今日も今日とて、父がリハビリで月子は読書に夢中になっていた。
小蝶も頃合いを見て遊びに誘うようになり、暫くは静けさを楽しむことにした。
すると、ふと月子が本から顔を上げ、障子へと振り向くのが見えた。
小蝶もつられるように同じ方へ顔を向け、その時――
「月子!お手玉をしよう!!」
――音もなく現れたのは、次男の春丸だった。
兄から月子は気配に敏感だと聞いていたので驚きはないが、小蝶からしたら音もなく現れた次男に目を丸くした。
「春丸様、任務は終わったのですか?」
「ああ!街に行ったときに良いお手玉を見つけてな…もうすぐ兄上が戻られるようなので遊びながら待っていよう!」
兄達はまだ元服前だが、その実力を買われすでに任務を任されている。
とはいえ、まだ生死が関わるような難しい任務ではないが、街に出ることも多い。
その際に月子は兄達からお土産を貰っており、最初は離れにいた時のように殺風景だった月子の部屋は、最近兄達のお土産で賑やかになっている。
そして、今日はお手玉をお土産にもらった。
渡されたお手玉は華やかな色や柄の布で作られており、女の子には大変人気の品物だった。
可愛い柄のお手玉に、月子は年相応の少女らしく目を輝かせた。
「ありがとうございます!春丸兄さま!」
わぁ、と目を輝かせて喜ぶ妹を見て、春丸は満足げに笑った。
小蝶に『可愛いです』と見せると、小蝶も月子の嬉しそうな表情に顔をほころばせた。
「これはどうやって遊ぶのですか?」
お手玉で遊んだことがない月子の問いに、春丸が『貸してみろ』と見本を見せてあげた。
初めて遊ぶ月子のために、基本となる、三つのお手玉を投げて受け取る動きを見せる。
最後の一つを受け止めた春丸は、『やってみろ』と月子にお手玉を返す。
「月子はお手玉が初めてだから最初は練習として1つから始めた方がいいかもしれないな」
初めてでは、いきなり二つのお手玉を扱うのは難しいかもしれない。
そう思って口にした春丸だが、内心では『無駄な心配だろうがな』と思っていた。
兄の言葉に従い、月子は三つの内の二つのお手玉を膝の上に置いて一つのお手玉で右手から左手へ、左手から右手へと交互に投げてみる。
慣れてきた月子は、二つ、三つとお手玉を増やしていく。
自分だけ遊ぶのは気が引けたので、小蝶と春丸にもお手玉を渡して3人で遊んでいた。
「なんだ、春も買ったのか」
そうしてしばらく遊んでいると、長男の千代丸が帰ってきた。
既に荷物などを自室に置いてきたらしく、お土産を手に持って妹の部屋に向かった。
楽しそうな声に頬を緩めながら部屋に入ってみれば、弟がすでに帰宅しており、その手にある物を見て微かに目を丸くした。
兄の声に、月子はパッと破顔させる。
「おかえりなさい!千代丸兄さま!」
自分の帰宅を心から喜んでくれる妹に、千代丸は目尻を下げながら『ただいま』と輪に入り、ある物を取り出す。
それは、春丸とはデザインの違う4個のお手玉だった。
3人はそのお手玉を見た後、千代丸を見る。
3人の視線に、千代丸は苦笑いを浮かべた。
「帰り道に可愛いお手玉を見つけてな…月子はまだお手玉を知らないと思って買ってしまったんだが…春と被ってしまったな…」
「やはりご兄弟なのですね」
頬をかく千代丸に、月子達はお互いを見た後クスクスと笑った。
小蝶の言葉に『そうだな』と千代丸も笑い、その場には楽しそうな声が響いた。
心から楽しそうに笑う妹を見て、二人も自然と目を細めた。
すると、千代丸はもう一つお土産があることに気づく。
「そうだ、本来のお土産を渡すのを忘れてしまうところだった…4人で食べようと思って買ったんだ…小蝶殿、申し訳ないがお茶を頼めるかな?」
「かしこまりました」
千代丸のお土産はお団子で、お手玉は道中に見つけて衝動買いをしてしまったものである。
春丸も、千代丸も、お手玉を見て妹の顔が思い浮かんだため、つい手が伸びたのだ。
お団子のお土産は4人――小蝶の分まで用意しているあたりに、面倒見の良い兄らしさが見られる。
自分の兄も任務の帰りによく自分の喜びそうな土産を買ってきてくれたことを思い出しながら、小蝶は3人に一礼し退室した。
「月子、お手玉のやり方は分かったか?」
「はい!春丸兄さまが教えてくださいました」
「では、私にも見せておくれ」
千代丸の言葉に、月子は『はい!』と満面の笑みで頷いた。
春丸からもらったお手玉を、月子は軽々と扱い、兄に披露する。
(ほう…これは…)
妹の手つきを見て、千代丸は傍にいる春丸を見る。
その視線に気づいた春丸も、千代丸へ視線を向け、千代丸が何を言いたいのか察した弟は、コクリと頷いた。
そんな兄達が言葉のない会話をしていたと気づかない月子は投げていたお手玉を受け止め、『いかがでした?』と千代丸に問うと、千代丸は満足げに頷いた。
「上手いじゃないか!今日が初めてとは思えないほどだ!」
「本当ですか!」
「ああ!私たちはお前に嘘はつかないさ!」
千代丸にも褒められ、月子はますます笑みを深めた。
頬を赤らめ、本当に嬉しそうに笑う月子に、兄二人は微笑ましそうに目を細め、妹の頭を優しく撫でる。
「もう一度やってみてくれないか?」
「?――いいですよ!」
さっき見せたばかりなのに、と思いながらも、楽しい遊びを覚えたばかりの月子は二つ返事で答えた。
先ほど受け止めたばかりのお手玉を、もう一度投げては受け止めるのを繰り返した。
すると―――
「月子、落とすなよ」
「え?―――わっ!」
それはどちらの声だったのか。
お手玉に集中していた月子はその兄の声に、2人へ視線を向けた。
――それと同時に、二つのお手玉を月子へ投げられた。
兄の言葉もあり、投げていたお手玉を落とさないようにしながら、飛んできた二つのお手玉を慌ててキャッチした。
小さな手から落とさないよう、一つずつ投げていた手を二つずつに切り替え、必死にさばいていく。
たかが二つ、されど二つだ。
お手玉を覚えたばかりとは思えないほど器用で、三つまでは難なく扱えていた。
だが、一気に二つ増えたことでより集中せざるを得なくなる。
「じゃあ、もう二つ追加な」
「ええ〜!?ち、千代丸兄さまっ!?」
「月子!がんばれ!」
「は、春丸兄さままでっ!!」
千代丸が残りの二つを放り込んだ。
慌てて扱うお手玉を増やして対応するが、4歳の小さな手では手一杯だった。
それでも、子どもが小さな手で七つのお手玉を扱い続けられるのは、驚くべきことだ。
落としそうになりながらも、何とかさばいていた。
慌てたように『わっ!わっ!』とつい声が出てしまう月子だったが、その手元は安定しており、今にも落としそうで落とさない曲芸のようにも見えた。
そんな妹を見る兄2人は楽しそうに目を輝かせていた。
「千代丸兄さま!春丸兄さま!こ、これ…いつまで続ければ…」
「そうだな…じゃあ、小蝶殿が戻られるまで続けなさい」
「え〜〜!?そ、そんなぁ…」
遊びなのだからいつでもやめることができるのだが、律儀に兄の許可を求めてしまう。
ならば、と千代丸に小蝶が戻って来るまで続けるよう言われ、月子はぎょっと千代丸を見た。
兄二人は妹と目が合うと、一瞬目を見張ったが楽しそうに目を細めて笑う。
笑う兄二人に、月子は『小蝶殿〜!早く帰ってきてください!』と、心の底からその帰りを願った。
「月子様!?す、すごい…」
月子の部屋を退室してからしばらく。
侍女からお湯を貰い、4人分のお茶を淹れて戻ってきた小蝶は、月子の姿に、思わず目を見張った。
小蝶の姿に月子は安堵しながら兄二人へ視線を向ける。
「小蝶殿が戻られましたよ!もう手を止めてもよいですよね!」
「じゃあ、その青の菊柄のお手玉を春丸に、毬と桔梗の赤色のお手玉と水色の桜柄のお手玉を私に渡して…私は一つずつではなく二つ同時にね」
「えっ!お、終わりなんじゃ…」
「おや、僕は小蝶殿が戻ったら終わっていい、とは言ってないよ?」
「ひ、卑怯です!」
小蝶が戻ったら終わっていいと思っていた月子だったが、確かに思い返してみれば春丸は『小蝶が戻るまで続けなさい』とは言ったが、『終わっていい』とは言っていない。
確認しなかった自分のミスだというのは認めたためか、月子は『うう…』と悔しげに唸りながら、兄から指定された青色の菊柄のお手玉を春丸に投げる。
春丸は難なく受け止め、次は赤色の毬と桔梗柄のお手玉と、水色の桜柄のお手玉を同時に千代丸へ投げ、千代丸も難なく受け止めた。
三つのお手玉を手放したことで、負担が軽くなった月子はホッと安堵した。
しかし、試練はまだまだ続く。
「ほら、もう一回!」
「わっ!―――は、春丸兄さま!!」
「落とすなよー」
「うう…」
春丸が持っていたお手玉を投げて寄越したのだ。
今、手元にあるお手玉に集中していたため、反応が少し遅れ、危うく落としかけたが、なんとか体勢を立て直し、お手玉の流れを崩さずに済んだ。
その姿を千代丸は二つのお手玉で遊びながら、月子が五つのお手玉に慣れてきたのを見て黙って一つのお手玉を投げて渡す。
「ち、千代丸兄さま!?」
「次、桃色の桜柄を私に」
「は、はい!」
そのお手玉も何とか受け取る。
先程までの声掛けがなくなり、千代丸を見たが、千代丸は次の指示を出した。
それに従って月子は桜柄のお手玉を千代丸へ投げる。
「次、柄は何でもいいから三つのお手玉を春丸に」
「はい!」
柄の指定はなかったので、今手元にあるお手玉三つを春丸に投げる。
春丸も黙って受け止め、そのまま兄へ投げ返す。
千代丸は弟から投げられた玉を、もう一度月子に返した。
それを繰り返すと、全ての玉を月子に渡し、千代丸は次の指示に移る。
「投げる玉を一つ増やしなさい」
その指示に従い、今まで一つずつ投げていたお手玉を二つずつ投げ始める。
その時にはすでに月子も兄の指示に集中しており、真剣な表情でお手玉を操っていた。
(す、すごい…一度もお手玉を落としていない…)
お茶を配ることも忘れ、お盆を傍らへ置いたまま、小蝶も月子達のお手玉遊びを見て驚きながらも魅入られるように見ていた。
月子は、先ほど初めてお手玉に触れたとは思えないほど、巧みに扱っていた。
「じゃあ、小蝶殿に一つ、私と春丸に3つずつ渡して終わりにしよう」
やっと終わりの宣言を兄からされ、月子は安堵の息を吐く。
だが、更に『兄たちには同時にね』と追加をされて『うぅ…』と唸った。
とはいえ、先ほどの指示よりも簡単だ。
小蝶には最初に一つお手玉を軽く投げ、キャッチしたのを確認した後に、兄達へ三つずつ同時に投げた。
当然、忍者のたまごとはいえどタソガレドキ忍軍の血を継ぐ者――難なく受け止めた。
「月子様すごいです!!」
「そうだろう!そうだろう!なんといっても月子も雑渡家の人間だからな!」
受け取ったお手玉を千代丸に渡しながら小蝶は月子を褒めちぎり、それになぜか春丸がドヤ顔を見せる。
月子は落とすなという兄の指示を必死に守るのに精いっぱいだったのもあり、どっと疲れが押し寄せたのか、項垂れた。
だが、兄と友人に褒められて嫌な気分ではないので『あ、ありがとう、ございます』と呟く。
小蝶の褒め言葉に嘘はなく、純粋にまだ4歳でありながら七つのお手玉を操るその姿に感銘を受けた。
それは小蝶だけではないらしく、天井にいた今日の担当者が顔を覗かせ『流石です!月子殿!』と泣きながら拍手していた。
「…………」
疲れた様子ではあるものの、小蝶にはまだ余裕があるように見えた。
一つもお手玉を落とさず、兄の指示を全てこなすその姿はまさに忍びだ。
春丸の言葉通り、流石雑渡家の血筋というべきだろうか。
(これは…父上に報告だな…)
千代丸は『お疲れ様、月子、ありがとう』と無理を言ったのは勿論自覚しているので、妹を労うと笑みが返ってきた。
無茶な指示を出した相手にも笑顔を向けてくれる妹が愛おしい――そして同時に、心が高鳴る。
妹は原石だったのだ。
早く父が帰ってこないものかと、千代丸は子どものように心待ちしていた。
14 / 15
← | 目次 | 表紙 | →
しおりを挟む