(8 / 11) ミルクは人肌の温度で (8)
銀時は母親に赤ん坊を…勘七郎を返した。
それを見て賀兵衛はピクリと眉を動かし表情を険しくする。


「悪いなじいさん…じじいの汚ねえ乳吸うくらいなら母ちゃんの貧相な乳しゃぶってた方がましだとよ」

「やめてくれません!?そのやらしい表現!!やめてくれません!?」


銀時は長谷川の説明を聞く前から、この状況で何となく母親…お房が自分の意志で勘七郎を手放したわけではないと気づいてはいた。
だが、絶対ではない。
それに長年の勘や襲った浪人達からどちらが悪役という位置にいるかも察しがついていた。
長谷川の説明で完全に銀時は母親側へと付き、赤子の望む通り母の腕に帰した。
賀兵衛は孫を母のもとへと返した銀時に表情を険しくしながらもまだ何かあるのか余裕が垣間見る表情を浮かべていた。


「逃げ切れると思っているのか?こちらにはまだとっておきの手駒が残っているのだぞ」


そう賀兵衛が言った瞬間、逃げ場を塞いでいた雪達の後ろにあったシャッターが斜めに切られ、シャッターが音を立てて落ちる。
その音に全員が振り返れば、銀時と雪は見たことのある男の姿に目を丸くする。


「盲目の身でありながら居合いを駆使しどんな獲物も一撃必殺でしとめる殺しの達人…その名も岡田似蔵!『人斬り似蔵』と恐れられる男だ!」


賀兵衛の紹介を耳に入れながら銀時は全員の立ち位置を確認する。
特にお房と勘七郎を守れるよう頭の中に位置を入れながら。
そうして全員の位置を記憶した後、銀時はその男…岡田へと目をやった。


「やァ…またきっと会えると思っていたよ」

「てめェ…あん時の…目が見えなかったのか」

「今度は両手が空いてるようだねェ…嬉しいねェ…これで心置きなく殺り合えるというもんだよ」


あの時は笠や急いでいたというのもあって相手が目が見えないのに気付かなかった。
目が見えないハンデを持ちながらもこの男は、例え片腕が使えなかったとしても銀時と張り合えるほどの腕前の持ち主、という事である。
それを聞いて雪は心配した表情を銀時へ向けた。


「似蔵!!勘七郎の所在さえわかればこっちのもんだ!全員叩き斬ってしまえ!!」

「銀さん!気をつけてください!そいつ居合い斬りの達人です!!絶対に間合いに入っちゃダメですよ!!」


銀時に忠告なんて必要ないのは雪も重々知っている。
だが、心配なのだ。
銀時が強いからというのも知っているが、純粋に銀時を心配していた。
雪が心配する中、岡田と銀時はお互い刀や木刀を握り、構える。
雪が言い終えた瞬間…動いたのは岡田だった。
岡田は盲目とは思えない速さで銀時の横を…更には雪達の間をすり抜けるように動く。
岡田の動きが見えなかった雪達には岡田が一瞬姿を消したのと同時に自分達の後ろへと瞬間移動したのかと思ってしまうほど、岡田の動きは早すぎた。
しかし驚くのはそれだけではなく、岡田が雪達の背後へと駆けた後、銀時の方から血が噴き出す。
銀時は岡田の間合いに入り防げなかったのだ。


「銀さん!!」

「銀ちゃん!!」


膝をつき斬られた肩を庇う銀時に神楽と雪が慌てて駆け寄る。
雪が銀時に駆け寄れば肩の傷に手を当てている銀時の手があふれ出る傷から出る血によって赤く染まっており、それを見て雪はまるで自分が怪我をしたように痛々しげに眉をひそめた。


「勘七郎が…ッ!!」

「いけないねェ」

「「「――!!」」」


雪が袖を引き裂き傷口に引き裂いた布を当ててやっても斬られたばかりの傷は雪の布さえも赤く染める。
それでも雪は銀時の傷口に手を当て、ついには雪の手さえも赤く染める。
銀時が雪の少女らしい自分よりも小さく愛らしい手が自分の血で染まり真っ赤になっていくのを見つめ、口を開きかけたその時…お房の悲鳴のような声にハッとさせ銀時達はお房の方へと顔を向ける。
そこには本来、勘七郎を抱いているはずのお房の姿があるはずなのだが、お房の腕には勘七郎の姿がなく、岡田の声が雪達の耳に届く。
お房の後、その声に釣られ全員が岡田へと目をやれば、岡田は鞘に納めた刀の先にお房から奪った勘七郎をひっかけていた。


「赤ん坊はしっかり抱いておかないと…ねえ?お母さん。」

「勘七郎ッ!!」


叫ぶ母を尻目に、岡田はそのまま勘七郎を祖父である賀兵衛の手に渡してしまった。
それを見てお房は泣きそうな顔をし、雪達も表情を険しくさせる。
そんな中笑っているのは賀兵衛だけだった。


「さすが似蔵!恐るべき速技!あとはゆっくり高みの見物でもさせてもらうかな」

「…悪いねェ、旦那…俺もあの男相手じゃそんなに余裕がないみてェだ……悪いがさっさとガキ連れて逃げてくれるかね」


勘七郎を奪い、強い用心棒を壁とし、賀兵衛はもはや勝った気でいた。
しかし人斬り仁蔵とも言われた男の額には真っ赤な血が流れ落ち、岡田も銀時の木刀を受けていたのが分かった。
傷口を押さえる岡田の言葉に賀兵衛は数歩後ずさった後、奥へと姿を隠す。


「雪…神楽……もういいからお前らはガキとじじいを追え!」

「銀さん!?で、でも…銀さん、傷が…!!」

「いいから行けっつーの!」


雪は銀時の言葉に目を丸くした。
銀時の傷口からはまだ止まらない血があふれ出ており、少しずつ白い銀時の着物を赤くしていく。
だが、こういう時の銀時が黙って雪と神楽の言う事を聞くわけでもなく、雪は言いたい言葉を呑み込んだ。
しかし雪も素直に聞きたくはなかった。
出来れば、そして贅沢を言えば、傷の手当ぐらいはさせてほしかった。
その想いが手に出ているのか、傷を押さえている雪の手の力が若干強まった気がした。
傷が痛まない程度だが、微かに力が入った雪の手に気づいて銀時は血だらけの雪の手の上から、少し乾き始めた真っ赤な血で汚れている己の手を重ねる。
銀時の手が上から重ねられ雪は我に返り銀時を見た。
銀時の赤い目と合うと、銀時はその真っ赤な目を細め笑う。


「あとで必ず行くから…な?」

「銀さん…」


銀時のその笑みはとても穏やかだった。
今この時が戦場ではないように…雪や神楽に向ける笑みはとても優しい。
その笑みに雪は完全に何も言えなくなってしまい、自分の手に重なっている銀時の手をギュッと握って懇願するように銀時をまっすぐに見つめる。


「絶対…私達のところに帰ってきてくださいね…絶対…絶対ですよ?」


念を押すように言う雪に銀時は優しい笑みをそのままに苦笑いを浮かべ『わーってるって』といつものように答えた。
それがあまりにもいつも通りの口調だったから雪も安心してしまい、最後にもう一度ギュッと銀時の手を握ってから名残惜しいが手を放して立ちあがる。
もう一度更に念を押すように『絶対ですからね』と呟く。
銀時は『俺の事ちったァ信用しろって』と茶化し、『信用してますよ…腕前だけは』と雪も憎まれ口をたたき顔を緩ませる。
やっと笑った雪に銀時も釣られたように微笑み、チラリと一瞬だけ神楽へ目配せをする。
その意味は『後は頼む』である。
お房の事、勘七郎の事………そして、雪の事を守れ、という意味でもあった。
神楽はすぐにその意に気づき表情を引き締めながら銀時に頷いて見せた。
それに安堵しながら銀時は立ち上がりながら賀兵衛を負うため背を向ける雪達を見送る。


「いいのかねェ…侍が果たせぬ約束なんぞするもんじゃないよ」


岡田はこちらに向かってくる4人を見えない目で見送ろうとした。
目が見えないがゆえに岡田の体はその分を補おうと他の器官が優れていった。
今では人の気配や匂い、音、などでどれだけの人数がいて、どんな表情を浮かべ、どんな事をしようとしているかなど見える者以上に察知してしまう。
おかげで『人斬り仁蔵』などの異名がつくほどとなった。
そんな岡田の鼻にふわりと微かにある匂いが漂いその匂いの元を捕まえようと腕を伸ばす。
当然人より優れているその岡田の反応からは逃げられずその匂いの元―――雪は突然岡田に腕を掴まれ捕まってしまった。


「!―――雪!!」

「雪…!」


雪は突然腕を掴まれ後ろに引っ張られる形で立ち止まってしまう。
腕を掴まれ振り返れば岡田がこちらに顔を向けていた。
閉じられているはずの盲目の目なのに鋭い目線を感じ、雪は言われぬ恐怖を感じ岡田から逃げようと手を振り払おうとしたが岡田は決して雪から手を放さなかった。
それどころか抵抗を許さないと言わんばかりに腕を掴む力を強くし、雪は痛みに小さな声を零す。
その声に唖然としていた銀時と神楽はハッと我に返り雪を救うため駆けつけようとした。
しかし…岡田は収めていた鞘から刀を片手一本で易々と鞘を抜き捨て、鈍く光らせる刀を雪の首にあてがい、銀時と神楽はその場にピタリと体を停止した。


「あんたらにはちょいと動かないでもらおうかねェ…今、用があるのはあんたらじゃないんでね…あんたらだけじゃない…この場にいる奴らが動けばこの細い首と胴、離れることになるさね」

「…ッ」

「てめェ…!!」


そう言って岡田はグッと雪の首にあてがわれている刀を押し付ける。
その切れ味は少し押し付けただけでも雪の首の皮一枚を斬り、雪の首から一筋の線が流れる。
それは真っ赤な血の色だった。


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