(1 / 11) ミルクは人肌の温度で (1)
夜。
この日は万事屋には泊まらず雪は寄るところもあったため玄関で草履を履き、後ろで見送りに来ていたパジャマ姿の神楽に振り返る。


「じゃあ、今日はスマイルのヘルプ頼まれているから後お願いね、神楽ちゃん」

「おうヨ。馬鹿な男共を誑かしてバンバン金落とさせてこい」

「…どこで覚えたの、それ…いや、合ってるけど…合ってるっていえば合ってるけど……っていうか、また銀さん飲みに行っちゃったからちゃんと戸締りしてね?玄関だけじゃなくてお風呂場とかトイレとかの窓もちゃんと鍵しめてね?もしもの時はお登勢さんのところに避難してね?」

「あー、ハイハイ。それ何度も聞いたネ。もういいからさっさと金巻き上げて来いヨ」

「いや、だから…それどこで覚えたのって言ってんだけど…」


戻った定春がいるからいいとは思うけど、と雪は思いながらやはり心配なのか何度目かの言いつけを神楽に伝える。
三回くらいで聞くのをやめた神楽からは鬱陶しそうな表情を貰い、野良猫を払うように、しっしっ、と手を振って雪を見送る。
そんな神楽に苦笑いを浮かべながら雪はドアを閉め、夜の歌舞伎町に舞うため万屋を後にした。
階段を降り、何となく顔を上げればそこには神楽が手すりから雪を見下ろしており、雪は神楽と目と目が合うとにこりと笑って手を振った。
手を振られた神楽は一瞬肩を揺らす反応を見せ少し戸惑ったように目線を泳がせたが、気恥ずかしそうに小さく手を振り返す。
まだ家族ごっこが慣れていない神楽に雪は笑みを深め、仕事の時間も押していたためもう一度『行ってきます』と声をかけ仕事場へと向かった。
すると頭上から『…いってらっしゃいアル』という小さな声が降ってきて雪は気づかないふりをしてやりながらも実は重たかった足取りも軽くなった気がした。
しかし、雪は知らない。


その翌朝、銀時が想像をもしない拾い物をすることを…





雪は昨日、キャバ嬢になっていたためいつもより遅い時間に出勤し階段を上がろうとした時、下の住人であり万事屋の大家でもあるお登勢に呼び止められた。
玄関から顔を出し手招きするお登勢に雪は首を傾げながらお登勢の店に入りその光景を見るや否やまるで石のように固まった。
そして雪は一言放つ。


「…腐ってる。」


雪のその言葉に銀時はグッと言い返そうとするも言葉を呑み込み項垂れた。
そんな銀時に雪だけではなくお登勢もまた叩きかけるように銀時を見下ろした。
因みにたまは今、メンテナンス中にて源内のところである。


「いい加減な男とは思ってたけどその辺に種まいて女ほったらかして生きていけるような性根の腐った奴とは思わなかったよ」

「だーかーらー!俺は保健体育は常に5だったんだってば!!そんな失敗しねェって!」

「いや、保健体育は関係ないと思う。」


雪やお登勢、そしてキャサリンと神楽が見ている先には…銀時と…銀時に抱かれ大人しくしている赤子がいた。
その赤子は父親譲りの白い髪、そして更には父親譲りの死んだ魚のような目をしており、お登勢に呼ばれはじめてその赤子と対面した雪ですら赤子の父親=銀時という方程式が生まれるほど、銀時にそっくりだった。
しかし本人曰く、そんなヘマをした覚えはないという。
雪はその銀時の言葉に冷たい声で突っ込んだ後絶対零度の目でジロリと銀時を見る。


「惚けないでくださいよ!このくりくりの猫っ毛!ふてぶてしい相貌!明らかに銀さんの遺伝子ですよ!」

「俺は天パの伝承者か!?俺は子供にこんな重荷は背負わせねェ!!遺伝子をねじ曲げてでもサラッサラヘアーのガキを作る!!」

「あーもう!大きな声出さないでヨ!子供が泣いちゃうでしょ!ねえ?シルバーJフォックス」

「やめてくんない!?その名前やめてくんない!!?」


雪の冷たい目に内心たじたじな銀時は何とかなけなしのプライドと絶対父親じゃねェ!!という気合で平然を装う。
それに己のコンプレックスを自分の子供に伝承させるつもりははなからない。
そう…もし自分の子が出来るのであれば!!今冷たい眼差しを送っている雪に似た女の子だけがほしいのだ!!
そう言おうとしたが、脇に手をやり抱き上げる銀時から神楽が赤子を取り上げて遮られてしまう。
それを文句言うより、銀時は今、横文字ばかりの大きくなったら子供から恨まれそうな名前を付ける神楽に突っ込むことに精一杯だった。
子供の重さがなくなり肩の荷が下りたわけではないが抱っこし続けなければならないという重荷だけは拭えることができ、銀時はホッとしながらも鼻を鳴らした。


「どうせその辺のヤンママがパチンコに行きたくて預けただけだろ!迷惑な話だぜ」

「天パは責任逃れしようとしてましゅヨ〜諦めの悪いパパでしゅネ〜銀楽〜」

「やめてくんない!?その落語家みたいな名前やめてくんない!?」


どう足掻こうと周りは自分の子供だと勘違いしており、神楽からはハッキリと『責任逃れ』という言葉さえ出てくる始末…銀時は頭を抱えた。
すると今まで大人しく無表情だった赤子が突然ぐずりはじめた。


「あ、ヤバイ…ぐずりだした」

「ウンコデモモラシタンジャナイデスカ?」


赤子がぐずりだしたのを見れば未経験者の場合、排泄物が出たと思う。
赤子は言葉がまだ覚えていないため仕方ないが、キャサリンの適当な言葉に雪は『違いますよ』と首を振り機嫌を取ろうとあやす神楽から赤子を抱くのを交代してもらう。


「そのぐずり方だとお乳だと思います…銀さんちょっと粉ミルク買って来てくれませんか?」


雪は手馴れた様子で赤子をあやすと機嫌はまだ直っていないが先ほどよりは大人しくなった。
少し大人しくなった赤子を見下ろしながら雪は父親(仮)である銀時に粉ミルクを買ってくるように頼む。
しかし…


「はあ?なんで俺が!?」


銀時はどうして自分が指名されるのかが心の底から理解できないように怪訝とさせる。
そんな銀時に雪は赤子から銀時へ顔を上げ、キョトンとした顔で銀時を小首を傾げながら見た。


「だってこの子銀さんの子供でしょう?」

「ハアアア!?だから俺の子供じゃねえって何度言ったら分かるわけ!?お前一筋って何度言ったら信じてもらえるわけよ!?」

「はいはい信じます信じます。なので粉ミルク買ってきてください」

「いやいやいや!!それ信じてないでしょ!?それ全然信じてない人から出てくる言い回しだよね!?雪ちゃんお願いだから信じてよ〜!!銀さん絶対そんなヘマしてないってば!!」

「………でも見覚えがあることはしてたんでしょ?」

「え?なんて?え??今なんて!?銀さんの悪口!?今銀さんの悪口言った!?『てめェ気持ち悪いんだよ死ねクズ野郎が!』とか言った!?」

「あーもう!!いいからとっととスーパーに行け!!ダメ親父が!!」

「ギャーー!!家庭内暴力!!ドメスティックバイオレンス反対!!」


銀時の言い訳よりも今はぐずる子供をあやすことが先決である。
しかし銀時は適当に返す雪に言い訳するのに一杯一杯で中々行動に移そうとはしない。
それに若干イラつかせ、そして何故か銀時似の赤子の姿にモヤモヤしながら我慢できずポツリと本音を零した。
しかし生憎とそれは小声だったため銀時には届かず、その呟かれた言葉が悪口だと被害妄想を爆発させる銀時の背を蹴って雪は追い出した。


「全く…これじゃあの人に子守の仕事も任せられませんよ!!」

「うぅ〜あうあ〜」

「ああ、ごめんね〜?お腹すいたね〜ちょーっと待っててねー今パパがミルク買いに行ってるからね〜」

「あう〜」


トントンと背中を軽く叩きながら雪は体を揺らし赤子をあやす。
そのリズムに安心感を感じ始めたのかあんなにぐずりだしていた赤子はあっという間に大人しくなった。
それを見てお登勢は関心したように雪を見た。


「なんだい雪、あんた…手馴れてるじゃないか…最近仕事で子守でもしたのかい?」


その手際の良さにお登勢は万事屋の仕事でベビーシッターでもしたのかと何気なく問うと雪からは苦笑いを貰い、首を振られた。


「以前、万事屋に来る前に働いていた職場が女性だけだったんですよ…子供を産んだ人もいたから手が空いた人が仕事中のお母さんの代わりに遊んであげてたりしてたんです…だから慣れてるだけなんです」


そういう雪にお登勢達は納得した。
腕に少しだけぐずり大人しく抱かれている赤子をあやす雪の手際は初めてお守りをする人とは思えず、納得できる要素はあった。
神楽もそこには納得したが、どこか雪の表情が悲しそうに見えた。
しかし瞬きをした隙に雪の表情は元に戻ってしまう。
神楽は気のせいだと思うほど疎くはなく、しかしここで雪に聞くのも違うような気がして気づかないふりをしてやり、カウンターの椅子に座りお登勢の用意した飲み物を手に取る。


「雪〜お前も銀ちゃんと一緒にミルク買いにいくとヨロシ」

「え、なんで?」

「銀楽を認めもしない銀ちゃんがまともなミルク買うとは思わないネ。絶対安売りしてるまずいミルク買うにきまってるネ」

「えー…そうかなあ」

「そうネ。だからミルクはお雪さんと銀楽さんの監修のもと行われたらよいと思うのです、ネ。」

「……神楽ちゃん、また変なテレビ見たでしょ…」

「どうでもいいネ!そんな事!!いいからさっさと旦那と乳繰り合えばいいでしょ!!この泥棒ネコ!!」

「か、神楽ちゃん!?違う!それの使いどころ違うよ!!」


銀時は雪が追い出し、今度は雪が神楽に追い出される番となった。
赤子を抱いたまま追い出されてしまったため流石に乱暴はされなかったが、背中を強く押され追い出された雪は目の前で固く閉じられた扉の前でしばらく棒立ちとなってしまう。
しかしいつまでも立ち尽くしても神楽が許してくれないのを知っているため、雪は仕方なく銀時が向かったであろういつも行くスーパーへ向かった。
雪の足音が遠ざかるのを聞きながら神楽はそっと扉から顔を覗かせ雪の背を見送った。


「あんたもよくやるねェ…そうまでして二人をくっつけたいのかい?」


雪を追い払い心の中で『よし!』と拳を握っていると、お登勢の言葉に神楽は振り返る。
赤子が居なくなったため、あの二人が戻る間吸えなかったタバコに火をつけており、神楽はお登勢の言葉にムッとさえ膨れ面をお登勢に向けた。


「……私の場所をどうしようと勝手ネ…居場所をもっと居心地よくさせて何が悪いネ」

「別にそれは構いやしないさ…居場所なんて自分で作るもんだからねェ……でもいくら銀時やお雪があんたの帰ってくる場所だって公言したってね、お前さんが居心地を良くしたいからっていう理由で人の気持ちを無視するんじゃないって話さ。お雪にはお雪の人生が、銀時には銀時の人生が…そして、あんたにはあんたの人生があるんだ…自分の勝手な都合で人様の人生を決めるんじゃないって言ってるんだよ」


お登勢の言葉に神楽は本格的にムスッとさせ機嫌を悪くさせる。
確かにお登勢に言われて神楽は自分勝手に2人をくっつかせようとしていた。
銀時は自他ともに雪に恋愛感情があると認めているが、その相手である雪の気持ちは誰も知らない。
雪の気持ちを聞く野暮な輩もいるが、雪は自分の気持ちを聞かれても上手く交わしているため、銀時をそういう意味合いで好んでいるのかが分からない。
それに神楽は強い苛立ちを覚えていたのだ。
地球の家だと、神楽が帰ってくる居場所だと言っておきながら2人は中々進展しない。
銀時は雪の背後に妙がいるのもあるだろうが、それを抜いてもいつでも出そうと思えば出せるであろう雪に手を出そうとせず慎重に事を進もうとしていた。
いつか桂が『銀時がまだ手を出さないとは…あやつめ、本気で雪くんの事を…』と零していたから本来銀時は手が早い方なのだと知る。
だから後は雪だけなのだ。
雪の心が銀時に完全に向けば、神楽が求めた居場所は完成する。
それを神楽は悪いとも思っていない。
諭された今だって別に何とも思っていない。
だって二人がくっつけば銀時が雪を諦めその辺の女とくっつき、その女が女房面をして万事屋に入り浸る不快な事もなく、雪とくっついた男が雪の仕事に口出しし雪を独り占めするなどという事態にもならないのだから。
神楽は遊びから帰ってくる時に嗅ぐ雪の料理の匂いが好きだった。
そして帰ってきて玄関を開けた時に聞こえる雪の『お帰り、神楽ちゃん』が好きだった。
だけど2人が別の人と人生を歩む選択をすればそれさえも失われてしまう。
帰ってくる時に嗅ぐ匂いは神楽の好きな絶賛するほどではないが2人の口に合っている雪の料理の匂いではなく、図々しい女が作る銀時だけに合わせた料理の匂いがし、帰ってきた時に『お帰り』と言って甘やかせてくれる存在は雪ではなく銀時の女房面をする不快な女。
それは神楽が望む…神楽が好きな万事屋ではないのだ。
勝手なのは神楽も分かっている。
だけど、神楽は例え2人が本当に好きな人が出来たとしても知りもしない…否、知っている人でも自分・銀時・雪の三人の絆に入ってきてほしくはなかった。
それが例え自分が彼氏が出来ることになろうとも、絶対嫌な事だった。
それをお登勢は見抜いていたから神楽に忠告したのだろう。
そして神楽は自覚があるから、痛いところを突かれたから、不機嫌になってしまったのだろう。
神楽はムスッとふくれながらお登勢に言い返す。


「…雪は絶対銀ちゃんの事、好きアル」


むすっとした神楽の言い分に、お登勢は呆れたようにため息をつき肩を竦め、戻ってくるであろう2人のためにお湯を沸かしてやる。
しかし…


「あの、すみません…ちょっとおたずねしたい事が…」


店に1人の男性が現れ、神楽達はその男へと振り返った。


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