(11 / 12) 星屑の帰還 (11)

押都が来られる頻度が減って更に時が立ち、この日の朝。
ミツは着替えたりと一通りの事を済まし、食事が来る前に今日一日の占いをする。
コロコロと骨が転がるのを無言で見送ると、今日の出来事の結果が出た。


「……いやだなぁ…」


思わず、ぼやいてしまった。
占いにはこう示されてあった。

――女達を占う時、微かなる黒き影が心を揺らすであろう。

それはすなわち、今日、占う予定の正室や側室達の中から何かハプニングが起きるということだ。
しかも、ミツの占いで出たということは…ミツはそれに巻き込まれるということ。
それを見て、ミツは今日の占いほど行きたくない日はないとさえ思う。
しかも、一日一度に国を占った後の仕事である。


(奥方たち怖いからやだなぁ…)


同じ女だからか、それとも占いを生業とし、そういうものを読むのに長けてしまったからか。
女性達の自分に向ける感情に少し気づいている。
多くは、女性らしく占いが好きで喜んでくれたり、巫女への尊敬を向けてくれはするが、正室をはじめ一部の側室は巫女であるミツを嫌悪している。
まだ側室達は特に危険はない。
彼女達は殿のお気に入りに危害を加えるなどそんな勇気はない。
だが、一人―――正室は違う。
あの目は、まだ幼いミツには理解できない感情に染められていて、分からないからこそ、正室が怖い。


―――時が過ぎ、ついに訪れた正室たちを占う時間。
4人の警護も兼ねた付き人に囲われながらミツは女達の部屋へ向かった。
今はその正確な占いから立場は確立しているが、最初は見下された小娘だった。
当初は女達の各部屋を歩き渡っており、それが今でも定着している。
ただ、それは女達がミツのいる部屋へ赴くことに異を呈したため、現在の形で落ち着いたという背景がある。
まずは、正室である女性の部屋へと向かった。


「失礼いたします」


ミツは占いの結果以外で声を発することはあまりない。
禁止されてはいないが、世間話する余裕を付き人が与えないのだ。
恐らく、城主の命令だろう。
一礼して入室すると、まず迎えられるのはミツをめった刺しにするような気配。
それが誰から送られているのかミツは分かっている。
ミツの立場が確かになってきてから送られるその気配には何度経験しても慣れない。
その気配が放たれているところ―――正室の下までミツは静かに歩く。
正室の侍女達や、ミツの付き人達も緊張した面持ちで二人の傍に控えていた。


「本日はお時間を頂戴し、誠に恐れ入ります」


正室の前に腰を下ろし、一礼する。
正室、側室と何度言ったか分からない形式の挨拶をしたが、正室は答えるのも嫌なのか何も言わず鼻を鳴らすだけ。
それもいつものことだ。
最初こそ警備を兼ねた付き人が『失礼だ』と正室に訴え、城主にも釘を刺してもらったが、正室は己を貫き通し、結局こちらが折れることになった。
ミツ自身は特に正室の態度に思うことはないが、城主が暫く荒れていたので迷惑とだけは感じていたのは覚えている。
それがきっかけで正室と城主の仲は悪化してしまい、より一層城主のミツへの執着が強まったと言える。
そして、正室や側室の女達はミツへの態度も隠さなくなった。


「御台様、どうぞ御心にお抱えのことをお告げくださいませ…巫女様がこれより御占を賜ります」


付き人から渡された箱を受け取って、小さな手で箱の蓋を開ける。
中にある亀の骨を取り出し、慣れたように両手で包んで手の中にコロコロと振る。
それを見て付き人の一人が準備を終えたと、正室に占ってもらう内容を告げるように指示をした。
付き人の指示に正室は間を置き、口を開く。


「お前が殿に背く日」


その瞬間、その場の空気が凍りついたのをミツは分かった。
手持無沙汰のように両手で包んで中でコロコロと骨を振っていたミツは、正室の言葉に視線を正室へ向ける。
正室もまた、ミツを見つめ…否、睨んでいた。
正室の願いに怒りを露わにしたのはミツではなく、周囲の付き人だった。


「御台所様!!巫女様に向かってそのようなことを口にされるとは…!!まったくもって無礼千万ですぞ!!」

「お黙り!!誰に物を申している!身の程を弁えよ!!」

「いいえ!いかに格式ある方でも巫女様に向けては許されぬ言葉にございます!先ほどの言葉は撤回していただきたい!」


巫女は、城主に続いた地位にいる。
だが、正室はその城主に嫁いでいるという身分から、巫女よりは上だ。
しかし、実質、この城での扱いは城主>巫女>正室である。
更には、人によっては城主と巫女は逆転する場合もある。
恐らくは、そこも正室が巫女を気に入らない要因の一つでもあるのだろう。


「ただ今より、天の兆しを仰ぎます」


座っていた正室も立ち上がって付き人と言い合っていたが、巫女の冷静なその一言で誰もが口を閉ざした。
視線の全てがミツへ向けられたが、ミツは緊張もなく、手の中で振っていた骨をコロコロと転がす。
思わず全員がその骨へ視線を向けていたが、ただ一人…正室だけは巫女を見つめていた。


「妾に謀反の影は一片も差してはおりませぬ」


未来を読んだ巫女の言葉。
その言葉に付き人達は安堵の表情と共に、『ほら見ろ』と言わんばかりに正室を見た。
だが、正室は巫女の結果を全く信じていなかった。


「信用ならぬ…その占いとて所詮は骨を転がす戯れごとであろう…解釈次第でいかようにも取り繕えるもの…どうせ、わたくしが真実を見抜いたと悟り誤魔化しているのだろう!申せ!いつ殿に背くつもりだ!」


ミツは面の下で『面倒臭いなぁ』と表情を浮かべる。
結果から言って、正室の読みは当たっている。
占いの結果、はっきりとミツ裏切る未来が示されていた。
それはすなわち、ミツが解放されるという意味でもある。
だが、当然、城主の時と同じく誤魔化そうとした。
城主とは違い、正室はさらに食い下がり、侍女が止めなければミツの胸ぐらを掴んでいただろう。


「この身はただ殿と国に仕えるために在ります」


こういうタイプは何を言っても無駄なので、無難な言葉でお茶を濁してとっとと次に行くのが一番いい。
だが、ミツが言ったその瞬間―――ミツの身体は後ろへ吹き飛んだ。
それと同時に腹部に強い痛みを感じ、幼い体は蹲ってしまう。
耳には『御台所様!!』と騒然とした周囲の音や自分を心配する声は聞こえるが、痛すぎて体を起こすこともできない。


「貴様…!やはり殿を誑かし男児を産むつもりであるのだな!?わたくしの子を世継ぎの座より引きずり下ろしわたくしとわたくしの子を脅かす気であろう!男を惑わす淫らな女め!!」


ミツは正室に腹を蹴られ吹き飛ばされた。
ミツは痛む腹を抑えながらチラリと正室を見た。
侍女達に止められる正室もミツを見つめ―――見下ろしているのが見えた。
その表情がまさに鬼の形相だったのだ。
その間に一人の付き人が庇うように立つ。


「御台所様!!いかに御台所様といれどもはや看過できませぬ!巫女様は殿の御前にて神事を司る方にございます!御身の怒りを巫女様にぶつけるなどあまりにも道を踏み外しておられます!」

「"神事を司る者"…?戯言を抜かすな!この者は田舎の貧しい村から連れてきた小娘であったではないか!神事に関わる身でもない泥まみれの汚らしい村娘が殿の寵遇を受け着飾っただけで内面まで高貴な身分になれたとでも思うたか!勘違いも甚だしい!」

「思い違いをなさっているのは御台所様ご自身ではございませぬか!巫女様はまだ幼い子供なのですよ!殿を惑わすつもりなど微塵もなく、御台所様の御立場を脅かすようなお考えも全くお持ちではありません!!」


本来なら、正室に歯向かうなど許される行為ではない。
だが、殿から誰であろうと巫女に傷つけるものを許すな、と言われて例え正室であろうと歯向かう許可は貰っている。
怒りで顔を真っ赤に染める正室と睨み合っていると、こちらに向かってくる数人の足音が聞こえ、付き人は後ろに下がる。
その足音は怒りで我を忘れている正室も気づき、冷静を取り戻したように肩の力を抜く。


「藤!!」


入ってきたのは、城主だった。
付き人から知らせを受けた城主が、慌てて仕事を放り投げ駆けつけたのだ。
巫女しか見ておらず真っ先に巫女へ向かう夫に、正室は顔をしかめた。
蹲る巫女に駆け寄りミツの様子に、城主は心配そうな表情を一変させ怒りの表情へ浮かべ正室を睨みつける。


「お前は己の行いを分かっていてやっているのか!!」

「腹を蹴りました」


睨みつける城主に、正室の侍女達はたじろぐが、正室はまっすぐ夫に睨み返す。
鼻を鳴らす正室に城主は鬼の形相へと変える。
何か怒号が出る前に、正室は遮った。


「殿、どうか目をお覚ましてください…あの者はこの国を傾けんとする者にございます…御身を惑わし、御身の御子を宿し、国に混乱を招かんとしております」


皆、唖然とし、その場は静まり返った。
正室は真面目なのだが、誰もが正室の言葉を信じず、そして戯言だと思っている。
乱心したのだとも思う者も少なくはない。
だって、そうだろう。
城主を誘惑するというが、まだ巫女は10歳にもなっていない赤子も同然の幼い子供だ。
本来なら、友達と遊びまわり体中を泥だらけにして帰宅するような、子供だ。
初婚が10代のこの時代であっても、まだ幼すぎる子供に嫁の務めを強いる者などいない。
そういう趣味の者はこの時代でもいるが、少なくとも城主はそんな趣味は持ち合わせていない。
この女が以前から被害妄想を訴えるようになったとはいえど、流石に城主も開いた口が塞がらない。
しかし、頑として自身の考えが正しいと思い込む女に一言でも言ってやらないと気がすまないと思った城主が口を開いたその時―――


「巫女様!?巫女様!!―――殿!巫女様の意識がありませぬ!!」


女性とはいえど成人の蹴りを幼い腹に受けたミツは息が詰まるほどの痛みについに気を失った。
付き人の一人がそれに気づき、城主へ叫んだ。


「今すぐに医者を呼べ!!」


今は正室に構っている時ではないと思った城主は、意識がなくぐったりとしているミツを見て冷や汗を流す。
ミツがいたからこの国はドクタケやタソガレドキと渡り合える力を手に入れた。
もうミツは必要がないと思われるが、それさえ考えられないほどこの国は…城主は、ミツに依存していた。
正室や侍女の存在など忘れ去ったように、城主や付き人はミツを大事に運び部屋を出て行った。


「…死ねばいい」


正室の呟かれた言葉。
その言葉は城主に向けられたのか、それとも―――



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