(11 / 11) ミルクは人肌の温度で (10)
お房と賀兵衛が和解し、その後病院へ寄ってやっと事務所兼自宅に帰ってこれたのは既に日が沈み良い子どころか健全な大人さえ寝る時間の頃だった。
本来ならもっと早く帰れたはずなのだが、銀時の刀傷を見て病院側が怪しみ色々面倒な事になったために遅くなってしまった、という訳である。
病院には必死に誤魔化しやっと解放されたのは夜中とも言える時間帯だった。
お子様な神楽は眠たくて仕方ないのか帰ったらすぐに自室という名の押し入れに入る。
雪と銀時も食べずに寝ようかと思ったが流石に朝ご飯を食べただけのお腹は空っぽで、しかし時間が時間なため白米と味噌汁だけで済ましお風呂も明日でいいという事にした。
どうせ入る気力すらないのだから入る時間があるのなら睡眠の時間に費やした方がいいというのが銀時の考えではある。
雪はというともう時間も遅いから泊まっていけという銀時の言葉に首を振って帰ると言い出した。
時計を見ればもう12時はとうに過ぎており、逆に外を一人で帰らせるのは危険だと銀時は判断し泊まれと言ったのだが、やはり何度言っても雪は首を縦に振らなかった。
仕方なく、銀時は雪を送っていくことにした。
怪我や神楽の事を心配し断ろうとした雪だったが、『女一人で夜道は危ねェだろうが…なんかあったらどうすんだ』と叱られてしまったのだ。
雪はその銀時の言葉に『では』と泊まる事を了承した。
送って貰うのは本当に申し訳ないし、何より銀時は怪我も負っているのだから自分の我儘で無理はさせれなかったのもあった。
雪から泊まると聞き、銀時は『そ?』と手に持っていた原付の鍵を鍵を掛けておくフックに掛け直す。
その時の銀時の表情が一瞬嬉しそうに見えた雪だったが、次にはいつもの死んだ魚のような目をしたまるで駄目な大人…略してマダオに戻っていたため気のせいかと思う事にして、泊まる事を姉に伝えるため電話へと向かう。
スマイルにいるはずの姉に電話すればやはりあまりいい顔をしていないのだろうなという声色で渋々承知し、『あの白髪天パに襲われたら男の急所を切り捨てなさい。例え将軍が許さなくても私が許します』という恐ろしい言葉を残して妙は電話を切り、雪も顔を引き攣らせながら電話の受話器を置いた。


「雪〜、包帯が解けたんだけど」

「あ、はい」


チン、と電話を切った雪の背に銀時が声をかけ、姉の恐ろしい言葉を必死に頭の外へと追い出し引き攣っている顔を戻して銀時に振り返る。
銀時にソファに座って上着を脱いでもらい雪は銀時の新人が巻いたために取れかけている包帯を巻きなおすため途中まで包帯を解く。


「暫く肩まで湯船に浸かるのはやめた方がいいですね…傷口に水がかかっちゃいますし…半身浴くらいかな…」

「まあ、医者に傷口を濡らすなとか言われたしな…抜糸も一週間後だし…頭どうすっかなぁ…」

「今は真夏じゃないし傷も出来たばかりだから二三日は洗わない方がいいかもしれませんね…でも流石に頭洗わないと痒いし臭いですよね…真冬だとしても一週間は流石に匂いが…神楽ちゃんが嫌がりそうだし…頭だけでしたら洗ってあげましょうか?」

「え…?雪ちゃん一緒に入ってくれるの?」

「一緒にっていうか…頭洗うだけですけど…」

「え…ほんと!?嘘じゃないよね!今4月1日じゃないよね!?勿論裸だよね!!あ、水着でもいいけどビキニでお願いします!!またはスク水でも可!!」

「オヤジか!!…、いや…銀さん…それ、流石にセクハラじゃすまされないんで濡れてもいい服は着ますよ」

「えー…まじでー?…俺めっちゃテンション下がったわ…」


キツすぎないよう気を付けながら包帯を巻きながら雪は銀時と話す。
それは他人からしたらどうでもいい…とまではいかないまでも何気ない会話だった。
人には何でもない普通の会話だが、銀時からしたらそういう会話が出来る存在がいるという事だけでも楽しくて仕方なかった。
銀時には桂や坂本などの幼馴染、そして戦友、または腐れ縁がいるが、雪や神楽のように何気ない会話などはあまりした覚えがなかった。
バカ騒ぎや同性同年のやり取りは普通に楽しくやっていたが、なんていうか…こう……心が温かくなるような…銀時も家族を持ったことはないから分からないが、銀時には家族のような気兼ねない会話なんて今まで縁のないように感じていた。
少し照れもありくすぐったくてわざとらしく肩を落とす銀時に雪は綺麗に巻き直した包帯を結び直しクスクス小さく愉快そうに笑った。
楽し気な声を零す雪に銀時は目を細め釣られたように微笑み、銀時は雪の笑みを見つめながら岡田が言っていた言葉を思い出す。


『なあ、清花って何?』


脳内でそう雪に向かって問いかけた。
が、それを音に出来ず銀時は口の中で呟くしかできなかった。
『清花』…それを聞いた瞬間雪が言葉を失った。
岡田がそう雪を呼び、それに反応したのだから雪の名前なのだろうというのは理解できる。
だが、雪の苗字は『志村』で、名前は『雪』だ。
別にそれしか名乗ってはいけない決まりごとはない。
銀時だってこの名前ではなく、本当は親に付けられた名前があったかもしれない。
それに『清花』というのが雪の本名でも別名でも銀時はどうでもよかった。
それは多分神楽もだろう。
それに…銀時には少しだけ、心当たりがあった。
清花、という名前ではなく…岡田の『あの人』という人物に。


(けど、まさかな…あいつと雪が関係あるなんて思いたくもねェし……)


銀時は『あの人』という人物に会ったことがある。
それも夏に。
本当は銀時の中にストンと入ってきたのだが、銀時は決して認めたくなくて気づかないふりをした。

――『あの人』のような人物、探せば多くいるはずだ。
――『あの人』と雪なんて正反対の人生を送っているから絶対に知り合いであるはずがない。

銀時は本当は分かっているのに見て見ぬふりをした。
しかし頭の中は『あの人』との会話を思い出させていた。
当時『あの人』の言った言葉にまだ確信がなくて頭の隅に置いていたが、岡田の言葉が隅に追いやった『あの人』の言葉と繋げていく。

―――『あの人』は『花』と答えた。
――『俺の花』、と。

銀時はじっと雪を見つめる。
自分の肌蹴た服を整えてくれる雪はいたって普通である。
決して『あの人』と関わりがあるようには思えなかった。
そう考え込んでいると雪が銀時の視線に気づきこちらに目を向ける。
雪と目と目が合っても銀時は焦りはなく、大きな愛らしい瞳が自分しか映っていないのを見て不安でつぶれそうになった感情があっという間に散っていくのを感じる。
『現金な奴だなぁ、俺って』と心の中で苦笑いを浮かべていると、雪も釣られたように苦笑いを浮かべ銀時はその笑みの意味に小首を傾げた。


「聞かないんですね」

「なにを」

「名前の事です」

「興味ねェし」

「そう、ですか…」


『あ、しくじった』、銀時はそう思った。
銀時の目線で雪は銀時が疑問に思っていた事を感じ取ったようで、肌蹴ていた服を直している間も刺さるような視線に耐えきれなくて雪は問いかけた。
銀時から返ってきた言葉に雪は一瞬息を呑んだが、それを何とか隠そうと言葉を詰まらせながらも笑う。
その笑みは銀時や神楽の好きな優しい笑みや柔らかくて暖かい笑みなどではなく、傷ついたような…寂しそうな笑みだった。
銀時はそれを見て自分の心がズキリと痛むのを感じる。
自分の失態をどう収拾するか…そうウダウダと考えていると雪が優しく銀時の服を整え終え『はい、終わりました』と言って席を立とうとした。
それを見て銀時は考えが纏まらないまま立ち上がろうとする雪の腕を掴む。
が、その掴んでいる方の腕が傷を負っている方の腕だったため、銀時は強い痛みにくぐもった声を零す。
だが、それでも雪の腕は放さなかった。


「ぎ、銀さん!?どうしたんですか…!?」


腕を掴まれた事に驚いたが、何より傷を悪化させるような行動をし、更にはそのせいで痛みを走らせる銀時に驚いてしまう。
痛みに唸り声に似た声を零し肩を手で押さえ、痛みのせいか脂汗が額ににじみ出ている銀時に雪は慌てて上げかけた腰を下ろし銀時の少し俯いている顔を覗き込む。


「銀さん?銀さん、大丈夫ですか?」

「だ、いじょうぶだ…すまん…せっかく包帯を巻きなおしてくれたっつーのに…」

「いいですよ…でも、本当にどうしたんですか?」


雪は痛がる銀時に急いで服を脱がし包帯を見る。
縫ったからといって安心はできないがとりあえず血は滲み出ていないので安心し、脱がした服を再び着せ直し雪は銀時が腕から手を放さないため自分の着物の裾で額ににじみ出ている脂汗を拭ってやる。
雪の介抱に銀時は情けなく思い目を反らし謝る。
そんな銀時に雪は首を振って苦笑いで返した。
雪の問いに銀時は目を反らしそのまま目線を泳がせ『あー』やら『えっとな…』やらと考えを必死で纏めようとした。
雪は銀時が何か言いたげだったため、それを『清花』の事だと勘違いし自分の腕を掴んでいる銀時の手の上に自分の手を重ねる。
その手に銀時は泳がせていた目線を雪へ戻し、キョトンとする銀時に雪は苦笑いを深めた。


「銀さん…無理、しないでください……私別に興味がないって言われて傷ついていませんから…そんなんで傷ついてたら銀さん達からのオカン扱いでとっくにここを辞めてますよ」


銀時は雪の言葉に冷静になる。
そして、恥ずかしくなった。
まだ10代の雪に気を使われたことに。
銀時は本当に『清花』という名前には興味がなかった。
否、興味が完全にないと言ったら嘘になるだろう。
好きな人だし、何より自分が懐にいれた者の事だ。
そして、銀時が一番聞きたがっている『あの人』と関わりがあるのなら尚更。
だが、銀時の脳裏に岡田に『清花』と呼ばれた時の雪の顔が離れないのだ。
あんな顔を真っ青にして言葉さえ失くした雪は見たことがなかった。
聞かれたくない事だと、銀時はすぐに分かった。
神楽は分からないが、銀時は過去の事…特に攘夷戦争の事は雪達の前ではあまり触れられてほしくはない話題なのだから余計に。
心の中で聞くか聞かないか揺れていてさっさと決めなかった自分の優柔不断さに銀時は嫌になってしまう。
雪が『気にしないでください』と零したのを聞いて銀時は決意を固め、改めて真っ直ぐ雪の目を見つめる。
銀時の瞳が強い眼差しに変わったの見て雪は圧倒されたように口をつぐみ、苦笑いを消して雪も真剣に銀時を見返した。
多分、逸らしたくても今の銀時からは目が逸らせないのだろう。


「さっきのは失言だった…すまん」

「いえ…私は気にしてないですから…その…」


『銀さんも気にしないでください』と続けようとした言葉を銀時が開いている手を上げて遮る。
その手に口を閉じ怪訝とさせる雪に銀時は決意を固めてもどう伝えればいいのか分からず上げていた手をそのまま髪に触れ掻く。


「あー…なんていうか……俺がお前に惚れてんの…知ってんだろ」

「は、はい…」

「俺、お前に本当にベタ惚れなんだよ…お前の事全部知りてェし、お前が見てるもん全部消し去って俺しか見れないようにしてェし…お前が触れるもん、お前に触れるもん全てを……殺してやりてェって、思ってる………勿論神楽は別よ?あいつァもう俺の家族みてェなもんだしな…娘に嫉妬なんて大人気ねェし…お前にも神楽にも笑われちまう…―――だから…俺が言いたい事はな…その…興味、ねェわけじゃねェんだよ…お前の事全て知りてェから勿論『清花』っていう名前がどう関係あるのか聞きてェって思ってるわけよ…それに岡田の言ってた『あの人』っつーのもな…でもさ、お前『清花』って名前聞いた時聞かれたくないって思ってただろ?特に俺や神楽にはさ…だから俺は聞かねェよ…神楽にもちゃんと言っておくし、お前が言ってもいいかなって思うまで待とうと思ってる…だからお前が思ってるような事じゃねェって事だけは分かってくれ…な?」

「銀さん…」


銀時の告白に雪はカッと頬を赤らめた。
それがまた可愛くて、その可愛い反応に銀時は緊張していたらしい体の固さをやわらげ心を落ち着かせることが出来た。
出た言葉は決して純粋無垢な恋心とは言いがたいが、雪は正直銀時の気持ちが嬉しかった。
自分の気持ちを尊重し待ってくれるというその言葉に雪は思わず目頭が熱くなる。
雪は銀時が言った『興味がない』という言葉に本当の事を言うと、ショックを受けていた。
聞かれたら『聞かれたくない』と答えるが、興味がないと言われたら言われたでショックを受けてしまう自分が情けなく思ってしまい、そして自分のそのあべこべな気持ちに気づいてほしくなくて早々に銀時の前から立ち去ろうとしたのだ。
だから銀時の気持ちを知って本当に嬉しかった。
泣くのを我慢しながら雪は、ふ、と微笑む。


「銀さん…ありがとうございます……きっと、いつか神楽ちゃんにも銀さんにもこの事を話せる日が来ると思いますから…その時は茶化さず聞いてくださいね」

「おうよ。これでも銀さんは外面はいいんだ…そん時は特別に仕事モードで丁寧に対応してやんよ。」


雪も自分が言った言葉通り、いつか2人に本当の事を言える時が来たらいいな、と思う。
傷心している、とは思っていない。
だが、雪の心はまだ癒えていなかった。
心の底ではまだ深い傷が癒えきれていなかった。
照れ隠しだと思われるお茶らけた銀時の返しに『なんですかそれ』と笑って返し、銀時は本当の雪の笑顔にホッとしたように笑みを返した。
だからだろう…雪が胸元の服を軽く滑らせるように手で触れた事に気づかなかった。
その手はまるで…
――――刀傷を撫でるようだった。


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