(12 / 12) 星屑の帰還 (12)

長期の任務を終えて、押都が片づけて向かったのは、ドクハゼ城の一室。
言わずもながら、巫女の部屋である。
しかし、その足は音はなくとも急いでいるようだった。


「ミツ!」


気配に注意を払いながら、巫女――ミツの下へ辿り着き、音もなく降り立つ。
しかし部屋にはミツの姿はなく、気配を辿れば御帳台にたどり着いた。
急いで御帳台へ入れば、ポツンとミツのみが寝かされていた。
その傍には丸まった霧雨が眠っていたが、押都の気配に気づいたのか耳を動かし、オッドアイの目で押都を見た。
しかし、相手が押都だからか、すぐに丸まって主人の傍に寄り添う。
ミツの顔に布はなく、化粧も落とされ、ミツの本来の容姿が露になっている。
しかしその顔は、薄暗い部屋でも分かるほど赤く染まっており、どう見ても体調を崩しているようにしか見えなかった。
押都は御帳台から出て改めて部屋を見渡すが、人の気配どころか、人影すらない。
それは部屋だけではなく、部屋から離れた場所さえもだ。
ぐ、と帳を握る手に力が入る。


「誰も傍にいないのか」


零れた声には、自分でも驚くほど怒りが滲んでいた。
幼い子供が顔を真っ赤にして息を荒くしているのに、この国は誰も傍についてやることさえもしない。
御帳台に戻り、ミツの様子を見る。
忍び込んでいる手前、火は灯せない。
だが、暗闇に生きる忍故に、暗闇は慣れている。
傍では、放置された子供が熱に苦しみながら眠っていた。


(顔を見ると処罰されるというのであれば…せめて城主が傍にいてやればよいものを…ミツに散々世話になっておきながら放置とは…)


ミツの傍に座り、ぐ、と膝に置かれている手を握る。
ドクハゼ城は昔から弱小で、押都の仕えている国であるタソガレドキも含め、周辺国の機嫌一つで簡単に滅ぼすことができた国だった。
そんな片手間で滅ぼすことができた国を、巫女であるミツが強国へと導き、城主も家臣も、国民も、贅沢な暮らしや、以前より豊かな生活ができているのだ。
それなのに、巫女であるミツを酷使するだけ酷使し、寄り添うことさえもしない傲慢な人間に反吐が出る。


(水もぬるい…)


傍にある桶に張っている水に触れてみても、水はぬるくなっており、ミツの額にある布は乾いていた。
濡れた布が乾ききるほど、ミツは放置されていたのだ。
押都は、ここにくるまで家臣達が話しているのを耳に入れ、文字通り飛んできた。
その内容も、『奥方様に蹴られて熱が出たから、当分占いは中止らしいぞ』というもので、その内容からも巫女を心配してはいない。
『早く治ればいいのにな』という声もあったが、それは巫女自身というよりは、『占ってもらえないから早く治ってほしい』という意味が正しい。
この城には、誰一人として子供を心配する者がいなかった。
動物である霧雨の方が慈悲深いともいえる。
侵入しているため、水を替えることはできないが、乾いた布を濡らせば、熱を持った肌には、それでも十分冷たく感じるだろう。
そう思って桶に張っている水に乾いた布を水に浸し、熱でほんのりと赤く染まっているミツの額に置く。


「だれ…」


その冷たさに、ミツが目を覚まし、押都を見る。
熱で意識が朦朧としているのか、一瞬押都が分からなかったが、すぐに彼に気づき『おされつ…きてたの…』とホッと安堵の息とともに呟く。
その声は苦しそうで、小さく、静まり返っていなければ誰の耳にも届かないほどだった。
押都が会いに来てくれたと、ミツは身体を起こそうとするが、それを押都に止められる。


「無理をするな…寝ている方が楽だろう…」

「…ん、ごめん……」


寝具に戻されたミツは素直に従った。
ミツが目を覚ましたのに気づいた霧雨が更にミツに近づき丸まって眠た。
子猫の柔らかい毛並みと、体温に癒されながらミツは表情を和らげる。


「ここに来るまでに聞いた…正室に蹴られたとか…大丈夫……ではないな…薬は飲んだか?」

「うん…飲んだ………医者は…お腹、蹴られたから…炎症を起こして、熱がでたんだろうって…解熱剤、貰ったけど…効かなくて…」

「そうか…」


タソガレドキには優秀な医者がいるからか、解熱剤が効かない患者など見た事がない。
そのため、押都はこの城の医者はヤブだなと認識した。
そもそも、この城どころかこの国に良い印象を持っていないため、ヤブ医者と認識するのは簡単であった。
『話をするのもつらいだろう、無理しなくていい』と濡らしたばかりの布に触れると、暖かい布に変わっていた。
暖かい布をまた水に濡らして冷やし、ミツの額に乗せると、ミツは気持ちよさそうに目を細める。
寝ていてもいいのだが、どうやら目が覚めたらしい。
体調を崩した時は自然と眠りにつくため、起きていられる程度には体調も少し回復したと受け取ることにした。


「今日は正室や側室の人達を占う日、だったんだけど…」


無理に話さなくていい、という押都の気遣いを受け取りつつも、ミツはそれに従う気はなかった。
まだ以前のようには会えない押都が、せっかく来てくれたのにもったいないと思ったのもそうだが、体調悪いからか人寂しかった。
ミツが喋りたいというのなら、押都は無理に黙らせることはできず呟く言葉に相槌を打つしかなかった。


「最初に、正室の人を占わなきゃいけなくて…でも…最近、あの人、あたしを目の敵にしてて…本当は、嫌だった…側室の人達も一部だけど、敵視されてるし…」


『そうか』と押都は頷きながらも、眉を潜める。
城主の一部の妻達とミツの間に溝があるのは知っていた。
ミツと親しくなって最初にしたのは、ミツの情報を集めることだった。
ミツがこの城ではどんな立ち位置にいて、どのような状況下に置かれているのか。
周りには誰がいて、一日のルーティーンはどのように回っているのか。
その中には、城主が妻として迎えた女達の情報も含まれていた。
正室を中心に、一部の側室達は未来を読む巫女を気味悪がったり、嫌悪していたりと、あまりいい関係ではないことも分かっていた。


「正室、に…お前はいつ謀反を起こすのか占えと…言われた…」

「!」


押都が息を呑んだのが分かった。
その気配に、ミツはうなされながらも、気だるげに視線を押都に向ける。
だが、押都はいつも面を付けてミツにさえ素顔を晒さなかった。
いつもなら気にもならないのに、病人特有の人恋しさもあるのか、それが更に寂しさを感じさせる。


「占ったのか」


押都は、怒りで声が震えていた。
その怒りは、正室に向けられている。
ミツは巫女である以前に、まだ幼い子供だ。
今、タソガレドキ忍軍の里で起こっている問題もあり、余計に子供相手に『お前は当然裏切るのだろう?』と真正面から問い、本人に占わせる正室に腹を立てていた。
いや、むしろ腸が煮えくり返る思いだ。
押都がそう問えば、ミツはコクリとゆっくり頷く。
その頷きに、押都は下唇を噛む。
そこに自分がいれば、と思った。
自分がミツの傍にいれば、正室の失礼な態度も許しはしないのに、と。


「"望みは揺れながら届く…根を張る塔は崩れ、声は風のうねりに溶けゆく…それでも炎は揺らぎながら、あなたの奥に宿り続ける"」


押都が傍にいてくれるからか、ミツは朦朧としていた意識が少しだけ、取り戻しつつあった。
やはり、人間は病は気からだな、と思いながら、あの時出た結果を口にする。
占いの結果は様々だ。
暗号化されたもの、簡易なもの、直球なもの、堅苦しいもの。
その基準は押都には分からず、分かるのはミツのみだろう。
黙って聞く押都に、ミツは簡単に説明した。


「あたしが、この国を亡ぼすと出た」

「…!」


正確には、違う。
ミツはまた嘘を重ねた。
正室には裏切らないと。
押都には誰がこの国を亡ぼすのかと。
――滅ぼすのは、ミツだ。
ミツが導火線となるのは確かだが、この国を亡ぼすのは―――
押都からの空気が、ぐんと重くなるのを、熱で苦しみながらも感じ取りながら、ミツは『長烈』と呼ぶ。
何だ、と答えてくれた押都に、ミツは機嫌が良くなった声色で答えた。


「楽しみだ…すごく、すごく、楽しみだ……妾が…あたしが…この国を殺すのだ…これほど楽しみなものはない…」

―――そうだろう、長烈


押都の目には、ミツの顔が重なって見えた。



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