(3 / 12) 星屑の帰還 (03)

ドクハゼ城は不定期だが、城を民に開く日がある。
巫女が庶民を占う日だ。
そのため、選ばれた巫女に面会する庶民達は身元を厳重に調べられる。
つまり、金を積んだからと言ってドクハゼの民でない者は絶対に選ばれないということだ。
更に、巫女が占うために用意されている謁見の間と呼ばれる部屋には、忍者や護衛の兵達が配置されているので、巫女に危害を加えようとしたり、攫おうとする者は排除される。


「お時間でございます――巫女さまのもとへご案内いたします」


神託の巫女は占う日、城内に巫女のために一室を用意されている。
その部屋から少し離れた場所に所謂待合室が設けられており、選ばれた者達は渡された数字の札通りに呼ばれることになっている。
巫女と対面できるのは、一人ずつ。
それも、巫女の声が参拝者の耳に届くことはない。


「番号《壱》の方、参られよ」


ある程度のルールや説明を済ませてすぐ、一人目が呼ばれる。


「…………」


それを一人の男性が視線で追う。
男性の手の中にある紙の中には『十番』と書かれていた。
過去に選ばれた人から聞いた話によれば、1人に掛かる時間は10分もかからないらしいので、すぐに順番がくるだろう。
そう思うものの、自分の順番が来るまでがもどかしい。
待合室での会話は特に禁じられていないのか、待合室は賑やかだった。
最初はもどかしさを感じていたが、10番目はあっという間だった。


「番号《壱拾》の方、参られよ」


ついに男性の番となり、呼ばれた。
案内役の後について行くと、待合室と少し離れた場所にある、巫女が待つ謁見の間へと案内された。
謁見の間には1人の男性が待っており、ここから案内人から取次役へと交替となる。


「…っ!」


男が謁見の間に案内されてまず目に飛び込んできたのは、光だった。
目が慣れると、それは太陽の光でも、明かりの光でもないことに気づく。


(金…)


謁見の間は部屋一面が金で塗りつぶされていた。
日の入らない部屋ではあったが、金箔に包まれた部屋はまるで光り輝いているようにも感じられた。
慎ましかった待合室とは真逆の部屋だ。
金箔に塗られている部屋にも圧倒されるが、更には、その部屋には音という音が存在しなかった。
城内の中でも外とは少し離れているせいか、外からの音はこの部屋まで届かない。
綺麗な部屋なのに、どこか息苦しく感じてしまう。
そして、上座には天井から床まで届く、部屋を分断するような帳が降ろされていた。


「こちらの座布団へお腰かけください」


取次役言われ、男は落ち着かない様子をそのままに帳と少し離されて置かれている座布団へ腰を下ろす。
男が座布団に座ったのを見届けた取次役は帳の傍へ立ち、幾度も繰り返された言葉を口にする。


「巫女さまは帳の奥におわします…決してお近づきなきよう」


この国では巫女は城主と同等の立場だ。
否、その貴重性を考えれば城主よりも立場は上だろう。
未来を読むことから神のような存在として扱われており、その姿は民といえど見ることは禁じられており、触れるなどもってのほかだ。
取次役の言葉を無視して巫女に近づこうものなら、忍や兵などの護衛達が一斉に男を取り押さえ、場合によってはその場で処罰されるだろう。
取次役の言葉に、男は深々と頭を下げる。
それはまるで帳越しでも顔を上げて巫女を見ることが恐れ多いと言わんばかりに。


「壱拾番の者よ、願いを申し上げよ」


そう取次役に言われ、男は緊張からくる喉の渇きを潤すようにゴクリと唾を飲み込む。
緊張で言葉が上手く出なかったが、巫女に謁見できる機会など今を逃せば一生訪れないだろうと必死に枯れた喉で言葉を出す。


「わ、私の畑はこれからも恵みをもたらし、家族を養い続けることができるでしょうか」


占ってほしい物事は一つに絞り、長文にならないよう気を付けるよう言われている。
農民である男が望むのは、自分の畑は長く実って家族を養っていけるかだ。
男が言葉を切った。
それは願いを言い切ったということだ。
勿論、巫女からの声かけはない。
だが、耳鳴りがするほどの静けさで動けば、例え忍であっても衣擦れなどの音はその部屋に響く。
男の願いを聞いた巫女が動くのと同時に、衣擦れの音が男の耳に大きく届く。
すると、コロンと複数何かが転がる音が聞こえたと思えば、コトリと筆を取るような音が聞こえた。
その音に、男に取次役の者が声をかけた。


「御願いは承りました…巫女さまが書き記す間、別室にてお待ちくださいますよう」


取次役の言葉に、入ってきた襖とは別の襖が開けられ、別の案内人が姿を現す。
男は『え』と思ったが、事前に巫女はその場で占いの結果を伝えず、筆を取って後に本人のみに渡すと説明されたことを思い出す。
待たされる理由は、墨を乾かす必要があるからだ。
その間に、結果を占った巫女以外の人間が結果を見ることは不可能。
男は慌てて案内人の下へと向かう。

―――案内されたのは、待合室と似た作りの一室。
その部屋には男よりも前に呼ばれた者達がそれぞれ好きな場所で座っていた。
しかし、1番から続いて呼ばれた者の姿がないため、彼らはとっくに占いの結果を抱いて帰宅しているのだろう。
男も先客に習って空いている場所に腰を下ろし、用意されたお茶菓子を楽しみながら結果が届くまで待つことにした。
その間、人の出入りは途切れず、ついに男の結果が届くことになった。


「帰宅後、封を開けるように」


係の者に紙包みを渡された際、そう厳かに伝えられた。
どんなに軽い願いであっても、巫女に占われた結果という意味が彼らにとっては大事らしい。
男は素直に頷いて両手で紙包みを受け取り、案内人に深々頭を下げて城を去った。


―――男は案内人の言葉通りそのまま帰路へつかず、人気のない場所まで移動すると軽やかな足取りで木の上へと飛んだ。
そして、そのまま木から木へ移動しながら、ドクハゼ領地を出て行った。


「押都小頭」


暫くは知っていると、見知った顔…反屋が男――押都を待っていた。
軽く手を上げる部下の下へ向かうと、反屋は期待したような目で上司を見る。


「どうでした?」


反屋の言葉に、押都は農民の変装を解いた後、懐から巫女からの紙包みを取り出して見せた。
その紙包みを見て、反屋は残念そうな表情へと変える。


「神託の巫女って聞いてたから、もっと何でも分かるのかと思ってました」


紙包みが手に収まっているということは、農民に扮した押都を巫女は見抜けなかったのだと反屋は思った。
反屋の反応は正しく、押都はモヤモヤした者を抱えながらも責めるつもりはなかった。
それでも、まだ結果を見ていないと心の中で返しながら、紙包みから結果を開く。
その紙には綺麗な形で書かれている文字が並び、その文字を読む。
最初こそ静かに冷静に読んでいた2人だったが、次第に驚愕に目を丸くすることになる。


「……驚いた…彼女は私の正体に気づいていたのか…」


紙に書かれている文字に驚いた声を零す。
紙にはこう書かれていた。

――
春の芽は天の恵みに従い、緑の絨毯を広げるでしょう。
川の流れは穏やかで、畑の水は決して干上がらぬ。
夏の陽に照らされる日々、昼は光を楽しみ、夜は虫の声に耳を傾ければ作物は守られる。
葉は風に逆らわず伸び、畑は健やかに育つ。
秋の黄金は家族に喜びを運ぶ。
稲の穂がそよぐとき、影の長さに惑わされず、根の深さを確かめよ。
石に刻まれし道をそっとたどり、三度目の月夜には木々の間に漂う霧を読むべし。
凍る畑を踏む足音も、注意深く進む者には安全を示すが、道を誤れば深き谷に落ちることもある。
月の欠けは身を隠す好機、星の位置は道標となる。
家族を思う心と畑を愛する心は、常に影となり光となり、あなたを守る。
忘れずに、目に見えぬものの声にも耳を澄ませ、ささいな油断も大きな傷となり、時に命さえも危うくすることを心に留めよ。
――


表面は豊作を約束されているような内容だが、その実、この紙には押都の事を指していた。
例えば、『影の長さに惑わされず、根の深さを確かめよ=表面の状況に惑わされず、準備や基盤(仲間・情報・装備)を確認せよ』、『凍る畑を踏む足音も〜=任務中の慎重さが必須』と暗号化されている。
忍だからこそ読むことができた暗号だろう。


(つまり…状況は順調そうだが任務中は油断厳禁ということか…)


今夜、押都は部下達と任務が振り分けられている。
任務自体に危険はないと思ったが、どうやらその認識は改める必要があるようだ。
部下を連れて行かないという選択もあるが、それで解決できるほど押都の未来は簡単ではないだろう。
肩を落としていた反屋もこの占いの結果を読んで、今から向かう任務に改めて肩に力を入れたようで、押都は仮面の奥でふと口角を上げた。
その時、ふと、紙の端に一言が添えられているのに気づく。

―――無事に明けの光へ至りますように

一言添えられた文字。
占いの結果を書かれた文字は大人が書いたように綺麗に整っていたが、その文字だけは子供らしい拙い文字だった。
それだけでも彼女が自分達を思って書いてくれたことを察しられ、思わず微笑みが零れた。


「巫女姫殿が我々のために無事に帰還できるよう願ってくださったのだ…気を引き締めて任に付くことにしよう」


その言葉に、傍にいた反屋がコクリと頷いた。



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