(15 / 15) 夜明けの抱擁 (15)

その日、各部隊の小頭が組頭に呼び出されていた。
指定した時間通りに集まり、最後に現れたのは隼隊の小頭だった。
怪我を負うことが多い部隊ゆえか、身体にはいくつもの包帯を巻かれていた。


「遅くなり申し訳ありません」


自分が最後だと分かり、頭を下げる。
特に遅刻というわけではないと気にしないよう言われ、ホッと胸をなで下ろした。
組頭からは怪我の調子を聞かれたので、もう怪我も塞がりつつあり動けるという医者の診断をそのまま答えた。
隼隊の小頭が定位置に着くと、本題を切り出した。
その言葉に、事前に聞かされていなかった隼隊、月輪隊、黒鷲隊の小頭は、思わず『は?』と声を漏らした。


「くノ一を作る?」


月輪隊の小頭、陣左の父親である高坂は怪訝そうにそう呟いた。
その呟きに、組頭は『うむ』とコクリと頷き、雑渡へ視線を向ける。


「雑渡からの提案でな…最近は殿も活発になりつつあるゆえ、人手が足りないと思っていたところだったのだ」

「ならば人員を増やせばよいではありませんか…我らは外の者を迎えることを禁じられてはおりませぬでしょう」


長い歴史の中で、タソガレドキ忍軍にくノ一の存在はただ一人もいない。
忍びの任務ならば、男でも十分だからだ。
人手が欲しいのは事実だし、くノ一でなければならないわけではないのも事実だ。
雑渡も組頭も、反対意見が当然あることも予想していたし、この時代の世界事情も理解している。
それでも、くノ一を作りたいという雑渡の気持ちは強い。
娘に、居場所を作ってやりたいのだ。
月子は将来、嫁入りし、子供を産み、家を守ることになる。
それがこの時代の女の仕事だ。
だが、父として、それ以外の道を示してやりたい。
一人の小頭が雑渡を見る。


「我々は月子殿のことを気にかけている…我々が月子殿を蔑ろにした結果、苦しめてしまったのもあるからね…だが、彼女だけが特別というわけではない」


じっと見つめる彼を、雑渡も見つめ返す。
彼らの意見は至極真っ当だ。
この時代、女の立場は低い。
種なしの旦那であっても、子宝に恵まれないのは女が石女だからだと責められる時代だ。
今までくノ一を作らなかった背景には、そうした時代の価値観もあったのだろう。
だが、それは何もこの里だけの話ではない。


「もったいないと、思ったのだ」

「…は?」


じっと見つめる雑渡が、重い口を開いたと思えば、『もったいない』という言葉が出て、組頭以外のその場にいる者たちは怪訝そうな表情を浮かべ、雑渡へ視線を向けた。


「あの子には才能がある…女だからとその才能を無駄にするには惜しいと思った…あの子はきっと優秀なくノ一になれる」


息子からお手玉をはじめとした遊びの話を聞き、月子の様子を注視してみた雑渡は、月子の才能に気づいた。
その時の雑渡は、歓喜に心が震えた。
月子は育った環境から、息子達にも父にも母にも似ずに育った。
雑渡も息子たちものびのびと育ってきたが、月子は抑えられて育ったせいか静かな手のかからない子に育ってしまった。
それが今の月子だから、それを否定するわけではないが、雑渡家にしては大人しい子であるのだ。
そのため、忍の才能があると知って雑渡は嬉しかった。
自分との繋がりをちゃんと感じられた気がした。
この里の子供達は遊びを通して、忍の才能を開花させることが多い。
月子も例外ではなく、兄達との遊びで彼女には忍の才能があるのだと発覚した。
親の欲目があることは否定できないが、その才能を次代へ繋ぐためだけに使うのは、もったいないと感じた。
だから、月子のように女だからという理由で、忍の道を諦めた者もいるだろうと、雑渡は組頭にくノ一隊を作る提案を出した。
説明すれば組頭も同調し、こうして話し合いの場を設けてくれた。
高坂は雑渡の言葉を聞き、娘の姿を思い浮かべた。
娘は容姿ばかり話題に上がるが、実の父から見ても器用さは忍に適しているように思える。


「……男では限界がありますからね…女の手があった方が楽に運ぶ任務も多いのも確かだ」


女装で済む任務はあるが、女装ではどうしても限界があるし、敏感な者にはすぐに女装しているのだと見破られることもあった。
それに女へ変装しても、体格や骨格、声までは誤魔化しきれない。
くノ一を迎え入れるとなれば、夜の任務も薬に頼る必要も減り、女に変装する者への負担も軽くなるはずだ。
立場ある人物は男性が多く、それを思えば、本物の女性の方が都合はいい。
すぐの実現は難しくとも、将来的に考えてくノ一を入れても損はないはずだ。


「まあ、確かに…才のある者を潰すのは勿体ないかもしれないな…」


押都の頭にも、一人の女児が思い浮かぶ。
女児には忍の才能こそないが、別の才能がある。
その才能のせいで苦しんでいるが、場所が場所でなければ、女児の才能はもっと輝き幸せな未来が待っていただろう。
ポツリと呟くように高坂と押都が賛同を示したことに、隼隊の小頭は『本気か?』という目で二人を見たあと、諦めたように溜息をつく。


「隼隊には関係のない話なのでお三方が納得しているのであれば反対する意はありません」


隼隊の小頭は、分が悪いと感じた。
この場で娘を持たないのは、独身を貫いている隼隊の小頭と、結婚する気配のない押都だけ。
雑渡と高坂と組頭には娘はいるし、その娘達も家柄に相応しい才能を持っている。
何よりも、三人(高坂はあれでいて)は子煩悩だ。
押都が同調したのは意外だったが、よくよく考えてみれば、黒鷲隊の任務内容とくノ一の相性は良いだろう。
まさか押都の胸中に、一人の女児の存在があるとは知らない隼隊の小頭は、そう納得する。


「満場一致ということで、くノ一を引き入れる方向で調整を進めるとしよう」


隼隊は、部隊の性質上くノ一が配属されることは極めて稀だろうから、他人事だと貫くことにした。
4対1では反対しても、四人の意志は覆らないだろう。
隼隊の小頭も渋々ながら頷いたことで、この場に反対の意見を述べる人間はいなくなった。
我が子の活躍を思い描く父親三人を見つめながら、『しかし』と隼隊の小頭が意外そうに呟く。
その声にその場にいた全員が隼隊の小頭を見た。


「しかし、意外ですね…男親は特に娘の房中術を嫌がるのに乗り気なんて…」


『さすがですね』と隼隊の小頭は、父としての情ではなく、忍としての理を選んだ同胞たちに感服した。
しかし、その言葉に、その場の空気が凍りつくのに気づく。
首を傾げながら、組頭たちを見ると―――押都含めた全員固まっていた。


「……房中術は…さすがに…いかんな…」


暫くその場は静まり返っていたが、組頭がポツリと呟く。
すると呼び水のように組頭の呟きに雑渡たちもコクリと頷く。


「そうですね…いくらくノ一とはいえど、子を産む大切な体…家と家を繋げるため、里を繁栄させるため、女人の体は大事にしなければなりません…」

「……男であっても、いつ死ぬとも知れぬ身…女人にまでそれを強いるのは、いかがなものかと…」

「やはり、里の未来のために女人は守らねばなりませんな」


次々と並べられる言い訳に、隼隊の小頭は『あ、こいつら考えていなかったのか』と白い目で親馬鹿三人+一人を見る。
押都の脳内には贔屓にしている女児がくノ一になり立派に傍にいる姿を思い浮かべていた。
しかし、隼隊の小頭の『房中術』という言葉で、その女児が大人になり任務で好いてもいない男と同衾するのを想像して拒否反応を示した。
あの女児には幸せになってもらいたいのだ。
そこに愛はあれど、恋があるかは不明だが、親心や、おぢ心が、くノ一を作ることを拒否した。


「……くノ一の案は白紙ということでよいな」


組頭の言葉に異を唱える者はもはやここにはおらず…―――頷く面々を、隼隊の小頭だけは冷めた目で見守っていた。



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