「妹?」
夏目は同級生である西村と北本と3人で釣りに行くことになっていた。
しかし2人は夏目の言葉に首をかしげる。
「ああ、俺の妹も連れてっていいか?」
「いいけど…え?夏目って妹いたの?」
「ああ…それでその妹なんだけどさ…」
「「?」」
2人は今まで妹の存在を知らされてなかったため、夏目に妹がいるとは知らなかった。
夏目は妹の事情を話し、2人は嫌な顔せず少し戸惑いの表情を浮かべた。
「俺らはいいけど…大丈夫なのか?」
「なにが?」
「何って…体悪いんだろ?外に連れ出して大丈夫なのかって思ってさ…」
「ああ…その事…大丈夫、小春にも色んな所に連れて行きたいし、最近は体の調子もいいみたいだしさ…」
目も耳も声も足も機能しない人を聞くのは初めてで最初は驚いていたが、2人は快く受け入れてくれた。
頷いてくれた2人に夏目は胸が熱くなるのを感じながらそれを隠すように『先に言っておくが妹に惚れたら許さないからな?』と2人に釘を刺す。
2人は夏目の言葉に目を丸くした後流石に同級生の妹に惚れるわけないだろ、と馬鹿にするわけではないが笑う。
だが―――…
「小春、この2人は俺の友達だ。」
「…………」
2人は目の前の車椅子に乗っている薄い黄色の花柄ワンピースを着て黒い髪2つにし前に出している美少女に唖然とさせ手の平の会話の後2人の居る方向へ見て頭を下げる。
恥ずかしそうにはにかむその姿に2人は見惚れていた。
「?…おい、どうした?」
「――ッハ!な、なんでもない!!なあ!西村!」
「あ、ああ!!」
夏目の声に我に返った2人は慌てて頷いていたがその目にはしっかりと小春を写しだしていた。
目線に気付かない小春はにこにこと笑っており、二人の反応に夏目ジーッと疑いの目を向ける。
2人は必死に夏目と目と目を合わせないようあちこちに目線を送っている。
「貴志くーん、帽子!」
「え?」
「小春ちゃんの帽子を忘れてるわよ!」
「あ!すみません!ありがとうございます!塔子さん!」
「あとちゃんと飲み物持った?今日は暑いからタオルとか保冷剤も持っていった方がいいわ!」
玄関先で話していたため塔子の言葉に夏目は慌てて扉を開け、玄関にいた塔子に小春のツバが大きい麦わら帽子を受け取る。
小春の頭に帽子を被せれば小春の姿はまさに夏の美少女となり映画や絵画にもいそうである。
夏目も妹の姿を見て『誘拐されないように気をつけておこう!』とシスコンパワーを発揮させていた。
塔子は足が動けない分、人より日射病になりやすいからとアレコレ夏目に渡し、夏目のバックはパンパンとなる。
それに苦笑いを浮かべている夏目をよそに塔子は小春の前にしゃがむ。
「『楽しんで来てね、小春ちゃん』」
夏目がしているように小春の手の平に文字を書き、小春は塔子の言葉にニコリと更に笑い頷いた。
その笑みに西村と北本は暑さではない熱で顔を赤くさせる。
カバンをパンパンにさせながら夏目は自転車に乗れないため北本の後ろに乗り、小春は西村の後ろに乗る。
ちゃんと捕まっていろよ、という兄の言葉に小春は頷き横座りで座らされ、後ろから西村の腰に腕を回し顔を寄せて密着させる。
美少女の急接近に西村はドキュン、とエンジェルに心臓を目掛けて矢を放たれたが背後からの悪魔の目線にその熱気は一気に冷めた。
そして悪魔もとい夏目はダムが近づくにつれ暑さにやられてだれていく。
「暑い…」
「漕いでもいないのに何バテてんだ!」
「お前ちょっと白すぎるぞ?少しは焼けた方がいいんじゃないか?」
「…………」
確かに座っているだけの夏目が疲れる要素はない。
兄妹揃って自転車に乗れないので乗せてもらうしかないのだが、夏目はジリジリと襲う暑さに滅入ってしまう。
小春の様子をチラリと見やると小春は嬉しそうに笑みを浮かべながら落ちないように西村の背中に顔を寄せていた。
(嬉しいのか……そうだな…外なんて今まで出たことないもんな…)
最近小春の調子が良いからとこの前から医者の許可を貰い藤原家に泊まりに来ており小春は病院ではない場所に終始嬉しそうに笑っていた。
目が見えず足も動かせない為お手伝いは出来ないが、よく夏目が学校で居ない間はリビングに居て膝の上に斑を乗せずっと夏目が帰るまで撫で続けていた。
あのまま放っておけば撫でることではギネス記録に載るんじゃないかと思うほど斑を撫でていた小春を見て夏目は『何が楽しいのだろうか』と本気で疑問に思う。
斑も斑で小春の撫でる手が気持ちいのか小春の膝の上でジッとしており最近は迎えにも来ない。
それに不満を持っている訳ではないが、妹を取られたようであまりいい気分ではない。
藤原夫婦も小春を夏目同様本当の娘のように歓迎し、世話を焼き、小春も初めて他人の好意にぎこちないがそれを少しずつ受け入れていく。
ああ、やっぱり塔子さん達のところに来てよかった…夏目は妹の嬉しそうにそして恥ずかしそうに塔子や滋に世話を焼かれている姿を見てそう心から思う。
「あれ!?」
物思いに耽っていると西村の声に我に返る。
顔を上げると干上がりボロボロになっている家があった。
「大分水が減ってるな…これじゃ釣りは無理か?」
「凄いな…見ろ、沈んでた村が姿を出してる…」
「本当だ…」
ダムに着いたが干上がり家だけではなく祠や鳥居も長い間水に浸かっていた為汚れているのが遠くからでもはっきり見える。
夏目は妹からダムへ目を移し、村だったそこを見渡しているとある民家の前で人らしき影がこちらに手を振っているのが見えた。
「あ、人がいる…」
「え?」
「ほら、あの家の窓のところで動いて…」
最後まで言う前に夏目は何かに気付きハッとさせ口を閉じた。
「よ、よせよ夏目…あんな所に人がいるわけないだろ?」
「…そ、それもそうだな…」
「…………」
その人影が人ではないと気付いた夏目は北本の言葉に誤魔化すように頷いた。
西村の自転車に乗っていた小春は足が動かず目も見えず耳も聞こえない為、夏目達の会話は聞こえなかった。
しかしまるで聞こえているかのように小春の顔はその村へと向けられ小さく首をかしげている。
その瞬間―――…
「―――っ!」
「小春!?」
「小春ちゃん!?」
突然小春の体が後ろに倒れ、止めてあった自転車もそれに従い一緒に倒れる。
ガシャン、という大きな音に3人は振り返ると頭を打ったのか目を回す小春が倒れていた。
それに慌てて3人が駆け寄るも小春は気を失っているらしく身動き1つしない。
「うわーー!!ど、どうしよう!!小春ちゃんが死んだ!!」
「勝手に殺すな!!っていうかなんで急に…!?」
「と、とりあえず戻って安静させないと…!!」
「じゃあ北本達は先に塔子さんにこの事を知らせてくれ!!」
「夏目は!?」
「俺は背負って小春を連れて帰る!!」
北本の言葉に我に返った夏目は西村に気を失っている小春を背中に乗せてくれとしゃがみ込み背中を向けた。
西村はそれに従い倒れている小春を夏目の背中へと連れて行き、2人は渋々だが夏目の提案に自転車を走らせる。
(軽い…)
病人で寝たきりで車椅子生活が長い小春は運動はあまりせず食事も小食。
骨と皮だけというわけではないが、同い年の子に比べれば背も低く肉つきも悪い方だろう。
抱き上げるのとは違う妹の軽さを実感した夏目は無意識に眉をひそめながら足を1歩前へ踏み出したその時…
ヴオオ゙オ゙オオ゙…!!
「――――ッ!!」
低く獣のような声が夏目の耳に届き、その瞬間悪感が夏目を襲う。
ミーン、ミーン、とセミの鳴き声も聞こえていたはずなのにその雄たけびに似た声を耳にした瞬間に聞こえなくなり、鬱陶しいと思っていた暑さも冬なんじゃないかと思うほどの寒さに変った。
ドクン、ドクン、と得たいの知れない何かに怯え鼓動が激しく動き、夏目は気付く。
(う、ごけない…!?)
足を1歩踏み出した姿のまま夏目は体の自由が奪われているのに気付いた。
冷や汗が額から輪郭を沿うように流れ動く物と言えば目だけ。
―― デテイケ! ――
「―――!」
―― ソコカラデテイケ!! ――
人では出せない低すぎる獣の声に夏目は目を見張る。
出て行け、と何度も何度も呟く獣の声に夏目は息さえ止まってしまう。
ふと気配を感じ下へ目を移せば自分と小春の重なっている影が目に入るが夏目は自分達の影を見てギョッとさせた。
(なん、だ…これは…!)
丁度太陽の位置から影が前に出ているのだが、自分達の影の中に木陰でもなく飛んでいる虫の影でもない不気味な動きをする影が夏目の目に映る。
それはまるでヘビのように動き、鈍いときがあったかと思えば突然素早く夏目の影を動き回る。
その影が不気味すぎて夏目は獣の声が聞こえなくなっていた。
しかし…
「……、…」
「!…小春…?」
小春が気がついたのか、身動きしたその瞬間その夏目達の影で蠢いていた不気味な影は消えていく。
不気味な影が消えると停止していた動画を再生したように一斉にセミの鳴き声が夏目の耳に届き、鬱陶しいと思っていた暑さも戻り、夏目は安堵の息をつく。
「………」
「もう少し待ってろ!すぐ家につくからな!!」
「…………」
夏目は聞こえないと分かってても安心させたいが為に声をかけ、小春は兄の肩に顔を埋める。
―――いいよ
小春の口が動いた。
好きなだけ貸してあげる…
もう、永くない体でいいのなら…好きなだけ使って…いいよ…
―――小春の言葉にならない呟きはセミの鳴き声によってかき消された。
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