夏目は縄が絞められたのを最後に暗転した目の前にゆっくりと目を開ける。
目の前には同じく瞳を開けるリオウがおり、リオウは夏目と目が合うと悲しげに笑う。
「君が結界を切ってくれて動けるようになった私は…彼に会いに行ったんだ……大切な大切な友人に…けれど彼はもう亡くなっていたよ…人の一生は短いね…皆に阿呆だと言われた意味が分かった気がしたよ」
「………」
そう言いながらリオウは夏目から離れゆっくりと夏目を地面に降ろした。
夏目はただリオウを見上げ後ろに1歩2歩下がる。
そんな夏目を見た後リオウはリオウの突然の登場に驚きが隠せず戸惑う妖かし達を見渡し目を細め優しく微笑む。
「森へ帰ると妖達が私の為に人の家を襲う算段をしているのを聞いてね…止める力が私になかったからお前をここへ連れて来て何とかしてもらおうと思って友人帳を拝借したのさ…すまなかったね、夏目…」
「…あなたを封印したのも『人』でしょう…それなのに彼らを止めようとしてくれたんですね…」
「ふふ、私は人が好きだからね。」
妖かし達を見渡した後リオウは夏目へと目線を戻す。
夏目は妖かし達を止めようとしていたリオウに対し少し疑問に思ったことを口にし、夏目の問いにリオウは笑みをこぼすが次には悲しげに目を伏せ弱弱しく笑みを浮かべた。
「…だから、もう……もう人里には降りてこない。」
もう、好きな人とは別れたくないから…
リオウはその先を言えなかった。
まだ彼の死はリオウにとって余りにも衝撃的すぎてそれ以上に悲しすぎた。
誰よりも好きだった友人だったから余計に彼の死はリオウの中に悲しみを落としていったのだ。
だからこそもう人里に降りるという馬鹿な事はしないとリオウは彼の死を知った時涙を流しそう思う。
リオウの悲しげな表情に夏目は開けかけた口を閉じる。
そんな気を使ってくれた夏目にリオウは愛しげに目を細めた後夏目から小春へと目線を移す。
小春はリオウが自分の方へ目を配るなど思ってもみなかったのかビクッと肩を揺らしリオウの他の妖かしとは違う雰囲気を漂わせるリオウに緊張してしまう。
緊張し背筋を伸ばす小春にリオウは夏目の時と同じく愛しげに小春を見つめた。
「小春…風呂、気持ちよかったよ」
そう言ってリオウは笑みを深めた。
小春から夏目を見つめ、リオウはその後妖かし達をもう一度見渡し夏目へと目線を戻す。
「私のいる限りはこの森の妖に人は襲わせまい…さらばだ、人の子らよ……さらば。」
リオウは柔らく暖かな光りとともに森に溶け込むように姿を消す。
その一瞬、小春と夏目の脳裏にリオウに似た1人の少年と優しそうな男性が和気藹々と笑い合っている姿が映り、その光景を見て小春も夏目も心が温かくなったのを感じる。
****************
「――まったく…」
翌日、今日は休日のため夏目も小春も家でのんびりしていた。
斑は窓を開けて外を見る夏目に向かって溜息をつく。
その斑の溜息に外に目を向けていた夏目と、斑に膝を貸している小春が斑へと目線を落とす。
「散々な目にあったな…もとはと言えばお前がしっかりしとらんからだぞ!」
「そうだな…今回は本当に助かったよ。ありがとう、ニャンコ先生。」
「――――」
いつも通り愚痴を1つ2つでも言ってやろうとネチネチと言い出す斑だったが夏目の一言で一瞬で固まり息さえも止まってしまう。
その原因はいつもの夏目ならば拳や疎ましそうな目線を送るはずなのだが今日は様子が違い斑に同意したのだ。
小春も斑に素直な兄に斑同様目を丸くして身体を硬直していた。
「ううっ…本当に素直なお前は気持ちが悪いな…!」
「ほんとですねぇ」
「――ってか何で紅峰さんもいるんだ人の家に。」
流石上級妖かしと言うべきか…斑は早くも復活しぞぞぞっ、と悪寒に身体を震わせた。
斑は寒気のあまりに「小春!もっと撫でて暖めてくれ!」と意味の分からない要求を出し、小春も素直な兄に戸惑っていたため素直に撫でてやる。
いつもの夏目ならば溺愛して止まない妹に擦り寄る悪い虫に即行退治しようとするのだが、今回はそれもなくただ暖かく斑と妹を見つめていた。
それが余計不気味で2人はお互いに顔を合わせるが、小春は戸惑いの顔をしており斑は確実に血の気を引きまるでこの世の終わりのような表情を浮かべていた。
しかし、そんな不思議な光景も紅峰によって遮られ、夏目は何故か自分の家で寛ぎ遠慮なく煎餅をボリボリ食べる紅峰に突っ込んだ。
そんな夏目に小春は戻ってきたとホッと胸を撫で下ろすも斑はまだ素直な夏目に違和感を感じているのかまだ悪寒に身体を震わせていた。
(駄目だな…俺は……すぐに情に移したりして…)
夏目は我が物顔で平然と人の家で寛ぐ紅峰に呆れたように見つめながら再び窓へ目線を戻す。
最近、夏目には困ったことがあった。
リオウのように小さな別れを少し寂しいと思うことである。
小さい頃は妖かしを見る為に避けられ変な人間として扱われていたためか人の為に心を揺らすことはなく、妹以外のその人の為に何かをしようとも思わなかった。
しかしこの町に来て、滋や塔子と出会い、田沼等の友人にも恵まれた。
だから人の為に自分が何が出来るだろうかと思うようになり、何か返してやりたいと思うようになった。
この町に来てから夏目は変った。
優しい人に出会えて、友達も出来て、妹も元に戻った。
幸せばかりが続き正直怖かったが、それ以上に小さな別れが寂しいと思うようになった。
影鬼を筆頭に昨日の夜のようにリオウとの別れも寂しかったと夏目は心の中で呟く。
リオウは影鬼のように死んだわけではないから会おうと思えばいつでも会える。
探し出せば必ずいつかは会えるのだ。
しかし影鬼は違う。
(いや…俺ではなく…影鬼の場合小春の方が寂しいよな…)
影鬼とは、綾部とは自分ではなく妹である小春の方が接点が多い。
まして影鬼はレイコもだが特に小春が生き写しだという祖父、友樹と関わりが深い妖かしだった。
だから影鬼との別れは自分ではなく小春の方が悲しいのではないかと夏目は外から妹へ目線を移す。
小春はまだ悪寒に震えている斑を苦笑いを浮かべながら撫でており、その姿に夏目は眩しげに目を細めた。
「ん?なに?お兄ちゃん?」
「いや、なんでもないよ」
兄の目線に気付いた小春はふと顔を上げるも夏目は曖昧な笑みを浮かべ首を振った。
そんなよく分からない兄に小春は首をかしげる。
「さて、と…斑様の傷も大したことないし、煎餅も食べたし帰るとしますか。」
「え?もう帰っちゃうの?」
首をかしげて不思議そうに見つめる愛らしい妹の仕草に夏目は曖昧な笑みから微笑みへと変えると煎餅を食べて満足したのか紅峰はゆっくりと立ち上がる。
小春は紅峰の言葉にもう帰るのかと残念そうに見上げるが、そんな小春の表情と言葉に紅峰は目を細め『あまり長いしたくないんでね…それに斑様に食べられたくはない。』と小春の膝の上で頭を撫でられ気持ちよさげに目を瞑りのんびりとしている斑へと目線を移す。
紅峰の言葉に小春も自分の膝の上に居る斑を見下ろすがここからでは斑の表情は分からない。
「………」
小春から見えないのをいい事に斑は紅峰に『余計な事を…』と片目だけを開け睨むように見上げる。
睨むように見上げてくる斑に普段ならば冷や汗1つはかくが、紅峰は愉快そうに声をこぼすだけだった。
「しかし…やはり人は好きにはなれんな…斑様のために隙を見てお前達を食ってしまおうと思ったのに主様の恩人ではそうはいくまい…――斑様、いっそ一緒に帰りませんか?」
「……」
紅峰は人間如きに心を動かされる斑を見ていたくなかった。
だから隙を見て夏目と小春を食べるまではいかないまでも痛い目を見せる事をしようと考えていた。
しかし、隙を見ても斑が側にいては見る隙もなく、結果的に夏目はリオウの恩人となってしまった。
紅峰は諦めたが、冗談めいた口調で斑へと目線を戻す。
「――いや…」
斑は先ほどとは違い紅峰を見上げた後小春と夏目へ目線を移し、
「私はこれらの傍らにいよう」
そう呟いた。
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