(4 / 12) 星屑の帰還 (04)

その夜、ドクハゼ城に1人の忍が侵入した。
二度目の侵入とはいえど、警備に力を入れている城だけあって、優秀な忍といえど苦労した。
しかし何とか誰の目にも止まらず、目的の場所までたどり着くことができた。


「夜更けに失礼します」


天井から覗けば、巫女が起きていることに気づき忍は――押都は音もなく巫女の背後に降り立ち、跪く。
押都の訪問は占いで知っていたのか、巫女は大して驚きもなく押都に振り返る。


「お主か…何用だ?占いの結果が気に食わなかったか?それとも当たらなかった腹いせに殺しにきたのか?」


押都はその姿に違和感を感じたが、すぐに気づく。
顔がないのだ。
否、顔はある。
あるのだが、押都のように布で顔を隠されていた。
棘のある嫌味な言葉よりも、以前と異なるその姿が気になった。
黙る押都に怪訝としていた巫女だったが自分の姿を思い出し、『ああ』と押都のだんまりに納得する。


「ただの仕事着だ…気にするな」


押都とは"3度目"の対面だが、こうして仕事着で会うのは初めてだった。
まあ、しかし、そもそも、巫女のこの姿を見ることができる人間は極僅かだ。
押都は呟かれた言葉に首を傾げた。


「仕事…?このような時間まで占っておられたのですか?」


人間離れした能力を持つ巫女といえど、巫女は明らかに子供だ。
今は仕事着とやらでその体は隠されてはいるが、最初に出会った時に見た素顔を思い出す。
押都の環境からして子供はそう身近ではないが、同僚の雑渡昆奈門の末娘である月子と年が近いように見受けられた。
この時代、子供といえど立派な労働力だが、流石に4歳ほどの子供をこんな遅くまで働かせる親はいないだろう。
御帳台を用意されているほど丁重に扱われているかと思ったが、やはり体よく利用されているのか。
怪訝とさせる押都の言葉に、巫女はため息をつく。
そのため息は押都へではなく、ある人物へ送られたものだった。


「殿がな…最近、多いのだ…この国をどう導けばよいか、いちいち聞いてくるのだ…鬱陶しいから適当に占って追い出しているが…」

「大丈夫ですか…適当に占っては外れた場合、巫女姫殿の身の危険も考えられますが…」

「よい…どうせ当たる」


断言する巫女に一瞬圧巻される。
あたかも自分の占いが当たらなかったことがないと言わんばかりだが、それが正しいのだろう。
現に、押都は怪我もなく見この前に姿を見せている。
自分の能力を疑いもしない巫女はよほど城主への鬱憤が溜まっているのか、他国の、それも1度しか言葉を交わしていない忍に、ため息をつき愚痴を続ける。


「どうも、国を拡大しすぎて今更不安になってきたらしくてな…最近、毎晩のように縋ってくるようになった…弱気なのは知っているが…流石にまいる…」

「…この国は急に力を増し、いまや侮れぬ国となっておりますからね」


巫女のその声色から、相当の疲労が見える。
彼女の呟きに返し、改めて巫女の姿を見る。
巫女は、真っ白な布で顔全体を隠し、左右にはいくつもの白梅に白と灰色のグラデーションの房が二つ垂れ下げられており、顔布の上中央には藤を模した装飾で飾られ、その下にはおそらく捲れないようにという意味もあるのか、銀装飾に白と灰色の房が重しの役割を兼ねていた。
初対面は就寝しているときだったため寝巻だったのは当然だが、今日は狩衣に身を包んでいた。
白地の布には銀色の糸で柄が織り込まれておりその姿はまるで――


(まるで花嫁姿だな)


安直にそう思う。
巫女は全身白く染められており、まるで『婚家に染まる』という意味を持つ白無垢姿に見えた。
こんな幼い子供がどこに嫁ぐのか。
そんなもの一つしかない。
押都は最悪な考えが浮かび、無意識に眉を顰める。
押都も今の巫女同様に顔を隠しているため、彼女に感情を読まれることはなかった。
巫女はこの話題を早々に切り上げたらしく彼に視線を向ける。


「それで、何の用で来た」


自身の占いに自信があるようなので、冒頭の嫌味は冗談のようだ。
…否、冗談というよりは八つ当たりだろう。
問われた押都は『本当に殺しに来たのか?』と冗談を言う巫女に『とんでもない!』と否定する。


「巫女姫殿にお目にかかったのは占いのお礼を申し上げるためです」

「礼?なぜ?」

「占っていただいたおかげで私も部下も無事に帰還することができました…これもひとえに巫女姫殿のおかげと存じます…そのお礼に参った次第です」

「…………」


押都は頭を深々と下げた。
農民に扮したとはいえど、金銭を払ったのは押都だ。
だが、それでも占いのおかげで油断せず簡単な仕事だからと気を緩めることもなく、怪我ひとつ負わずに部下ともども帰還できた。
押都たちの実力あってのことであろうが、その中に巫女の忠告があったのは否めないだろう。
実際、気を抜いていたら命までは取られなかったが怪我はしていたであろう場面もチラホラとあった。
そんな押都の感謝の言葉を聞いた巫女は目を瞬かせて頭を下げる押都を見つめた。


「礼を言いにわざわざ侵入しに来たのか」


呆れにも聞こえる言葉に、お面の奥で押都は笑いながらさらに頭を下げる。
それが返答だと受け取った巫女は、まじまじと押都を見つめる。


「そういえば、お主は最初から不思議な男だったな…妾を殺すわけでもなく…攫うわけでもなく…気紛れに助けただけなのに、お主はすぐに帰った…」


この城に侵入し、巫女である自分の元へ参ったのは、仕事だったのだろう。
忍を見たのだって押都が初めてというわけではなく、どれだけ警備を強化しても侵入を完全に防ぐことはできない。
これまでも忍が侵入し巫女の前までたどり着いたことはあった。
だが、それらの全ての忍は暗殺か誘拐のどちらかしか行動に移さなかった。


「今まではどうなさっていたのですか?」


押都は顔を上げて問う。
自分は実力がある方だとは自負するが、雑渡や高坂の父親など、上には上がいるのは知っている。
まさかそんな強者達がタソガレドキに集中して集まっているとは思わない。
そのため、よく今まで無事でいられたなと思う。


「占いで来ることが分かっていたからな…城の者に伝えれば警備は強化されたし部屋の周辺は人を配置させていた…あとは妾が声を上げれば終わりだ…死ぬ思いで来る者には悪いが妾だって死ぬのは恐ろしい」


『なるほど』、と思う。
占いという世界を押都は詳しくは知らないが、どうやら巫女は自身を占うことも出来るらしい。
その忍の中には自国を滅ぼされたり、悲惨な目にあった者もいるのだろう。
勝者の影には常に敗者がつきものだ。
聡明な子供だからそんな忍たちの目を見ただけで、彼らがどんな思いでいたかは読めたはず。
大人でもなりふり構わず殺しにくる者に恐怖心を抱くほどだ。
しかし、納得したのと同時に、疑問も生まれた。


「それにもかかわらず、なぜ私をお助けくださったのです」


巫女は忍に対して恐怖を抱いている。
正確に言えば、死なばもろともとなるほどに追い詰められた人間、だが。
あの時は平然を保っていたが、内心押都に危害を加えられるかもしれない恐怖はあったのだろう。
大人でさえ恐怖を隠すことは困難だ。
そんな恐怖をあの時の子供が忍でさえも気づかれない程に隠し通したことは感服せざるを得ない。
それ以上に、隠すことに慣れていることに憐みを感じてしまう。
押都の問いに、巫女は布の奥で視線を逸らしたが、すぐに押都に視線を戻す。


「お主が来ることは分かっていた…だが、お主の目的が読めなかったのだ」

「読めなかった?」

「妾の占いは正しいが、万能ではない…占ったとしても本人がどう動くかで道は簡単に違える…人間の道は常に直進なわけではなく、その都度、分かれ道が存在すると思えばよい」


巫女曰く、巫女の占いは100%正しい。
だが、占ってもらった本人の選択によってその100%は簡単にも崩れる。
巫女は、人の人生を道と考えている。
人の道は生まれた時から存在し、その者の選択によって未来が変わるものだ。
例えば、ハイハイしたばかりの赤子がいる。
その赤子の前に真っ直ぐに進む道があり、それを進むと、二つの道に分かれていた。
看板には『右に進む』と『左に進む』と書かれており、赤子は文字や意味を知らずともその道を決める。
右に進めば母に見つかり抱っこされる未来があり―――左に進めば段差に落ちて怪我を負う未来が待っている。
必ず二つの選択を迫られるわけではなく、時にはいくつもの道が用意されている。
その中にはすべてが大した損害がない場合もあれば、いくつかは生死を分けるものも存在する。
そういう未来を人間は無意識に決めて進んでいるのだ。
巫女の占いはその助けをしているだけだという。
いわば近道を教えているに過ぎない。
占いで正しい道を示すが、どれを選ぶかは占ってもらった本人。
本人が占い通りに動けば明るい未来は待っているが、ちょっとした好奇心やミスで道を違えば、巫女は占いでその者を導いてやることはできない。
そのミスは多々だ。
例えば、押都に向けた農民としての占い。
『秋の黄金・影と根』は稲の事を指し、農民が根や土の手入れを怠ると、実りが少なくなる。
『冬の足音・月と星』は冬季の事を指し、畑の準備を少しでも怠ると翌春に影響。
農家として当たり前のことばかりだが、占ってもらったから安泰だと油断していると豊作となる未来は遠のくということだ。


「お主がこの部屋に来るところまでは読めた…だが、その後の動きが読めなかった…恐らく、妾のお主への興味がそうさせたのだろう…本来、お主は護衛の数に押され撤退し、お主とは一度も会う事もないと出ていた…元々結果が異なる者は少なくはない…だが、暗殺と誘拐以外に何があるのか…少しばかり興味が沸いた…それが引き金となった」


この場合、道を違えたのは、押都ではなく、巫女だった。
巫女は一日一度、または数回、自分を占う事が癖になっていた。
占いか読書か、それしか巫女に許された遊びは存在せず、その時も巫女は自身を占った。
いつものように忍が侵入すると出たが、その忍びの結果に興味を向けてしまった。
巫女でいう、分かれ道を選んだのだ。
その結果が良い方へ向けたからよかったが、下手をしたら押都に殺されていたかもしれない結果だって存在する。
それなのに、巫女は押都の存在を護衛の人間には伝えず匿った。
勿論、気まぐれというのもある。
こんな誰も寄り付かない場所に閉じ込められ、民を占う日だって民との接触はおろか取次役の人間でさえ会話を許されていない。
そんな暇で殺されそうな日々を送る幼子が、占いの結果が見えない忍がやってくると分かれば好奇心をくすぐられても仕方ないだろう。


「妾でさえ占いは外れる…占いはただの道標にしかならないのだ…だが、妾の占いは絶対に当たる…故に、誤解されるのだ…妾に占ってもらえばもう安心だと……大事なのは、その者の行動と誠意なのだ…妾の占いはその手伝いをしているだけにすぎぬのに…」


そう呟く巫女は俯く。
顔は隠されて押都には見えないが、声色から落ち込んでいるように見えた。
子供の身体に対して大きく作られている白無垢衣装から隠されている小さな手も悔し気に握られているのだろうことは分かってしまう。


「……占いは嫌いだ…占ったからってなんだというのだ…占いなどで一喜一憂などして…くだらない…」


巫女の声が震えていた。
ポツリと顔を隠す布が小さな円状に濡れているのを見て、彼女が泣いているのだと気づいた。
巫女の弱音に押都は息を呑む。
巫女は会った時、自分の事を『ただの占いが好きな女の子なんだよ』と言っていたのに。
なのに、今、目の前にいる女の子は占いを嫌っている。
それほど、巫女と、巫女以外の人間の占いに対する思いには違いがあるのだろう。


「逃げませんか」


気づいたら、音にしていた。
その言葉に巫女は顔を上げる。
布で隠されているが、涙が頬を伝って顎に溜まり雫となって落ちた。
化粧をさせられているのか白粉が涙で溶け、白く濁っていた。


「私は貴女を逃がす事ができます…貴女が望むのであれば貴女をこの牢獄から出す事など簡単です…逃げたいと貴女が望むのであれば…この手を取ってください」


押都は静かに巫女へと手を伸ばす。
国の警備は確かに厳重で、二度目とはいえどこの部屋にたどり着くのも苦労した。
それでも、彼に掛かれば子供1人連れ出す事は可能だ。
巫女はただ、押都の手を取れば開放されるのだ。
この手を取るだけで、巫女はこの国から解放される。
押都は覚悟を決めた。
あとは、巫女が選ぶだけ。
押都は巫女はこの手を取ると思っていた。
先程の弱音や、巫女との良好な関係もあり、手を取ってもらえる自信はあった。
だが――


「………気持ちだけもらうね…ありがとう…」


巫女は幼い声で押都を拒んだ。


「理由を聞いてもよろしいですか?」


短い間の関係だが、どう見ても巫女は好きでこの国にいるわけではないことは明白だ。
先程泣いていたのもあり、今、この瞬間、押都の伸ばされた手を取れば後は目を瞑っているだけで簡単にこの牢獄から出られるというのに、断る理由が分からない。
ただ、その理由は至って簡単だった。


「今はその時ではないから」


そう一言で片づけられたのだ。
押都が手を差し出して逃げようと言ってくれることは、占いでも出ていた。
だが、その手を取った結果が悲惨だった。
1度目、押都の国の城主に気づかれ、この国のように搾り取られる。(逃亡を恐れ押都は遠ざけられ、もう彼とは会えなくなる)
2度目、逃げた事でドクハゼ城とタソガレドキ城の間で戦争が起き、その戦は長引いて両国で大きな損害が発生する。その原因は巫女だと言われ暗殺される。
3度目、1と同じく押都の国の城主に気づかれこの国と同じく搾り取られるが、未来を読む巫女の能力を恐れた者から殺される。
その他にも占ったが、どれも碌な結果が出なかった。
マシと思える結果は、押都と逃げること。
一見、良い結果だと思われるが、その場合、押都は自国に戻らない選択を選んでしまう。
そして、抜け忍として自国からも、巫女を逃がした犯人としてドクハゼ城からも追われ続け、2人はお互いを支えに生きてはいくが、追われ続ける押都の安息は死ぬまで訪れないとなった。
だから、押都と逃げるべきではないと巫女は思った。
マシと思える結果の道を選ぶのは巫女には簡単だが、押都から安息を奪ってまでこの地獄から逃げたいとは思えなかった。
巫女もまた、知り合って間もないが、押都を親しく感じ弱音を吐くほど信用していたのだろう。
そのため、彼の気持ちは通じており、巫女からの感謝は本物である。
それに、逃げ時はすでに知っている。


「もし…逃げることで私が悲惨な目に遭うと占いに出たとしても…気になさらないでください…私は忍でございます…それも諜報に長けております…貴女のためであれば逃げ続けることも苦ではありません…どうか、もう一度…考えなおしていただけませんか」


まっすぐ、仮面越しだが、押都はまっすぐと巫女を見た。
巫女も仮面で顔を隠してはいるが、押都を見ていると分かった。
巫女は目を丸くして押都を見る。
占いでは押都はすぐに退いていたのだ。
なのに、食い下がる姿を見て驚いた。


(どこ…どこを間違えた…こんなの…占いにはなかった…)


何度もこの男を占った事がある。
だが、何度この男を占っても、こんな状況は結果に出なかった。
己の行動を間違えたのかと巫女は考えた。
しかし、これは巫女の行動の過ちではなく―――人の想いだ。
巫女の占いは正しい。
巫女の占いの結果通りに進めば、その者は幸福となるだろう。
ただし、そこに、人の心は含まれていない。
人には感情がある。
巫女の占いでハズレとなる場合は、占ってもらった者が"考えて"道を自ら外れたからだ。
押都は巫女を助けたい"一心"で自ら道を違えようとしていた。
そうすることで、今まで生きてきた場所に帰れなくなったとしても。
親しい者や、自分を慕ってくれる部下達が敵となって命を狙ってくると知っていても。
巫女は初めて人の強さを目の当たりにした気がした。
だが―――


「あなたがよくてもあたしが嫌なの…あたしのためにあなたを犠牲にしたくない…あなたを不幸にしたくない…その気持ちを引きずったままあなたの傍にはいたくない…だから…ごめんなさい…でも気持ちは本当に嬉しく思っています」


二度も断られてしまえば、流石に押都も引き下がるしかなかった。
それに、押都は自身の行動に驚いてもいた。
押都は出会ったあの後、組頭に報告し、その報告は組頭から殿へ伝達された。
城主である甚兵衛は占いには興味がないのか、任務に失敗したという報告にさほど興味も示さず『そうか、ご苦労』というだけで終わった。
元々ドクハゼ城の強さに対しての興味だったため、失敗してもお咎めはなかった。
それ以降は、神託の巫女への任務も訪れず、こうして二度目の再会を果たしたのだって押都の意志だ。
だというのに、押都はまるで後先考えないように巫女に手を差し出した。
同情―――は否めない。
最近、タソガレドキ忍軍は雑渡の末娘を特別視しているように感じる。
まあ、雑渡の娘はタソガレドキ忍軍の被害者というのもあるかもしれないが。
立場的に彼女と関わらなくても話題に触れることも多く、そのため、巫女に対して同情心を抱いてしまったのかもしれない。
すると、巫女の口から『でも』と続けられ、伏せられた押都の視線は巫女へ戻す。


「もしも本当にあたしの事を思ってくれるのであれば…覚えていて」


そう言って巫女は顔を覆う飾りを外した。
最初に会った時は寝ていた時だっため明かりは一切なかった。
しかし、今は先ほどまで城主がいたためか蝋燭に明かりがついており、その明かりに幼い顔が照らされる。


「私はミツ…摂津に生まれた、ただのミツ」


改めてみる巫女―――ミツの顔。
その美しさに押都は言葉さえ失った。



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