「我を護りしものよ、その名を示せ――…」
夏目がカバンから取り出したのはある一つの帳面だった。
その帳面には『友人帳』と書かれており、小春は達磨男が言っていた友人帳とはこのことかと納得する。
そして夏目はその友人帳を適当なところで開き呟く。
その瞬間風も吹いていないのに突然独りでにページが捲られていく。
パラパラと捲られていくとあるページで止まり、紙を引っ張る物は無いのにまる引っ張られているかのようにぴん、と立っていた。
その立っている紙を夏目は手に取り破った後縦に2つに折り口に咥える。
「名を返そう、達磨男。」
そう言ってふっと息を紙に吹きかけるように吐き出せば折られている隙間から黒いモノが出てきた。
それに小春はつい小さく驚きの声をあげ抱き上げていた斑の抱く力を入れる。
ぐえ、とカエルが潰れたような声を耳に入れながら小春は黒いモノを目で追っていくと、その黒いモノはスーッと小さい達磨男の額に吸い込まれるように消えて行き、達磨男の額に黒いモノ全てが入っていったのと同時に紙も消えて跡形もなくなくなった。
それに小春は呆気に取られ唖然とし、そんな小春に夏目は苦笑いを浮かべる。
「こんな感じかな?」
「へ、へえ…」
小春は友人帳の事を聞いた。
祖母であるレイコに名前を取られ返してほしいと昼夜問わず尋ねる妖かし達のことも、友人帳の価値やそれと同時に感じる厄介さも。
全て小春は聞いた。
正直祖母がそんな番長のような性格をしていたとは思ってもみなくてそれでも十分小春を戸惑わせる材料になっていたのだが、友人帳の存在に小春は信じきれなかった。
しかしたった今名前を返された場面を見れば元々否定はするつもりはなかったが否定できず、つい『へえ』と声をこぼすしかなかった。
そんな妹に夏目は『まあ、気持ちは分からなくはない』と苦笑いを深める。
「お兄ちゃん、大変な物を持っちゃったね」
「まあ、な…」
「だから、私に渡せばよいと言っておろう!そうすればお前は妖かしに狙われなくて済むし、厄介ごとに巻き込まれる事もない!」
『そうすれば面白可笑しく私が有意義に使ってやろう!』とペチペチと小春の腕を叩く斑に夏目は『そうだな』と小さく笑い、夏目の笑みに釣られるように小春もくすりと微笑む。
(よかった…お兄ちゃん、話してくれた…)
小春は小さく笑い隠していた事を話してくれたことに胸を撫で下ろした。
秘密を分かち合える…と、置いていかれることはない…と、心の中で安堵の息をついた。
夏目にとって小春は妹でしかなく、守る相手にしかない。
だから夏目は小春を守るため、そして小春に平和の日常を送って欲しいと全てを隠し通していた。
それが小春にとってとても悲しく寂しい気持ちにさせていた。
自分の力量云々ではなくただ信用されていないのではないか、とつい落ち込んでしまう。
そして、兄が自分の知らないところでもしもの事があったら…と知らない時の方が知った時より心配してしまうのだ。
だから小春は兄が自分の秘密を話してくれたことが小春にはとても嬉しかった。
「おい、小娘よ」
「え?」
嬉しそうに笑っていた小春に名前を返してもらったばかりの達磨男が声をかけてきた。
小春は下からの声かけに首をかしげ『なに?』と達磨男に出来るだけ目線を合わせようとしゃがむ。
すると達磨男はポイッと何かを投げ、それは小春の額に当たり抱きかかえている斑の頭へと落ちる。
「お守り…?」
それは赤い布に金の糸で『除厄退散』と書かれたごく普通のお守りだった。
小春はちょっと痛む額を擦った後、お守りを手に取り首をかしげながら達磨男を見下ろした。
夏目も『なんでお守り?』と小春と同じく首をかしげ小春の隣にしゃがみ達磨男を見下ろす。
達磨男は首をかしげる3人を見上げ目を細めた。
「それはわしからの贈り物だ」
「贈り物?なんで?私何もしてないけど…」
「正確に言えば影鬼の贈り物、というべきか。」
「え…!!」
「影鬼!?」
達磨男から出た名前に3人は目を丸くさせ同時に声を上げた。
そんな3人を達磨男は愉快そうにくつくつと笑う。
「影鬼とはどういうことだ!!影鬼は生きておるのか?!」
「いいや、影鬼は命尽きた。」
「じゃあ…なんで……」
影鬼はもう死んでいても可笑しくなかったと斑が言った。
それほど影鬼は弱っていた…と。
だから小春の妖力を得ても意味がないと斑は言った。
影鬼が消滅し、命尽きたのを夏目達は知っている。
夏目と斑はこの自分の目で見ていたから間違いはなかった。
しかし今、目の前の小さな達磨男の口からは影鬼という名前が出た。
それどころか影鬼の贈り物と言っていた。
夏目と斑、小春は目を丸くさせたまま達磨男を見下ろす。
そんな3人に達磨男はふと視線を落とした後、何かを決心したように力の篭もった目で夏目達を見上げた。
「影鬼がまだ消える前…頼まれたのだ」
「頼まれた?」
「そうだ…小春を守る物を作って欲しいと…自分が消えた後でも守れるように、とな。」
「それが…このお守り?」
達磨男の言葉に小春は手の平に乗っているお守りに目を落とす。
夏目も同時に妹の手の中にあるお守りを見つめ、達磨男は小春の言葉に『ああ』と頷いた。
「そのお守りはあやつのキバの欠片が入っておる。だから一度だけならあやつの力でお前を守ることができるだろう」
「一度だけだと?…影鬼め、なんともケチな…」
「そう言ってやるな、斑よ…影鬼は既に事が切れておる……生きているのならその間は力は続くが死んでおるんだ…一度が限度というもの。」
「………」
影鬼の力が宿っているキバの欠片が入っているというそのお守りは達磨男が作ったという。
影鬼とはあまり親しくはないが毛嫌いしているわけではないという達磨男は影鬼に小春を妖かしから守る物を作ってくれと頼まれた。
最初は断ろうかと思った達磨男だったが友樹そっくりの孫という事で考えに考え、その頼みを無償で聞き入れ入れ物を作ってやった。
後は影鬼のキバの欠片を入れるだけの簡単なことだが、それだけでも生半な妖かしからは身を守ることが出来る。
…ただ、影鬼が命を尽きた今では効果は一度しか効かなくなり、使った後はただの人間が売っているのと同じお守りとなってしまうという。
「…あの子が…私に……」
「お前は影鬼に愛されておるな…友樹しか見ておらんかった影鬼が他の人間を見るとは思いもせんかったわ」
友樹とレイコしか見ていなかった影鬼が2人以外に愛し愛でる人間が現れたことに達磨男は驚きが隠せなかった。
自他共に認めるであろう影鬼の友樹贔屓には誰もが寄り付けないほどだったから余計に。
達磨男の言葉に小春は手の中にあったお守りをギュッと握り締める。
「ありがとうございます、達磨男さん」
「感謝するのなら影鬼にするがよい……さて、わしは名も返してもらったからな、もうお暇させてもらおう。」
「なんだ、一杯やらんのか?皆心配しとったぞ。」
影鬼とは会話をした事もあまりない小春だったが、ずっとレイコと間違え全てを奪っていったことへの罪悪感を感じお守りまで作ってくれていた影鬼に小春は目頭が熱くなり目を瞑る。
何とか涙は抑えられたが開いた瞳は濡れており、達磨男は嫌悪しているわけではない瞳を見上げ眩しそうに目を細め微笑んだ。
名を返してもらい、渡す物を渡した達磨男は小春達に背を向けピョンピョン跳ねながら去ろうとした。
だが、去ろうとした達磨男に斑が声をかけ引き止めると達磨男はくるりと斑に振り返る。
「いや、わしは名も返してもらったからな…あるべき場所へ帰るとするさ」
「……そうか…」
斑に振り返った達磨男は微笑を浮かべる。
その笑みに斑は小さく目を見張ったが、すぐにいつものニヤリ顔で笑い、それに釣られるように達磨男も笑みを深めた。
そして達磨男は夏目にお礼を言い、そのまま天高く飛び上がり森へ姿を消していく。
達磨男が消えて言った方向を斑はただジッと見上げ、そんな斑の姿を小春はなんだか寂しそうに見えた。
「きっと、また会えるよ…」
「………」
小春に頭を撫でられ斑はゆっくりと目を閉じた。
→あとがき
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