(10 / 11) *5話 (10)

朝、小鳥の鳴き声で小春は目を覚ます。


「こ、とり…?」


いつもなら無音の目覚めなはずなのに今、自分の耳は小鳥の鳴き声を拾い、扉の向こうの騒がしい患者の笑い声を拾い、風に揺られる木々の音を拾っていた。
ありえない、と小春は思う。
だって自分は目どころか腕以外全て機能しなくなったのだから。


「小春ちゃん…!!」

「…?」


首を傾げて外を見ていると女性の声が小春の耳に届き声のした方へ目を向ける。
そこには優しげな女性と、寡黙そうな男性がおり、その隣には兄がいた。


「だれ…ですか…」

「――っ声が…声が出せるの!?」

「私達が見えるのか…!」


小春が誰かに誘拐され、夏目に保護されたと知らされた藤原夫婦は慌てて病院へ向かった。
滋は仕事を放って来てくれたのだが、小春はまだ眠っており目を覚ましたのは次の日の朝だった。
心配してあまり眠れなかった3人は小春が目を覚ましたことに気付き駆け寄ったが、3人とも小春と目と目が合い目を丸くする。
兄以外見たことのない人が病室にいて小春は首をかしげる。


「あの…」

「あ……私は藤原滋だよ」

「私は塔子よ、小春ちゃん」

「滋さんに…塔子さん…」


小春の声はまだ掠れていて夏目が以前聞いた愛らしい声とは程遠かった。
しかしそれでも夏目は妹が救われたことに涙を溜める。
小春はまだ塔子達の名を呼びながら眠たそうにウツラウツラと目を閉じたり開けたりを繰り返していた。


「小春、眠たいのか?」

「は、い…」

「眠りなさい、小春…私達がずっとここにいてあげるから」

「…ん」


滋の言葉に小春はゆっくりと目蓋を閉じ始める。
塔子が手を握れば嬉しそうに笑い、眠りについた。
2人が側にいてくれるのが安心しているかのように小春は安らいだ寝顔を見せる。
夏目は妹の寝息に溜まっていた涙を拭う。





夢を見た。


小さな池が1つあるだけの場所に以前見たことがある大きな猿の妖かしとその大きな猿を間に挟み少年と少女が楽しそうに笑い合っている夢を見た。

小春はその光景を見てとても心が暖かくなったのと同時に心が締め付けられるような気持ちになってつい胸元の服を握る。


その瞬間



ポタ、


ポタ、



と涙が溢れ出て行く。


止めたくても止める事できずに出てくる涙に小春は何故か拭うこともなくただ笑い合っている3人を見つめていた。

するとふと大きな猿が小春の方へ向いた。

それに釣られて大きな猿の両脇にいた少年と少女も小春の方へ顔を向ける。
小春を見つめる2人の表情はとても優しく暖かかった。
小春はそれに目を丸くして大きな猿の瞳から目を放せずお互い見つめあう形となってしまう。


― すまなかったね、小春 ―


小春と見詰め合っていた大きな猿が低い声でそう呟いた。
その言葉の意味が分からなくて小春は濡れた目で見つめながら首をかしげていると猿は目を細めて笑う。


― 本当はお前が友樹じゃないのは分かっていた…レイコと間違え全てを奪ってしまってすまなかった… ―


何を言っているのだろう。
小春はそう思う。
だけどその答えは誰も教えてくれず大きな猿は笑みを深め続けた。


― 守ると約束したのに最後まで守ってやれなくてすまない…だがいつまでも我はお前の、小春の事を見守っているよ ―


そう言った大きな猿は笑みを消し、少し険しい表情を浮かべる。


― 小春、お前はとても友樹に似て妖力が強い…気をつけるんだ。

全ての妖かしや人を信じては駄目だよ。 ―


忠告らしいその言葉の意味が小春は理解できなかった。
妖かしは首をかしげる小春にくすりと険しい表情から優しい微笑に戻す。


― お前と共に居た時間はとても楽しかった。

ありがとう、小春…

ずっとお前の人生を奪っていた我に笑顔を向けてくれてありがとう。 ―


そう言って大きな猿は体が光だし、粒子のようなものが天高く舞い上がり消えていこうとしていた。
小春はそれに慌てて駆け寄ろうとするも足は動かずただ見守るだけしかできなかった。


――小春


小春は目の前の光景に戸惑っているとふと少年の声で名を呼ばれ目線をずらすと、そこには大きな猿と笑い合っていた少年がいた。
少年は小春にどことなく似ており、小春は不思議とこの少年と少女が祖父母だと分かった。
祖父母は小春を優しい瞳で見つめる。


― 小春、僕の分まで生きて…僕やレイコの分まで生きてお前の兄さんと共にゆっくり歩みながら僕達の所までおいで……お前達のお父さんもお母さんもずっと待ってるから ―


そう言って祖父は笑みを深め消え行く大きな猿の手と自分の手を繋いだ。
ふと祖母と目と目が合ったが祖母は何も言わず笑みを深めただけで祖父が繋いでいない反対の手を繋ぐ。

そして、

3人は

静かに小春の目の前から消えていった。

小春の瞳から涙がこぼれ頬を濡らしていく。


「ありがとう……ずっと私を守ってくれて…ありがとう…」


小春の言葉に影鬼が笑ったような気がした。

→あとがき

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