
妖怪は待ちました。
待って、待って、待って。
何日も、何週間も、何ヶ月も、何年も、何十年も待ちました。
でも、男の子も女の子も来なかったのです。
それでも妖怪はいつか来てくれると思いずっと待ってたのです。
そんなある日、白い妖怪が言いました。
『諦めろ、もうあの子達は来ない』
なぜ?、と妖怪は聞くと白い妖怪は呆れたように言いました。
『人の命は短い。それも知らないのか、お前は。』
そう言って白い妖怪は妖怪の前には二度と姿を現すことはありませんでした。
白い妖怪の言っている事は妖怪には分かりませんでした。
人間という生き物が何なのか、その妖怪は誰にも教えられずずっと森の奥で1人で暮らしていたので男の子が現れるまで人間という存在を知らなかったのです。
だから妖怪が人間の命の短さを知らないのは当たり前なのです。
妖怪は男の子に会いたい、男の子に会いたいとそればかり口にします。
それしか喋る事がないのでそれしか口にしないのです。
そして
『あいつがあの子を奪ったんだ。』
『あいつがあの子を独り占めしたいから奪い閉じ込めたんだ。』
『あいつがあの子を隠したんだ』
妖怪は女の子を憎むようになりました。
女の子が本当に男の子を独り占めしているかなど妖怪には分かりません。
でも、あまりの寂しさに女の子を憎むことでしか正気を保っていられなかったのです。
『我から友樹を奪ったレイコを探して、友樹を返してもらおう。』
でも、妖怪はもう正気などすでに失っていたのです。
そして
妖怪は森から姿を消えました。
1 / 11
× | back | →
しおりを挟む