土井半助――この名を頂戴して、孤独だった人生に4人の家族が出来た。
彼は山田伝蔵を家長に妻と2人の子供と共に、新たな家族の一員として迎え入れられた。
山田伝蔵は仕事が忙しくて中々山奥にある家には帰ってこれず、丁度休日に家族サービスをしていた時に土井が山田に保護されたらしく、子供達――特に息子の利吉には反発されてしまった。
しかし、利吉の反発は時間が解決してくれて、今では最初の反発も嘘のように『お兄ちゃん』と懐いてくれた。
山田も、その妻も、せっかくの貴重な家族との時間を自分のような忍びに心を砕いてくれた。
だが、土井には1つ、悩みがあった。
―――山田家の末娘、依都が全く懐いてくれないのだ。
「はあ…」
今日は利吉との特訓も終わり、土井は夕餉の時間までまだあるからとその辺を散歩をし、今は川のせせらぎを聞きながら休憩していた。
居候をしているのだからと、手伝おうとしたが、利吉の相手をしてくれたからと山田の妻に断られたのだ。
(見られてる…)
回復したとはいえど、まだ本調子ではないのは確かで、山田の妻の言葉に甘えることにした。
利吉がいれば色々気を使って休むのもままならないだろうという気遣いから、利吉は母の手伝いを言い渡されている。
その場に、依都の姿はなかった。
だが、その姿は岸辺で黄昏ている土井の少し離れた岩陰にあった。
ここ最近、こうなのだ。
(見張っているつもりなんだろうか…全然気配駄々洩れだけど…)
兄である利吉が土井に懐いてから、依都は土井から一定の距離離れたところで土井を観察するように隠れて付いて来ている。
子供ながらに、家族を守ろうとしているのだろうか。
だが、幼い依都は気配を消すのがまだ上手くなく、プロ忍者にとって頭隠してなんとやらだ。
思わず、それが愛らしくて頬が緩みそうになる。
だが、本人は隠れているつもりらしいので、そこを指摘すれば、拗ねるだろうし、もっと嫌われるだろう。
だが、あえて気づいた方がいいかもしれない。
「………あー……その、利吉くんの、妹ちゃん…」
「…!」
名前を知らないわけではないが、気に入らない、警戒をしている、敵かもしれない相手に、名前を呼ばれるのは気に障るだろうという…―――いらない土井の配慮だ。
依都はまさか気づかれていたとは思っていなかったらしく、ビクリと肩を揺らした後、誤魔化さずその小さな幼い姿を土井の前に現した。
依都は気づかれていた気まずさよりも、気づいていたことへの驚きを表す表情を浮かべていた。
「きづいてたの?」
「あー…うん…」
「いつからきづいてたの?」
「最初から、かな」
誤魔化しても良かったが、子供だからと誤魔化すと子供は拗ねる可能性もある。
その経験は利吉から得たものだが、依都の反応からしてあえて誤魔化さない方がいい気がした。
それは正しい判断だったらしく、『わーっ!すごーい!』と目を輝かせて土井を見た。
警戒されていたと思っていたから、依都の目を輝かせる反応に内心意外そうに見つめた。
そんな土井に気づかず、依都は『でも!』とムフフと得意げに笑って見せる。
「お名前はおぼえられないのねっ!私はお兄ちゃんのいもうとだけど、"お兄ちゃんのいもうと"っていうお名前じゃないわ!」
「んぐっ………じ、じゃあ…なんて呼べばいいのかな?」
「依都ってよばせてあげてもいーわよ!あっ!でも『ちゃん』はだめ!私、もう子供じゃないもの!」
―――可愛い。
あまりにも、かわいい。
子供は男の子より女の子の方が大人びるのが早いとは聞いた事があるが、本当らしい。
得意げに腰に手を当ててドヤ顔を見せて、子供ではないと大人ぶる依都が、とてつもなく、可愛い。
行儀よく『名前』の頭に『お』を付けるのも、可愛い。
口を手で塞いでないと変な声が出そうなくらいだ。
特に依都はずっと話しかけることも近寄ることもなかった分、可愛さは倍だ。
とりあえず、呼ばせてもらおうかな、と返すので精一杯だった。
「それで、私に何か用かな?」
深呼吸をした後、依都が付けてくる理由を聞く。
懐かれているわけではないので、聞いても答えてくれるか不安だったが、先ほどの様子から素直な子なのだと分かった。
依都は土井の問いに目をパチパチと瞬いた後、『うーん』と顎に指をかけて悩む素振りを見せる。
「どーしよーかなー」
「教えてくれないのかい?」
「べつに教えてもいーんだけどー…うーん…父上と母上にはないしょにできる?」
「お父上とお母上に内緒にしなきゃいけないことなのかな?」
「んー…母上はいーんだけどさー…父上、口うるさいんだよね」
依都は困ったように頬に手を当てる。
その姿はまるで大人の女性のようだった。
母を真似しているような依都の姿に、土井はまたパシリと口を手で覆った。
はーかわいい。―――そう思った。
利吉も可愛いし、依都も可愛い。
可愛い兄妹に、土井はこれまでにないほど癒された。
もう今まで負った傷が全回復した気がする。
「お父上は嫌いかい?」
口うるさい、とまさかまだ10にもなっていない子供の口から出てくると思わず、先ほどから土井の脳裏には『可愛い』『滅茶苦茶可愛い』という言葉しか出てこない。
もはや語彙力はやられた。
だが、あいつは四天王の中で最弱なので驚きもしない。
ちょっと意地悪な質問をすると、依都はなぜか土井の隣にある石に腰を下ろした。
「ちょときいてくれる?」
「え、あ、うん…聞くよ」
意地悪して拗ねちゃったかな、と思ったが、依都は膝に両肘をつき、その手で頬を支えながら土井を見上げる。
その表情は怒っているわけではなく、困っているように眉を下げていた。
『私、困っているのよ』と大人ぶってわざと溜息をつく依都は、もはや『可愛い』のバーゲンセールである。
「父上ってばね、おしごとばっかでね、ぜーんぜん帰ってこないのよ」
「そ、そうなんだ…それは寂しいね」
「ん、さびしいわねー…でもね、かえってきたらかえってきたで私たちに忍者のしゅぎょーをね、させよーとするのよ」
「お父上は立派な忍びだから、きっと君たちに色々教えたいんだろうね」
土井が山田家のピクニックに邪魔した時も、利吉は普通にキャッチボールなどで遊びたかったのだが、山田は子供心に気づかず、手裏剣を教えようとしていた。
山田は山田で、息子と娘を立派な忍者にさせたくて幼い頃から英才教育をしようとしていたのだろう。
だが、子供からしたらいい迷惑なのだろう。
利吉はガッカリしていたし、依都は今、土井に愚痴をこぼしている。
「にんじゅつ学園でせんせいをしているのはしってるわ…でも、今の父上は私たちの父上なのよ?」
利吉も、依都も、忍者としての教えはそこまで嫌いではないのだろう。
でなければ、利吉は土井との剣術の訓練を嬉々としてやらないだろうし、依都も嫌そうな顔をするはずだ。
溜息をついてはいるが、それは困った大人達が溜息をつくから真似しているだけだ。
だから、父に不満があれど、それは英才教育ではなく、父が先生の顔を外さないからだ。
学ぶのは苦ではない。
だが、常に先生の顔を付けたまま父でいてほしくはない。
そういう事だろう。
「あのね、依都はね、忍者にもなるしね、お医者さまにもなるの」
「お医者様?」
「そうよ!依都ね、お薬作ってたーくさんの人を治してあげるの!そうしたら"半助お兄ちゃん"も怪我したらすぐに元気にしてあげれるでしょ?」
息を呑んだ。
油断した。
避けられていると、警戒していると――そう思って悩んでいた子供から『半助お兄ちゃん』と呼ばれたのもそう。
懐かれていないと思っていた子から、怪我をしたら治療する対象に入っているのもそう。
土井はすぐには反応できなかった。
「私も、治してくれるのかい?」
土井は、唖然としていた。
依都は利吉の後ろから土井を見ていた。
ジッと、何を考えているか分からない目で、土井を観察するように見つめていた。
その姿を見て、山田家の優秀な忍びの血を感じたくらい、子供にしては薄気味悪ささえ感じるものだった。
ただ、それを気づかれている時点でまだ子供なのだろう。
だから、土井は依都に懐かれていないと思っていたのだ。
土井に噛みつく兄の利吉の影でジッと、土井を見つめる姿を見て、誰が懐かれていると思うだろうか。
だからこそ、嬉しかった。
唖然とした土井の呟きにも聞こえる言葉に、今度は依都がキョトンと小首をかしげた。
「あたりまえじゃない…だって、半助お兄ちゃんは家族でしょ?」
「…っ」
依都の口から『家族』という言葉が出て、土井は目頭が熱くなり泣くのを我慢するように唇を噛む。
「まっ!私、お医者さまだからだれだってなおすけどね!でも!家族はとくべつ!」
依都が目指すのは、医者というよりは薬師だろう。
だが、まだ子供だし、それを指摘して懐いてくれそうになっているのに、嫌われたくはないため、何も言わなかった。
ニッ、と歯を見せて笑顔を見せてくれる依都に、土井は笑顔を返すしかできなかった。
言葉が出なかったのだ。
ずっと嫌われていたと思っていたから。
そんな土井の心情など気に留めず、依都は『だから!』と懐からメモの紙の懐紙と携帯筆の矢立を取り出す。
「今のたいちょーをおしえて!」
「へ??」
感動し、利吉と依都に兄と呼ばれ懐かれ『生きててよかった』と思っていた土井だったが、依都の言葉に呆気にとられた。
そんな土井を気に留めず、依都は墨壺で筆の先に墨を吸わせ、ワクワクと背景に文字を出しながら目を輝かせながら土井を見上げている。
「えっと…どういうことか説明してくれないかな?」
「んとね!半助おにーちゃんのおくすりね!依都がつくったの!お医者さまならかんじゃさんのこと、しらないとだめでしょ!だから!おしえて!」
依都曰く、土井が塗られている薬は依都が作った物らしい。
体の傷は薬を塗り返したりする際に見てすでに確認済みだったが、まだ体調の面での変化は確認できずにいた。
だから、土井の怪我の経過を見たくて、ずっとつけ回していたらしい。
土井はその話を聞き、『そういえば』と利吉や山田に薬を塗ってもらう時はほとんど傍に依都の姿があったなと思い出す。
小さくても薬師として優秀らしい依都の次から次へ振ってくる質問に、土井は苦笑いを浮かべながら答えていく。
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